今日もまた勇者は魔王の娘に求婚する
この世界の最南端、世界の果てと言われるその場所に『魔王城』は建っている。
悪しき魔物たちを統率し世界を手にすることを目論む魔王は、城の王座に鎮座していた。
「何度来ても結果は同じだ、勇者よ。」
「今日こそは……必ず!!!」
魔王を討つべく神より選ばれし勇者は、仲間の魔法使い、戦士、賢者、僧侶と共に魔王城へと度々乗り込んで来ていた。
勇者は活気迫る表情で魔王と対峙している。
しかしながら、その手に勇者の剣は握られていない。
鬼の形相の魔王をよそに勇者は意気揚々と言い放った。
「ロズリア! 僕と結婚してくれ!」
「イヤです!!!」
勇者の言葉に魔王の横で立つ少女ーーロズリア・エグリゴールがハッキリと拒絶した。
ロズリアは魔王のただ1人の可愛い愛娘だ。
彼女の母は小さい頃に消息がわからなくなり、それ以降は魔王が男手ひとつで育ててきた。
いや、彼1人で育てたわけではない。この魔王城の者たち全てがロズリアにとっては家族と言っても過言ではない。
そんなロズリアに求婚する目の前の男は、勇者云々関係なく魔族全員において敵だと認識されている。
「ふんっ! ロズリアに求婚したくば、まずはこの俺を倒すが良い!!」
魔王は玉座から立ち上がり、どすどすと怒りの足音を響かせ鬼の形相を保ちながら勇者へと近づいていく。
勇者はそんな魔王を見てぶんぶんと首を横に振った。
「ぼ、僕は、お義父さまを傷つけることなんて出来ません!」
その言葉を聞いて、この場にいる全員が内心で『お前は勇者だろ』というツッコミを入れる。
「貴様にお義父さまなどと呼ばれる筋合いはないッ!!!」
魔王は更に怒りを露わにして攻撃を繰り出していく。勇者は応戦はせずに、攻撃を避けるだけだった。
本来ならば、魔王を討つべく魔王城に何度も挑む勇者一行。しかしながら、勇者がロズリアに求婚するために何度もこの地へ訪れていた。
もう何度目だったか、魔族も勇者の仲間も数えることを諦めた。
「ニンゲン、お前たちも勇者に振り回されて大変だろうが、いい加減通い詰めるのはよしてくれ。」
「それはあのバカに言ってくれよ。」
魔族の幹部がムスリとしながら勇者一行に言う。それに対して戦士が呆れたように勇者を見ながら返答した。
当の勇者は華麗に魔王の攻撃を避け、そしてロズリアの目の前まで辿りついていた。勇者はパッと輝かしい笑顔を放って、何もないところから大きな花束を出しロズリアに差し出す。
一体どこから出したんだ、という疑問を魔族一同誰も口に出すことはしなかった。
「君にプレゼントを持ってきたんだ。」
とても綺麗な花束。
だけれどロズリアは少しもそれを受け取る気持ちにならない。キッと目の前の勇者に鋭い視線を向けて、ロズリアは攻撃を放った。勇者は何でもないようにひらりと避けて見せる。
「私は魔王の娘、あなたと馴れ合う気は少しもありませんッ!」
「ロズリア……怒った顔も可愛いね。」
「今の話聞いてました!?」
毅然とした態度で相対するロズリアだったが、一方で勇者はうっとりとした表情で彼女を見ていた。
流石のロズリアもそれには身を引いてしまう。
「残念だな、勇者よ。ロズリアは『パパと結婚する!』と言っていたのだ! お前の出る幕などない! ハーッハッハッハッ!」
魔王は勝ち誇った表情で、今日一魔王らしい悪どい表情を浮かべながら笑い声を上げるも、会話の内容が少しも魔王らしくなかった。
「ちょっとパパ! 小さい頃の話なんだからやめてよっ! 恥ずかしい!」
ロズリアは顔を赤らめながら魔王に叱責し、勇者は悔しそうな表情をしていた。
何だこれは、茶番か。
戦士は内心で毒づきながらもこの状況に飽き飽きしていた。
「おい、ロズリア・エグリゴール! もうめんどくさいからズバッとそいつの嫌なところでも言ってやれよ。」
戦士自身もう敵なのか味方なのかわからない言葉を投げかける。少なくとも勇者を応援するなどという気持ちは彼女の中に少しもなかった。
「え〜っと……生理的に無理……です。」
ロズリアは申し訳ないという気持ちを持ちながら視線を斜め下にずらして小さな声で伝える。
「せ、生理的に、無理……。」
これには流石に勇者もショックだったようで、手に持つ花束をポトリと落とした。
しん、と静寂が流れる。
敵味方など関係なく、この場にいる全てのものが同情の視線を勇者に向けていた。
「ま、まぁ、勇者よ。其方ならきっと素晴らしいニンゲンの女性を射留めることが出来るはずだ。」
何故か魔王がポンポンと勇者の肩を叩いて慰める始末。この状況、カオスと言わざるを得ない。
「きょ、今日はかえろ! ね!?」
異様な空気感を察した魔法使いがぴょんぴょんと跳ねるように勇者に近づく。花束を拾って無理矢理に勇者へと押し付けて持たせた。
「じゃあ、お邪魔しました!!!」
勇者の代わりと言わんばかりにやかましい魔法使いの声が響く。いそいそと勇者一行は城を出ていき、最後にとぼとぼと歩く勇者が残った。
門をでる前に立ち止まり、生気のない顔でロズリアや魔王の方を見る。
「……また来ます。」
蚊の鳴くような声で一言呟き、小さく会釈をして勇者は城を出て行った。
魔族全員がその様子を眺めていて、誰ひとり声を発していなかったが勇者が出て行った後のバタン! という門の閉まる音で魔王が我に返った。
「……二度と来るな!!!」
こうして今日も魔王軍の大勝利で終わるのだった。
「元気出してよ〜、アーサー!」
勇者ーーアーサー・ブライスはとぼとぼと列の最後尾を歩いていた。ロズリアから浴びせられた言葉は彼の心にクリティカルヒットしたようだった。
「ごめん、せっかく見繕ってくれた花を渡せなかったよ。」
アーサーは目の前をぴょんこぴょんこと跳ねるように歩く小さく可愛らしい魔法使いの少女に申し訳なさそうに謝罪した。
「お花は別に良いよ。むしろ、もっともーっと可愛いお花を用意すれば良かったのかな。」
魔法使いは真剣に「う〜ん」と悩み始める。
「良いんですよ、そんな一銭にもならないこと真剣に悩まなくても。」
賢者がにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべながら魔法使いに言う。賢者は聖職者でありながらも金にしか目がない男だった。
「あたしたちは魔王討伐のためにここまで来てるっていうのに、一体何をしてるんだか。」
戦士である背が高く大柄な女性が、はぁとため息を吐きながら言った。最終目標は目と鼻の先だというのに、勇者がこの様子じゃ一生終わりゃしない、と戦士は半分諦めに入っていた。
「何度聞いても俺にはよくわからん。」
僧侶はムッと口を一文字にして理解し難いというように短く言葉を発した。
それが、どうしてか勇者の何かのスイッチを押してしまったらしい。勇者は先ほどの沈み具合が嘘のようにパッと顔を上げてキリリとした顔を作った。
「僕は何度でも彼女の魅力を語ろう! あれは僕たちが初めて魔王城へ来たとき、初めてロズリアと対峙したんだ!」
あぁ、また始まったとみんなは嫌そうな顔をする。ただ魔法使いは、にぱーっと愛らしい笑顔を浮かべて彼の語りを聞いていた。
「色白の肌、薄水色のふわふわした髪、桃色の瞳! 僕は完全に撃ち抜かれてしまったんだ! いつもは毅然としているけれど、不意に見せる感情的な姿も愛らしい!」
聞いていられないと、魔法使い以外は足早に彼から距離を取っていく。それを見て、勇者はダッと瞬時に移動して先頭に立った。
「とにかく! 次はどうやってアプローチをかけるか、みんなで作戦会議をしよう!」
勇者は先ほどの鬱々とした雰囲気はどこへやら、やる気に満ち溢れ誰よりも早く先を歩いて行った。
「……やる気の方向性が違う。」
戦士は呆れたようにポツリと呟いた。
アーサーは歴代勇者の中ではダントツで能力値が高く剣も魔法も何もかもが完璧だった。魔王の攻撃を軽々と避けられる身体的能力に突如何もないところから花を出してしまうような時空や空間すらも操ることの出来る魔法力。
正直なところ、仲間などいなくとも彼1人で魔王軍を壊滅させることができるほどの力を持っていた。
だが突っ走りがちなところなど、精神的な部分の欠陥があり、戦士たちは戦力というよりは彼のお目付役だった。
しかし、最終局面に彼の悪いところが存分に発揮されてしまうとは、戦士たちは気を落とすほかない。
「ロズリア、僕はまだ君を諦めないぞ。」
アーサーはロズリアをただただ一直線に想い、今日もまた1人で突っ走るのだった。
いつも短編を書くと長くなってしまうのでたまにはサクッと読めるものを書こうかと。
感想や評価、いいねをいただけますと励みになります