試作品の出来栄え
「ミアーレア様、本日の外出はお控えいただいたほうが――」
「ロンルカスト! モグモグ…… ゴックン。私、もう大丈夫ですから!」
外出を渋るロンルカストの言葉を、口に含んでいたスープを飲み込みながら遮った。
もうすぐ四の鐘が鳴るので、少し早めだが昼食を取っている。
丸一日、何も食べていなかった胃を驚かせないようにと作られた、クタクタに煮込まれた野菜と、セルーニの優しさがたっぷり入った、とても消化に良さそうなスープだ。
いつもは食後の一息、ティーポットと遊んでいる時にやってくるロンルカストだが、食事中に来るとは珍しい。余程、私に苦言を呈したいようだ。
だが、そうはさせない。絶対に、今日は平民街に行くんだから! 私の決意は固い。
はやる気持ちを抑えて、スープを掬ったスプーンをゆっくりと口へ運ぶ。
急いで食べて具合が悪くなったり、万が一にでも体調を崩して、ロンルカストに付け入る隙を与えてはいけないのだ。
「全く。ミアーレア様のお支度をするなど、セルーニは、一体何を考えて―― 」
「セルーニは悪くありません! 私が無理を言ってお願いしたのです!」
私の我儘の責がセルーニに飛びそうになり、慌ててフォローする。
セルーニは、困惑しながらも私の気持ちを汲んで、支度を手伝ってくれた。
「昨夜入れなかった分のお風呂は、少しでも体力を温存できるよう、簡単な湯浴みに致しましょう」と、少しでも私の負担を減らそうと気遣ってくれたセルーニが、ロンルカストから叱られては堪らない。
「つまり、無理を言っている自覚は、おありなのですね?」
「うっ、それは……。でっ、ですが、えっと、そうだっ! 工房長とも、今日試作品を見に行くと約束をしたのです! 貴族として、取り付けた約束は守らねばなりません!」
「 ……かしこまりました。平民街へ行く手筈を整えて参ります」
「本当ですか!? やった!!」
「但し、滞在時間に関しては、私に従っていただきますことを、ご承知おきください」
「もちろんです!」
ロンルカストは、足早に部屋を出て行った。
きっと馬車の手配や外出の許可取りをしに行ってくれたのだろう。
置き土産のように最後に釘を刺していったのが、とても彼らしい。
私はルンルンッと鼻歌を歌いながら、残りの食事をお腹の中へと運ぶ。
心配性のセルーニとロンルカストの反対を押し切り、平民街行きのチケットをゲット出来た。
いろんな意味で大満足の食事が終わり、食後の紅茶を飲む。
ロンルカストが少し隙間を開けたままにして出て行った扉から、その理由である黒猫が飄々とした顔で入ってきた。
近くまでくると、シュタッとジャンプして隣の椅子に飛び乗る。
器用に後脚で立ち、前足と顎をテーブルの端に引っ掛けるようにして乗せた。猫の胴体って、伸びると結構長いよね。
フンフンと鼻の頭を動かす黒猫は、食事の匂いに釣られてやってきたのだろうか。
「黒猫ちゃん、お腹が空いてるの? セルーニに何か作ってもらおうか」
「んー、今は大丈夫」
「そう? あっ、今から平民の街へ行くんだけど、一緒に行く?」
「僕は行かないよ。あれは、動きにくいから苦手」
「動きにくいってほど、馬車の中は狭くないよ?」
「同じ4本でも、グラーレのを借りるより自分のもので歩く方が好きなんだ」
「揺れに慣れれば、馬車も結構便利だよ。中も意外と広くて、黒猫ちゃんなら足だって、4本とも充分に伸ばせると思うけどなぁ」
「もう薬草園には行かないの? 僕、あっちの方が好きだよ」
「うーん、それはロンルカストに聞かないと分かんないや。けど、ポメラのストックも減ってきたし、そろそろ採取に行くのかな?」
「ふーん。じゃぁ、その日が早く来るように、僕は、もう寝なきゃ」
そう言うと黒猫は、テーブルに乗せた顎と前脚をヒョイっと椅子に戻す。横向きに寝転がり、背中を丸めた。
尻尾を鼻先に付けるようにして、くの字に曲げた前足で顔を隠している。
見事なニャンモナイトとなった黒猫を見ながら、なんだかんだこの家に住み着いてくれているなぁと安心した。
猫だけにもっと気ままに、どっか行っちゃうかもと心配だったけど、今のところは大丈夫そうだ。
同行を断られた黒猫のお昼寝を見届けた私は、呼びに来たロンルカストと共に平民街へと出発した。
乗り込んだ馬車はグラーレに引かれ、ガタゴト、ガタゴト、と進む。
窓から見える景色が、綺麗だけど面白味のない貴族の街から、雑多な平民街へと変わる。ソワソワしながら窓枠に手をかけた。
早く着かないかな。馬車は見慣れた道をゆっくりと進み、やがて工房の前で止まった。
ロンルカストから、今回も特別に店内ではベールをとってもいいと、お許しをもらっている。
玄関でセルーニに付けてもらったベールを、脱ぎ捨てるようにはずした。
どうせすぐ取るんだから、要らないんじゃないかと思うけれど、平民街に来るときは貴族の嗜みとして、付けなきゃいけないらしい。貴族、面倒くさい。
ついでに、お上品な言葉遣いも馬車の中にポイッと脱ぎ捨てておいた。
「こんにちは、ザリックさん!」
「来たか嬢ちゃん! 待ってたぜ!」
「はいっ! 楽しみにしていました。試作の方はどうですか?」
「おぉよ! まぁ見なって、今回も完璧に仕上げておいてやったぜ? 」
工房では今日も沢山の見習い達が忙しなく作業をしていた。
金槌で鉄を打つカンカンっという音や、大きな機械を動かす音が響いている。
鉄を溶かすための窯の火と、男達の熱気で溢れた工房内は、冬なのに少し汗ばむほどだった。
ザリックさんに案内された私は、お弟子さん達の横を通り過ぎて奥のカウンターに向かう。
カウンターの上には、グレーの布で包まれたそれっぽいものが置いてあった。
作業着を肩までまくり上げ、今日もキレッキレの上腕二頭筋を披露しているザリックさんは、自信満々の顔で包まれた布ごとそれを私に手渡した。
どんな感じになったんだろう? 注文るす時にザリックさんがササっと描いてくれたデザインが素敵だったから、期待値がガンガン上がっている。
クリスマスにもらったプレゼントを開くように、受け取ったグレーの布をそっと開いた。
「わぁ!! さすが、ザリックさんです!!」
上がりまくっていたハードルさえも余裕で超える、想像以上の出来に感嘆の声をあげる。布の中から現れたのは、一つの芸術品だった。
濁りのない透明なガラス瓶の表面には、鈴蘭に似た花が刻まれ、いくつもの美しい輝きを放つクリスタルが嵌め込まれている。
形も二つの瓶をくっつけただけのサンプルとは違い、滑らかな傾斜だ。高級ブランドの香水ですと言われても納得出来る。
ドロドロだったスライムオイルは、どう調整したのかサラサラとまったりの間くらいの粘度になっていた。
中に入っている細かく砕いた鉱石の色が、光に反射してキラキラと虹色に輝いている。
サンプルとして手渡した、素人の私が作ったスラ時計とは、もはや別物だった。全くかけ離れている。
注文する際、デザインやイメージのすり合わせを軽く行なったが、まさかこんなに素敵な仕上がりになんて、思ってもいなかった。
「とっても、美しいです! ロンルカスト、これは独り言ですが、ディーフェニーラ様にも、きっとご満足していただけますよね?」
「はい。満足に価する品かと存じます。そして、どうやら私のグラーレが戻ってきたようですね。ミアーレア様、そろそ――」
「あっ! ロンルカスト! わたくし、少し肌寒くなってまいりました! ですが、コートを馬車に置いてきてしまったのです。申し訳ないですが、取りに行ってもらえますか?」
「 ……承知いたしました」
渋い顔のロンルカストが工房を出た隙に、ザリックさんから例のものを受け取り、薬屋時代に稼いだなけなしのへそくりで支払いを終える。
「ザリックさん、これも素晴らしい出来です!」
「そうだろう? こっちも完璧にしといてやったからな」
にししと2人で悪い顔をしながら、秘密の注文品をコッソリとポッケにしまう。
直ぐにコートを手にしたロンルカストが戻ってきたので、悟られないよう白々しい会話を続けた。
「コホン…… ザリックさん、今日はあまり時間が取れなくて、この辺で失礼します。また来週、遊びに…… じゃなくて進捗を伺いに来ますね! 急いでいないので、ゆっくりと製作をお願いします」
「いいってことよ、貴族も色々と忙しいんだろ? また完璧に作っといてやるから、安心しな!」
「はい! ザリックさんのこと、信用しかしていませんので!」
ロンルカストから見えないようにポンポンッとポッケの膨らみを叩く。2人でニヤリと通じ合った後、表情を戻し工房をでた。
「おい、アズール! 今日も見送ってやれ! 」
工房の前に止まった馬車へ向かっているとザリックさんからドヤされた弟子の1人が、虚な目で工房から出てきた。
この前も見送ってくれた人だが、今日はすごく疲れているみたいだ。工房の見習いって大変なんだな。
忙しいのに申し訳ないと思っていると、おずおずとお弟子さんが声をかけてきた。
工房から出る際にベールを被ったのだが、こんな私でもベールを被ると貴族感が出て話しかけずらいのかもしれない。
「 ……なぁお嬢ちゃん。ちょっと聞きたいんだが、あの店で働くエルフって、やっぱり結構年上なのか? 」
「エルフの年ですか? そうですね。私も年齢を聞いたときは、見た目との違いに驚きました」
「そうか…… そうだよな…… 」
「あっ、でもあんまり見た目と変わらない人もいますよ! サルト先輩、えっと、緑髪の先輩は私よりも少し上くらいでしたし」
「そうか!! あの子はサルトさんって言うのか! うん、ボーイッシュでいい名前だな!」
「ボーイッシュ? えーっと、お友達になりたいのでしたら、良かったら紹介しますよ」
なるべくフランクに返事を返すと、お弟子さんのテンションは瞬く間に急上昇した。
エルフの友達が、そんなに欲しかったのだろうか。
サルト先輩って出不精で友達少なそうだし、知り合いになりたいって人がいると聞けば、悪い気はしないだろう。
この人は、確か前に不審者情報を教えてくれたし、良い人だ。
ザリックさんの工房見習いだから、身元もしっかりしている。流石に見ず知らずの人は紹介できない。
是非お願いします!と、意気込むお弟子さんに、サルト先輩へのお友達という名のお土産を棚ぼたでゲット出来た私も、ニッコリと笑顔を返したのだった。
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