レース後
「やったー、完走したぞ」
ゴール付近で仁は叫ぶ。
「はい、はい。ナイスラン」
瞳は冷めた口調で答える。ゴール付近では、ひっきりなしに次々とランナーがゴールしていく。
「温泉いこう。荷物持ってさ」
瞳は、仁にそう言うとテントに向け歩き出す。仁もそれについて行く。荷物を持ち、温泉行のバスに乗り込む。
バスに揺られ、約30分。山あいの温泉に到着する。山並温泉。日帰り専用の温泉施設。館内に入り、仁と瞳は、露天風呂に行く。
「サイコー、いいね、温泉」
「でしょ。これだらトレイルはいいんだよ」
「板倉さんのいった通りサイコー。足首痛いけどね」
「会ったんだ、あの方に、いいじゃん、初レース出て、出会えるなんて持ってるね」
「板倉さんって凄い人なの」
「まあまあ凄い人だよ。トレイル100キロ完走している強者」
「えっ、100キロ、スゲーや。そんな風に見えなかったけど」
「まぁ、雰囲気は普通のお姉さんって感じなんだよね、いつも。でもね、トレイルの相談とか聞いてくれるし、面白い話してくれる。お店は千葉なんだけとね」
「瞳、けっこう顔広いね」
「トレイルやって二年目だからね。それなりだよ」
「トレイルの登り、どうやったら速くなる」
「登りねぇ、小刻みなステップで走る。大股じゃなくて、体の真下に足を置くみたいな感じかな。後は、スタミナ次第だね」
「マジか。小刻みねぇ、今度、山で教えて。登りで、何人も抜かされたよ」
「下り、怖くないの」
「下り気持ちいいね。スノボしてる感覚だったよ」
「ああ、似てるかもね。下りだから」
「あちー、少し冷まそうよ。温まり過ぎた」
瞳と仁は、露天風呂の脇にあるベンチに移動する。
「足首どう、テーピングまたしますか」
露天風呂から藤谷が仁に聞く。
「藤谷さん、完走しましたか。俺、完走出来ました」
「完走したよ。三時間50分位だったよ」
「マジ、あんまりタイム変わらないですよ。俺、三時間45分位」
「ナイスだね、足首どうする」
「もう大丈夫ですよ。テーピングしなくても」
「一応、近いうちに治療院行ったほうがいいよ。捻挫長引くからさ」
「はい。明日行ってきますよ」
「藤谷さんは何でトレイル始めたんですか」
「トライアスロンやってて、その一つのトレーニングとして始めた。始めたら、山が楽しくなっちゃて、今はトレイルだけやってる。山、トレイル、やってると出会いが楽しいじゃん。タイム、タイムじゃなくてさ、みんなその時、その時で楽しみながらやってる。それが気持ちいい。すぐ打ち解けて、ゴール迄一緒ってこともあるしさ」
「確かに、ギスギスしてないすよね。皆仲間って感じで」
「それがいい~。だから続けられるしね。こうして知り合いにも成れるしね」
藤谷は露天風呂から上がり、内風呂に向かう。仁と瞳は、また露天風呂に入る。
「瞳、サンキューな。マジ面白いかも。トレイルランニング。最近さ、何かモヤモヤしててさ…」
「おっ、何モヤモヤしてんのさ、話しなよ」
「俺ら、もう社会人じゃん。一年目だけどさ、何か会社行って、上司に怒られて、家帰ってビール。そして翌日また会社。その繰り返し。やりたくて入った会社じゃないし、何か熱中するものないしさ。このまま年取るのかなかったって思ってた」
「まぁ気持ち分かるよ。でもさ、大人になったから、何もかも諦めて仕事だけって虚しくない」
「虚しいよ確かに。でもさ、何やればいいか、わかんないじゃん。一番に成れる訳でもなく、夢中でやれるものないしさ。そんなこと考えて、やりたいことも諦めてかけてたよ」
「大人の部活って事でトレイルランニングしよう。これからも」
「いいかも。一番になれなくても、やって楽しかったらいいのかな。そう思えた。トレランはまりそう」
「そろそろ上がろうよ」
瞳と仁は露天風呂から上がり、着替え、駅行きのバスに乗る。もう辺りはすっかり暗くなっている。藤野駅に着くと、ちょうど高尾行きの列車が行ってしまった。次の電車は40分後。仁と瞳は、待合室で、くつろぐ。
「仁は昔から、何でもすぐ諦める癖あるよね」
「そんなことないって。サッカーだって頑張ったし、就活だって頑張ったし」
「人並みだよね、いつも。努力してるんだろけどさ、何か今一つ伝わらないよね。今日もそうだけどさ、もっと走れるよ、多分。本気になったことないでしよ」
「何かさ、途中までは本気出すだけどさ、続かない、先読めると力が入らない。これっておもってもさ、すぐ萎えちゃう」
「目標高過ぎ、だからいつも駄目になる。もっと目の前の事に集中していけばいいんじゃない」
「そうなのかな、そんなに目標高くしてないと思うだけど」
「後は他人の目、気にし過ぎるよね。もっと自分出せばいいのに」
「それは認める。嫌われたくないしさ、自分に自信ないしさ」
「本気で、やってみれば、トレラン。そうすれば、何か変わるかもよ」
「マジで、言ってる」
「マジマジ。仁が100キロ走るの見てみたい」
「えっ、マジか、マジで無理かも」
「本気ならできるよ。俺も一緒に出るの目標にするからさ、やろーよ」
仁と瞳は、ホームに移動した。すぐに高尾行きの列車が入ってきた。仁と瞳は、列車に揺られ帰路についた。