初めてのお風呂
「はぁー…… ごくらくぅー…… 」
私は今、ゆったりとお風呂に浸かりながら、頭だけ出して白い浴槽の縁に乗せている。
髪をオールバックのように外に流し、セルーニに洗ってもらっているのだ。
久しぶりのお風呂に、体が芯から温まる。強張りも解けていくようだ。
出来ることならば、このまま力を抜いて、頭の天辺までお湯に浸かりたい。
「お湯加減は、いかがですか?」
「とーっても、 気持ちがいいです」
念願のお風呂と、小さな手で頭をマッサージするように洗われる感覚が、非常に心地良い。
目を閉じて堪能する。
「はぁーー、最高ですーー…… 」
「ミアーレア様! ミアーレア様!」
目を開くと、真っ青な顔のセルーニが目の前で私の名を叫んでいた。一体、どうしたのだろう?
「 ……セルーニ、どうしたの?」
「ミアーレア様! 良かったです! もう目を覚まされないのではないかと」
「へ?」
どうやり心も体もふやけきった私は、夢心地のままに寝てしまったらしい。
ブクブクと、浴槽の中に沈んでいく私を見たセルーニは、心臓が止まる思いで引っ張り上げたそうだ。
危うく溺死するところだったらしいが、気持ちよく寝ていたので、全く覚えていない。
「私、オケアノードルの御加護がないことを、一生後悔するところでした…… 」
「うっ。ごめんなさい、セルーニ」
トラウマ級の衝撃だったらしい。
事の顛末を聞いて謝罪したが、本当に申し訳無いと思う。
私は彼女の心臓のために、さっき心に浮かんだ、頭の先までお湯に浸かりたい願望を封印した。
「セルーニは、とっても若く見えるのですね」
「はい。私達はある年齢を超えると、それ以降、見た目の変化が無くなります」
「うーん。私が、平民と偽り働いていたお店でも、従業員達は見た目と年齢が異なり、若いままでした。もしかして、セルーニは彼らと同じ、エルフなのですか?」
「エルフ? 私達は、元々は貴族様と同じだったと言われています。しかし、長い年月の中で、祖先達は、魔力を生命力に変えたのです。貴族様とは、袂を分かつ事になりました」
「魔力を、生命力に?」
「はい。私達は、とても長い生を持っています。その代わり、魔力が少なく貴族様のように穢れを排する力が無いのです」
また眠くならないようにと、雑談をしていたが、セルーニは、やはり貴族ではないようだ。貴族区域で暮らしていても、貴族じゃない人もいるんだ。
そして、外見詐欺の理由は、魔力らしい。
魔力は、ロンルカストが何もないところから水を作ったように、魔法の源にもなれば、セルーニのように生命力に変換することも出来る。
魔力イコール万能エネルギーのイメージでいいかな。質量保存の法則を発見した、ラボアジェもびっくりしてると思うけど、私もめちゃくちゃ驚いてる。
穢れを排するための、一定以上の魔力を持つものが貴族で、それ以外が貴族じゃないっと。なるほどなるほど、と思いながら、心のメモに追加した。
というか私、魔法なんて使えないけれど、貴族を名乗ってていいのだろうか? ……あとでこっそりロンルカストに聞いてみよう。
「では、セルーニは先輩ではなく、大先輩でしたのですね」
「 ……え?」
「だって、今まで沢山の貴族の家でお仕えしてきたのでしょう? 私よりもロンルカストよりも、ずっと貴族社会のこと、詳しいと思うのです」
「そんなそんな、滅相もないです。私は、お迎えするお家から、殆ど出ることがありませんので」
「そうなのですか?」
「はい。家仕えと呼ばれる名の通り、私達は、お仕えすると決まったお家の中でのみ、下働きを行います。外に行く必要は無いのです」
洗い終わった髪を、今度はお湯で流しながら、セルーニは早口で話す。
うーん、家の中から出ないなんて、体に悪いんじゃない? もしかして、身長が伸びないのも、そのせい?
骨の生成には、カルシウムは勿論、ビタミンDが必要だ。
骨粗しょう症の患者さんにも、小腸からのカルシウム吸収率をアップさせるために、ビタミンDの類似体が処方されることが多い。
そして、ビタミンDは、食べ物から取ることも出来るが、日光を浴びることで皮膚でも合成される。
日照時間の少ない北欧などでは、ビタミンDが合成出来ない。足りない分を補うため、北欧では驚くほどに種類豊富な、ビタミンDサプリメントが販売されている。
セルーニの身長が私と同じくらいなのは、ずっと家にいて、太陽に当たる時間が少ないからなのではないだろうか?
成長期がいつなのかわからないので、今更ビタミンD合成に努めても、遅いかもしれないけれど、どっちにしろ外に出ることは悪いことじゃないだろう。気分転換にもなるしね。
「うん! 良いことを思いつきました。今度、一緒に薬草園にお散歩に行きましょう。ここから、とても近いのですよ?」
「そんな…… 恐れ多いです」
「今はポメラの花が、とても美しく咲いているのです。それに、ポメラは摘むと増える不思議花なのですよ! きっとセルーニも、びっくりすると思うのです」
ふふふ。 そして、採取したポメラの花を持って帰るのを、手伝って貰うのだ。
セルーニは外出して健康にいいし、私はアロマ用のポメラ運びを手伝ってもらえる。
一石二鳥の閃きに、私は、ナイスアイディア! と、心の中で自分を褒め称えた。
小さいころ、もっとカルシウムとVDを取っていれば……
あと5センチでいいので、欲しいです……
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