物語のはじまり
投稿する勇気をやっと拾うことが出来ました。
不束者の小心者ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。
最下部に表紙絵があります。宜しければご覧ください。
2章以降に出てくるキャラクターも描かれています。ネタバレ等が苦手な方は、どうぞご注意ください。
この街に引っ越して、1年と少したつ。
毎朝、家から最寄り駅までの途中にある、この神社で参拝をするのがすっかり習慣になった。
今日も朱塗りの鳥居をくぐり、境内に入る。雨の日以外は、たいがい袴を履いた職員、おそらく神職さんがお掃除をしていた。
ザッ、ザッ、ザッ
少しザリザリしたような、竹箒で掃く独特の音が好きだ。
毎日通るからか、いつのまにか神社の人たちには顔を覚えられてしまっていた。目が合うと、会釈をしてくれる。常連感が少し恥ずかしい。
「おはようございます。最近はやっと少し涼しくなってきましたね」
今日は紫色の袴を履いた神職さんが、掃除する手を止めて声をかけてくれた。
「おはようございます。本当にそうですね。ただ、今年はインフルエンザがでるのが早いみたいですよ。うちの薬局も先週、インフルエンザ第一号がいらっしゃいましたし」
少し緊張しながら、最近使い倒しているインフルエンザの話で返す。
テンプレって素晴らしい。人見知りの私でも、当たり障りのない会話が普通に出来る。
「そうですか、もうインフルエンザが流行りだしているのですね。お互い気をつけないと、ですね」
秋も深まり肌寒くなってきた季節だが、この境内を一人で掃除するのは重労働なのだろう。参道から少し離れた場所に、彼が作ったであろう枯れ葉の山が幾つもできていた。
長袖をまくり白い装束の首元を広げ風の通りを良くした彼は、多分宮司さんなのだろう。
少し前に、不届き者のお賽銭泥棒を捕まえたと夜のニュースでインタビューを受けていた田舎の神社の宮司さんも、同じ紫色の袴を履いていた。
それに神道では紫は位が高く、身分の尊い人が身につける色ってなにかで読んだ気がする。
少しつり目でロマンスグレーのこの宮司さんは、時々こうして声をかけてくれる。
最初に話しかけられた時は、びっくりしてオドオドしてしまった。
慣れてきた最近では、普通に会話できていると思う。
とは言っても、いつも薄い会話、当たり障りのない天候や体調的な話くらいなのは否めないけれど。
私は神様よりも先に、日ごろからお世話になりまくっているテンプレ様に敬意を払わなければいけないかもしれない。そっと両手を合わせて感謝申し上げた。もちろん心の中で。
「ありがとうございます。それでは、行ってきます」
「気をつけて、いってらっしゃい」
宮司さんとの会話を終え、最後に挨拶をしてペコペコとお辞儀をする私に、彼も軽くお辞儀を返す。
竹箒を持ち直し、再び掃除の続きを始めた。
手水のほうに向かった後ろ姿を、横目で見る。
ピッと伸びた背は高く、顔も体型もシュッとしている。多分、60代前半くらいかな。ロマンスグレーの髪も洒落ていて、世間でいうところの所謂イケオジというものではないだろうか。
昔から社交性底辺の私だけれど、社会人になり最低限の世間話に必要なものくらいは身につけることができた。
それに、伊達に毎日この神社に通っているわけではない。
この神社で働く職員さんのことは、なんとなく把握している。
今日会った宮司さんの他には、40代くらいの少し丸っこい体型の狸顔の男性神職さんがいる。
彼もニコニコしながらよく話しかけてくれる。
それから水色の袴を履いている美人な女性神職さん。
彼女には話しかけられたことがないし、美人に自分から近づく勇気なんか持っていないので話したことはない。
遠くから見た感じだと、切れ長で涼しげな目元とシュッとした体型が宮司さんと似ているので、推測だが宮司さんの娘さんなんじゃないかな。
あと、30代くらいの男の人。
この人は袴ではなく、いつも上下グレーの作務衣を着ている。
いかにもスポーツマンです、と言わんばかりのガッチリした見た目で、肌は浅黒い。冬でも日焼けしているから、屋外でするスポーツをしているのかもしれない。
神社と運動部的な彼の雰囲気は、少しミスマッチに見える。けれど、御祈祷の際には、そのスポーツマンシップに則った腹筋と発声で、いい祝詞を読んでくれそうだ。
それほど大きくない神社だ。神社スタッフの適正人数など知らないが、きっとこの4人でこの神社を守っているのだと思う。もしかしたら、掃除を担当せずに社務所に引きこもっている職員がいるかもしれないが、そこまでは分からない。
いつものように手水の前の水神社、本殿、本殿の左奥にある御末社に二礼二拍手一礼の参拝をして、私は境内を後にした。
そして、朝から忙しない首都高速道路が頭上を走る国道沿いの歩道を5分ほど歩き、最寄り駅に着く。
前を歩く人と二段ほど距離を取りながら、地下鉄の階段を下り改札を抜ける。
すぐに強い風を引き連れて、列車がホームにやってきた。
吹き飛んだ前髪を手櫛で軽く整えながら、その激混みの列車に体をねじ込んで、不快な車内ではイヤホンから流れる音楽で気を紛らわせる。
路線を二回乗り換えて職場に向かうのが、いつものルーティーンだった。
そう、ルーティーンだった。
電車も神社も職場もない、なによりも眼に映るもの全てが見たことのないこの異世界で、私は呆然と立ち尽くしていた。
イラスト kanatsu様
当たり障りのない会話、テンプレ頼み
彼女、薄い人間関係を作るのに慣れているご様子
これが噂の転生か
コミュ障なのは天性か
お読みいただきありがとうございます。