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02 放課後の埋葬

「こいつさ、よくこの辺にいた野良猫なんだ」

 流石に説明不足と思ったのかどうかはわからないが、岬くんは補足した。

「もともと足が悪かったみたいで、ちょっと引きずるようにひょこひょこ歩いてて、それが可愛かったんだよな。意外と人懐っこくて、撫でるとすぐ甘えてきたり、お腹を見せてもっと撫でてって催促したり……」

 彼の細くしなやかな指が、死骸の腹を撫でるようになぞる。白いふわふわとした毛が、柔らかに揺れた。

「シロって呼ぶようにしてたら、そのうち俺のこともわかるようになって、学校の行き帰りで挨拶してた。学校は正直めんどくさいけど、楽しみだったんだ、シロに会うのが」

 私はゆっくりと近づき、岬くんの横に腰をおろした。

「今日もいつものように来た。だけどいなかった。あるのは血痕だけ……血をたどったら、ここに、こいつがいたんだ」

 雑木林に面した道路から血痕は続いていて、草木の中に少し入ったところに、死体はあった。

「ホントはどうするのが正しいのか俺は知らない。保健所とかに連絡すれば良いのかとか、いろいろ考えたけど、それじゃあ、あんまりだって思ったんだ」

 迷いつつも岬くんの様子を伺うと、彼の瞳はわずかに潤いを帯びていた。

「打ち捨てられたように、まるで、あの時間がなかったかのように、こんなふうに死んで、それで終わりなんて、あんまりだ」

 身近なものの死。

 親しいものの死。

「せめて、俺だけは、ちゃんと送ってやりたくて」

 それは、受け入れがたく、そして耐え難い。

 私は幾度か経験していたし、家庭の都合でそういう場面に遭遇することもあったが、当然、そうではない人も、いる。

 送る、と、岬くんは言った。

 ならば私を誘った理由もうなずける。しかし一方で、私なんかで、良かったろうか、という思いもまたあった。部外者に過ぎないのに。

 岬くんは私をまっすぐ見て、頭を下げた。


「だから――霧崎。お願い、手伝ってほしい」


 その真剣な態度に私はハッとした。

 いったい、この人の何を見ていたのだろう。

 顔が好みだとか、クラスで孤立している状況に共感していたとか、そんな表面的なことを気にしてばかりで、岬くんの内面を気にしたことはなかった。

 部外者とかそんなことは関係がなかった。ここにはただ、真摯に頼む人がいて、頼まれている私がいるだけだ。

 淡い恋心のようなものを抱いてたことが、なんだか恥ずかしくなった。しかし一方で、頼られる喜びもむくむくと湧いてくる。

 私はうなずいた。

「うん、できる限りのことはするよ」



 *



「樹木葬がいいんじゃないかと思う」

 私の言葉に岬くんは首をかしげた。

「墓碑の代わりに木や花を使うの」

 自然に還る、という点が受け入れられたのか、近年、人の葬送でも増えているそうだ。経費の少なさや、自然保護にもつながるという観点から、樹木葬が行われる例もある。もちろん、人の場合はちゃんとした場所でなければ行えないが、猫ならば問題ないだろう。

「成長する木や、毎年花を咲かせる姿を見て、ああ、今年も大きくなったね。また咲いたね、ってそう言い合える」

「そっか……うん、それがいい。樹木葬にしよう」

「苗木か、どれか墓標代わりになる木とかが必要だけど……」

 私達がいるところは、ちょうどポッカリと木が生えていない、空き地状態になっていた。

「ん。じゃあ、それは買ってくるよ。でも、何が良いのかな?」

「ツツジとか、紫陽花とか……在来種が良いと思う。結局本人が何にしたいかだけど」

 周りの木々や環境に悪影響を与えるようなものではまずい。

「考えてみる」

「じゃあ、私は他の準備するね」

 私達は一旦家に戻り、それぞれ準備をした後、また雑木林に集合した。

「あ、それ、ツツジ?」

 岬くんが持ってきた苗木をみて訪ねた。

「うん。白い花が咲くらしい。あいつ、毛並みがきれいな白だったから」

 白いツヅジの花言葉を思い出して私は少し顔が熱くなった。変なこと考えてる場合じゃないっての。

 私が持ってきたスコップを使い二人で穴をほった。どれくらい掘れば良いのかは正直私にもわからなかった。意外と大変で、死体が入る穴ができる頃には、私達の額には汗が浮かび、息が上がっていた。

 穴の中にシロを置いて、二人で土をかける。一山一山、手で土をすくってかけていく。土は湿り気を帯びていて冷やっこい。神聖で厳粛なものを扱うかのように私達は、丁寧に、粛々と、埋めていった。

 埋めていく中で、私は岬くんに抱いていたほのかな恋心がなくなっていくのを感じていた。

 まるで、恋も一緒に埋めているみたいだ。

 しかし、死体を見て失望したときとは違い、不思議な喜びと親しみがじんわりと心に染み渡るように湧いていた。

 シロの体が見えなくなるまで続け、ツツジの苗木を置いて、また土をかけた。

「周りから見れば、バカみたいなのかな? 野良猫にこんな事するって」

 土をかけ終えて、そう言ってうつむく岬くんはすこし寂しそうに見えた。

 その瞬間、なんとしても自分の思いを伝えたいという衝動が沸き起こった。バカみたいなんてことはない、と私は唇を噛みしめる。

 死は死であり、死体は死体だ。だけど、残された人は、死をそれぞれの方法で受け入れる。時間に癒やされるもの、悲しみを背負うもの、前向きに生きようとするもの。

 葬送は、その区切りをつけ、死に意味をもたせる行為なのだと思う。死者が残してくれたもの、育んでくれたものを振り返り、そして感謝して送り出す行為なのだと、そう私は信じる。

 だって、人生が、ただ生きて、ただ死ぬだけにすぎないとしたら。

 それは――あまりにも、寂しいじゃないか。

 生に意味を見いだすように、死に意味を求めるのも、自然なことではないだろうか?

 私はつっかえながらも、そのようなことを言った。なにが私をそうさせたのかは不明瞭で、話をしていうるうちに少し恥ずかしくなり、結局私は茶化すように「こんな事言うの、私のキャラじゃないね」と締めたのだった。

 うまく伝わったかはわからない。しかし岬くんは、

「ありがとう、霧崎」

 と言って上を向いた。つられて私も空を見上げる。冷たく澄んだ空は、清らかさと深淵な空気を湛えているように思えた。

 暫くそうしたあと、私達は手を合わせ、祈った。シロの霊魂のためなのか、生きている私達のためなのかはわからなかったが、ただ、安らぎを祈った。


 そうして、私達は埋葬を終えた。

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