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薬屋への寄り道



「ミグライン店長! ただいま帰りました!」



 店頭幕をくぐって店内に入るなり、私はカウンター横に立っていた店長に抱きついた。

 前に来てからまだ1週間しか経っていないけれど、すごく久しぶりな感じがする。

 ギュッと抱擁を返してくれた店長からは、薬草を煮詰めた香りがした。懐かしくてホッとする甘苦い匂いだ。



「 ……元気だったかい?」


「はい! なんとか頑張っています!」


「ミアーレア様、こちらをどうぞ」


「あ、はい。 ……店長、これちょっとですけど、回復薬です」



 もう少し、このまま安心する匂いの中に鼻を埋めていたかったのに。

 ロンルカストに促され店長から離れると、口を尖らせながら受け取った回復薬を店長に渡す。


 私の背中に回していた腕をほどいた店長は、その手で2つの回復薬を受け取った。

 やや緩めていた表情を真剣なものへ戻し、ジッと見つめて色味をした後、瓶の蓋を開け手で仰ぐようにして匂いを嗅ぐ。

 軽く瓶を傾けて、指に垂らした一滴の回復薬をペロリと舐めると判定を下した。



「ん、これは合格で、こっちはダメだね」

 

「うっ……。はい」


「そろそろ、素材も少なくなってきただろう? これ、持ってきな」


「え? そんな、悪いですよ。受け取れません」


「前回のと合わせて、ちゃんと元は取れてるさ。その代わり、また作ったら持っておいで」



 店長が目で示したカウンターの上には、回復薬の素材でパンパンになった幾つかの袋が置いてある。


 あ、今日私が来るとわかっていたから、用意してくれたんだ。

 調剤部屋じゃなくて、こっちにいたのも、私を出迎えるため?

 言外に込められた、店長の優しさに胸が詰まる。

 

 貴族街に行くことになっても、店長は変わらず私の事を思ってくれている。

 離れていても見守ってくれる、まるでお母さんみたいだ。

 自分の事を心配してくれている人がいると思えるだけで、こんなにも心強いんだね。


 また帰っておいで、いつだって待ってるさ。

 不器用な暖かさを滲ませたミグライン店長の、少しぶっきらぼうな声が聞こえた気がした。


 すり減っていた心の電池が、見る見るうちに充電されていく。

 心に収まりきらず溢れ続ける嬉しくてちょっとだけ苦しい何かに、じんわりと全身が満たされた。

 


「 ……はいっ! ミグライン店長、ありがとうございます!」


「ミア、これ」


「あっ、サルト先輩!」


「持ってけ」


「わぁっ! また冒険者の方達から、情報を集めてくれたんですね。本当にありがとうございます!」


「あぁ」



 サルト先輩がスッと差し出した紙に飛びつく。

 その拍子に、店内の隅で居心地が悪そうに、身体を縮めているアズールさんが目に入った。


 しまった。紹介するって約束してたのに、店内に入った瞬間、すっかり頭から抜け落ちてたよ。放置しちゃってごめんなさい、アズールさん。

 サルト先輩にお友達が増える折角の機会を危うく逃すところだった。危ない、危ない。



「そうそう。先輩と仲良くなりたいっていう人がいるんです。こちら、アズールさん。ザリックさんのところの、工房見習いの方です」


「 ……。 」


「はっ、はじめまして、サルトさん。俺、アズールと言います!」


「 ……。 」


「あのっ、この前見かけた時から、仲良くなりたいと思っていて、よ、良かったら俺と、友達になってください!」


「 ……。 」



 突然名前を出されたアズールさんは、慌ててこちらにやってきた。

 サルト先輩の前に立ち早口で自己紹介すると、照れくさいのか俯いて床を見つめている。


 大きくなると、友達作るのって結構恥ずかしいよね! 

 アズールさんの暗めの黄色い髪の間からのぞく、真っ赤になった耳を見ながら、微笑ましい気持ちになった。


 友達申請が余程嬉しかったのか、サルト先輩の目はジッとアズールさんを見つめている。

 アズールさんは身長が高いので、サルト先輩が見上げるかたちだ。

 無表情無言で、いつもの顔面能面セットを決め込んでいるが、緑色の前髪だけは心なしかソワソワしている気がする。



「お友達が増えて良かったですね、サルト先輩!」


「 ……。 」


「ふふっ、サルト先輩にも喜んで貰えて良かったです」



 サルト先輩は、無言のままチラリと視線だけを私に向けてきた。どうやら満更でもないようだ。

 喜んでもらえて良かった! 双方に朗報なようで、仲介人の私も嬉しくなる。



「ミアーレア様、そろそろお時間でございます」


「え? ロンルカスト、もうですか?」


「ミアーレア様は、貴族として取り付けた約束を、如何がなさると仰いましたか?」


「うぅっ。それを今言うのですか…… 」



 もっと話していたかったし、サルト先輩の新しい友達作りという面映い瞬間も、もう少し見守っていたかったが、惜しくも時間切れとなってしまった。

 店長と先輩達に、今日は時間が無いからもうお別れしなければならない事を伝え、泣く泣く店を後にする。

 

 店を出た私の目に映ったのは、店前でワイワイと楽しそうに話す常連さん達とロランさんの姿だった。


 皆、今日も私の為に来てくれたんだ……。

 前回、工房から薬屋に着いて馬車を降りた時、馬車を取り囲むようにずらりと並んだみんなの姿にすごく驚いた。

 工房ではしゃいだ疲れから、馬車ではウトウトと寝てしまっていたため、外の様子に全く気がつかなかったのだ。


 貴族仕様の馬車を見た皆んなが、私が来たのだと気付いてわざわざ集まってくれたと聞いて、あの時は嬉しすぎて胸が張り裂けるかと思った。

 今日も、同じように馬車を見て皆んな、駆けつけてくれたのだろう。


 ロンルカストにタイムオーバー宣言をされたが、そんなの関係ない。

 乗り込むべき馬車の横を通り過ぎ、一目散にロランさんや常連さん達の元へ駆け寄ると抱きついた。



「ロランさん!」


「ミアちゃん、久しぶり! また会えて嬉しいな」


「私も! ロランさんに会えてとっても嬉しいです!」


「ミアちゃん、今日は布をたっくさん用意してきたから、泣いても良いんだぜー?」


「今日は泣いてないですよ! パルクスさん! 」


「ほらほら、我慢しないで受け取りな?」


「むぅー!」


「兄貴ミアちゃんのために、わざわざこの綺麗な布、店で買ってましたもんね?」


「えっ? 本当ですか?」


「おぃ、アトバス! いやいや、これは家にあったやつ、適当に持ってきただけだからな」


「パルクスの家に、そんな綺麗な布があるわけないじゃない」


「ふーん。パルクスさんは、私のためにわざわざ新しい布を用意してくれてんですね? んー、しょうがないから、受け取ってあげても良いですよ?」


「いや、だから、ちげぇーって!」


「お嬢ちゃん! さっき言ってた、サルトさんが俺と友達になるのを喜んでたって、本当か!?」


「え? あ、はい。すごく喜んでましたよ?」


「そうか…… そうなのか……!!」


「ミアーレア様」



 破顔のアズールさんや、常連さん達との楽しい会話は、ロンルカストに促され呆気なく終了となった。

 そんなに疲れてないのに、本当に心配症なんだから! ロンルカストを睨みながら不満タラタラで馬車に乗り込む。

 ガタゴトと揺れる程よい振動に耐えきれず、程なくして私の意識は思っていたよりも近くにいた睡魔のもとへと旅立った。


 だから言ったでしょう? と、呆れと心配の色を含んだロンルカストの言葉が、最後に頭に響いた気がした。



 お読みいただき、ありがとうございます。


 少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。 

 創作の励みになります。どうぞ宜しくお願い致します。

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