三話 どうやら俺は助かるらしい
「───はっ!?」
視界が真っ白になり気がつくとそこは心地好い緑風が吹き抜けるだだっ広い平原のど真ん中だった。
「ついた……のか?」
キョロキョロと首を動かしてあたりの様子を確認する。
しかし目の前に広がるのは無限と思える緑ばかりでこれといってめぼしいものは無い。
「あのクソ女神、適当な場所にスポーンさせやがったな……てかなんでこの服だよ?」
持ち物は変な穴に吸い込まれる前に女神から渡されたルーズリーフのみ。服は先程まで高校の制服を来ていたはずがどうしてか自分の肌に馴染みまくった黒のスウェットシャツに灰色のスウェットパンツだった。
とりあえずこれからどうしていいか全く指標がないので先程読めなかったルーズリーフを見てみることにする。
「何かめぼしい事が書いてなかったらもう一回死んであの女神を殴ってやろう」
なんてこと言いながら何も無い平原にポツンと一人ルーズリーフの文に没入していく。
──異世界スタートダッシュ説明書!〜これであなたも立派なチート転生者〜──
「胡散クセェ………」
初っ端から読む気の失せてくる題名に既に嫌気がさしながらも、文に目を走らせる。
──貴方がやって来たのは異世界バトラク!
剣と魔法のファンタジーな世界だよ! ここから君の新しい冒険が始まるのね! ふふっ。──
「何だこの腹立つ文……」
文だと言うのに沸々と腹の底が不愉快な気分になってくる。
──ここでは何をしようがあなたの自由!
神から授かったチートな力で魔王を倒す冒険に出てもいいし、まったりのんびりとスローライフを送ってもいい。可能性は無限大だねっ!──
おかしいなぁ。ただルーズリーフを読んでるだけなのに読み進める度に呼吸がストレスで不規則になってくるぞお?
──あなたがこの世界に来た瞬間、以下の能力が与えられたよっ!
一つ目はこの世界の言語知識!
あなたはいつも通り日本語を喋ってると思うだろうけど、現地人の人からはその世界の言葉に聞こえてるよっ! まあ転生系お得意のヤツだねっ!!──
「言葉はどうなるのかと思っていたけどやっぱそんな感じなのな……てかこの女神キャラブレすぎだろ……」
やっと読める説明が出てきて一時的に不規則だった呼吸が戻る。
とりあえずここから説明パートっぽいし女神のふざけた文も少しはマシになるだろう。
──二つ目はあなたに与えられた加護の話ねっ! おっと、今あなた『チート能力の説明じゃないのか』って思ったでしょ? もうっ、せっかちさんっ。お楽しみはさ・い・ご♡ それであなたに与えられた加護だけど──
「……………うぜぇええええええええええええ!!!!」
無意識のうちにそう叫び手に持ったルーズリーフを全て読む前に思いっきり破り捨てる。
「前言撤回だ! マシになるどころか、マッハで俺の不快指数を刺激してきやがる!!
なにが『お楽しみはさ・い・ご♡』だ!
ゴラァあぁああああああああああ!!」
二度とこの汚物が視界に入らないようにと本能がままにルーズリーフを木っ端微塵に破り捨て、それだけでは気が収まらず地面に細かく捨てられた紙屑をズタズタに踏みつける。
何度も何度も、まるで親の仇のように目を血走らせ。
傍から見ればただのキ〇ガイにしか見えない絶叫と行動をしばらく続けた。
「……ハア……ハア……」
そして正気に戻った時にはもう遅かった。
ここまで取り乱したのは人生で初めてと言うくらいに取り乱し、そして我に返る。
「やってしまった……」
荒かった呼吸がどんどんと静かになり、それと同時に妙に冷えた気持ち悪い汗が背筋に走る。
「いくらムカついたからとはいえ、大事な異世界で生きていくための手掛かりを破り捨てるのはいけないだろ……」
誰に言うでもなく一人、両手両足地面に跪き途方に暮れる。
「そもそもなんだよあのふざけた説明は? どれだけ人をおちょくれば気が済むんだあの女神は……」
「ふごふごっ!」
「そうだよなあ? 俺頑張ったよなあ? ちゃんと我慢してたよなあ?」
「ふごふごっ!」
ボロボロと口から零れ出る弱音。
それを理解してるのか定かではないが相槌を打つ獣の声。
「………ん? 獣?」
違和感に気づいたところで横に異様な存在感を放つ何かの方へ視線を向ける。
「ふごふごっ! ふごーっ!!」
そこには艶やかに光る如何にも硬そうな毛を見に纏い、軽自動車位の躯体をした豚……いや猪の化け物がいた。
「へあ………?」
初めて間近で見る大きな生物に思考が停止する。
豚……いや猪……でっか。
地球にいるやつでもこんな大きいのいないでしょ……。
さすが異世界、パネェわ。マジパネェ。
事態の異常さを理解すればするほど、その状況のマズさに思考がバグっていく。真横にヨダレを垂らした猪の化け物……いや異世界的に言うなら魔物か。
「これ死んだ?」
脳がそう判断した瞬間、体は自然と動きだし隣の猪から少しでも距離を取ろうとする。
「いやぁあぁああああ、お助けぇぇええぇえぇええ!!」
「ふごぉ!!」
突然始まった死の追いかけっこ。
ペース配分を考えず我武者羅に全速力で草原を駆ける。
みっともない声を上げながら後ろから追随してくる猪の方をチラ見すると、50mほどの距離ができていた。
「……ん? 意外といけるな……はっはーっ! これでも死ぬ前は陸上部で足腰鍛えてんだよゴルァ!! 追いつけるもんなら追いついてみやがれ鈍足豚足豚野郎!!」
思いのほか順調に離れていく距離に安堵し、さらにスピードあげる。
なんだかすこぶる体の調子が良い。もしかしたら地球と異世界の重力量は違って俺はこの異世界では現地人よりも最強のかもしれない。
さすが異世界転生だ!
「ふごぉおお!!」
そんな馬鹿げた考察をしていると先程まであった猪との差がみるみると縮まっていき、あと数cmという所までこちらの背後に接近していた。
「なんでぇえ!?」
チクチクと背中を軽く突く猪の長い角に再び恐怖を覚え、情けない声が盛れる。
このままではジリ貧なのは明らか。
女神からはチート能力を授かっているはずでそれを使えばこの状況を打破するのは簡単なことなのだろうが、なんの間違いか能力の使い方を読む前に破り捨ててしまった。
「なんて馬鹿なんだ俺は!!」
反省したところでもう遅いとは分かっていてもそう叫ばなければ気が狂いそうだった。
こういう、転生してすぐに死の窮地というのも異世界転生系なんかではお約束の一つかと思うが、そのパターンで言うならばこの後誰かが助けに来てくれるはずなのだが───。
「いつになったら来るのお助け!?」
天を仰ぎ、本日何度目になるか分からない叫びが空へ木霊する。
「デトネーション!!」
すると突然、爆風と爆音が後ろの方からしてその勢いで強い力に押しつぶされるように前に飛ばされる。
「……ぶっ!」
少しの浮遊感の後に前のめりで地面にキスをする。
「な、なんだ!?」
硬い地面にキスをして痛さでもがき苦しみたいところではあったがそうもいかず、すぐさま何が起こったのか確認するために地面から飛び起き爆風と爆音のした後ろに視線をやる。
するとそこには半径5mほどのクレーターがあるだけで先程まで元気に走り回っていた猪は消し炭残らず綺麗に消え去っていた。
「なんやねんこれ……」
あまりの急展開に関西人でもないのに下手くそな関西弁で口零す。
「大丈夫か!?」
まさかこれが俺のチート能力か?と、無理やりな理屈で脳内の整理をつけようとしていると声をかけられる。
声をかけられた方を見るとそこにはなんともファンタジーなくすんだ銀色の西洋甲冑に身を包んだ見るからにイケメンの男と、その仲間であろう男一人と女二人がこちらを心配そうに見ていた。
「誰かが助けてくれるお約束のパターンキター……」
「は? 何言って───」
どうやら俺はお約束のパターンで助かったらしい。