トイレに花子さん
コンコンコン。
「はーなーこさん」
――本当に来るんだよな。
私がここに入るようになってから驚いた事。それはこの世にまだ彼女の存在を信じ、訪ねてくるものがいるという事。
「あーそびましょ」
無邪気な子供の声。
花子さんが流行ったのは相当昔のはずだ。今や外で遊ぶよりネットやゲームの世界で遊ぶ子供がほとんどの昨今、こうやって現地に尋ねてくる者がいるという事実が少し感慨深い。
「はーーーーーーーい!」
ドンッ!
「うわああああああああああああ!」
「ぎゃああああああああああ! 本当に出たああああああああああああ!」
――遊ぶって言ったくせに。
誘っておいて答えてやったのに、いざ同意してやればこの様だ。遊びに来るなら本気で遊びに来い。まあ、本当に遊ばれてもそれはそれで困るのだけど。
――はーあ。
ここにいると時折虚しくなる。
何故こんな所にいるのか。ここで何をしているのか。自分という存在が分からなくなる。
かん、かん、かん、かん。
――おや?
廊下を歩く音が聞こえる。だが不思議なのは、それは今まで一度も聞いた事のないタイプの音だった事だ。
廊下を歩く音にしては甲高い。ヒール? いやもっと分厚い感じがする。
かん、かん、かん、かん。
音はこちらに近付いてくる。
そして音はそのまま、私がいる女子トイレに入ってくる。
――誰だ?
かん、かん、かん。
音は私のいる個室の前で止まった。
こん、こん。
ゆっくりとしたノック。
何だ。何となく、いつもと違う感じがする。
私は個室の下の隙間を見る。個室の前に立つ者の足元を確認した。
――……下駄?
こん、こん。
――……おいおい、マジかこの学校。
他にもいたのか。
私はカギを開け、ぎいっと扉を開けた。
「……へぇ」
私は思わず感嘆の声を上げた。
目の前にいるのは、学校で何度も見かけた存在だった。
だが、こうして会いまみえるのは初めてだ。
「遊びに来たよ」
目の前に立っているのは、勤勉の象徴。あの二宮金次郎像だった。
*
「雰囲気、変わった?」
「ん? そうかな」
「現代的な感じがする」
「女の子はオシャレするものだろ」
「なるほどって事にしとく」
「そうしとけ、ニノ」
「に、ニノ?」
「はは、その顔笑える」
二宮金次郎ことニノと学校内を歩く。遊ぶといっても勤勉な彼は会話を楽しめればそれでいいようで、なんて事のない雑談を続けた。
「図書室、こっちだよ花子」
「あ、そうだっけ?」
「しっかりしなよ花子」
「普段行かないし」
「本読むタイプじゃないもんね花子」
「すげえ名前呼ぶなニノ」
誰もいない二人だけの図書室で向き合って座る。静かで邪魔のない空間。そんな中で私は二宮金次郎像と向き合って座っている。冷静になるとあまりにもシュール過ぎる。
「何の為に僕らだっているんだろうね」
「ん?」
「二宮金次郎象に、トイレの花子さん」
「ああ」
「いつまで怪談話として存在しないといけないんだろう」
「こうやって私達に意思がある限りじゃない?」
「どうして意思があるんだろう」
「人間が生きているのは何故ってのと同じじゃない?」
「どういう事?」
「答えなんてない」
「そっか。そうかもね」
怪異と怪異の会話。
知らないよ。全ての理由なんて。
私がトイレの個室に入るようになった理由なんて、思い返してもくだらなすぎるものだ。
意味なんてあってない。
居場所があるからそこにいる。それだけだ。
「戻るよ、そろそろ」
ニノが立ち上がった。
「送るよ」
「いいよ。ってか男子が女子トイレに入るな」
「そんな人間みたいなまっとうな事言われたの初めてだ」
「私が送るよ」
「わかった」
私達は校庭に出た。もともと彼が立っていたであろう大石の上はぽっかりと空いていた。
「立ったまま寝てるの?」
「覚えてないの? そうだよ」
「そっか、じゃあおやすみ」
「おやすみ花子」
「おやすみニノ」
そう言って私は彼に背を向ける。
「ねえ」
その背中にふいにニノの声がした。
「何?」
振り返った先で、ニノがこちらをじっと見ていた。
「君、誰?」
冷たい声。
「花子だよ」
「違う」
「花子だって」
「違う。最初からほんとは気付いていた」
――なんだよ。じゃあ最初からそう言え。
「彼女と一緒の恰好をしているけど、なんとなく似てるけど、違う」
――そりゃそうだろ。
「いつも行っている図書室の場所を君は知らなかった」
――仕方ねえだろ。ここはまだ何度かしか入った事ねえんだから。
「それに、彼女は花子と呼び捨てされる事をとても嫌がっていた」
――あんなにしつこく呼んだのは確かめる為だったのか。
「君、だれ? 花子さんをどこにやった?」
ニノの声は少し震えていた。
私はふっと笑った。
「そんな奴いねえよ」




