冒険者のパワースポット
「え? パルクスさんが、また魔と戦闘になったんですか?」
お玉杓子を手に持ったままフリーズした。
「そう、しかも火属性が二体! やべぇだろ? 護衛で生き残ったのパルクスの兄貴だけだったから、ギルドは大騒ぎだったって話だよ」
興奮しながら話すパルクスさんと同じ冒険者の彼を見つめる。ポカンと開いた口が、塞がらない。
パルクスさんはこの前、魔には滅多に合わないと言っていた。
あの言葉は、なんだったのか。
私を安心させるための、口から出任せだったのか。心配と、嘘をつかれたショックが入り混じり、胸がツンとした。
目にかかったグレーの前髪をかきあげながら、彼は続ける。
「兄貴も最近運がねえよな。連続で魔と逢うし、長年組んでた相棒も、亡くしたばっかしだし」
「……そうですね」
なんとか相槌を打つ。空中で止まっていた手を動かし、お玉杓子を洗った。前回の依頼で消耗した薬を買い足しに来た彼が、カウンターに並べた小瓶達に目を落とす。少しずつだが減っている薬達を見て、冒険者の過酷さを感じた。
次の小瓶へ薬を注ぎ足すため、清めたお玉杓子を別の大瓶の中へ沈める。
トプン、と音が鳴った。
相棒の人、なんていたんだ。
私、パルクスさんのこと何にも知らないな。
「まあでも、その功績が認められて、冒険者ランクが上がったんだ? すげえよな? それでこの前、ローゼン亭でパルクス兄貴の祝勝会があってな? そん時に、酔った兄貴が言ったんだ。生き残れたのはミアのお陰かもなって!」
「あぁ、最近新規のお客さんが増えたのは、そういうことだったんですね。」
なるほど、と納得した。そう、最近店になぜか一見さんの冒険者が来るようになったのだ。
基本、この店には常連の客しか来ない。突然増えた見知らぬ冒険者達に、いったい何があったのだろうと、みんなで首を捻っていたのだが、原因は私だったようだ。
パルクスさんの発言を発端に、噂が噂を呼び、ジンクスなどを重んじる冒険者たちから、いつの間にかパワースポット認定されていたようだ。
客が増えれば当然、用意しなければならない薬の量も多くなる。
不足が目立つようになってきた大瓶を補充するため、先輩達は前にもまして、製薬作業に精を出すこととなった。今も裏でせっせと、ゴリゴリ作業をしている。
ことの真相が分かれば、お前のせいか! と糾弾されるのは、想像に難くない。
うん、真実を言うことが正しいとは限らないよね!
この事は、心の中にしまっておこう。私はそっと、心の古箪笥の鍵を締めた。言わぬが花である。ちょっと意味が違うか。
そういえば新しく来てくれるようになった冒険者達は、総じて愛想が良かった。面倒な私の質問にも、最初は驚いた顔をするが、ちゃんと答えてくれる。
「最近の冒険者は、良い人が多いなぁ」と思っていたが、こういうことだったのか。縁起物の私からの質問に、丁寧な回答というお布施をしてくれていたのだ。
謎は解けた。二つも解けた。
真実に、じっちゃんも蝶ネクタイもいらないのだ。ワトソン君も、しょんぼりである。
「そうそう! もちろん俺も、ミアちゃんの御加護を得たくてきた口の1人だから」
目の前の冒険者、アトバスさんはグレーの長髪を掻き上げながら言った。20代で冒険者にしては細身のアトバスさんは、銀色の膝当てなど、キラキラした装備をつけている。腰に刺している剣もパルクスさんと比べると軽そうだ。
同じ冒険者でも、使い込まれた皮装備のパルクスさんとは、全く違う出で立ちをしている。
髪を後ろに流そうと腕を上げた拍子に、冒険者特有の汗と鉄が混ざったような匂いがした。
最近来店するようになったアトバスさんは、「俺って若手のエースだから!」と、バチンとウインクをしながら言っていたが、私は話半分にして受け流した。なぜならば、ここに来る冒険者の殆どが「俺、強いんだぜ!」と同じことを主張するからだ。
「御加護って、そんな大そうなもの、持ってないですよ」
無い袖は、振れない。
私は、先輩様方がせっせと夜なべをして作った貴重な薬を、溢さないように慎重に小瓶へ注ぎ入れる。
そんな虚構を信じて、無茶をされたら困る。ただでさえ、冒険者なんて危険な職業なのだから。
作戦はガンガン行こうぜ! ではなく、命大事に! で設定して欲しい。
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御加護か……。
アトバスさんの邪気のない笑顔を見て、私の脳裏に、ブワッと前世の記憶が蘇った。
テレビの健康番組で、これこれを食べれば病気にならない!と大々的に放送される。
モニター越しにゲスト芸能人達が、「これは凄い!」と、大袈裟なリアクションで驚いている。
テレビの影響は大きい。
翌日になると、スーパーには紹介された商品を求める人々が列を成し、棚はすっからかんになるらしい。
スーパーだけではない。余波は多岐に及ぶ。波の一端を受けるのは薬局だ。
放送翌日、患者さんからの質問責めに遭う、こちらの身にもなってほしい。わざわざ、新聞記事を切り取って持ってくる人もいるのだ。
シジミを毎日食べるだけで寿命が延びるなら、世界中の皆がシジミを取り合うよ!
なんかひとつ食べれば健康になるなんて、そんなお手軽な魔法、ないから!
テレビや新聞の情報に踊らされた患者さんの、シジミに関する熱弁を聞き流しながら、話を切るタイミングを伺う。「何事も適度にバランスよく取ることが大事ですからね」と、医療従事者として最低限のアドバイスを挟むことも、忘れてはならない。
「有名な司会者、〇〇さんも言っていたのよ!」と、話が止まる気配のない患者さん。その後ろからは、ソファーに座ってイライラと薬を待つ、他の患者さん達が見える。彼らからの視線は冷たい。
( 無駄話なんてしてねぇで、早く薬出しやがれ! )
無言の罵声が、聞こえた。
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「いいのいいの、俺たちにとって験担ぎも大切だからさ。〝マイジスの尾にもレノンテを持つ〟っていうだろ? 」
ミーハーな日本人の相に、思いを馳せていた私の意識は、アトバスさんの明るい声で此方の世界へ引き戻される。
マイなんとかのオニモ? レノン? なんて言っていたのかよく聞こえなかったが、まぁいいか。
「これ、まだオフレコなんだけど」
「職業上、担げる験は担ぎたいからさ」彼は爽やかに笑いながらそう言うと、声を潜めカウンターに顔を寄せてきた。
「実は、もうすぐ調査隊が組まれるんだ。パルクスの兄貴が今回仕留めた二体とこの前の一体が、群れの逸れなんじゃないかって、ギルドが見解を出してる。それで腕の立つ冒険者にだけ、極秘に調査隊への参加をオファーしてるんだ。俺にもその誘いが来てさ」
「え? その調査隊って魔の群れ、魔が沢山いるとこへ行くんですよね。それってすごく危ないんじゃないですか?」
ハッとして顔を上げた。目の前のアスバンは、飄々と答える。
「冒険者に危険はつきものだぜ。それに、ギルドから指名されたんだ。男として、受けるしかないだろ?」
「ミアから薬も買ったしな!」誇らしそうにそう言ったアスバンさんを見て、不安に駆られる。
「まあ、調査隊だから遠くから確認するだけさ。実際に討伐するのは、お貴族様だよ」
私が表情を曇らせたのを察したアトバスさんは、小さい子を安心させるように、優しく付け加える。だが、先ほど学習したばかりだ。
この前パルクスさんも、大丈夫と言っていた。冒険者の大丈夫は信用できない。私はアトバスさんを見る目の力を、グッと強めた。
「本当に大丈夫だよ。それに本当に群れがいるかも五分五分だしね。無闇に住民を不安にさせないように、これは極秘なんだ。ミアちゃんもエルフだから口は硬いだろうけどこの話、秘密にしてくれよな?」
「私、エルフじゃないですよ。もちろんこの事は、誰にも言わないですけど」
「そうなの? 肌が真っ白だから、エルフかと思ってた」
言い訳をするように両手を振って早口で喋っていたアトバスさんは、私がエルフじゃ無いと聞き、少し驚いた表情をする。カウンターにつけていた肘を離し、まじまじと私をみた。
突然全身を見られて恥ずかしくなった私は、コホンと咳払いをする。
「確認だけって言っても、危険に変わりはないですよね? アトバスさん、アトバスさんもやっぱり、あまり回復薬を使わないんですか?」
「回復薬?ああ、殆ど使ったことないな。こういう高級な薬は、いざという時のために、残しておきたいし」
「薬は使ってなんぼです。安くないし温存するのが悪いとは言いませんけど、命よりも大切なものなんてないでしょう?」
「ナンボ?……まあ、そうだな。よし決めた! せっかくの機会だし買い換えるぜ! ミアちゃん、この回復薬、中身捨てて詰め替えてくれ」
「はい!」
元気よく答え、回復薬の大瓶を取りに壁の棚へ向かう。
「あー、回復薬買うなんて何年ぶりかな。当分は昼飯抜きだー、この商売上手め!」
背中越しに、アトバスさんの嘆き声が聞こえた。カウンターに突っ伏して、大袈裟にテーブルを叩く動作をしている。
私はにししと笑うと「毎度ありがとうございます!」と、大瓶を抱えながら答えたのだった。
おかしい。自然とダークマターがこぼれ落ちてしまう。
こんなに薬剤師あるある(という名の愚痴)を垂れ流すはずじゃなかったのに。
次回は冒険者パルクスのダークマター。
初めてのシリアス回です。ほのぼのじゃなくてすみません。
たまにはしょっぱいものも、食べたくなりませんか?