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精霊のお伽話



 炎にダンスを誘われても、鎧冑にグルンと振り向かれても「うわぁ、異世界すごいな」と、どこか他人事だった。だが、目の前でいきなり、杖と呪文で魔法を使われると、お口アングリしてしまう。



「ロンルカスト様が今使われたのは、魔法でしょうか? 平民は、水汲み場へ行ってお水を用意するので、驚きました」


「さようでございます。私は水魔法はあまり得意ではないので、恥ずかしいですが」


「水魔法、ですか?」


「はい、私たちは精霊の力を借りて、魔法を使います。先程は、水の精霊のお力を借りたのです」


「そうなのですか。精霊は水以外にも、いらっしゃるのですか?」


「月、火、陽、風、水、陰、土の精霊が、それぞれの属性を司っております。本日は水の日でございますので、水の精霊の力を借りやすく、反対に火の精霊の力は借りにくくなっているのです」



 曜日に、そんな意味があったとは。

 月・火ときて、なんで水・木・金・土・日じゃないんだ。覚えづらいな、と思っていた。


 初めの頃は、こんがらがったり、よく陽の日なのに水の日と勘違いしてしまっていた。薬屋の皆んなからアホの子を見るような目をされて、すごく恥ずかしかった。

 まさか、曜日が精霊の力と関係してたとは、驚きだ。



「もしかして、火の日と水の日が離れているのは、精霊の相性が関わっているのですか?」


「さようでございます。彼らは、あまり仲が宜しいとは言えないのです」



 よく出来た生徒を褒めるような優しい目でロンルカスト様は教えてくれた。しかし、私の心にはフツフツと怒りが湧く。元凶はここにあったのだ。2人が仲良くやっていれば、私がアホの子扱いされることは無かったのに。火の精霊と水の精霊、喧嘩するなよ、大人気ないな!


 それにしても「彼らは」とか「仲良くない」とか、精霊は擬人化されて考えられてるようだ。

 ギリシャ神話を思い出す。海の王、ポセイドン的な。皆さんご存知、半裸で大きなフォークを持った、逞しいおじちゃんだ。



「本日は、蒸留するために火を使いたいのです。水の日ですが、大丈夫でしょうか?」


「問題ございません。ランプをお持ちいたしました」



 いつのまにか手に持っていた杖を消したロンルカスト様が、サッと部屋の奥からランプを取り出した。水の日でも、ランプなら火は大丈夫らしい。意味は分からないけれど、突っ込まなかった。精霊知識がゼロの状態で説明を受けても、もっとわかんなくなりそうだ。

 ランプの中の炎にテンションが上がる。可愛い! 炎は今日もご機嫌に、ひょこひょこと踊っていた。



「可愛いですね。フフッ。このダンス、ずっと見ていたくなります」


「私もさように存じます」



 ロンルカスト様も、可愛物好きのようだ。ジッとランプの中で踊る、炎を見つめている。

 うんうん。可愛いと感じる心に男女の差は無いようだ。可愛いは、正義だよね。



「こちらに火をつける形で宜しいですか?」


「あ、はい、そうです。お願いします」



 火をつける場所を確認すると、ロンルカスト様はランプの蓋をパカっと開けて、何やら小声で呟く。

 ランプを蒸留機に近づけると、踊っていた炎の一部がランプからヒュッと飛び出した。飛び出した炎の一部は、蒸留機の下の着火台に、吸い込まれるように着地する。ブワリと火が燃え上がった。


「おわっ!」


 蒸留機の前に立っていた私は、急に足元の着火台に炎が飛び込み、そのまま燃え広がったので、つい丁寧言葉も忘れて叫んでしまった。

 赤面した後、蒸気が逃げないように慌てて持っていた鍋の蓋を閉める。花弁をギュウギュウに詰め込んだので、なかなかうまくいかない。蓋に体重を乗せて、無理やり閉めた。


 ランプの蓋をカパッと戻したロンルカスト様にお願いして、もう一つの鍋も例の水魔法で満たしてもらう。今度はジッと観察したが、杖はやっぱり何も無いところから出現した。

 鍋に杖をカンカンして同じように呪文を唱える。こっちの鍋は空なので、魔法がよく見えた。何も無いところから水が湧いてき、ゴポゴポ音とともにみるみる鍋を満たしていく。うーん、タネも仕掛けも無さそうだ。不思議すぎる。



 ロンルカスト様は、鍋が沸騰するまでの間、さっきの精霊のお話をしてくれた。





 全ての始まりである創造神は、最初に月と陽の精霊を作り出した。

 2人へ、この世界を育み、うまく治めるように命じる。


 月と陽の精霊は、とても仲が良かった。

 より良い世界をつくるために、2人は自分達の手足となる火、風、水、陰、土の5人の精霊を生み出す。


 5人の精霊には、それぞれ力と役目を与えた。

 火の精霊へは成長を促す力を、風の精霊へは生命を運ぶ力を、水の精霊へは癒す力を、陰の精霊へは(けが)れを排する力を、土の精霊へは命を生み出す力を。


 5人の精霊により、この世界に命が芽生え、育まれ巡っていく。

 植物、人間、エルフや動物、魔物が生まれた。


 全ては順調だった。滞りなく世界が動いていく。




 しかし、突然に亀裂が生じる。

 陰の精霊が火の精霊を(そそのか)して、水の精霊の大切なものを奪ってしまったのだ。

 水の精霊は激怒したが、陰の精霊に騙されている火の精霊は、自分が正しいと主張する。


 陽の精霊と風の精霊は二人を取りなしたが、二人の仲違いは決定的なものとなった。

 混乱に紛れるように陰の精霊は、火の精霊に奪わせた水の精霊の大切なものを持ったまま、姿を消してしまう。


 そして陰の精霊が隠れたことで、世界の均衡は崩れ始めた。

 穢れを排する力が無くなったため、生み出された魔が暴走を始めたのだ。


 陽の精霊と月の精霊は、涙を流しながら繋いでいた手を離す事を決意する。


 1日を二つに分け、半分を陽の精霊が、もう半分を月の精霊が管理することにしたのだ。

 それぞれの光でくまなく世界を照らし、陰の精霊を見つける事を誓いあった。


 だが、離れ離れになってまで探した、陽の精霊と月の精霊の力をもっても、陰の精霊を見つけだすことは出来なかった。


 このままでは、創造神より賜ったこの世界が、崩壊してしまう。


 でも自分達に穢れを除く力はない。




 困りきった精霊達の元へ、彼らの声を聞くことが出来た、1人の人間が(ひざまず)く。

 彼は、「私達が魔の暴走を止めて見せましょう。その為に、どうか貴方達のお力をお貸しください」と、宣う。


 精霊達は彼の言葉に頷き、自分達の力の一部を人に与える代わりに、穢れの暴走を抑えるように信託した。


 彼は初代の王となり、彼の子孫は貴族となった。


 魔の群れを抑え、世界の均衡を保つのは、貴族の役目として、今も粛粛(しゅくしゅく)と受け継がれている。







 クツクツと、鍋が音を立てている。

 ポメラの芳醇な香りが部屋中に拡がる中、ロンルカスト様が、静かな声でお伽話を紡ぐ。


 部屋には優しい時間が流れている。平和だ。

 うつらうつら、としてきた。今、意識を手放したら、幸せな夢が見れそうだ。

 ぼーっとする頭で、ロンルカスト様がしてくれたお話を整理する。


 うーん。つまり陰の精霊が、火と水の精霊に悪戯したことがきっかけで、2人は大きな喧嘩になっちゃった。怖くなった陰の精霊はそのまま逃げちゃって、みんな困ってますっていう事か。


 なんていうか、結構キレイな神話だなって感想だ。


 ギリシャ神話だと、簡単に浮気したり、愛人使って殺人計画立てたり、浮気相手を親子共々殺したりと、ドロドロの愛憎劇を繰り広げるからね。

 喧嘩して現在進行形の隠れんぼ中です。というこの世界の神話を聞いて、可愛いものだなって思う。



 蒸留水でいっぱいになった大瓶を、空のものと取り替える。私の横には、ポメラウォーターで満たされた大瓶が並んでいる。



「穢れが溜まると、魔になるのですか?」


「はい、普段は温厚な魔物でも、多くの穢れを身のうちに溜めてしまうことで、危険な魔の群れへと変化いたします。また、穢れ自体が寄り集まり魔になることもございます」


「危険な魔の群れを討伐するのですか。先日も、大きな魔の群れが発生していたと、冒険者達から聞きました。お貴族様は、大変な役目を担っているのですね」


「えぇ、彼らは、命をかけて責務を努めております」



 同じ貴族なのに、ロンルカスト様はまるで自分からは遠い話のように()()()と答えた。

 ブラウンの瞳の影を増したその哀しげな笑顔に、私はうまく言葉を返すことができなかった。



 冷やされた蒸気が雫となり、テキテキ大瓶に落ちる音だけが、広い部屋に響いていた。



びびって出て来れなくなった陰の精霊は小心者。

貴族様を前に船を漕ぎ始めたミアは強心臓。



お読みいただきありがとうございます。

昨夜は投稿が9時に間に合わなくて、かなり焦りました。

書き溜めを、せめて1話分くらいはストックを作らないとと、身にしみています。

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