第一話 シチューとは
「うじゅぶる、ぷぎゅあば・・・」
「・・・・・・・」
その光景を見た瞬間、俺は死を悟った。
九藤 正 享年16歳 高校2年生の春の出来事だった。
「何を(現実逃避)しているのですか?勇者」
はい。
そうです、嘘です。
ただの異世界転移をしただけです。
背後から金髪ロング、前髪もロング、センター分けの男が俺に話しかけた。
だが、俺は瞬時に彼の口を手で塞ぎ、草むらに飛び込む。
大丈夫だ、ヤツはまだ俺達に気づいていない。
今なら無事にヤツから逃げることができるはずだ。
息を殺して草むらの間からそっと覗くと
「じゅるるる、ぷぎゅーぎゃ」
異音を放ちながら、それは、濃い紫色の煙を出しつつ、蠢いてた。
スライムのような物体に大なり小なりと様々な目が動いている。その目はこの世の苦しみを嘆くかの様だ。
気味の悪い生物に俺と金髪の青年は、凝視したまま唾を飲み込んだ。
逃げなきゃ。そう、思い至った刹那、
「勇者ー、リヴェルトォー、二人とも何してるのー?」
「「わっー!!」」
俺と金髪の青年リヴェルトは、叫びながら飛び上がってしまった。
ヤバイ。
溢れ出る汗をそのままに、そっーと、後ろを振り向くとヤツが笑顔でこちらを向いていた。
「勇者、リヴェルト、リルナ。ご飯出来ているよ。」
「えっ、今日は隊長がご飯を作ったのですかー?!」
俺達を驚かせた、猫獣人のリルナが青ざめた顔でヤツに聞いた。
「そうだよ。今日のメニューはシチューだよ。」
クールなハニカミ笑顔で、ヤツは答えた。
その後ろでは、シチューと呼ばれた物体が、「ギュルベスクヴぇ」と、返事?をしている。
(((何でシチューが、喋ってるんだよ<喋ってるのー>!!)))
俺達は心の中でそう突っ込んだ。
「隊長ー。私、さっき果物沢山食べてきちゃったから、お夕飯いらないのー。ごめんなのー。」
((逃げたなリルナ!!))
俺とリヴェルトは裏切り者のリルナを睨んだ。
リルナは、可愛くウィンクを返してきた。
桃色のショートカットに、黄色の瞳が可愛いぞ。
などと、アホなことを考えていると
「ラル隊長。私よりも先に、勇者に堪能して頂くのが大事かと思います」
(リヴェルト)
リヴェルトも流れるように俺に擦り付けてきた。
落ち着け、正。このままの流れだと確実にこのシチューを食べなきゃならないぞ。どうにかして、回避しなければ確実に
死・亡・フ・ラ・グ。
終わりじゃねーかー!!
数秒間の間、高速で考え抜いた俺は、1つの案を閃いた。それは
「ラル。リヴェルトは、今日は沢山、魔物狩りを頑張ってきたみたいだから、俺よりも、リヴェルトに、ご馳走してやってくれよ。」
「勇者…。」
俺は、思い切り爽やかな笑顔をラルに向けた。後ろではリヴェルトが、青ざめたまま俺を睨んでいるが気にすることはない。シチューは、お前に任せたぞ。リヴェルト。
しかし、ラルは甘くなかった。
「遠慮しないで大丈夫だよ。勇者。シチューは沢山あるから皆で食べよう。」
クールなハニカミスマイルでラルはそう言ったのだった。