十五話 どうやら俺は求めすぎていたのかもしれない
「今日も大量ですね〜ヤマトさん」
ギルドの受付カウンターに薬草がパンパンに詰まった大きな布袋を三つ乗せる。
「ええ、だいぶ草取りも慣れてきてました」
関心したように布袋の中身を確認するカーリーさんにそう答える。
異世界に来てから今日で2週間が経とうとしていた。
「ふふん、これくらい私とヤマトがいれば朝飯前ね!」
褒められて嬉しいのか、隣で無い胸を張りながらユエルが自慢げに鼻を膨らませる。
ユエルとパーティーを組み始めてから一週間が経った頃、俺たちは毎日狂ったようにファリルの森に行っては大量のポーテル草を採ってきていた。
「おい、また草取り名人たちがポーテル草採ってきたらしいぜ」
「まじかよ……うお! 今日は一段と多いな。新記録更新じゃね!?」
「よくもまあ毎日飽きずに取りに行くよな」
ポーテル草を納品する俺たちを見て他の冒険者達がそんな話をする。
依然としてユエルは「わがまま姫」の通り名でローゼンの冒険者たちから嫌われているのだが、俺とパーティーを組み始めてから「草取り名人」と言う新たなあだ名をつけられていた。
「こちら報酬の9000ゴルドです〜。凄いですね〜ポーテル草だけでこんなに報酬を一日で貰う冒険者なんていませんよ〜」
「ありがとうございます」
査定が終わり報酬の入った袋を受け取る。
今日は大布袋三つ分で9000ゴルド、つまり9kg分のポーテル草が取れたのか。
「ポーテル草だけで9000ゴルド!?」
「さすがは草取り名人たち……手際がちげぇぜ」
「明日は一体どれだけのポーテル草を採ってくるっていうんだ!!」
たち、と言うことはもちろん名人に俺も含まれているわけで、その異常な一日での薬草の収穫量から付けられたあだ名はローゼンの冒険者たちでは知らぬものが居ないほどの知名度となっていた。
「ふふんっ! 名人ってなかなか悪くない響きね」
冒険者達の声が聞こえていた草取り名人一号はどうやらこのあだ名が気に入ったようで嬉しそうに笑う。
「いや草取り名人ってダサいだろ……」
草取り名人二号の俺はこの不名誉としか思えない呼び方が不満でしか無かった。
俺とユエルがパーティーを組んだということはすぐにローゼンの冒険者達の噂となり、瞬く間に認知されていった。
ローゼン随一の嫌われ者のユエルとパーティーを組んだことで、俺も何かしら気持ちの良くない噂や陰口を言われると予想していたが「草取り名人」は違うだろう。
予想の斜め下だ。
嫌味、陰口と言うよりはネタ枠。
日に日に取ってくるポーテル草の量が増えることに、ローゼン冒険者ギルドの冒険者達の間では受付カウンターで採ってきた薬草の計量をする瞬間は、一種の名物的なモノになり異様な盛り上がりを見せていた。
「はあ……さっさと帰って飯にするか……」
「そうね、今日もたくさん森を歩いたからお腹ペコペコよ!」
悪意とは違う居心地の悪い視線を避けるべく、俺たちはそそくさとギルドを後にする。
「まぶしっ」
外に出ると煌々と輝く橙色に染まった陽が街を照らし、思わず目を眩しくて逸らしてしまう。
「綺麗ね〜」
同じタイミングで夕日を目にしたはずなのにどうしてかユエルはノーダメージで早足で前へ進む。
「何してんのよヤマト! そんなとこ突っ立てないで早く行きましょ?」
少し進んでくるりとこちらに振り返るとユエルは何が楽しいのかニッコリと笑顔だ。
「あ、ちょっと待て。帰ろうって言ったけどちょっと寄りたいところがあったんだった」
急かしてくる彼女に用事があることを伝え、今すぐダッシュでホイホイ亭へ帰ろうとするのを止める。
「寄りたいところ?」
ユエルは俺の言葉にピンとこず頭上に疑問符を浮かべる。
「ああ、やっと金が溜まった」
俺は嬉しさのあまり、ニヤリと頬を引き攣らせある場所へと向かう。
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カランカランとくたびれたドアに付けられたドアベルが店内に鳴り響き、客が来たことを伝える。
「寄りたいところって武具屋だったのね」
少し誇りっぽい店内に入り、ユエルはディスプレイに飾られた武器や防具を見て納得する。
「ああ、そろそろ金も貯まったし武器を買って討伐系の依頼も受けたいと思ってな」
人の多い商店街の大通りを少し外れた裏のところにある、如何にも繁盛していなさそうな武具屋。
そこに俺たちは真っ直ぐホイホイ亭には帰らず、寄っていた。
「すみませーん、誰かいませんか〜?」
至る所に蜘蛛の巣や埃が溜まり、一目で掃除が行き届いてないと分かる店内に人の影はなく。声をかけてみても反応が返ってくる気配はない。
「もうお店閉めたんじゃないの?」
「いや、だとしたら戸締りがしてあるはずだし、開いてたんだからやってるだろ?」
しばらく様子を伺っても奥から人は出てこず、思わずそんな不安が頭を過る。
この間、何となく商店街を散策していると偶然見つけたこの武具屋。
この世界に来てから何件か武具屋に行ったことがあるので武具屋自体は別に珍しくはないが、こんな意味深なところに剣と盾の絵が掘られた看板をただ下げた名前すらよく分からない武具屋があれば、男なら誰しもが興味を示すだろう。
異世界転生系やRPG系のお約束と言えば、こういう渋いところにある武器屋には見た目が無愛想でキツい性格の凄腕の鍛冶師がいて、激安で業物の剣とかが売られている、知る人ぞ知る名店!と言った感じの店だ。
見つけた瞬間、すぐに店に入ろうかとも思ったが俺は逸る気持ちをぐっと堪えて、しっかりとお金を貯めて武器が買えるようになってからここに来ようと密かに計画していた。
そして今日、やっとまとまった金が貯まりいざ入店……してみれば誰も店の関係者らしき人が出てこない。
「うーん、なんかそういうのもそれっぽいよな!」
日本で考えればただの職務怠慢でしかないのだが、異世界と言う魔法のスパイがかかっていればこんなイベントもwktkでしかない。
「何がぽいの?」
ユエルは俺の意味不明な発言に首を傾げる。
「すいませーん! 誰もいないんですかー!?」
先程よりも声量を上げて確認を取ってみる。
「なんじゃこんな時間に! うるさいの!!」
すると次は無反応ではなく嗄れた低い声とドタドタとうるさい足音が奥の方から聞こえてくる。
「キタっ!」
うるさいと怒られているはずなのにそれよりも好奇心が勝り、固唾を飲んで今から姿を現すであろう頑固オヤジの凄腕鍛冶師を待つ。
恐らく肌は褐色で顎や口元にご立派な髭を蓄えたこれぞ異世界の鍛冶師っと言った見た目に違いない!
それかこれまたお約束パターンのドワーフが出てくるかもしれないしマジで楽しみすぎる!
「まったく人が気持ちよく昼寝をしてたというのに、それを邪魔しおってからに──」
どんどんと足音が近くなっていき、暖簾のかかった奥の部屋から老人が姿を現す。
いや、もしかしたら元冒険者で身長は2m弱、スキンヘッドの厳つい顔したお男が出てくるかも───。
俺の頭の中ではそんな老人のイメージがどんどんと溢れてきて、どんな分かりやすい見た目をした人が出てくるのか楽しみで仕方がなかった。
「聞いとるのかお前!!」
しかし、そんな俺の予想とは裏腹に奥から出てきた老人は褐色肌の立派な髭を蓄えた御仁でなければ、ドワーフ、元冒険者あがりのスキンヘッド男でもない。
白髪頭にヨボヨボの肌、中肉中背、髭は綺麗サッパリ剃り落とし、いい感じに腰が曲がっている眼鏡をかけた目つきの悪い老人が出てきた。
「oh......It's a normal……」
あまりにも普通すぎるどこにでもいるような見た目をした老人を見て、別に得意でもなんでもないデタラメな英語でリアクションをしてしまう。
「ヤマト?」
英語など理解できるはずがないユエルは横で意味不明なことを言う俺を見て再び首を傾げる。
「お前たちはなんじゃと聞いとるんだ!!」
面倒くさそうに表から出てきた面白みの全くない普通の老人は、まったく反応が返ってこないことに怒りを覚え怒鳴り散らす。
「………」
「あ……えっと……ごめんなさいおじいさん! 私たち冒険者で、新しい武器を買おうと思って見に来たの! でもお店に入っても誰もいないから……」
あまりの普通さにショックを受け放心状態の俺を見たユエルは急いで代わりに説明をして、老人を宥めようとする。
「ちっ……なんじゃ客か……こんなおんぼろの店に武器を買いに来るという事は駆け出しか? まあどぉでもいいわい、今日は店じまいじゃとっとと帰れ」
すると老人はしわくちゃだらけの眉間にさらにシワを寄せて面倒くさそうに言う。
「え、いや、でも──」
「うるさい! ワシが店じまいと言ったら店じまいじゃ! 武器や防具が欲しいんなら出直すんじゃな!!」
老人は言い終わると腰を擦りながら暖簾くぐって奥の部屋へと戻っていく。
「……どうするのヤマト?」
「えー……」
どうやら俺は異世界の鍛冶師に過度な期待を求めすぎていたのかもしれない。




