杖結びの結果
「なんか、最後にツンデレされた気がする」
私の心からの協力の申し出は、黒猫に届かなかった。解せぬ。
代わりに文句を言いながら、すりすりされたんだけど、あれは拗ねてるの? それとも機嫌がいいの? どっちなの?
あ、レオ様との取引が微妙なことになって、ショックをうけてるのか。
わざとじゃないけど、私のせいだもんね。申し訳なさを感じた。
黒猫ちゃんは、もう本当にシャトネットさんのところへいけないのかな。
急に婚約者と死別して、美人なシャトネットさんだってかわいそうだよ。まぁ、顔は見てないから美人かどうかは知らないけど。
テーレオはイケメンだったから、きっとシャトネットさんも美人でしょ。後ろ姿の雰囲気も、美人だったし、テーレオベタ惚れだったし。
まさかシャトネットさん、婚約者の早世を苦にして、後追いなんてしてないよね?
黒猫が出て行った扉の隙間から、何もない廊下をみつめる。
さっきの話だと、黒猫とレオ様の取引は微妙な感じみたいだ。仮に、二人の取引が失敗したとする。
その時は、私なんかでレオ様の代わりに、黒猫の力になってあげることができるのだろうか。
……ううん、そうじゃないよね。私はもう、貴族になるって決めたんだもん。彼女のいる部屋に扉を作ってあげて、黒猫が入れるように頑張らなきゃ!
それに、万が一でも、平民街があんな怖い魔に襲われたら大変だ。守ってもらうばかりで、何もできずにプルプル震えるだけの惨めさなんて、もう沢山。
何よりも、大切な人を失うことが怖かった。血を吐き苦悶の表情を浮かべながらも、盾となり続けてくれたロンルカストを思い出す。今度は、私が皆んなを守りたい。
魔法を習得した私が、ロンルカストを守りながら、炎の剣で大きなムカデと戦う様子を想像した。ふふ、ちょっとかっこいい。
うん。よし、頑張ろう!
そのためには、まずは魔法をちゃんと勉強して、杖も使えるようになって、あれ? 杖?
「杖結び!?」
はたと思い出す。そうだ、私は杖結びの儀式をしてたんだ。不思議な夢を見たうえに、寝起きで黒猫と小難しい話をしていたから、すっかり忘れてた!
次々と疑問が沸き起こってくる。
いつのまに家に帰ってきたのか、ロンルカストは大丈夫だったのか、あのムカデみたいな魔はちゃんと倒せたのか、そういえばさっき黒猫は、木が失われたって言ってなかった?
窓を見る。太陽はとても高い位置にあった。
もうお昼? とりあえず、セルーニを呼ぼう。
音泣きの魔術具を使って、起床の合図をした。さっき出て行っちゃったけど、黒猫用のいつもの花も、花瓶から抜いてそっと枕元へ置いておく。
お腹が空いたら、食べにくるかもしれない。
そんな事を考えていると、トントンと扉がなり、ピンクの髪がみえた。セルーニだ。
「おはようございます。お加減はいかがですか?」
「あ、セルーニ、おはようございます。体調は大丈夫です。寝坊してごめんなさい」
「いいえ、昨夜は大変だったと伺いました」
「私は全然、それよりも、ロンルカストの怪我の具合は!?」
「はい、ロンルカスト様は昨夜ミアーレア様を連れてご帰宅なさった時は、少々お疲れのようでしたが、今朝は回復していらっしゃるようです。ご安心下さい」
「そ、そうですか」
前のめりでロンルカストの体調を聞いたものの、セルーニの、昨夜は残業だったみたいですレベルの軽い返事に気が抜ける。
ちょっと疲れたとかで済ませていいの? 血、ドバドバ吐いてましたけど。貴族って結構、頑丈なのかもしれない。
「それと、ロンルカスト様より杖結びについてお伝えするよう承っております。ミアーレア様は、きっと気に掛けていらっしゃるだろうと」
「え? あ、はい。教えてくださいませ」
すごく気になっていた。気になっていたけれど、まさか、セルーニから聞けるとは思っていなかった。グッと体に力が入った。
「はい、魔は無事に倒すことができましたが、残念ながら、杖結びの儀式は失われたとのことです」
「そうですか…… 大丈夫です。そうかなと思っていましたので」
セルーニは、私のドレスの前側を整えながら、とても辛そうに言った。
私はというと、想定していたことなので、思ったよりも落ち込まずに済んだ。ふぅっと、体の力を抜く。
木から手を離して、幹を上っていた金色が消えた時点で、何となく分かっていたのかもしれない。自分で決意してやったことだから、悔いはない。
「それにしても、杖結びの儀式があんなに危険なものとは、驚きました。セルーニの時は、どうだったのですか?」
「私、ですか? 私は生まれた家の庭の木から枝を得ることができました」
「家の庭?」
「はい。縁のある場所から得るのことが多いかと存じます。生まれ育った家の庭や、思い出の地ですとか…… あ、ブレスレットが壊れていますね」
「あれ? ほんとだ。気がつかなかったです」
「お似合いでしたのに、残念です。一旦お預かりして、修復できるか確認いたします」
戦闘中にぶつけて壊しちゃったんだろうな。せっかくトレナーセンの顔も見たこともない両親が送ってくれたアクセサリーなのに、勿体ない。
細い金のチェーンに、小粒のブラックパールが連なったブレスレットは、パール部分が取れてしまっていた。可愛くて結構お気に入りだったから、ちょっとショックだ。しょぼん。
いや、ちょっと待って。これ、弁償しろとかいわれないよね?
パールが無くなっても高そうに煌くチェーンを見ながら、貴族のアクセサリーの相場を想像した。
魔の恐怖は、懐事情まで及ぶのかもしれないと、私はひとり青ざめたのだった。




