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十二話 どうやら少女は進むらしい

「ユエミール、お前は冒険者になり見聞を広めて来なさい」


 お父様に突然そう言われ、家を追い出されたのは15歳の頃だった。


 私の父は首都ローゼンから北の方に馬を走らせて二週間ほどかかる場所のヤバルの街を治める騎士伯爵だ。


 父は無駄なことが嫌いでとても厳格な人だった。

 そんな父の元で育てられた私は小さい頃から勉学や剣術、貴族の作法、たくさんの習い事を叩き込まれ、騎士伯爵の娘としてどこに出しても恥ずかしくないように教育をされ続けてきた。


 最初の頃は、父に認められたいが一心で勉強も剣術も作法も習い事も全部頑張った。


 しかしそのどれもが私には不得手だったようで、一向に父の求める『騎士伯爵の娘』になれない私に父は失望し風当たりはとても強くなり、「これはダメだ」と見限った。


「この出来損ないが」


 今もこの言葉が脳裏に絡みついて離れないでいる。


 そんな出来損ないな私にも一つだけ人より優れているものがあった。


 12歳になったばかりの春、私には回復魔法の才能が有るとわかったのだ。

 きっかけは刃物で手を傷つけた使用人を私が無意識に使った回復魔法で治したことだった。


 そこから私の事を見限り養子を取っていた父の、私を見る目の色が少しだけ変わった。


 回復魔法はとても希少な魔法で使える人が少ない。その貴重性を分かっていた父は、私に魔法学者の家庭教師を付けて毎日12時間以上魔法の勉強をさせるようになった。


 抵抗することができなかった私は父の言われるがままに勉強をすることしかできなかった。


 外で遊ぶことも許されず、毎日胡散臭い学者と二人きりで机に向かう日々。

 そんな生活が3年続いたある日、父は私に「見聞を広めて来なさい」と言うと最低限の装備とお金を渡し家を追い出した。


 どうしていきなり父がそんなことをしたのか私にはわかっていた。


 私に回復魔法の才能があるとわかったが、三年経っても私は父の求める回復魔法師としての能力水準を満たさなく、これ以上私に金と時間をかけて家に置いておくのは無意味だと思ったのだ。


 娘よりも優秀な養子を三人も取ったことだし、もういらない、捨ててしまおうと本当の意味で見限った。

 それが全部わかっていた私は、最初の頃は父を酷く憎み、いつか見返してやろうと思っていた。


 しかし、今までの人生を全て父に壊され、めちゃくちゃにされ。

 家を追い出されたあとも、父の柵に囚われ生きていくのは馬鹿のすることだと悟った私は思った。


「過程はどうであれ自由になったのだから思う存分にその自由を謳歌してやろう」と。


 そうして私は自由の象徴である冒険者になろうと決めた。


 ・

 ・

 ・


「ヤマト! ヤマト!?」


 全身の肌が焼け荒れ、今にも息途絶えそうな少年の元へ駆け寄る。


 生まれてからこれまでの間にこれ程酷く傷ついた人を間近で見たのは初めてだった。

 それも自分のせいで。


「──っ──」


 か細く息を吐き、私の声に反応して伸ばした手が空を切る。


 人の肌、肉が焼け焦げた酷く残酷な匂い。

 このまま何もしなければ直ぐに死んでしまうであろう私を助けてくれた人。


 いや、ほぼ死にかけているこの状況ではそこら辺にいる平凡な回復術士がこの体に回復魔法をかけて治療を試みたとしても無意味に終わるだろう。


「……ごめん……ごめんなさい……!」


 謝っても許されない、そんなことは分かっている。


 この人にも出会った時からたくさん迷惑をかけて、たくさん助けて貰った。

 そして私のことを厄介に思っていた。


 当たり前だ。

 初対面の人の容姿を馬鹿にするし、文句はすぐに言う、自己中心的な行動、攻撃力が皆無、僧侶のくせに傷ついている人に回復魔法をかけようともしない。

 これではまだ上げ足りないくらいに私は最低な性格をしているのだから嫌われて当然だ。


 だと言うのにこの人は他の冒険者達とは違い、嫌々ながらも出会ってから今日までしつこく付きまとう私と一緒にいてくれた。


 やろうと思えば突き放すことなんて簡単だったはずなのに。


「……助けたい」


 いや違う。助けなければいけないのだ。

 私はこの人を救って変わりたい、そしてしっかりと言うのだ、私を────。


 ・

 ・

 ・


 家を追い出された私はすぐにこの首都ローゼンで冒険者として活動を始めた。


「期待の新人だ!!」


 基本的に新人冒険者はDランクから始まるのだが私は他の人よりも回復魔法に長け、身体能力は昔からの訓練のせいか高く、いきなりBランクの判定を受けた。


 五段階のランクの中で真ん中のBランク。

 戦闘経験が豊富で冒険慣れした、大抵の依頼なら任せても大丈夫な中堅の冒険者に与えられるランク。


 いきなりそんな高ランクを貰った私は周りから注目され、持て囃された。


「ぜひうちのパーティーに!」


「いや、うちに!!」


「何言ってるのよ、私のパーティーよ!!」


 数少ない回復魔法が使えるということもあり、たくさんのパーティーから勧誘を受け、最初は困惑した。


 たくさんのAやBランクの高ランクパーティーから勧誘され続ける事に私はこう思った。

「もしかして私ってすごい?」と。


 生まれてから今まで誰にも認められたことがなかった私にとって周りの反応は予想外で、自分にこんなにも価値があることに、私を見限った父を見返せたような気がしてとても嬉しかった。


「ウチのパーティーに来てくれてありがとう! これから一緒に頑張っていこう!!」


 そうして熱心に勧誘してきたパーティーの中でも特に熱心だったBランクの男女四人のパーティーに私は入ることにした。


「ユエル、回復を頼む!!」


「ユエルちゃん、こっちもお願いします!」


「ユエルがウチに入ってくれたおかげでものすごく魔物との戦闘が安定してきた!」


「すごいですユエルちゃん!」


 仲間との関係も良好に築いていき、高レベルな依頼をいくつもクリアしていった。


 冒険者になる時、父から貰った名前は捨てユエルと名乗るようにした。


 仲間から頼られ、ユエルと呼ばれる度に過去を捨て、生まれ変わったような気がしてとても気分が良かった。


「ユエル、回復をしてくれ!」


「それくらい自分で治しなさいよ」


「え……?」


「もっと酷い怪我をした時に魔力が足りなくて回復出来なかったらあなた達困るでしょ?」


「……そ、そうだな」


 何をしても褒めてくれる、私の意見に同意してくるパーティーメンバーに私はさらに気を良くして、どんどんパーティーメンバーに我儘を言うよになった。


 やれ、歩くのが疲れた、魔物との戦闘はやらない、かすり傷程度では回復なんてしない、私のおかげであなた達は生き延びていられる、と我儘さえ許されなかった厳しい父の元で育ってきた反動と共に私の我儘はどんどんエスカレートしていった。


「もう、出ていってくれないか?」


 そのまま約半年、パーティー内で好き勝手にやりたい放題過ごしていると、ある日そんなことを言われ私はパーティーを追い出された。


 突然のことに私は「ふざけないで!」と激昴し、仲間にどうしていきなりそんなことを言うのか問いただした。


「───」


 しかし、しっかりとした答えは返ってこず、沈黙のまま仲間は私の前からいなくなった。


 それに対して私はさらに腹を立てて「馬鹿な奴らだ」と嘲笑った。彼らではなく自分がとても「馬鹿な奴」だとは気づかずに。


 すぐに新しい仲間なんて勝手にやってくる。そんな馬鹿な考えの私はさらに傲慢に日々を過ごした。


「おかしい」


 そうして異変に気づいたのは冒険者になってちょうど一年がすぎた頃だった。


 すぐにできると思っていた仲間は一向にできず、それどころかローゼンの冒険者達から避けられている。

 Dランクの依頼でさえ自分一人でクリアすることができず、どんどん収入が減っていく。


 何不自由ない暮らしは消え失せ、気づけばランクもDまで降格し、少しばかりの貯金を切り詰めて細々と生活を送る日々。


 そんな生活がさらに半年ほど続いたある日、


「出たな、()()()()()


 どこかの誰かが言ったその一言で気がついた。


 私は自由と言う言葉の意味を履き違えていたのだと。


 自分の魔法が少し優れているだけで偉いと勘違いをして驕り高ぶり、やりたいことしかやらない子供のように横暴な態度を取り、たくさんの人に迷惑をかけてきた。

 実際は誰かの助けがなければ何もできない小娘に過ぎないというのに。


 しかしそれに気づいたところでもう手遅れだった。

 かけがえのない仲間を失い、冒険者としての地位も失った。生きていくために必要な金も底をつきかけている。


 全てが終わりかけていたのだ。


 街を歩くだけで「わがまま姫」と後ろ指を刺され、蔑まされる毎日。


 悲しくて寂しくてたまらなかった。

 この性格を変えようと努力をしても、たった数年で染み付いた冒険者ユエルという人格は自身の過ちを認めれず、本心とは裏腹に依然として傲慢な態度を取り、虚勢という殻に籠り続けた。


 ・

 ・

 ・


 そうして今日まで自分を変えられず、殻に籠り嫌われ者として生きてきた。


「お願い、もう少し頑張って……!」


 自身にある魔力を全て引き出し、目の前の少年に注ぎ込む。


 助けたい……違う、絶対に助けなければいけない!

 この人を助けて謝らなければいけないのだ、お礼を言わなければならないのだ。


 この人だけではない、かつての仲間にも謝らなければいけない。


 過ちを認めず、駄々をこねるのはもうヤメだ、逃げきれないところまで私は来てしまったのだ。

 ここで自分を殺す(変える)のだ。



 どうやら少女は過去の過ちと向き合い、前に進むらしい。


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