八話 どうやら俺は発動させたらしい
首都ローゼンを出て一時間ほど歩いたところ、見渡すばかり緑の草原のど真ん中にプルプルと呑気に揺れる青いソイツが現れる。
「さてと、こんなモノを買ったせいで明日の御飯もありつけるか怪しくなってきたし、しっかりと依頼をクリアして稼ぎますか……」
腰に携えた刃こぼれした銅の剣とペラッペラの革防具を手で擦りながらボヤく。
この武器と防具はローゼンを出る前に、流石に丸腰で依頼を行うのは危険だと思い、適当な武器屋で調達したものだ。
見る限りすぐに折れてしまいそうな刃こぼれした銅の剣に何も守れそうにないペラッペラの革防具。
この二つ、締めて銀貨四枚。つまり4000ゴルドもした。
こんなに質の悪い物でこの値段は納得いかなかったが命には変えられないので購入。
ライセルさん達から餞別として貰ったお金が合計で6000ゴルド。そのうち1000ゴルドは当分の宿代として既にホイホイ亭に支払い、武器と防具で4000ゴルド、残りは1000ゴルドしか残っていない。
これに今後まだまだお金がかかる訳で、異世界生活が始まってからすでに自己破産寸前だ。
いや、自己破産だと意味が違くなるが、まあそれぐらいヤバいってことだ。
そして今回俺が受けた初めての依頼はスライムの討伐。クリア条件はスライム五匹の討伐で報酬は銀貨6枚。
もっとランクの高い討伐依頼になれば報酬はグンっと上がるらしいがこちとらまだニュービーだしこれぐらいで妥協するしかない。
100mほど離れたところで丁度よく五匹の青いスライムがプルプルと楽しそうに揺れているのを見つける。傍から見るとその光景はとても変で魔物と言うよりはそういうオブジェのように思えてくる。
まだ遠くにいるので大きさ自体はそこまでないと思ってしまうが、近くで見ると某ドラゴンでクエストなキ〇グスライムほどの大きさがある。
ポケットに手を突っ込み、昨日まで全く気づかなかった細かく折りたたまれた、この世界とは段違いに質のいい紙を取り出す。
「………」
幸いまだスライム達はこっちに気づいていないのでのんびりとその細かく折りたたまれた紙を開いていく……とても嫌だけど。
開くとその紙には『世界スタートダッシュ説明書!〜これであなたも立派なチート転生者〜』と見た事のある文が一番最初にでてくる。
「はあ……」
別に痛くもない頭を抑えて大きなため息を吐く。
先程ギルドで貰ったショウコさん用紙を歩きながら読んで、自分の能力評価再確認していると最後の文で俺のポケットに何か入ってる的な発言をしているのを読んで思い出し、両ポケットに手を突っ込み確認したところ散り散りに破り捨てたはずのこのルーズリーフが出てきた。
ルーズリーフ右上の余白の部分には最初に見た時にはなかった「もう破り捨てたらダメだぞっ!」という腹の立つ丸文字が書き足されている。
どうやらこのルーズリーフは散り散りに破り捨てたぐらいでは女神の不思議パワーとやらで無くなることはなく、あのクソ女神は俺のことを天界で見ているらしい。
一瞬、あのクソ女神のウザったらしい声が頭の中でフラッシュバックして、俺のストレスと怒りがマッハでヤバくなりそうだったがそれをぐっと堪えてルーズリーフに書かれてあることを読む。
一々、人の神経を逆撫でにする文がルーズリーフには綴られていて、再び紙を破り捨てそうになるが二の轍は踏まない。
心を無にして仏のような善なる気持ちで読み進める。
…………。
数分とせずにルーズリーフに書かれていることを読み終わり、わかったことは二つ。
一つ目は俺の固有魔法の能力、二つ目は俺に掛けられている加護の詳しい効果内容だ。それ以外に書かれていたことは既にライセルさん達などに聞いたこの世界のあーだこーだ、だったのでどうでもいい。
「マジかよ……」
大きく肩を落とし、腹いせにルーズリーフを真っ二つに破る。しかし破かれたルーズリーフは直ぐに光になって消えたかと思うと俺の右ポケットに折りたたまれた状態で戻っている。
ショウコさん用紙の評価や他の冒険者達の反応でほとんどわかっていたが、俺はどうやら本当にそこまで強くはないらしい。
何とも皮肉じみた固有魔法に、微妙な能力の加護。初期値でバケモノじみた身体能力ステータスなど俺にはなく、しかしこの世界の一般人と比べたらそこそこな強さ。
マジで微妙なのだ。
なんだよ微笑みの女神の加護の効果、「あなたの周りには常に笑いが絶えず楽しみに溢れるでしょう」ってまったく必要性を感じない。
何が「オマケで上げる」だよあのクソ女神。
何が一番気に食わないかって言ったら固有魔法である。
「吃逆の呪いって、舐めてんのかあのクソ女神……」
吃逆、またはしゃっくりとも読む。
なんで自分が死んだ原因で異世界俺TUEEEEしなくちゃいけないんだ……いや、俺TUEEEE出来るイメージなんてわかないけどよ……皮肉もいいところだぞクソ野郎。あと魔法なのか呪いなのかどっちかハッキリしろよ。
しかもどういう訳かルーズリーフにはこの吃逆の呪いの発動方法しか書かれておらず、詳しい効果の説明はない。
「何が『敵と認識した相手に向かって指パッチンをする』だよ……」
何処までもふざけてやがる。
発動回数には限度があるのか、一度に何体まで呪いをかけれるのか、どのような強力な効果がこの魔法にはあるのか、などの一番大事な説明がないのだ。
書かれていることだけ読んだらただ敵にしゃっくりが鳴る呪いをかけるだけと、チートではなく雑魚能力だ。
「殴りてえ……」
自然と両拳に力が入り、俺の仏の善なる心が崩壊していく。
「きゃああああああ!! 助けてぇええええ!!」
俺が怒りに震え、どうすれば死なずにあのクソ女神に復習できるかガチで考えていると、どこかから女の子の叫び声が聞こえてくる。
「……なんだあれ?」
我に返り声のした前の方へ視線をやるとそこには五匹のスライムが一人の女の子を追いかけていた。
「誰があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 助゛け゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
先ほどよりも大きくダミの聞いた喉に負担かけまくりの大声を出しながら全速力で逃げる少女。
「えーと……」
どうやら俺と同じソロのようで、周りをぐるっと見渡してみても少女を助けようとする仲間の姿はない。
「……スライムって雑魚のはずだよな?」
別にソロでも倒すのに苦労しない強さだから初心者向けの依頼として依頼板とかにも張り出されているわけだし。
依然として逃げ回る少女を遠くの安全な位置で眺めながらそんな疑問を零す。
「ああ! ちょっとそこのボサっとした平凡な顔の人! 助けてくださいっ!!!」
俺に気づいた少女はそう助けを乞う。
「………」
オイ、初対面の人間になんてことを言うんだ。別に自分がイケメンだとは言わないが、そこら辺の見知らん奴にいきなりあんなことを言われながら助けを請われても嫌なんだが。
「おいそこのアホ面! なに無視してんのよ! アンタよ、アンタに言ってんのよ! この難聴地味顔男!! さっさと助けなさいよ!!!」
明後日の方向を見て無視していると少女は途端に口が悪くなり、スライムを引き連れこちらに走ってくる。
「んだとこの野郎!!? 助けて欲しけりゃそれなりの態度ってもんがあるだろうが! てかこっち来んな!!」
少女の言葉が頭にきてそう言い返すと俺も走り出し少女から距離を取る。
あと50mほどまでこっちに近づいて来ていた少女を全速力で走り遠ざけていく。
「はやっ!? 足はやっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
想像以上の俺の足の速さに少女は顔を驚かせる。
「馬鹿め!! 俺を巻き添えにできるとでも思ったか? こちとら加護のお陰で足が前より早くなってんだ、追いつけるもんなら追いついてみやがれ!!」
さらに少女との距離を離し、安全を確保する。
まあこれは俺の身体能力が一般人と比べれば高いのもあるが『早足の加護』の力でもある。これは女神がくれたもう一つの加護。前の世界でのボーナスポイント的ものらしい。
中学、高校と陸上部で足がそこそこ速かったことから俺にこの加護を授けたとルーズリーフに書かれていた。
この早足の加護は名前の通り、他の人よりも早く走れる加護だ。この加護のお陰で余裕であの女との距離を離すことが出来た。
「よしあの礼儀のなっとらん女を助けるのは癪だし、このまま一旦逃げるか」
走りながら後ろに振り向いてだいぶ少女との距離が離れたことを確認してローゼンに戻ることにする。
「───て───」
「あ? なんだって?」
少女は何か言っているようだがこの距離ではしっかりと聞こえない。
「───てくだ──!!」
「聞こえないな〜」
手を耳に当てわざとらしくジェスチャーする。
「お願い゛し゛ま゛す゛助゛け゛て゛く゛だ゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛い゛! なんでもし゛ま゛す゛か゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
少女は目と鼻から盛大に大量の涙と鼻水を垂らしながら、大声で精一杯に助けを求めてくる。
「え? 今なんでもするって?……って言ってる場合じゃないな」
腹が立ってあれだけ意地の悪いことを言ったが、女の子が号泣して鼻水までも垂らしながら助けを懇願されると、可哀想に思えてきてさすがにこのまま見捨てて逃げるのは俺の良心が痛む。
「はあ………しょうがねぇなあ!!」
どうにかできるかなんて分からないが、未だに「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛」と泣き叫びながらこっちに全力で走ってくるだらしない少女を助けるべく、ボロボロの剣を抜いて方向転換する。
すぐさま俺と少女の距離は縮まり、俺がスライムを全部肩代わりする───
「なんでええええ!?」
──はずだった。
「クソっ、なんでだ!?」
少女は俺を追い抜きそのままスライムを俺に預けるつもりだった。もちろん俺もそのつもりだったのにスライムは俺の方など見向きもせずにそのまま少女を追いかけ続ける。
「なんでなのよぉおおお!?」
まだ追いかけてくるスライムを見て絶叫しながら何とか距離を保ち逃げ続ける。
「俺が相手だこの弛んだメタボディ!!」
俺はすぐさまスライム郡に追いつき、大きく跳躍をして上段で構えた剣をソイツに振り下ろす。
「──!!」
「なっ!?」
しかし振り下ろした剣はスライムの柔らかい体を切り裂くことはできず、弾力で跳ね返される。
跳ね返された反動で俺は地面に尻もちをつき倒れる。
スライムはブルブルとその場で体を揺らすと再びこっちに見向きもせずに少女を追いかけ始める。
「あ! まっ───ああ!!」
痺れる尻を叩き上げスライムを追いかけようとするがあることに気づく。
「なんであんなゆるゆるボディ殴ったぐらいで折れんだよ!?」
地面に尻もちをついた時、同時に剣も強く地面に叩きつけその勢いで刀身が折れてしまったのだ。
「ふざけんなよ! 2000ゴルドもしたんだぞ!? ホイホイ亭20泊分だぞ!!?」
安物買いの銭失いとはまさにこの事だ。
たかが地面に叩きつけたぐらいで剣が折れるとは誰が思おうか。これで物理的な攻撃は不可能となり少女を助けるのも難しくなった。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 早ぐ助けでぇぇえええええ!!!」
少女も体力の限界なのだろう、叫びながらどんどんとスライムとの距離が縮まっていく。
「………っクソ!」
あと俺ができるのは効果のよくわからん魔法をスライムにかけることぐらいだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「……もうどうにでもなれ!」
言葉にもならない絶叫が耳を木霊するなか、俺もやけくそになりスライム一匹に向かって指を鳴らす。
パチンッ!と乾いた子気味いい音が草原に鳴る。
「………」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
しかし、特に何が起きる訳でもなくスライムは少女を追いかけ絶叫は続く。
「何も起きねえじゃねえか!!!」
おそらく見てるはずのクソ女神に向けて空へ盛大に叫ぶ。
何も起きねえじゃねえか!
何もチートじゃないじゃん!何も俺TUEEEEできないじゃん!
本当に俺が何したって言うんだよ!
あの女神は俺に恨みでもあるのか!?
そんな思いが爆発してもう一発空に向かって叫んでやろうかと思う。
「……ヒック……」
だが俺のそんな思いも一つのしゃっくりとその後の鳴り響いた爆発音で失せる。
ドンッ!!!!
「……………は?」
どうやら俺は能力を発動させたらしい。