起床の合図
「んんっ? ここは?」
目が覚めると、知らない部屋だった。
そっか。私、貴族街に越してきたんだった。
「うぅーん? ……ダメだ、覚えてない」
思い出そうと頭を捻ってみても、昨日西塔を出て、馬車に乗ってからの記憶がない。
疲れて寝てしまったのかな。きっとロンルカストが、ここまで運んでくれたのだろう。
長い1日だったなと、振り返る。
薬屋では、店長や先輩達、常連さんやロランさん皆んなが見送りに来てくれて、白門までお喋りしながら一緒に歩いた。
「ふふっ」
思い返すと笑ってしまう。道中も、冒険者達と微妙な距離感を崩さない、先輩達が面白かったからだ。皆んな、照れ屋さんなんだから。
「最後に、ちゃんとお別れが言えて良かったな」
仲良くしてくれた常連さんや、お世話になった人たちを集めてくれたミグライン店長に、深く深く感謝をする。
皆んな今頃、お手紙も読んでくれているのだろうか。
皆んなにサヨナラをした後は、白門を抜けて貴族街に入った。
離れに着いた後は、はじめてのお風呂やセルーニの大魔法、冷徹貴族にディーフェニーラ様への挨拶。色々ありすぎて、昨日の事なのにずっと前のように思えた。
ゆっくりと上半身をおこし、ベットに手をつく。
掌から伝わる、ふわふわとした感触に、違和感しか感じなかった。
……こんなの、違う。
自分がいま座っている、ベッドに目を落とす。
細やかな装飾に縁取られた、上質な寝具だった。
だって、これは違う。こんなの、私のじゃない。
私のは、もっと、もっと薬草の匂いと汁が染み付いた、硬いベッドのはずだもん。枕だって、ペシャンコで、よくわからない枝や木の実が飛び出した、あの枕じゃないと……
「寂しい、な」
ポロリと、言葉が落ちた。
昨日は感じなかったのに、急にホームシックに襲われる。たくさん寝て、少し冷静になったからかもしれない。
この部屋の扉を開けても、一階の薬屋に続くボロボロの階段は、もうない。
おはようございます!と、声をかけると、煩そうにしながらも、ちゃんと目線で挨拶を返してくれる先輩達も、もういない。
ジワリと、涙で目が滲んだ。
そうだよね。私は貴族になったんだから、ここで暮らさなきゃ。平民街の薬屋や皆んなとは、ちゃんとお別れだってしたんだもん。
皆んなには、もう、会えないんだ ……うぅっ、寂しい、寂しいよ。やっぱりヤダ、寂しすぎる、会いたいよぉ、うぅっ、グスッ グスッ…… 会いたい ……あれ? 本当に、もう会えないんだっけ?
「そうだ! ディーフェニーラ様から、平民街に行く許可をもらったんだった!」
例の如く、「褒美はなにが良いか?」と、問い詰めてくるディーフェニーラ様に私は困った。
元々、褒美欲しさに言い出したわけじゃないし、それに、スライムオイルを詰めただけのスラ時計は、そんなに大したものでもない。
薬屋の皆んなには、子どもの玩具だと思われていたみたいだし。
褒美なんて、そんな大層なものを受け取ったりしたら、また冷徹貴族の機嫌を損ねるに違いない。
この前、あんなに私が褒美を受けるのを嫌がっていたのだから。
でも、断り続けて前回のように価値を釣り上げられるのも困る。青天井になった結果、私が貴族になるという、大惨事に繋がってしまったのだ。
考えあぐねた末に思いついたのが、平民工房への制作依頼の許可だ。
貴族に献上するものだから、素人の私が作るよりも、専門のザリックさんにお願いした方がそれっぽくなるだろう、そう思って提案したのが理由の一つ。
もう一つは、褒美を物にしなければ、レオ様にバレないのではないかという、完全なる打算である。
答えに窮して無理やり捻り出した、ただの突発的な思いつきだった。そこまで深く考えていたわけじゃない。
でもこれは、私が平民街へ遊びに行っても良いという、公の許可が取れたということだ。
何というファインプレー! ホームラン級の一打! 自分に拍手喝采を送りたい。
「ぃやったぁー! ついでに薬屋に寄ったって、良いよね? ギルドも! ちょっと寄り道するだけだもんっ!」
小躍りしながらベッドを飛び出した。
ロンルカストに、明日にでも平民街へ行きたい、と伝えるため、勢いよく扉を開ける。
ドカッ!
開いた扉が何かにぶつかり、大きな音が盛大に響いた。
「え? なんの音?」
びっくりして、恐る恐る扉の裏側を覗く。
「 …………ッッ!!!」
無言で痛みに悶えるセルーニが、廊下に転がっていた。
「うわっ!? セルーニ、なんでここに!? じゃなくて、どうしよう! えっと、えーっと、そうだっ!」
急いで部屋へと戻り、中をぐるりと見回す。
荷物を詰め込んで持ってきた袋を見つけると、ガッと掴み、袋ごとひっくり返した。
「これじゃない…… これでもない…… あった!」
バラバラと床にぶちまけられた中身の中から小瓶を2つ掴むと、セルーニの元へ戻る。
蹲り、両手で顔を抱え悶えるセルーニから、なんとか左手だけ引き剥がすと、口の中に痛み止めの瓶を突っ込んだ。
無理矢理2、3口飲ませる。
「ふっ!? うぐぅっ…… 」
少し落ち着いてきたのを見計らい、続いて回復薬の瓶も咥えさせて飲ませた。
「むぐぅ!? ふっ…… うぅっ…… 」
ゴクリ、ゴクリと飲み込んだのを確認すると、残った痛み止めと回復薬を、セルーニの体中に満遍なく振りかける。
処置が終わった後も、セルーニはプルプルとしながら顔を両手で覆い、床に転がっていた。
暫くすると、両手を顔から離し、オドオドとしながら、ゆっくりと立ち上がる。お薬が効いてきたのだろうか、少し安心した。
「あの、ミアーレア様…… これは?」
「セルーニ、大丈夫ですか? ぶつけたのは顔ですよね? まだ痛むところはありますか?」
「 ……鼻をぶつけましたが、もう大丈夫です。あの、先ほどのものは?」
「ふぅ、良かった。あっ、これは、痛み止めと回復薬です。平民街の薬屋で学んだもので、回復薬の方は私が作りました。薬草や花や木の実からできているものです。変なものではないので、安心してくださいね」
「痛み止めと回復薬? そんな貴重なものを、私なんかに」
「セルーニ、薬は使うためにあるのです! はぁ、傷にならなくてよかった」
話しながらセルーニの顔や体を隈なくチェックしたが、痣や出血などは見られなかった。
良かった。嫁入り前かどうかは分からないけれど、私のせいで傷が残ったらどうしようかと思った。
でも、安心は出来ない。
脳に強い衝撃が加わったのだ。後から後遺症が出てくるかもしれない。念のため、今日一日セルーニを観察しようと心に決めた。
「もう、びっくりしました。どうして、扉の前にいたのですか? 危ないではないですか」
ペタペタとセルーニを触りながら、ぼやく。
痛い思いをさせて本当に申し訳無かったが、私だってびっくりした。心臓が飛び出るかと思ったのだ。
「 ……ミアーレア様。明日より、起床されましたら、ベッドの横に活けてある花を一輪とり、その花弁を、隣の水を張った小皿に浮かべてくださいませ」
「お花を小皿に? 何故ですか?」
「私への合図です。すぐにお支度を手伝いに参ります。それまでは、お部屋をおでにならないよう、お願い申し上げます」
「え? 1人で部屋を出ては行けないのですか?」
「はい」
セルーニが扉にぶつかったのは、勝手に部屋を出ようと扉を開けた、私のせいだったようだ。
知らなかったとはいえ、セルーニは完全な被害者だった。非常識な主人で申し訳なさすぎる。
「セルーニ、ごめんなさい」
「わっ、私は大丈夫ですので! どうか、お顔をあげて下さいっ!」
誠心誠意謝った私は、なぜか彼女を更に困らせてしまったのだった。
セルーニの「壁ドン」ならず「扉ドン」でした。
書き終わっても無いのに、前話の後書きで予告なんかするから、こういうことになるのです。
、、本当にごめんなさい。
はじめは壁ドンだったんです、、。
でもミアの無知を書くためにはどうしても扉ドンの方が都合が良くて、、はい、反省しています。
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