十三話 どうやら俺は言われるらしい
暖かい何かに包まれる感覚。
先程の爆発の熱量とは違う。
それは優しく体の中へ流れ込んでくる。
これが死ぬ間際の感覚ってやつなのだろうか?
しゃっくりで死んだ時はこんなこと無かったし、あのクソ女神の所に直行だったからいまいち死の感覚というものは覚えがなかったのだが、意外と心地良いもんだ。
段々と両手両足の感覚が戻り、自然と閉じていた瞼をあげる。
「え…………?」
どうせ目を開けた瞬間にあの女神がいるとばかり思っていたのだが、俺の目に映り込んできたのは真っ暗になった空とそこにポツンと浮かぶ丸い月だった。
体を起こし周りを確認するとそこは薬草を取りに来たファリルの森で、ブルファンと戦った場所だった。
さらにグルっと見回すと二つのブルファンの死体と大きなブルファンの爆発で何本か木々が倒されており地面には大きなクレーターができている。
「……死んでない?」
少し呆然とし、自分の心臓がしっかりと動いていることを確認する。
よく見ると上のスウェットがボロボロに焦げており、ほぼ上半身半裸のような状況だ。
「お気に入りだったのになあ……」
残念に思いながら、下のスウェットもボロボロになって消えかけてないか確認をしようと下に視線を移す。
するとそこにはヨダレを垂らしながら人の足を枕にして、気持ちよさそうに眠りこけているツインテがいた。
「ツインテにズボンも無事だったか」
見た感じ怪我もしておらず、あの爆発には巻き込まれなかったのだと分かり安堵する。
同時に下のスウェットはなんとか露出狂で捕まらない程度には原形を留めていることを確認して、それにも安堵する。
「あはは、泣いて私に感謝するがいいわ……!」
「……どんな夢見てんだ?」
ツインテは全く目覚める気配がなく、寝言をぼやき寝返りを打つ。
「……」
それを見てしっかりと自分が生きているのだと実感が湧いてきた。
そして自分が倒れる前のことを思い出す。
「いつものようにツインテが魔物……ブルファン三匹に襲われてて、それをいつものように助けに入って、吃逆をかけなかったブルファン二匹をなんかいい感じに倒して、最後に吃逆をかけたブルファンを倒そうとしたらいきなり爆発してそれに巻き込まれた……」
口に出しながら脳内で先程の戦闘を思い出し、最後の爆発の記憶で体が身震いをする。
「よく生きてたな俺……」
額に嫌な汗を流しながら本当にそう思う。
「てか無傷すぎない?」
改めて自分の体を確認して、傷一つついていないことにそんな疑問が浮かぶ。
さすがにあれだけの爆発を受けて無傷なんて事は都合が良すぎないか?
まさか俺に隠された力があったとかそんな感じ──
「死なないで……ヤマト……」
──いや違う、このツインテのおかげか。
再び寝言を言う少女を見て納得をする。
爆発に巻き込まれて瀕死の状態だった俺の体をツインテの回復魔法で治療してもらい、生き延びたのだろう。
「まさかお前に助けられるとはな……」
あれだけ使うのを面倒臭がってた回復魔法を使ってコイツは俺を助けてくれたのだ。
いや、よく考えれば俺はコイツのこと、出会ってから今日まで助けまくってるし、むしろツインテが俺を助けるというのは当たり前と言っても過言ではないような気がする。
なんで俺ちょっと感謝してるの?
「……まあ命を助けてもらったんだし感謝はしといてやるか──」
あの女神に文句を言えなかったのは惜しいが、それはもう少し後でいいのかもしれない。
「──ありがとな」
依然として俺の足で眠り続ける泣き虫わがまま姫にお礼を言う。
・
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今日もどこかでドカンッ、と大きな爆発音がする。
「ふわあ」
その音と同時に目が覚めて体を起こす。
「……」
今回は硬い地面の上ではなくしっかりとベットの上で目覚めたことを確認し、自分が帰って来たのだと実感する。
あの後俺はいつまでも起きる気配のないツインテをおぶって何とか無事ローゼンに戻ることが出来た。
あのまま朝になるまでどこかで休むことも考えたが森にいるのは何だか落ち着かなくて、根性で帰ることにした。
「魔物に襲われなかったのは奇跡としか言いようがないな……」
細心の注意を払って魔物に襲われぬよう、早足の加護の力をフルに使って走って帰ってきたのだが何事もなく帰って来れてよかった。
無事ローゼンについた頃には、朝陽がこんにちはと顔をのぞかせる時間帯でギルドには行かず、ツインテをおぶったまますぐにホイホイ亭に帰った。
ホイホイ亭に着くと朝の仕込みをしていたルドルさんとバラルさんが驚いた顔をして俺たちを出迎えてくれた。
事情を説明すると二人はすぐに汚れた体を拭くタオルやツインテの部屋を準備してくれて、ゆっくりと休みなさいと言ってくれた。
マジでぐう聖すぎる。
そして俺はそのまま泥のように眠りにつき、今起きたと言った感じだ。
「どれくらい寝てたんだ?」
帰ってくる時に溜まった疲れはスッキリと取れ大きく伸びをする。
窓から覗いた太陽はちょうど真上に登って燦々と輝いている。
太陽の登り具合を見るに昼頃と言ったところか、帰ってきたのが朝だったのでこの時間まで寝ていたのはしかたない。
「……腹減った」
腹の虫がギュルルと音を上げて空腹を主張する。
まあ昨日の昼から何も食べていないのだから体が空腹を訴えてくるのは当然といえば当然だ。
何か腹に収めるべく、ベットから降りて部屋を出る。
「落ちつかんなあ」
昨日寝る前にルドルさんが貸してくれた服の裾をつまむ。
残念ながら俺のお気にのスウェットはもう着れないと言うことでルドルさんが服を貸してくれた時に処分した。
直してもらおうかと思いもしたが、もう既に手遅れだと諦めた。
さらば相棒。
「お! おはよう兄ちゃん、よく眠れたか?」
「おはよう! 顔色はだいぶ良くなったね」
下に降りるとルドルさんとバラルさんが挨拶をしてくれる。
「おはようございます、もうバッチリです。あと今朝は色々とありがとうございました」
二人に挨拶をすると、頭を下げて今朝のお礼を言う。
「お礼はさっきも言ってもらったし充分だ! それよりも無事に帰ってきて本当によかった!!」
「そうよ! あなたがいつまでも帰ってこないから心配したんだから」
二人はそう言って明るく俺を気遣ってくれる。
「っ……ありがとうございます」
二人のあまりの優しさに思わず涙が噴き出しそうになるが何とか我慢してもう一度お礼を言う。
「兄ちゃん腹減ってるだろ? 朝飯まだあるから食いな! ちょうど他の冒険者達も外に出ていなくなったところだし今日はゆっくりするといい」
ルドルさんはそう言って奥の調理場の方まで行く。
ルドルさんの言う通り朝の忙しい時間が終わったばかりのためか下には人が居なく、ガラリとしていた。
「ささ、座った座った!」
バラルさんはいつも俺が座っているカウンター席まで手招きしてくる。
俺はお言葉に甘えて席に座る。
「まだあるから遠慮せずに食えよ!」
すぐにルドルさんは戻ってくると俺の前に朝食の乗ったお盆を置いてくれる。
「これって……?」
パンに野菜スープ、牛乳といつも通りのラインナップかと思いきや、今日はいつもは無い果物もあった。
「そいつはオマケだ、よかったら食ってくれ」
恥ずかしそうに顔を逸らしながらルドルさんは言う。
「ありがとうございます!」
俺はお礼を言うと一気に食事に集中する。
いつもと同じパンとスープのはずなのにいつも以上に美味しく感じる。
気を使って多めにお盆に用意されたパンとスープをすぐに完食すると、最後にオマケの果物を手に取る。
「リンゴ……とは少し違うな……」
初めて見るその果物は大きさはリンゴのようなのだが色は少し不気味な紫色をしていた。
「安心して、色は毒々しいけど美味しから」
熱心にこの世界の果物を観察しているとバラルさんが俺を見て笑う。
バラルさんに言われ一思いに紫の果物にかぶりつく。
「………うまい」
瞬間、口の中にたくさんの甘みと果汁が溢れ出す。味はリンゴとイチゴの甘さをいいとこ取りしたような贅沢な味わいでとても病みつきになる美味しさだ。
「でしょ? それはハリネって果物で滅多に手に入らない高級な果物なのさ」
俺の反応を見てバラルさんは果物の説明をしてくれる。
「高級って……そんないい果物俺に出していいんですか!?」
話を聞いてまさかそんなにいい果物を食べてるとは思わず慌てて聞く。
「おいバラル余計なこと言うな……」
「あら、ヤマト君はハリネのこと知らないみたいだったから教えてあげないといけないじゃない?」
ルドルさんは困ったようにそう言うとバラルさんはわざとらしく返し、楽しそうに笑う。
「……はあ、まああれだ、俺が兄ちゃんに食べさせたいと思ったからいいんだよ」
ルドルさんは背中を向けて早口でそう言うとそそくさと厨房の方へ行ってしまう。
「ふふっ。本当にあの人ヤマト君のこと心配してたから無事に戻ってきてくれて嬉しかったのよ、もちろん私もね」
「……」
二人の言葉に思わず再びまた泣きそうになる。
この世界にきてここまで親身に俺のことを心配してくれる人が居ると言うことがとても嬉しかった。
「ご馳走様でした」
そうしてしっかりと残さず朝食……いやもう昼食になるが……を食べ、手を合わせる。
「はいお粗末さまでした」
バラルさんは隣で最後まで俺がご飯を食べ終わるのを見届けてそう言うと、食器の乗ったお盆を持って裏に下げようとする。
「あ、そうだ。バラルさん、ツインテってもう起きてきました?」
裏に行こうとするバラルさんを呼び止めて、今日はまだ一度も姿を表さないツインテのことを聞く。
「ツインテ……ってユエルちゃん? そうねぇ、部屋に連れてってからまだ見てないわよ。まだ寝てるんじゃないかしら?」
「そうですか、分かりました」
バラルさんは答えるとそのまま食器を裏に下げに行く。
「……」
まだ起きてないと言うことを聞き、安堵する。
別に特別な用事があるというわけではないのだがあの後の調子はどうかとかなんとなく気になるし、命を助けて貰ったことのお礼ぐらいは言ってやろうと思っただけだ。俺はツインテと違ってしっかりとお礼を言える人間だからな。
「てか、あのツインテ。森からずっと寝っぱなしなのに俺よりまだ寝てるってどんだけだよ……」
あまりの熟睡ぶりに思わず呆れてしまう。
「もう少し待ってみるか」
今日はもう依頼を受けるつもりもないし、しばらくここでゆっくり食後の休憩をとってそれでも起きてこなかったらギルドに行って依頼の報告をしてこよう。
今日の予定を大雑把に決めて、何となくそのままカウンターで何も考えずにボケーっとしてみる。
「おはよう」
すると後ろから聞きなれた声がする。
「おはよう」
声のした方を向き挨拶を返すとそこには髪を下ろしたツインテの姿があった。
「隣いい?」
「どうぞ」
思ったよりも早く降りてきた彼女は俺の了解を得ると隣に腰かける。
「…………」
「…………少し話があるんだけど……」
何を話すわけでもなくそのまましばらく沈黙が続くとツインテは口を開く。
「なんだよ?」
いつもの図々しい態度とは違う彼女のかしこまった弱々しい言葉に違和感を感じながら、俺は次の言葉を待つ。
どうやら俺はこれから彼女に何かを言われるらしい。