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貴族の街



 白い石畳に太陽が反射した光が目に入り、くらりとした。周りには白壁とオレンジの三角屋根がついた、庭付きの大きな家々が並んでいる。

 白い石畳の先、遙か遠くには外国の古城のようなお城が見える。


 平民街とは全く違う光景に口をあんぐりとした。

 また異世界へ転生してしまったのかと思った。なんだか空の青さまでも違う気がする。多分、気のせいだろうけど。


 貴族区域へと入ると、門を守っていた兵士よりも、さらに高そうなギンギラ装備を身に纏った兵士が待っていた。

 私が中へ入ったのを確認すると、壁に向かって何やら操作をする。何もなかった空間に、スルスルと白壁が出現して、あっという間に元通りになった。



「こちらへどうぞ」



 門を閉めた兵士は、目の前にとまっていた馬車へと私をエスコートする。予想をしていなかった丁寧な扱いに、喉の奥がひっと鳴った。急いで馬車に乗り込むと、ガタゴトと静かに馬車が動き出す。


 馬車移動!? 対応してくれた兵士の口調も丁寧だった。てっきり縄で縛って連行でもされるのかと思っていたから、驚いた。

 領主一族からの呼び出しだから、たとえ罪人でも罪が確定するまでは来賓扱いなのだろうか。



 馬車は、真っ白な石畳の上をまっすぐ城へと進んでいる。目的地はあの古城で間違いなさそうだ。



 あそこへ着いたら、もう生きて出てくる事は出来ないかもしれない。

 最後の見納めとして、外の風景をよく見ておこう。いつかあの世で皆んなに会った時、貴族区域の事を教えてあげたら喜んでくれるかな。うん、冥土の土産にしよう。



 馬車の窓から外を覗く。ゴミ一つない、整然とした美しい街並み。互いに広く距離をとった豪邸が立ち並んでいるが、全て同じような色と形をしている。



 建築にあたって、条例で定められているのかな? 世界遺産に指定されているフィレンツェの街も、景観を損ねないよう屋根や壁の色が規制されている。フィレンツェと姉妹都市の京都もそうだと聞いた。勿論、どちらも行ったことはない。

 同じような家ばかりで、どれが自分の家か分からなくなったりしないのかな?




 カーン ゴーン



 カーン ゴーン




 鐘の音が4度響き渡った。いつもより大きな音に、ビクッとしてしまった。音がした左側を窓から覗くと、大きな時計塔がある。


 いつも街に響く鐘の音は、ここから響いていたんだ。

 初めて鐘の音を聞いた時、びっくりしてサルト先輩に何事かと尋ねに行ったのを思い出す。



「あぁ、知らないのか。そうか、鐘は大きな街でしか鳴らないからな」



 ちょっと誇らしそうに、時を教えてくれる音で一日に8回鳴り響くんだ、と教えてくれた。緑の前髪も、どうだ凄いだろうと言わんばかりにピンピンしていた。


 夜中も構わず鳴るので、火事かと思って飛び起きたこともあったが、暫くしたら気にならなくなり熟睡できるようになった。慣れとはこの事である。

 鐘の音は、自動で鳴るのかな? それとも兵士の人が時間で鐘をついてるのかな?


 遠くに小さく見えていた城だったが、外の景色を見ているうちにいつの間にか随分と大きくなっていた。



 ガタゴトと一定のリズムで動いていた馬車が止まる。


 遂に死刑台へ着いてしまった。お腹の真ん中にズーンと鉛が入ったように重くなる。


 私の気持ちなどお構いなしに、馬車の扉が開く。

 50代くらいの細身の男性が立っていた。片眼鏡をかけピッと伸びた背筋に、袖がひらひらとした深緑の執事服を着ている。某ネズミランドのホーンテッドなんとかの案内をしてくれる男性キャストが着ている服に、もっと布を足してスマートにしたような服だ。


 前にお店に来た3人の貴族のうちの1人も、同じような格好をしていたから、貴族の制服みたいなものかもしれない。


 立っているだけで彼からは気品が溢れている。いったいどういう事なのだろうか。平民と貴族では食べているものが違うから、体の作りが違うのかな? 高貴オーラに思わず目を細めた。



「ミア様、ようこそおいでくださいました。此方へどうぞ」



 神経質そうに見えた彼は、私を見ると柔らかな笑顔を浮かべた。彼の優雅で流れるような仕草に促されるまま、城へと足を踏み入れる。

 彼は案内役の使用人だろうか。緊張で背筋をピッと立てたまま彼の高い背中に続く。


 城の中は見た目通り広かった。長い廊下と同じような階段を何度も上り、完全に自分の位置が分からなくなる。

 まるで迷路みたいだなと思い始めた時、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩みを進めていた彼が、ピタリと止まった。大きな扉の前で、壁にはまった水晶のようなものに手をかざす。



「ディーフェニーラ様、ベルセでございます。ミア様をお連れいたしました」


「入室を許可します」



 キギッと音を立てて扉が開いた。ベルセと呼ばれた彼は、最後まで優雅に私を部屋の中へ案内すると、後ろの壁へスススと下がった。


 私はおずおずと部屋の中へ入る。部屋の中は執務室のようだった。ただしめちゃくちゃ広い。私の部屋、何個分になるのだろう。キンフェルも乾かし放題である。


 大きな机の上や棚には、書類が山積みになっている。そして山の向こうからは豪華な椅子に座った女性が、デスクに片肘をつき手の甲に頬を軽く当てた格好で此方を見ていた。

 暗めの赤い瞳に、同じ色の髪をしている。年齢は50代くらいだろうか、美人だ。


 女性と目が合う。体の横につけていた手が震えた。

 この人がアディストエレン・ディーフェニーラ様、私の罪を告げる人なのか、と思うと緊張で喉がカラカラになった。


 開口一番、何を言われるのかと断腸の思いで待っていた。でも暫くしても口を開く気配がない。


 どうしよう。招かれた私の方から挨拶をするのが、礼儀なのだろうか? 貴族の流儀など、分かるわけがない。

 こちらから話しかけて、また不敬罪を重ねてしまう恐怖と、このまま沈黙が続く恐怖で鬩ぎ合った結果、私は決心して口を開いた。



「薬屋の見習い、ミアと申します。 本日は平民の身でありながらお貴族様の区域へと足を踏み入れることができましたこと、恐悦至極でございます。」


「……。 先日の其方の助言により、頭の痛みが楽になりました。感謝します」



 聞き覚えのある声に、ハッとした。この前お店に来て、頭痛で悩んでいた貴族様の声だ。


 そしてなんとなんと、不敬罪ではなくお礼をいうためのお呼び出しだったようだ。

 まさかの理由だった。ミグライン店長が聞いたらずっこけるかもしれない。ちょっと見てみたい。


 たかが平民のために、貴族が感謝するなんて、しかもわざわざ謝意を示すためにこっちを呼びつけるなんて、そんなの分かるかい! 私は心の中で不満を叫ぶと、張り詰めていた緊張が切れて、床にヘタリと膝をつきたくなるのをグッと堪えた。



「勿体無いお言葉でございます。少しでもディーフェニーラ様のお悩みの解消に、お力添え出来ましたのならば、幸いでございます」


「ところで、門を守る騎士より其方が大勢のものと共に現れた、と報告が来ましたが?」


「申し訳ございません。本日、私が貴族様への不敬罪により処分されると勘違いをし、友人達が最後の見送りをしてくれたのでございます」


「そうですか、どうやら齟齬があったようですね」


「配慮不足により、騎士様を驚かせてしまい大変申し訳ございませんでした。可能でしたらこちらを、ディーフェニーラ様にお詫びとお礼として、献上したく存じます」


「何かした覚えはありませんが、お礼とは?」


「先日の礼を欠いた私の言動を咎めることなく、ひいてはこのようなお言葉までかけていただいた、ディーフェニーラ様の広いお心への御礼でございます」


「そう、これは?」


「こちらは、植物から抽出した精油でございます。〝アロマ〟といいます。香りが凝縮しておりますので、数滴垂らしていただくとお部屋に芳香が広がります。香りによってはリラックス効果がございますので、気分転換にも使用していただけると存じます。どうぞお納めください」



 齟齬があったと言われても、平民の誰がこの事を予想出来たのであろうか。いやいや、無理にも程がある。送ってきた手紙に、召喚の理由くらい書いておいて欲しいものである。


 罰を受けないと分かったので、アロマで薬屋の進退を交渉する必要も無くなった。

 でも持ってきてしまったものを、このまま持って帰ってもしょうがない。向こうからすれば、私がずっと木箱を抱えているのも変だと思う。折角だしお貴族様のご機嫌とりのためにも、ちゃちゃっと渡しておこう。


 木箱を差し出すと、後ろに仕えていたベルセ様が、サッと前に出た。

 私から箱を受け取り中を確認する。懐から銀色の小さなお皿をサッと取り出すと、そこへアロマを数滴ずつ垂らした。何かを確認するようにお皿を見つめ頷いた後、小瓶を木箱へと戻しディーフェニーラ様のもとへ木箱を運んだ。毒物の検査だろうか。



「まぁ、いい香りね。何の香りかしら?」


「甘い香りはピムソムという果実、爽やかな香りはキンフェルの葉、少し独特な香りのものはモルテの葉と枝から抽出いたしました。どれも先日私が開発いたしました新商品でございますので、まだ市には広がっておりません」



 市に広がっていないのは、全く売れなかったからとは言わなかった。嘘は言っていない。物はいいようなのだ。



 「どれもいい香りだわ。……そうね。今の時期だと東の薬草園のポメラが綺麗なのではなくて? 私も好きな花です」



 え? 急に、知らない花の話が出てきた。 どうして?


 これは遠まわしに、その植物の精油を作れという圧力なのだろうか。貴族との会話難しいよ。ハウツー本を下さい。



「平民の身でありながら、分不相応でございますが、そちらのポメラの植物で精油を作る許可をいただくことは可能でしょうか。願わくばディーフェニーラ様に、献呈したく存じます」


「大変嬉しいわ。ベルセ、東の薬草園へミアを案内しなさい」



 回答は合っていたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。



「かしこまりました。ミア様、ご案内致します」



 そう言うと、私がディーフェニーラ様へ退出の挨拶をする間も無く、ベルセ様は歩き出した。行きと違い、ベルセと呼ばれた彼は、スタスタと早足で歩いていく。平民の私を一刻も早くディーフェニーラ様の前と、この城から追い出したいのかもしれない。


 さっきと違って速度が速いよ! 彼が角を曲がるたびに見失いそうになる。迷子にでもなったら、平民が城で何をしているんだと、今度こそ不敬罪になりかねない。歩幅が小さいため、彼の2倍足を動かして必死で着いていく。


 息切れが辛くなってきたころ、ベルセ様はやっと止まった。彼は涼しい顔をしているが、私は限界間近だ。膝に手をつき、ゼーゼーと苦しい呼吸を繰り返す。息を整えてから、改めて周りを見た。


 うわ!すごい!

 そこは見事なバラ園だった。見渡す限り色とりどりの薔薇が咲き誇っている。美しい。情緒がお子様な私でさえも見入ってしまうほどの幻想的な光景だった。


 なんてロマンチック! ここでプロポーズとかされたら、女性はイチコロだろうな。ほんのりと甘い香りもする。


 360度薔薇に囲まれたこの場所で、片膝をついた殿方から、指輪の箱をキラパカされる妄想をしてうっとりとした。



「何者だ。」



 夢見気分で惚けていた私の背後から、突然低く冷たい声が響きわたったのだった。




なんと!お貴族様その二が現れた!


戦う

隠れる

逃げる←ピッ!


そのコマンドは押せない!


戦う

隠れる←ピッ!

逃げる


そのコマンドは押せない!


電源を切った。


・・・セーブデータはありません。




お読みいただき本当にありがとうございます。

嬉しさと感謝でいっぱいです!

せめてもの恩返しとして、頑張って更新してまいりますのでどうぞ宜しくお願いします。


次回は明日の夜、更新いたします。

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