閑話0 とある平日の回顧
閑話です。
薬剤師時代の、とある休日のお話。
ミグライン店長の鉄槌を頭に受けた。
まぶたの裏がチカチカする。
後頭部の痛みに耐えながら、ふと、こっちの世界に来る少し前、とある週末のことを思い出した。
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仕事が休みの平日だった。
コーヒーでも買おうとコンビニに行く途中いつもの神社の前を通る。鳥居の手前の掲示板に、貼り紙が出ていた。
『本日、11時より、金田家、住吉家、神前結婚式』
いまは10時50分。つまり式の10分前だ。
なんというベストタイミング。ついつい野次馬気分で境内へ足が向いてしまうのはしょうがないことだと思う。
神前式は、本殿の左隣の御末社の、そのまた左隣にある神楽殿で行うようだった。
神楽殿にはまだ誰もいないけど、結婚式っぽい飾り付けがしてある。あの真ん中に横に並べてあるちょっと豪華な二つの胡床とか、新郎新婦用っぽい。その左右に、縦に10個ずつ二列に並んでいるシンプルな胡床は、親族が座るのだろう。
神楽殿は四方に柱があり、壁は一番奥のみ。正面と左右は遮るものが何もない、開放型だ。
普段はシャッターが閉められていて見えないから、初めて中を見た。
シャッター越しにしていた想像よりも大きくない。
クラス一つ分、30人くらいの人数なら、入れそうな広さだ。
奥の壁には大きな松の絵が描かれていて、神社感が極まっている。
催事の時は、奉納演芸とか巫女舞とかするんだろうか。
巫女舞。若い黒髪の女の子が、朱色の袴で鈴を片手にくるくると回っている姿を想像して、ちょっとワクワクした。
神楽殿に意識を戻す。
三方向が開けているから、私のような野次馬でも見ず知らずの人たちの結婚式を、無遠慮に観ることができる。
本人達は、私みたいな無粋者に見られて恥ずかしくないのかな。おめでたいことだからいいのか。
そんな事を考えていると、参進の準備が整ったようだ。
右手奥の社務所付近からここ神楽殿まで、赤い毛氈が引いてある。いつの間にか、黒色掛った渋い黄緑色の装束を着た3人の伶人さん達が、その毛氈の端にいた。あれ、海松色って言うんだっけ?
それぞれ持っている楽器を口に当て、構える。
先頭の龍笛が、甲高い音を境内に響かせた。その音色を合図に、3人はゆっくりとこちらに向かって、毛氈の上を歩き始める。
続いて笙、そして篳篥が音を出した。3人の伶人さんは曲を紡ぎ奏でながら、神楽殿へ向かってゆっくりと進む。
三管の音が合わさり、ピンっと境内の雰囲気が変わった。まるで、どこかの時代にタイムスリップしたかのようだ。
小さい頃は分からなかったけど、雅楽の音は本当に心が安らぐ。これが日本人の遺伝子ってやつなのだろうか。
特に笙の音が好き。ちょっとパイプオルガンっぽい音色がする。
あの竹を束ねたような見た目から、こんな綺麗で複雑な音色がでるなんて想像できる?
最初見たときは、古ぼけたお爺さんみたいなシワがれた音だとばかりに思っていたから、実際の音を聞いて本当に驚いた。
3人の令人さんに続いて、神職さんが歩き始める。
宮司さんと、推定宮司の娘さんの美人なお姉さんの2人だ。
宮司さんは白の装束に紫色の袴、お姉さんは水色袴の上にオレンジの羽衣を着ている。
まじ美人、天女みたい。
「わぁ!」
続いて現れた新郎新婦と親族達をみて、思わず感嘆の声がでた。
何と全員が、狐のお面をかぶっている。狐面の一族が、赤い毛氈の上を神楽殿に向かって、ゆったりと歩いていく。
雅楽の音色も相まって、なんとも幻想的だ。
ともすればチャチに見えてしまう仮装行列だけど、狐のお面が妙にリアルで、厳粛な雰囲気さえかもしだしている。
こういう結婚式もあるんだなぁ、凝っているなぁと、一人で感心していると、いつから居たのか、ふっくらした狸顔の神職さんがスススッと寄ってきた。
この人、こんなところで私と油売ってていいのかな?他の神職やスタッフさん達は忙しそうなのに、1人だけ余裕そうだ。
堂々とサボっている狸顔神職は、ニコニコとした笑顔で一言、「うちが稲荷神社なのに準えて、狐の嫁入りを模しているらしいですよ」と教えてくれた。
新婦さんがアート系の仕事の方で、お面も今回の演出も全部自作したらしい。
狐面、まさかの手作りだった!
完成度が高すぎる、芸術家ってすごいなぁ。
はぁーっと感心しながら、式の進行を眺めた。
神楽殿に昇った彼らは、それぞれの胡床に座り、式が進行していく。
神職の寿ぐ祝詞奏上が、黄色く色づいてきた木々を揺らして、境内に響いていた.
ちょっと変わった神前式に遭遇しました。
良くも悪くも、意味のない事なんてないような気がします。
お読みいただき、ありがとうございます。