閑話8 ある出稼ぎ労働者の平穏(前)
当館は、コロナ対策実施店舗です。
お隣の方とは、一席空けてお座りください。
前の座席の方を、靴先で蹴らないようお願い申し上げます。
また、本上映はR-ほのぼの指定となっております。
チケットと、「あ、はいはい、シリアス回ね、」という心構えをなくさぬようご注意ください。
それでは、ごゆっくりご鑑賞ください。
俺たちの村は、皆んな、痛みを抱えている。
闇の中、ひっそりと生きているんだ。
数年前、俺たちの村は逸れの魔に襲われた。
人型のそいつらは、村の男たちを八つ裂きにした後、女達を陵辱した。暴行を受けた女達は、そのまま殺されたのかショック死だったのか、はたまた自殺したのか、定かではないが命を落とした。俺の母さん以外は。
俺たち出稼ぎ組が村に戻った時、残っていたのは、そこ彼処に散らばる村人達の四肢と、それに群がる蛆や蠅だった。
鼻をつく腐乱した臭いが、村中に立ち込める。生存者はいないだろ。俺たちは、誰もが絶望した。
「母さんっ!!」
地面に座り、何も無い空を見上げ続ける母さんを見つけた俺は、歓喜した。母さんはショックで俺のことさえも理解できていないみたいだったが、そんなことはどうだっていい。生きていてくれたんだ。
母さんを、家に連れ帰る。それから毎日声をかけ続けた結果、日常生活と、簡単な会話ができるまでに回復した。
そして、一つ目の季節が去る前のことだ。母さんは食べたものを戻すことが多くなった。いつも気分が悪そうだ。
二つ目の季節が過ぎた頃、母さんのお腹が目に見えて膨らみ始める。
三つ目の季節が寒い冬を連れてきた後、母さんは女の子を産んだ。普通の女の子だった。
ホッとした俺は、その子に〝ノール〟と名付ける。
母さんは産む前も、産んでからもノールのことを気にかけていなかったので、俺が代わりに面倒を見た。
出稼ぎで家を出ている間は、よく村の隣人達に預かってもらったものだ。
いつだったか、流れの薬師が村にやってきたことがあった。頼み込んで、母さん診てもらう。
彼は母さんがこうなった理由を俺から聞くと、いろんな道具を使って母さんを調べた後、ゆっくりと首を振った。
「これ以上、悪くなることはないでしょう。でも、これ以上、良くなることもありません」
念のためと、ノールの体も調べた彼は、「特に、異常はないようですね」と言い、母さんを見て真底残念そうな顔で「お気の毒に…… 」と、呟く。
母さんのことは、ショックだったが、その頃にはある程度の諦めがついていた。生きていてくれただけで神に感謝だ。
そして、ノールには問題が無いといった彼の言葉通り、妹はスクスクと育っていく。
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「帰ったぞー! 」
「お帰り! お兄ちゃん!」
「ノール、お前、ここ擦りむいてるじゃないか、どうしたんだ?」
「うん、お兄ちゃん。昨日お外で転んじゃったの」
「そうか。ノールは女の子なんだから、今度からは気をつけるんだぞ」
「うん、お兄ちゃん」
「よし、じゃぁ、 今回のお話、聞きたいか?」
「聞きたい! 聞きたい!」
ノールとは、10歳以上歳が離れている。
出稼ぎから俺が帰ってくると、いつも嬉しそうに出迎え、村の外の話を聞きたいとせがむ。
ベッタリとくっついて離れない。随分と甘えん坊になってしまった、可愛い妹だ。
隣人の家ではなく、家で留守番できるようになってからは、特にそうだ。
俺が起きている時はもちろん、寝る時だって、トイレにだってついてこようとする。
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「帰ったぞー!」
「お帰り! お兄ちゃん!」
「ただいまノール。 ん? ここ痣になってるぞ。どうしたんだ?」
「うん、お兄ちゃん。この前、お隣のマシル君と冒険者ごっこしたの」
「そうか。でも、今度から怪我しないように気をつけるんだぞ?」
「うん、お兄ちゃん」
「よし。じゃぁ、今回のお話をしてあげよう 隣山の向こうの村にはな………… 」
俺たちには父親がいない。うちは農地を持っていないから、俺が遠くに稼ぎに行かないと生きていけない。最近はトレナーセン街まで足を向けることもある。
一旦村の外に出れば、1ヶ月以上家に帰れないこともざらだ。
次の仕事場に出発する日の朝は、いつだって、「お兄ちゃん行かないで」と、寂しがり屋なノールが、俺の膝に泣きついてくる。
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「帰ったぞー!」
「お帰り! お兄ちゃん!」
「ノール! 足を引きずってるじゃないか! その怪我、どうしたんだ!?」
「うん、お兄ちゃん。裏山の崖で手を滑らして、足を折っちゃったの」
「なんでそんな危ないところに行ったんだ! これからは絶対に、裏山になんか行っちゃダメだぞ!」
「うん、お兄ちゃん」
「……よし。 じゃぁ、 最近広まっている噂の話をしよう。ここから、遠い遠い場所にある、アディストエレンっていう、大きな大きな街のお話で………… 」
母さんはここのところ、ほとんど寝込んでいる。
時々フラフラと起きてくることもあるが、危ないので、俺としてはベッドで休んでくれている方が、安心する。
「……テイク? 私の可愛いテイク? どこへ行くの?」
…最近、母さんはノールのことを、俺の名前で呼ぶ。
大丈夫、きっと記憶が混乱しているだけだ。
母さんとノールのためにも、俺は稼がなければならない。
今回は大きな依頼だ。これが成功すれば、でかい報酬が入る。
そうすれば、暫く家でノールとゆっくりする余裕もできるだろう。
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「帰ったぞー!」
「……。」
「? ノール? どこだー?」
「おにぃ、ちゃん……。 」
「ノール!? ノール!! こんなに痩せて! それにひどい怪我じゃないか!」
「うん、おにぃちゃん…… 」
「ノール! いったい、どうしたんだよ!?」
「……。おにぃ、ちゃん。 …ママは、どうして、ノールのことが、 ……きらい、なの?」
俺がやっと、ノールの怪我の原因に気づいた時、ノールはもうベッドから立ち上がれなくなっていた。
ぐったりとして、ベッドから動けないノールは、痣になり腫れ上がった目で俺を見上げながら尋ねた。
かけている布からはみ出した腕は、枯れ木のように細い。ぐっと言葉に詰まる。
「……ごめんな。母さんは、ちょっと具合が悪いんだ。 ……そうだ、お話をしてあげよう! 今回の依頼はすげぇ大きな仕事だったんだ。 ノールは聞きたい?」
「 ……きき、たい…… おにぃ、ちゃん…… 」
「よし、じゃぁ話すよ? トレナーセンとアディストエレンの合同の依頼だったんだ。凄くたくさんの冒険者達がいたんだ。」
「 ……たくさん、って、じゅう、にん、くらい……? 」
「ハハハッ、もっともーっと、たくさんだよ。両手と両足を使っても数えきれないくらい。でもな、途中で魔の群れに見つかって、トレナーセンの冒険者達は、ほとんど死んじゃったんだ」
「魔の、群れ?」
「そう、大きくて、怖くて、ゴーッって火を吐くんだ。森は燃えて、ぜーんぶ、炭になっちゃった」
「 ……こわい、ね…… 」
弱々しく返事をするノールに、俺は心を決めた。
これ以上、ノールをここに置いておけない。もう限界だ。母さんに殺される前に、明日ノールを連れて、この村を出よう。
母さんのことは隣人に頼めばいい。大丈夫、今回稼いだ金は、大金だ。
これを渡せば、きっと引き受けてもらえる。
寝物語代わりに、今回の冒険の話を聞かせながら、俺はノールと一緒のベッドで眠りについた。
一つの話を二話に分断して、引っ張るのは好きではないのですが、、 原稿用紙20枚を超えそうになったため、泣く泣く前後に分けました。
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