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杖結びの儀式



「ディミゴルセオスの杖?」



 つい釣られてロンルカストに示された方を見ると、ヨモギのような草が生えていた。なんか、雑草みたい。 道端とかに普通に生えていそうだね。

 大層な二つ名に見合わず、素朴な草だなと、失礼なことを思いながら(しゃが)み込んでアルーセを摘む。 

 ベルクムと違い、アルーセは触れても光らなかった。



「水の属性には〝癒しの花〟シャーラムを、火の属性は、この火食い草を使いましょう。土の属性はポメラが宜しいかと。風の属性には彼方で上から垂れ下がっている、ツェラーフェの蕾をお取りください」



 上から覗くようにして私の手元を確認したロンルカストは、矢継ぎ早に他の属性の説明をする。

 私は言われるがまま、指定された薬草や花を摘んだ。

 

 採取のために立ったり屈んだり、背伸びをして蔓から蕾をぶら下げる鬼灯(ほおずき)のような形のツェラーフェに手をグッと伸ばしたりする。

 ちょっと疲れたところで、残りの5種類、全ての属性が集まった。


 ふぅっと、一息つく。

 いつのまにか、私たち3人の周りには、透明な蝶達がヒラヒラと飛び交っていた。



「これはまた、美しいな…… 」


「はい。本当に、綺麗ですね」



 後ろに立つアルトレックスからポロリと落ちた言葉に、私も強く頷いて同意する。

 アロマ作りのためにポメラの採取をする時は、真上に昇った太陽に照らされて羽を虹色に輝かせていた蝶達だが、陽が沈みかけた今は、その羽を赤みがかったオレンジ色に染めていた。


 アルトレックスと共に、ぼぉっと眺める。

 一羽の蝶がヒラヒラと顔のそばを通りすぎ、私の頬を、サラリと羽で撫でた。



「ふふっ、くすぐったい」



 薬草で手が塞がっていたので、顔を上にあげたり、横に振ったりして戯れてくる蝶と遊んでいると、ロンルカストから声がかかる。



「ミアーレア様、採取された薬草を一つずつ、こちらにお入れください」


「あ、はい! わかりました」



 おっと危ない。 うっかり遊んでいて、怒られるところだった。 

 名残惜しいけれど、蝶にバイバイをする。

 物分かりの良い蝶は、私の頭上を3度ほど回った後、ツゥッと離れていった。

 ポメラが咲く方向へと飛び去った蝶を見送り、先ほどと同じように片膝をついた体勢で待つロンルカストの元へと早足で向かう。



「ツェラーフェ、シャーラム、ポメラ、アルーセ、火食い草の順に、一つずつ奉納してください」



 ロンルカストの言葉にコクリと頷き、金の丸皿へ、詰んだばかりの薬草を入れた。

 なるべく腕を伸ばして、金皿を直接覗き込まないように注意する。私とて、同じ轍は踏まないのだ。

 ベルクムほど強くはないが、金皿からは薬草を入れるたびに、ポワリ、ポワリと淡く様々な色が溢れた。



 ツェラーフェは翠色、シャーラムは藍蘭、ポメラは琥珀色で、アルーセは銀色。最後の火食い草は朱色だった。

  全部、色が違うんだ。それぞれの属性の色なのかな? それとも花、固有の色?



「これで、準備は完了となります。少々重いですが、下からこちらの金属部分をお持ちになってください」


「え? 帰りは私が持ってもいいのですか?」


「はい。万が一にでも、私やアルトレックスが触れないためです。来た時と違い、不通布で包むこともできませんので」


「そういうことですか。分かりました」


 私以外の魔力が混ざるのは、儀式的によくないんだろうな。

 私もこの儀式の成功には自分の首がかかっているので、失敗するわけにはいかない。

 ロンルカストから、慎重に魔術具を受け取った。


 重くても頑張って離れまで運ぼう!と、決意して受け取ったが、幸いにも見た目ほどの重さはなかった。離れまで運ぶのは、問題なさそうだ。



「この板は、魔力を通さない特殊な金属です。金皿部分に触れますと、儀式が進行してしまいますので、ご注意ください。離れに戻りましたら、真ん中の魔石に魔力を通し、導きを賜る(たまわる)儀式を開始いたします」


「分かりました。離れまで、気をつけて運びますね!」



 このピンク色の大きいやつ、宝石じゃなくて、魔石だったんだ。儀式ではこの魔石に魔力を通すんだね。 直接、触れるのかな? 両腕に抱えた金属板の上に乗る、金皿に目を向けた。


 水底には神饌として奉納した6種類の薬草と、ブローチが沈んでいる。

 水面が揺らいでいるため、少し歪な形に見えるブローチの中心では、ピンク色の大きな魔石を囲む6粒の小石たちが、先ほどの光った色と同じように、それぞれ違う6種類の色を帯びていた。



 ん? ピンク色の魔石に、薄らと(ひび)が入っている気がする。 

 水面が揺れてるせいで、そう見えるだけかな? さっきは割れてなかったし。確かめようと、丸皿を覗き込んだ瞬間だった。


 ピキリッ!


 硬い金属が割れる甲高い音が、静かな薬草園に響いた。



「きゃっ!」



 驚きで目を丸くする私の前で、ピンク色の宝石が輝きだした。その光りは一瞬で金皿を埋め尽し、零れ落ちた光は瞬く間に広がっていく。私の体は、あっという間に光の中へと飲み込まれた。



「これはいったい!? ミアーレア様!?」


「ぐっ!! なんだ、これは!?」



 叫ぶようなロンルカストの声と、困惑したアルトレックスの声が、少し遠くの方から聞こえる。

 ブワリと広がりつづける光は、留まるところを知らない。

 辺り一帯を照らし尽くし、薬草園はまるでふんだんに降り注ぐ朝日を浴びたかのような、艶やかに満ち満ちた情景を映し出した。

 

 しかし、光源の源を持っている私は、たまったものではない。目に光が刺さるようだ。

 腕をつっぱり顔を背け、光が溢れ出る魔術具からなるべく体を離しながら、それでも目蓋の裏に透ける光の暴挙に耐えた。



 …………どのくらいたったのだろうか。

 やがて、ギュッと固く瞑った目蓋の裏から届く光が落ち着いたことに気がつく。

 目を薄く開き、伸ばした腕の先に持つ魔術具を恐る恐る確認した。



「はぁー、びっくりした」



 もう大丈夫なようだ。

 光が収まったことに安堵した私は目を開き、ふぅっと溜息をこぼした。

 もしかして、壊しちゃったのかな……。魔術具を確認しようと、突っ張っていた腕をソロソロと体に近づける。そして、そのまま固まった。



「えっ?」


 

 水底に沈んだブローチからは、スルスルと一本の細い蔓が真上に伸びていた。

 薄らと輝く蔓の先、私の目の前には小さな蕾があり、ゆっくりと膨らんでいる。

 そして水底からコポコポと湧きあがる光の泡が、蔓を伝って上へ登り、その蕾へと吸い込まれていた。



「ミアーレア様!」


「ロロ、ロンルカスト!! 見てください! なんか花が咲こうとしてるのですが!?」


「花がっ!?」



 ロンルカストの声が聞こえて、其方を向く。

 横にいたはずなのに、何故か遠くから走ってきたロンルカストに、不思議現象が起きている魔術具をグイッと差し出した。

 魔術具を向けられたロンルカストは、私の三歩手前でキキッと急停止すると、魔術具に触れないように慎重に近づき、覗き込んだ。



「 ……花が、咲こうとしていますね」


「 ……はい」



 ロンルカストにも、分からないことがあるようだ。

 そして、ロンルカストの様子から察するに、どうやらこれは、通常の成り行きではないらしい。異常事態だ。


 もしかして、儀式の失敗? ってことは処刑!? 

 なな、なんで!? どうしよう!!

 プチパニックになりかけ、これは、失敗ですか!?と、ロンルカストに向けて口を開きかけた時だった。

 荒い息をあげながら、アルトレックスが走ってきた。



「はあっ、はぁっ……。すまない、精霊の雫へと囚われていたようだ。あぁ、これは珍しいな。導きが花から生まれるとは」


「アルトレックス様! これは、失敗ではないのですか!?」


「いや、失敗ではないだろう。かなり珍しいが、高貴な導きが現れるときは、こういった事が起こることがあると、聞いた事がある。星が落ちてきたなんて例も、文献で読んだ事があるな。嘘か誠かはわからぬが」


「そうですか! はぁー、良かった…… 」



 失敗ではないと分かり、全身から力が抜ける。 



「ミアーレア様、花を咲かせるまでは、なにとぞ、なにとぞお気を確かに!」



 ヘタリ、とその場に座り込みそうになったが、ロンルカストの言葉が上から落ちてきて、ギリギリ踏み留まった。


 ……そうだ! 失敗じゃないけど、まだ成功もしていないんだ。花が咲いて導きを受けるまで、頑張らなきゃ!

 気合を入れ直し、グッと金属板を握る手に力を込めた。 

 気のせいかもしれないけれど、泡のコポコポが少し増えたきがする。蕾も大きくなってきたような?



「可能でしたら、魔術具に、直接お触れください! その方がご負担が少ないかと!」


「はい! 分かりました!」



 気を抜いたら、緊張の糸が切れて崩れ落ちてしまいそうだ。早く、儀式を終えたい。体と腕で抱えるように金属板を持った後、そっと板から左手を離し金皿に触れた。

 はっきりと、コポコポの勢いが増す。 そのまま、左手でしっかりと金皿を掴み直した。

 左腕と体で板を固定してから、右手もそっと金属板から離し、金皿を掴む。支えを失った金属板が、カランと、地面に落ちる音がした。


 両手で掴んだお皿を、グッと腕に抱え込む。

 腕の中で、金皿の底から溢れるコポコポは更に勢いを増し、時々ゴポッ、ゴポッと、皿の揺れを感じるほどに大きな音を立てながら輝く泡を創った。


 蔓の先で大きくなった蕾は、限界まで膨らみ張り裂けそうだ。

 流れ込む金色の泡に、これ以上はもう無理だよと言わんばかりに蕾がプルプルと震える。最後に大きく揺れると、ついにパンっと弾け、花が開いた。


 それはまるで、スローモーションのようだった。幻想的な光景に目を奪われる。

 淡く青い花弁が煌めく。薄い金粉を纏い、風もないのに優しく揺れる青い花は、光の屈折により青なのに虹色のような、不思議な色合いを見せていた。

 花の中心には、大きな蝶が羽を畳んだ姿で顕現している。蕾が開いたことに気がついたのか、フワリと、輝く金色の羽を広げた。


 

「 ……ッ!!」



 息を呑む美しさとは、このことだろう。

 私たちは誰もが感動と恐れ多さに打ち震え、ピクリとも動けずにいた。

 二度、三度、確かめるかのように羽を揺らめかせた蝶は、自身が生まれた青い花からユラリと飛び立つ。


 花の周りを、別れを惜しむかのようにくるくると周ると、私の方を向き、真っ直ぐにゆっくりと近づいてきた。

 まるで重力などないかのような、優雅な姿だ。羽が揺らめくたびに金色の星達が生まれ、蝶が飛び去った軌道上には天の川ができる。

 揺蕩う(たゆたう)天の川と神々しい蝶に、私たちはただただ呆けつつ、その様子を見守った。



 ヒュンッ! ……ゴックン



 その刹那、疾風のように起こった出来事を、阻止できるものなど、いたのだろうか。


 この世のものとは思えないほど美しい蝶は、謎の効果音とともに、あっさりと闇に飲み込まれ、私達の目の前から姿を消したのだった。



 

 杖結びの儀式、滞りなく斎行致しました。


 え? 杖? ミアが杖をゲットできるだなんて、誰も言ってないのでござるよ?



 お読みいただき、ありがとうございます。

 長くなりましたが、無事に儀式の様子を描き終えてほっとしています。


 少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。

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