十話 どうやら俺は懐かれたらしい
本日もすこぶる快晴。
窓からさす陽の光と外から聞こえる何かが爆発する轟音で目が覚める。
「んー……今日もいい天気!」
と、こんな異常としか言いようがない目覚めなのにも関わらず、俺が平然としていられるのはこの爆発モーニングコールも三日目となれば慣れもするわけで……。
まああれだ、人間の適応能力凄いよねって話だ。
「メシ、メシ〜」
どこかで起きた爆発を気にすることなく、いつものようにヨレヨレのスウェット姿のまま下に降りて朝食を食べに行く。
「お、今日は早いな兄ちゃん!」
「おはようございますルドルさん」
階段をのらりくらりと降りて下に行くとすぐにホイホイ亭の亭主ルドルさんが声をかけてくれる。
「適当な場所に腰掛けて待っててくれ、すぐに飯持ってくからよ!」
今日の爆発は比較的早かったせいか俺が目覚めたのも早く、まだ下の酒場は忙しい時間帯で宿に泊まっている冒険者達で賑わっていた。
「分かりました」
俺は頷いて、定位置となりつつある目立たないカウンターの隅っこに陣取る。
「今日も朝の爆発あったよな」
「ああ、最近ずっとこの時間帯になると草原の方で謎の爆発が起きてる」
「おっかねぇよな」
「どうせどっかのアホが魔法の実験とかしてるだけじゃねえの?」
今日も朝から酒場は謎の爆発の話で盛り上がっていた。
俺がこの異世界に来て今日で五日目、およそ三日前から起き始めた外での謎の爆発。
誰が何の意図でこの三日間爆発を起こしているのかは不明で、ひやかしで現場を見に行った冒険者が言うにはその場に人影はなく爆発で出来た大きな穴しかなかったらしい。
「いやいや、魔王が攻めてくる前兆かもしれないぜ?」
「んなわけねえだろ」
「そうだぜ、魔王が復活して魔物も活性化したけどまだ一度も魔王自身が攻めてきたことなんてないしな」
「なんにせよ毎朝定期的に目覚ましがあるのは便利だよな」
なんてことを言いながらどこかの冒険者達の呑気な笑い声が聞こえる。
どこの世界でも人というのは謎や噂と言うのは大好物らしく、自分が深く関係していないとなると、安全な位置からちょっかいを出してみたり、首を突っ込むふりをする。
魔王に関してはそんな呑気なこと言ってはダメな気がするのだが……。
「はいおまちどうさん! どうしたんだい、そんな難しそうな顔して?」
目の前にパンと野菜スープ、牛乳といつもの朝食メンバーが運ばれる。
「おはようございますバラルさん。いえ別に……俺そんな顔してました?」
バラルさんに指摘され、顔をぺたぺたと触って確認してみる。
「あはは、自分でわかってないってことは相当だね。なんか悩み事かい?」
「いや、悩みで言ったらお金のことか色々ありすぎて困りまくりなんですけど……」
初日で依頼をクリアしてこのまま勢いに乗ってポンポンと他の依頼もクリアできると思っていたのだが、全く上手くいっていなかった。
まだソロで依頼をしているのもあるだろうが、吃逆の呪いの使用感がまったく掴めないのだ。
依頼をこなす中で色々と試してはいるのだが全くこの魔法の仕様が謎に包まれている。
わかったことといえばこの魔法は敵単体にしゃっくりが勝手に出る呪いをかけ、その呪いでしゃっくりをした敵は爆発するということ。
シンプルで分かりやすい能力かと思いきや、呪いは敵一体にしか使えないし、爆発するタイミングはバラバラ。時には全く爆発する気配がなくただしゃっくりが出る呪いをかけただけの時もある。
爆発する条件が分からないし、いつまでも爆発しないんじゃ使い勝手が悪すぎる。
加えて別に俺はずば抜けて高い戦闘能力を持っている訳では無いし、今は武器もないのでこの能力に頼らなければ討伐系の依頼はクリアすることができない。
もう少し何か分かあればやりようがあるのだがこれでは無理だ。
「はあ………」
この世界に来てからため息をすることが多くなった気がする。
「まあ、私に何が出来るなんて分からないけど、話せば少しは気も紛れるだろうし、暇だったらいつでも聞いてあげるよ」
バラルさんは俺の肩を叩くとそう励まして奥の調理場へと戻っていく。
マジでルドルさんもバラルさんもいい人すぎる。
「……うまいよぉ」
野菜スープを口に運びじっくりと味わう。
人の優しさに俺の涙腺が崩壊寸前だ。
「あ! ここにいた! 私がわざわざ部屋まで行ったのに勝手に下でご飯食べてるとかどういうことよ!」
「………」
優しさに包まれた気分になっていると、それを一瞬でぶち壊す煩い声が聞こえてくる。
「ふざけんじゃないわよ、せっかくこんなに可愛い女の子がアンタみたいなモブ男のことを健気に起こしに行ったのに、勝手に起きて仕舞いには朝ごはんも食べてる! 礼儀がなってないわね……あ、バラルさん私にもご飯ください!!」
酒場中に響く少女の声。
「はいよ〜」
バラルさんは気にした様子もなく少女の声に頷く。
「よっ……と」
そして少女は文句を言うだけ言って、俺の隣に座る。
そんなに文句言っといてなんで隣座るの?
ヤマトフシギ。
「おいあれ……」
「ああ、わがまま姫だ」
「なんであの来訪者にくっついてんだ?」
「知るかよ」
先程まで朝の爆発の話題で持ち切りだったはずの酒場が隣に座る黒髪ツインテ僧侶の登場により、一気に俺とコイツの話題になる。
「まあ、どうせまたあのわがまま姫がウザ絡みしてんだろうさ」
「うへぇ〜そいつは気の毒に……」
「全くだ」
近くに座っている冒険者達がこっちに聞こえる小さな声で話す。
うん、気を使ってるのか使ってないのかハッキリさせようね、ガッツリ聞こえてるからね、ついでに言うと俺の隣に座ってる女の子もご立腹で泣きそうだから。
こいつ泣きだしたらまじで面倒だから、泣かせたらお前らが対処しろよな……。
「はいお待ち──」
「………っ!!」
バラルさんが明るい声で朝食を持ってくるが隣に座るツインテは顔を伏せ、悔しそうに歯を食いしばってそれに気づかない。
「……」
別にコイツにどんな過去があって、周りになんて言われていようが知ったことではないが、隣でそんな泣きそうな顔されるのは居心地が悪いし、なにより別に俺を助ける気もないのに同情してくるアイツらの発言が腹立つ。
本当にどいつもこいつも関係ないくせにくだらない陰口ででしゃばってきやがる。
「ほら、飯来たぞツインテ。食わねーなら俺が食うけど?」
腹の底がむしゃくしゃしながら、何とかそれを表には出さず美味そうな飯に気づきもしない横の泣き虫少女に言う。
「え……あ……た、食べるわよ! アンタ今でも豚みたいな顔なのにそれ以上食べると本当に豚になるわよ! それにツインテって何よ!?」
「誰が豚だとゴラァ!? よく見て見やがれこの均整の取れた美しいフェイスを!!」
「どこがよ!?」
すぐにツインテ僧侶ユエルは調子を取り戻し、パンをむしゃむしゃと頬張り始める。
「ありがとう……」
「はあ……」
なにか隣から聞こえた気がするがまあいい、それよりも……本当になんで──。
・
・
・
異世界に来てから五日が経った。
問題はまだまだ山積みなのだが、一番俺の頭を悩ませているのは、まるでパーティーメンバーのように俺の隣を歩いているこのツインテだ。
この前のスライム討伐の時に出会った、泣き虫僧侶のユエル。
どういう訳かスライム討伐の次の日から俺はコイツに付きまとわれていた。コイツのおかげで俺は今日まで色々と散々な目にあった。
細々と言えば沢山ありすぎるのだが、大きくまとめると二つ。
一つ目はコイツが現在に至るまで俺にくっついているせいで他のパーティーに入ることができない。
二つ目はコイツがくっついているせいで依頼の達成率が悪い。
『え?今はツインテと正式にパーティー組んでるんじゃないの?』って思うだろ?
これが違うんだなあ。
もう一度言うが俺とコイツは別にパーティーを組んではいない。
もっと安定して依頼をクリアするために、俺は同じDランクの冒険者パーティーに入れてもらおうと今日までコミュ障ながらギルドでたくさんの冒険者たちに声をかけてみたのだが、全てことごとく断られた。
最初は俺が弱い方の来訪者だから避けられいるのかもと思いもしたのだがどうも違うらしく。どの冒険者も「どっか行け」と言っても離れないユエルの方を見て、嫌な顔をしながら断っていくのだ。
これでわかったことはこのツインテはローゼンの冒険者達から滅茶苦茶に嫌われ、避けられているということ。
二つ目の依頼達成率とは、とにかくこのツインテ、依頼中に俺の邪魔をしてくるのだ。
宿やギルドでずっと俺の周りをうろチョロしてるということは外に出ても然り。俺と同じ依頼を受けては同じタイミングで俺と一緒に依頼に出かける。
初めて草原で会った時に何となく分かってはいたが、このツインテは物理攻撃力が皆無で戦闘で何の役にも立たない。僧侶なら当たり前じゃね?と思ったそこのやつ違うからね?
僧侶でも微力ながら攻撃力はあるし、何よりこのツインテ武器がモーニングスターと攻撃ブッパな装備のくせしていざ魔物に攻撃してみると傷一つつけられてないのだ。
加えてこのツインテは僧侶の癖に魔物との戦闘中に全く回復魔法を使おうとしない。
俺が軽いかすり傷程度の怪我をして回復を求めてもそういう時だけ「アンタは仲間じゃないしそんなギリないわ」とか吐かす。
マジで意味わからん。
僧侶なら目の前で傷ついている人を率先して助けるべきだろうが。
最後にトドメとして自分がピンチになると俺に助けを求め泣き喚き出し迷惑をかけまくり、仕舞いには最初に会った時のように幼児退行してしまう。
これのせいで依頼の達成が極めて難しくなり今日までクリアした依頼はスライム討伐のみ。
今日まで切り詰めて切り詰めて何とか生活してきたがそろそろまともな収入がないとヤバい。
収入がないせいで新しい武器も買えず、実入りの良い討伐依頼を受けるのも難しい。
悪循環の出来上がりだ。
「……はあ」
コイツには同情するが、その反面自業自得だと思う。
俺としては早くコイツとおさらばしてどっかのパーティーに入れてもらい収入を安定させたい。
もし仮にコイツと正式にパーティーを組んだところで火力が上がるわけでもなく、稼ぎの良い魔物討伐の依頼をうまくこなせない、組むメリットが無さすぎる。
「ため息なんかしてどうしたの? 幸せが逃げるわよ?」
「仲間じゃない」とか言うくせにこのツインテ、よく話しかけてはくる。
「……おいツインテ、いつまで俺に付いて来る気だ?」
「な……べ、別にアンタに付いてっててるわけじゃないわよ! たまたま目的地が同じってだけなんだからね! それとツインテってなによ!? 私にはユエルって言う───」
……これである。付いて来るなと言えば途端に下手な誤魔化しをする。
「あ、そう……」
ツンデレもここまでで行けば可愛げなど微塵もなく、ただ面倒臭いだけである。
「ちょと待ちなさいよ!!」
早歩きで俺はギルドへと歩みを進める。
どうやら俺は変なのに懐かれたようだ。