十七話 どうやら馬が合わないらしい
窓から射す朝陽の光、鳥たちの囀る声、そしてそれらを全て包み込むような「ドンッ!!!」と鳴り響く轟音。
今日も新しい朝がきた。希望の朝だ。
「ふわあ……相変わらずうるさい爆発だ」
いつものように草原の方で鳴っているであろう謎の爆発音によって目が覚める。
バラツキはあるが未だに朝頃になる謎の爆発は誰がなんの理由で起こしているのか謎は分かっておらず、首都ローゼンの日常の一部になろうとしていた。
「ヤマトー、起きてるー? 可愛いユエルちゃんが甲斐甲斐しく起こしに来てあげたわよー」
ベットから降りて朝陽を体に浴びながら大きく伸びをしていると、コンコンとドアを二回ノックをした後にそんな聞きなれた声がしてくる。
「可愛いとか、甲斐甲斐しくとか、自分で言ったら意味がないだろう……」
彼女の朝から脳天気な発言に呆れる。
よくもまあいつもポンポンと自画自賛の言葉が思い浮かぶもんだ。
「ヤマトー? まだおねむさんなのー? 入るわよー」
返事が返ってこないことにユエルは俺が寝ていると思ったのか、もう一度ドア越しに声をかけて確認をする。
「起きてるよ、今行く!」
適当に返事をし身支度を整えてドアを開ける。
「おはよう!」
「はいおはようさん」
そこにはいつも通りツインテールを引っ提げた碧眼の美少女がいた。
悔しいがこの女、可愛いには可愛いのだ。
まあその他がズタボロに足を引張てるからそれで全部帳消しになってしまうのだがな。
「またあのお店行くんでしょ?」
「そのつもりだけど」
「じゃあご飯食べて早く行きましょ。今日も依頼を受けて沢山お金稼がなきゃ!!」
ユエルは今朝の予定を確認するとそそくさと下の階へ足を向ける。
「そうだな」
同意して俺も彼女の後を追いかける。
今日は武器を買って懐が寂しくなるのだ。早め早めに行動して有意義な日にしなくては。
……………。
素早く朝食を済ませ商店街の方に向かって歩みを進める。
人が賑わう中心部の外れだというのに、以外にも人通りはまだ多く、朝からこんな人混みを歩くとは思いもしなかった。
「なんだか今日は人が多いわね」
「そうだな」
隣を歩くツインテも同じことを思ったようで、少し不機嫌気味に愚痴る。
「ねえヤマト、武器を買うって言ってたけど予算設定はどれくらいなの?」
なかなか進むことの出来ない人混みに四苦八苦していると、ツインテはそんな質問をしてくる。
「うーん、とりあえず2万ゴルドぐらいで良いのがあれば嬉しいかな。出せても3万ゴルドまでってところだ」
「え!? 思ってたよりお金持ってるのね?」
俺のなかなか高い予算額を聞いて隣のツインテはツインテを揺らしながら驚く。
「ユエルと組んでからこの一週間で安定して薬草採取の依頼をクリアできて、それなりに余裕が出てきたしな。ここらで武器の一つでも拵えて、さらに依頼を安全にクリアできればいいだろ?」
この一週間ずっと薬草採取の依頼を受けてかなり収入が安定した。
報酬の悪い薬草採取と侮るなかれ、草取り名人と呼ばれるぐらいに俺とユエルの薬草採取の才能は開花していき、調子のいい日は一日で1万ゴルドを超える報酬を貰うこともある。
二人で山分けしても一番ギルドで下のDランクが一日で稼ぐ金額ではなくなってきている。
このかなり安定した収入源によりこの一週間で俺の懐は見る見る温かくなっていき、このように余裕を持って武器を買えるまでに至った。
マジでたかが草取りと舐めていたが、それは間違い。こんなに安全で取れば取ってくるだけ報酬が増える優良な依頼はない。
「それにしたって、たかがDランクが三万ゴルドもする武器を買うなんて相当高価な買い物よ? ホイホイ亭約一年分よ?」
「うっ………たしかに高価な買い物でホイホイ亭一年分の宿代は痛い出費だが、武器だけは良いモノを買いたい……」
ユエルのご最もな言葉に耳が痛くなりながらもそう答える。
「何か嫌な思い出でもあるの?」
俺の苦虫を噛み潰したような顔を見てツインテは聞いてくる。
「前に2千ゴルドのやっすい剣を買って盛大に後悔をしたんだよ……」
ちょうどあの場にこのツインテもいたが覚えてはいないだろう。
安物買いの銭失い、とはよく言ったものでアレは正にそれだった。
「まあ、浅はかな経験則から武器や防具は金をケチらない方がいいと学んだ。だからこの予算設定も妥当なんだよ」
「なるほどね……それなら防具も買ったら? 軽装備なら武器と一緒に買っても3万ゴルドでそこそこ質のいいモノが買えると思うけど?」
ユエルは俺の説明を聞いて頷くと続けてそんなことを言ってくる。
「そうしようと思ったけどやっぱり男なら攻撃力に全振りしたいんだよ。それに今のところ防具なしでもやれてるし防具はもう少し先でいいかと思ってな」
攻撃は最大の防御とか言うだろ?それだよそれ。
「でも前は防具がペラペラだったせいで爆発の影響をモロに受けてたじゃない。少しでもいいモノを身につけてれば爆発に巻き込まれた時でも軽く済むんじゃない?」
「うっ……」
今日のツインテ僧侶はズバズバと痛いところを付いてきやがるな。
「た、確かにあのブルファンの爆発はガッツリ喰らったがもうあんな失態はしねえよ、もう対処法は見つけてるしな。とりあえず今日は武器だ!」
「まあ、ヤマトがそれでいいならいいけど……」
なんだかんだと話していると目的の武具屋の近くまで来ており、これ以上話は無用だと無理やりそこで区切る。
・
・
・
人影のないくたびれた商店街の裏路地。以前はここもたくさんの人で賑わったのか、まだそこには酒場や服屋、小道具店などいくつもの店の面影がある。
そんな路地裏の一郭にまだひっそりと商いを続ける武具屋がある。
「お邪魔しまーす」
カランカラン、とドアベルのくすんだ音色が店内に客が訪れたことを知らせる。
「またこれか……」
しかし、入店と同時に眩しい笑顔でこちらを出迎えてくれる看板娘が居なければ、店内には人っ子一人いやしない。
商売を語れるほどご大層な人生を歩んできたわけではないが、店に入って「いらっしゃいませ」の一言もないとはこれ如何にって感じだ。
「また奥にいるのかしら?」
隣のツインテ少女はその事にさして気にした様子もなく、ブラブラと店内に飾られている武器や防具を見始める。
「まあいいか……」
ここの店主がとても偏屈で面倒臭いということは、昨日ここに来た時点で分かっていたことなので俺も適当にディスプレイに目をやる。
「なんじゃお前ら、また来たのか」
すると直ぐに奥の部屋から眼鏡をかけた目つきの悪い老人が不愉快そうに俺たちを睨みつけてくる。
「おはようございます、今日はじっくりとお店の中を見せてもらいますよ金床の魔術師 ゼペットさん?」
老人の嫌味を軽くスルーして、反撃とまでは行かないが俺も嫌味ったらしくそう言って返す。
「っ!……どこで聞きかじったか知らんがここにはお前たちが思ってるモンはないぞ」
この店の店主ゼペットは一瞬顔を驚かせるとすぐさま無表情に戻り舌打ちをする。
「いえいえ、魔剣なんて高価なモノを買えるほど俺達はお金なんて持ち合わせてませんよ。今日は普通の剣を買いに来ただけです」
魔剣を見せて貰えるなら見てみたいが、それは難しそうなので本心のまま言う。
「ふんっ……どうだかな……」
ゼペットは不機嫌そうに椅子に腰かけると、それ以上は語らず無言で俺たちを睨み続けてくる。
「……」
まあとりあえず、お店の中を見ても問題はなさそうなので再び店内を回る。
「ヤマト! これなんてどう!?」
店の中を物色するのがそんなに楽しいのか、ユエルは剣や盾、鎧などをガチャガチャと担いで俺の方に寄ってくる。
「「これなんてどう?」って……今日買う予定のないモノまで混ざってるのはなんでだ?」
いつにもなくはしゃぐツインテに呆れつつ、持ってきた武器や鎧などを手に取って見てみる。
「この剣、長さ的には丁度いいけど刃こぼれがすごいな」
適当に手に取った片手剣は長年手入れがされていなかったのか、刀身の所々が刃こぼれしており斬れ味が悪そうだ。
「そいつは5万ゴルドじゃ」
「……」
後ろで睨んでいた爺さんがそう補足を入れてくれる。
「この鎧とか強そう! これはいくらなのお爺さん!?」
いつの間に身につけたのかユエルはフルプレートの鎧を纏いゼペットの元へ走って値段を聞く。
「それはいい鉱石を使っておるから30万ゴルドじゃな」
チラッと俺の方に視線をやり得意げに老人は答える。
「じゃあこの槍は──」
「それは8万じゃな」
「じゃあこの盾は──」
「それは6万じゃ」
「じゃあこのボロボロの銅の剣は──」
「それは3万じゃな」
次々と俺の手に取る武器や防具に値段を付けていく老人。
というか──、
「全部高いじゃねえか!?」
そう全て客に買わせる気がない、値段設定なのだ。
別に値段と商品の質が釣り合っていれば文句などない。しかし俺が今手に取った商品はそのどれもがどこか欠陥のある武器や防具なのだ。
例えば、槍は穂先の部分がガッツリかけていたり、盾は真ん中に一本ヒビが入っていたり、最後の剣に関してはそのままの意味だ。
全部の値段がぼったくりなのだ。
「これだからモノの良さもわからんガキは……ウチの商品は最高級の素材を使っておるからこの値段設定でも良心的、めちゃ格安なんじゃよ」
老人はこちらを馬鹿にしたように椅子にふんぞり返りながら懇切丁寧にぼったくりの理由を説明してくれる。
しかし、
「ふざけんじゃねぇ、このタヌキじじい! このボロボロの銅の剣なんか他の武器屋で買おうと思ったら2千ゴルドとかで買えるぞ!? 素材が良いかどうかは知らねえがしっかりと商品の質を見極めた上で値段つけやがれボケ老人!!」
そんな説明で納得できるはずがなく遠慮なくそう返す。
「なんじゃとガキが!? 至極真っ当な値段じゃ! ボケとるのはお前の脳みそじゃろがい!!」
老人も負けじと反論してくる。
「んだとゴラァ!!? 百人が百人誰が見てもこんな値段文句言うわ! お年を召したせいで脳みその方が機能してないのではありませんかなあ??」
俺も怯まず畳み掛ける。
「なんじゃとコラ!?───」
「んだゴラァ!?───」
俺もゼペット老人も頭に血が上りデットヒート。
後半は商品の値段どうこうは関係なく、ただの悪口合戦となっていた。
「お、落ち着きなさいよ二人とも……」
一向に言い合いが止まる気配のない俺たちを見て、あたふたと焦りながらユエルが止めに入るが俺たちは知ったことかとマシンガントークを続ける。
「ちょ、ちょっとぉおお聞いてよおおお」
どうすればこのカオスと化した場を収めることができるのか分からないツインテ少女は涙目でその場にヘタリ込む。
「ただいま戻りました……ってあれ? お客さんが来てるんですか?」
するとそこにカランカラン、と鈍いドアベルの音が店内に鳴り響く。
俺たちは音が鳴ったと同時に言葉を止めて、一斉に音のなった扉の方へ鋭い視線を送る。
「へっ? な、なんですか?」
そこには一人の大きな布袋を背負った少女がビクリと体を驚かせていた。
「助けてくださいぃぃいいいい!!」
ユエルはその少女を見るや彼女の足元に泣きながら抱きつく。
「えっ……だからなんですかこれ……」
理解の追いつかない少女はがっしりとホールドしてしがみついてくるユエルを見てそう零す。
どうやら俺とこの老人とは馬が合わないらしい。