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魔との戦闘



「ひゃぁーーーっ、!」



 大口を開けた魔が、体を蛇のようにうねらせ前方の木々を避けながら、側面についた無数の人型の腕で、地面を蹴るようにして走る。土埃を上げ高速で迫り来る魔は、私達との距離を一瞬で詰めた。目の前が無数の歯で覆い尽くされる。



「すまない、2人とも! 油断したっ!」



 バサリとグラーレを羽ばたかせ、猛スピードで現れたアルトレックスが、突進する勢いのまま炎の大剣を魔の側頭部に叩きつけた。

 強靭(きょうじん)な頭部に大剣がガキンと食い込むも、切断には至らない。殺傷力よりも、魔の軌道をずらすことを優先したアルトレックスは、魔の頭部を押し返すように大剣を横なぎに振り払った。


 ロンルカストがつくる透明な障壁(しょうへき)であるバリアごと私達を飲み込もうと、顎門(あぎと)を開けて迫っていた魔は、アルトレックスの横からの攻撃に備えることができなかった。ガキン!という鈍い音とともに私達の前から姿を消す。

 アルトレックスの斬撃(ざんげき)を受け、横向きに吹き飛ばされた。

 派手に木々を()ぎ倒しながら吹き飛ばされるも、地面に自身の尾を叩きつけ、その反動で勢いを相殺する。崩れかけた態勢を、ムカデに似た体節の多い胴体をくねらせることで、空中で無理やり立て直し、難なく地面に着地した。巨体が激突した衝撃で、森が揺れる。



 胴体から無数に生える細い人間の腕で地面を掴み、低い態勢で構えながらギシャーと、不快な叫び声を上げる魔に、間髪(かんぱつ)を入れずアルトレックスの大剣が襲いかかった。


 魔はアルトレックスの攻撃を(かわ)そうと、しなりながら地面を駆けるも、先に攻撃態勢をとっていたアルトレックスの殺傷圏内から外れることはできない。


 回避が不可能と判断した魔は、ググッと胴体を縮めた。とぐろを巻くような形をとり、頭部を渦の中心に(うず)める。

 不気味な腕に一層の力を込めると、地面を蹴り弾丸のように、敢えてアルトレックスが迫りくる上空へ跳ね上がった。縮めていた胴体を、一気に伸ばす。

 大口を開けアルトレックスを食いちぎろうと地上から飛び出した魔と、大剣を振り上げ上空から魔に斬撃(ざんげき)を繰り出そうと高速で接近するアルトレックスが肉薄(にくはく)する。


 先ほどの戦闘で魔の行動を見切っていたアルトレックスは、襲いくる頭部を容易く避け、今度は身体の右側面へ斬りかかった。

 節足動物特有の体節が繰り返された胴体の輪郭(りんかく)に沿うように大剣を走らせる。(うごめ)く腕を根本から切り裂き、右側面の腕の一部を削ぎ落とした。


 ドサリドサリと切り離された無数の腕が地面に落ちる。投げ出された腕達は、親を探すかのように辺りをうぞうぞと()いまわり、やがてその動きを止めた。



 回避に失敗した魔は、右側面の腕を3分の1ほど失う。すでに先ほど受けた攻撃により、左側面の腕も半分ほど削られているため、巨体を動かす機動力はかなり低下した。

 しかし、魔はアルトレックスの斬撃を宙で受け地面に叩きつけられるように落ちた後も、速度を落とすことなく地面を這い突き進んだ。

 失った腕が生えていた部分から、ドロドロの赤黒い液を撒き散らし、辺りの木々や草は腐るように溶けていく。


 アルトレックスの射程範囲から外れた魔の赤黒い目線は、最初から私達がいる大木に合わせられていた。残った腕達をザワザワと波打つように動かしながら、一直線に私達に向かって移動する。


 魔と交差するように攻撃を与えたアルトレックスは、すぐに空中で一回転して追いかける。しかし、既にできている距離を埋めるには時間も速度も足りず、魔の進行を(さまた)げることができなかった。


 甘んじてアルトレックスの攻撃を受け、作り出したリーチにより、魔は私達の元にあっさりと到達する。

 先程は衝突(しょうとつ)したロンルカストの作る透明な障壁にぶつかることなく、ザリザリと一気にその上を駆け上がった。長い胴体と胴体から生えた(いびつ)な腕達が、しなりながら目の前を登っていく光景に、顔が引きつる。

 魔は、半球状の障壁の天辺でピタリと止まると、残っている腕でガシリと障壁を掴み自身の支えにした。


 追いついたアルトレックスと、魔は陣取った障壁の上で激しい戦闘を再開する。

 私達の頭上で、アルトレックスの繰り出す斬撃や余波が、重い衝撃となりロンルカストが作る障壁に伝わった。   

 


「うぐっ…… 」


「くそっ、これが狙いか、やり辛いな! ロンルカスト、耐えろ!」



 アルトレックスは、自身の攻撃による障壁の崩壊(ほうかい)危惧(きぐ)して、斬撃の火力を弱めた。

 グラーレの素早い動きで魔を翻弄(ほんろう)しつつ、切り刻むように斬撃を走らせ、強靭(きょうじん)な胴体の表面を剥ぐように削っていく。炎を(まと)った大剣が振るわれるたびに、魔と宙に真っ赤な軌跡が刻まれた。


 戦法を持久線に切り替え、魔の死角に潜り込むようにして胴体に傷を与えるアルトレックスに、魔は自身の強靭な体躯と鋭い歯を武器に、持ち上げた鎌首をしならせ襲いかかる。


 両者の斬撃の数が増し、攻防は苛烈(かれつ)した。しかし、アルトレックスの一撃が軽くなったことにより身体を支える必要のなくなった魔は、張り付いていた腕を障壁から離す。

 自由になった下半身を大きく振り上げ、胴体と同じく強靭かつ鋭く尖った尾を、宙でしならせた下半身ごと何度も障壁にうちつけた。

 ガキン、ガキンと障壁に衝撃が走る。ついに耐えきれなくなった障壁に、ピシリと亀裂が入った。



「ぐっ、ガハッ…… 」



 杖を前に構え、障壁を維持し続けていたロンルカストが膝をつく。



「ロンルカスト!!」


「彼、だいぶ辛そうだね。あぁ、これを守るために、無理やり魔力を伸ばしてるのか」



 限りなくこの状況にそぐわない、黒猫ののんびりとした声が足元から聞こえた。どうでも良さそうな顔で、大木を見上げる。

 これを守るため? この木を守るために、ロンルカストは無理をしてるの?



「ロンルカスト! 伸ばしている魔力を戻して!」


「できません! この木は、ミアーレア様が貴族であるために必要なものです!」


「私、杖なんかいりません!」


「申し訳ありませんっ! ヴァディーラ!」



 ロンルカストはサッと杖をこちらへ向け、早口で呪文を唱えた。大木から離れようとした私の両手が、意志とは関係なく吸い付くようにピタリと大木に張り付く。



「え!?」



 自分のもとへ走り出そうとした私が、グンッと大木に引き戻されるのを確認したロンルカストは、辛そうに立ち上がると再び前を向き杖を構える。

 杖の先から障壁へ伸びる細い光の量が増えた。薄くヒビが入った障壁が逆再生のように修正され、亀裂(きれつ)のない一枚の透明なガラスに戻る。


 頭上では、アルトレックスが鋭い歯を光らせ迫る頭部からの攻撃を避けることを優先し、後方に飛び退いた。その不意をつき、魔が跳ね上げた尾を縦横無尽(じゅうおうむじん)にうねらせながら、グラーレの右側の翼を引き裂いた。


 片翼(かたよく)を失いアルトレックスと共に落ちていくグラーレは、地面にぶつかる前に再び炎の翼をバサリと生やす。追尾する魔の尾を避けるため、グルンと鋭角に曲がると軌道を変え、上空へと舞い上がった。

 アルトレックスの攻撃が尾に(かたよ)る。魔の頭部は攻撃が止んだ隙をつき、顎門を大きく開け自身の足場であるロンルカストの障壁に襲いかかった。


 巨体の体重が上乗せされた鋭い歯の攻撃を受けた障壁に、ピシリとヒビが入る。

 尾よりも重い打撃が執拗に繰り返され、細かなヒビが障壁全体に伝わっていく。



「うっ、ぐはっ!」



 ロンルカストが再び膝をついた。口元から流れる血がポタポタと落ち、地面を赤く染める。



「ロンルカスト、これをとってください! 逃げましょう!」


「なりませんっ! 満ちるまで、あと少しの辛抱です!」



 頭上の鳴り止まない激突音と、ピシピシと枝葉を伸ばすように広がっていく障壁のヒビ。ロンルカストは、膝をつきながらも、杖の構えを崩さず障壁を保っているが、全体へと広がり尽くしたヒビは、今度はその亀裂(きれつ)の深さを増していく。


 大木の幹に張り付いた私の両手は、どうあがいても自力で剥がすことはできない。漠然(ばくぜん)とした焦燥感(しょうそうかん)と何もできない無力感が(つの)るも、どうしたらいいのか分からなかった。

 混乱した視線が彷徨(さまよ)う。視界の端に、私の足元で座る黒猫が映った。お腹を地面につけ、後足を折りたたんだ状態で、前足を前に伸ばし何もない森の奥を見つめている。



「黒猫ちゃん! これ、どうしたら剥がれるの!?」


「どうしてそれを望むの? 君は杖が欲しいんでしょ?」



 黒猫は、金色の瞳を動かし私を見上げると、コテリと首を傾げた。



「杖なんか、どうでもいいよ!」


「あぁ、そうだね。杖が手に入って貴族になったら、こんな怖い魔と沢山戦わなきゃいけないもんね」



 魔の頭部は鎌首をしならせながら、真下へ向けた強い攻撃を繰り返し与え、障壁を崩壊させようとする。

 グラーレの翼をはためかせ猛スピードで戻ってきたアルトレックスが、攻撃力の高い頭部の軌道をずらし魔を障壁から引き剥がそうと格闘するも、大剣の火力を上げれば(もろ)くなった障壁の崩壊へと繋がるため、決定的な一撃を加えられずにいた。

 上空へ大きく振り上げられた尾が、一際大きな音を立てながら障壁を叩きつける。



「うっ、ぐぅ…… 」



 杖を前に構え続けるロンルカストの、苦しそうな(うめ)き声が聞こえた。口からゴボッと大量の血が溢れる。ボタボタッと音を立てて地面に落ちた。



「お願い、助けて! このままじゃロンルカストが死んじゃうっ!」


「彼がいなくなれば、君を貴族の街に縛るものが一つ減るじゃないか。平民の街に帰りたいんでしょ?」


「やめてっ! そんな、そんなこと私は望んでない!」


「杖結びが失敗すれば、大好きな平民の街へ帰れるかもよ? 彼とこの木がなくなれば、君の(うれ)いも減る」


「そんなのできない! みんなを置いて、自分だけ平民街に戻るなんて、もう無理だよ!」


「大丈夫。全部忘れて、怖い魔は今までみたいに、偉そうな貴族達に任せておけばいいんだよ」


「無理だよ! もぉ知っちゃったのに、今更知らないふりなんてできないっ!」


「そう、じゃぁ、君はどうしたいの?」


「見ない振りは、もうしない、守ってもらうだけなのも嫌っ! わたし、わたし貴族になってみんなを守る! でも、誰かを犠牲にしてまでして手に入れる杖なんか、なくったっていい!」


「それが、君の答え?」


「お願い、この手を()がして、私のせいで、ロンルカストが死んじゃう! 杖なんかよりも、ロンルカストの方がずっと大事だよ! 私、ロンルカストを守りたいのっ!」


「……やっと自分の巣を見つけたんだ。クスクス…… 長い、お散歩だったね?」



 黒猫の身体の輪郭(りんかく)がぼやけ、闇夜に溶けた。足元に残った二つの金色の瞳からは瞳孔が消え、二つの小さな光となり、ゆっくりと私の目の前まで浮かび上がると互いの距離を縮め、一つの大きな光になったのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。


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