調剤道具の提案
「あんた、また! 堂々と、サボってるんぢゃないよ!!」
店番中、ちょっとだけ気を抜いていたのがバレた。ガツンとミグライン店長の鉄槌を受ける。
あまりの衝撃に、また前世の走馬灯が見えるところだった。
痛む頭を左手でさすりながら、ヤバい、これ本気で怒ってると、青ざめる。
最近やっと、ほとんど表情筋を動かさない店長達の機嫌が分かるようになってきた。
店長だけじゃなくて、この店の従業員達は、エルフの特性なのか無表情がデフォルトだ。あと色白の美男美女と見た目年齢詐欺が甚だしい。
今の店長は、一見無表情だがよく見ると眉間に軽くシワが寄っているので、機嫌が悪いことは間違いない。
「えっと、ミグライン店長。ちょっと試してみたいことがあって、その事で考えていたんです」
失態を誤魔化すために空言を言う。いや、まんざら嘘ではない。本当に試してみたいことがあるのだから。
「試してみたい事? あんた、また妙な事始める気なのかい?」
ミグライン店長の、眉間のシワがさらに寄った。
「妙ってそんな、店長ひどいです。まぁ、ちょっと変わっているかもしれないですけど」
口を尖らせて抗議する。「はぁ、」と、軽くため息をついたミグライン店長だが、話を聞いてくれる気はあるらしい。
手をパタパタとふってこちらの話を促すような視線を向けている。
ふふふ、気をそらして怒られることを回避できた。既に、作戦は成功したのだ。
口角が上がらないように注意しながら、神妙な顔で説明をする。
「えっと、試したいことっていうのは、薬草を細かく粉砕するときの道具を作りたくて。こういう円盤状……。平たい丸い石の真ん中に穴を開けて、その穴に長細い棒を通したものがあれば便利かなって」
「エンバ……? 丸い石の真ん中に穴あけて、棒を通して何になるってのさ」
「はい、通す棒は木か石で、平たい丸い方の石の穴に、ピッタリはまる感じで固定します。その棒を左右から持って、円盤をゴロゴロ転がすんです。下に薬をしけば、石の重みで今よりも簡単に粉砕ができると思います」
イメージは薬研だ。薬卸しともいう。
円盤状の薬研車の把手を両手で握って、体重をかけながら前後に往復させる。薬を押し砕いたり磨り潰したりして、粉末化や汁の抽出ができる。
確か江戸時代の製薬道具である。実物はみたことないが、だいたい今店長に説明したような感じだったと思う。
私が店番兼お昼寝をしているこの店内には、壁一面に棚が備え付けられていた。その上に薬の入った瓶や壺なんかが、ずらりと並んでいる。漢方のような、独特の匂いが充満していて、結構好きな香りだ。
そこそこ広い店の奥にはカウンターがある。
朝の品出し作業が終わった後では、私はたいがいそこにちょこんと座って店番をしている。
椅子が少し高くて、いつもよいしょっと、昇らなければいけないのが面倒だ。
もう少し低いのに変えて欲しいけど、変えたら私の姿がカウンターから見えなくなるので、店番にならない。
なんとも悩ましいところだ。せめて小学生中学年くらいまで身長が伸びるよう、頑張るしかない。
カウンターの奥には調剤部屋があって、エルフのミグライン店長やサルト先輩、従業員達が日々せっせと調合作業をしている。
今店番をしているここは店の表と呼ばれていて、店の奥の調剤部屋は裏と呼ばれている。
殆どのエルフ従業員は、一日中店の裏で、小難しそうな調合や調剤に精を出しているが、下働き兼雑用担当の私は、店内のそうじや店番、簡単なお使いなど、表の仕事がメインだった。平和だった。特に店番中は、天国だった。
だがしかし、私の平穏は突然に崩れ去る。
先日教えてもらった粉砕作業のせいで、3日に1回くらいの間隔で、調剤部屋に呼ばれるようになったのだ。
のんびりの店番と違い、生っ白いこの腕で行う下処理は過酷だ。無理、と早々にサジを投げたいが、雇われれ従業員の身では、そうはいかない。
どうにかしてこの作業を回避したい、もしくはこの作業を楽にしたいと頭をひねる。
腕が壊れる前に、ゴリゴリの腕だけマッチョになる前に、何とかしなければ。
もはや一刻の猶予もない。
同じ地獄というトラウマにより頭によぎった小児科地獄の記憶を振り払い、調剤部屋に呼ばれなかったラッキーデーに店番という名のお昼寝を堪能しながら脳をフル動員して思いついたのが、この薬研。
昔の薬師が、こういうものを使って薬の粉砕をしてた事を、ドラマか映画で見たのを思い出したのだ。
朧げな記憶を辿り、ミグライン店長へ説明をする。
昼寝の罰として、これ以上調剤部屋行きを増やされては困る。
平和な店番のシフトを守るため、そして、少しでも粉砕作業を楽にするために、身振り手振りで薬研の有用性を説いた。
「はい、円盤の重さで薬が細かくなるので、今みたいに力を入れなくても大丈夫になります! そうすると作業がらく、あ、いや、早く効率的になるとおもいます!」
必死のプレゼンだった。全てはこの腕と、お昼寝タイムを守るために、私はベストを尽くすのだ。
「ふーん、それは、どのくらいの大きさなんだい?」
「円盤はこのくらいの直径で、側面は平たくて厚さはちょっとあれば大丈夫です。あと、下に敷く台も、円盤に合わせて石をくり抜いたものがほしいです」
「エンバンとかいう丸い平たい石は、子供の掌2枚分の大きさ。厚さはそんなにいらない。で? 下に敷く台は、石をくり抜くって?」
「はい、石をくり抜いたものを受け皿にします。深さは、円盤を入れて立つくらい。このくらいです。 幅は、薬をいれて円盤をコロコロ転がせるくらいのゆとりが欲しくて。あとV字に、くり抜いてほしいです」
「なるほどね、V字ってのは?」
「こう、外に向けて、斜めに広がっていく感じです」
慌てて、手でVの字の形を作りながら答えた。
しまった。円盤の時も思ったけど、こっちの世界で対応している言葉がない時は、意味が伝わらないらしい。
「田舎でおばあちゃんが使っていた言葉なんです、地元の方言ですかね」
言い逃れをしながら、今度から気をつけようと心に刻む。
「ふうん、これもあんたの地元で使ってた道具かい?」
「あ、えっと、いえ、見たことはないんですが、そんな道具があったって聞いたことがあるっていうか」
想定外の方向から来た質問に慌てて、しどろもどろになる。
「見たことがない、ねぇ…… 」
ミグライン店長は腕を組み、店の奥の方に薄紫色の目を向け考えるように呟いた。
その目線の先には、それぞれの作業をする先輩たちがいる。
一つに結ばれたブラウン髪が、ミグライン店長の頭の動きに合わせて小さく揺れた。
あぁ、言ったそばからまた、失敗した。
見たこともないものを作ろうとするなんて変だよね。「そうです。地元で使われていたものです。」って言えばよかった。
ミグライン店長のポニーテールを見上げながら後悔する。
これは、だめかなぁ。
床に目を落としてしょんぼりとする。
上から声がした。
「まぁいい。午後から工房へ行っておいで。店番はサルトに代わらせるから」
「わっ!! やったぁ! ありがとうございます!」
私は、カウンターの下で小さくガッツポーズをしながら、喜んだのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。