リジー救出大作戦の裏側
前回に引き続きノリと勢いだけで書いたショートショートです
ドルムントさま・・・お疲れ様です
「ねー、どうしてリジーは一緒じゃないの?」
「リジーはどこ?」
どこか気を張り詰めた様子でレイア様が住まいに帰ってこられたときのことです。
いつものように洞窟の入口まで母上であられるレイア様を出迎えたフェイル様とファーナ様は彼女にまとわりつきながら一緒に出掛けたはずのリジー様の所在について尋ねられました。
お二人は人間のリジー様にそれはもうよく懐いておいでなのです。
「リジーは……」
レイア様は困ったように眉を下げてお二人に向けて口を開きました。
そこで私、ドルムントはぴんと察しました。
リジー様は何か事情があってこの森に帰って来られないのでしょう。
「リジーは?」
フェイルがレイア様の言葉の先を促します。
「今日はちょっと用事があって帰って来られないの」
レイアは子供たちをなだめようとしますが……。
お二人の顔はみるみるうちに歪んでいきました。
ちなみに竜の姿をしたお二人。傍から見ると開いた口から牙が見え隠れして若干恐ろしいのですが。
「どうしてぇぇぇ? どうしてリジーは帰ってこないの?」
「用事って何それ。どうして帰ってこないのぉぉぉ」
案の定フェイル様とファーナ様はそれぞれ大きな声を出します。
「どこに行っちゃったの?」
「僕たちを置いて用事ってなぁぁに? 人間のところにいるなら僕たちも行く」
「こ、こら。二人とも。リジーにだって用事くらいあるのよ。駄々はだめよ、駄々は」
レイア様は慌てます。
「用事ってわたしたちよりも大事なものなの?」
「うっ……」
ファーナ様の言葉にレイア様が言葉を詰まらせます。
子供は存外に鋭い言葉で大人を突き刺すことがありますから。
「と、とにかく。今日はもう遅いから二人とも寝なさい」
レイア様は母親らしくお二人を諫めます。確かにレイア様の帰宅は遅かったです。そしてミゼル様はいまだに帰ってきていません。
「リジーは明日帰ってくる?」
フェイル様は純粋な目をしてレイア様に尋ねられました。
「そ、そうねぇ……。用事が済んだら帰ってくるのではないかしら」
さあさ、早く寝支度をなさいな、とレイア様はお二人を寝床へ誘います。
微妙に答えをはぐらかしたことにお二人は気付いていない様子。私も何も言わずに成り行きを見守ります。確かに時間が遅いですからね。お二人は眠りについた方がよいでしょう。
洞窟奥の寝床へ向かった三人を見送った私はレイア様が戻ってくるのを待つことにしました。
どのくらい待ったでしょうか。おそらくそう長い時間が経ったわけではないと思います。
レイア様はおひとりで戻ってきました。
その顔は憂いに満ちています。
「何か、ありましたか?」
私は尋ねることにしました。
風がざわついていますから。森で起こったことは把握をしています。人間が近隣に住まう黄金竜から大事なものを盗み去ったことは私の耳にも届いておりますから。
レイア様はため息を吐かれました。
「実はね……」
レイア様がゆっくりと語り始めました。
それは私にとっても衝撃的な内容でした。それから心の中で思いました。明日は嵐になる、と。
翌日になってもリジー様が返って来ず。
その翌日も。
この段になりミゼル様が洞窟に帰ってきました。これまでルーン様の旦那様の元へ卵盗難事件を知らせに行っていたのです。
そうしてフェイル様とファーナ様は帰ってきた父親にリジー様不在の件を切々と訴えました。
このときになるとレイア様もすべてを隠しておくのは難しいと判断したようです。
母の顔になりリジー様が今どのような状態にあるかということをお二人に話されました。
結果は……。
今すぐに助けに行くのー、というファーナ様の言葉を合図にお二人は我先に洞窟から外へ飛び出そうとしました。慌てて追いかけるレイア様とミゼル様。
「ちょ、ちょっと。待ちなさい子供たち」
「やぁだぁぁぁ!」
「リジーが捕まっちゃったのに、どうしてお母様たちはそんなにも普通なの? 酷いよ。酷い」
双子の前に立ちはだかったご両親に対し、フェイル様もファーナ様もいやいやと駄々っ子のようにじたばたしています。
「わ、わたくしだってリジーを助けたいと思っているのよ。普通にしているのは、わたくしたちまで慌てたらあなたたちの暴走を止める者がいなくなるからよ」
「そうだよ。私たちだってリジーのことを心配しているんだ。それはきみたちと同じだよ」
「むぅぅ」
ご両親の言葉にフェイル様とファーナ様はそろって頬を膨らませます。
いまいち納得できていないのでしょう。大人二人は落ち着いた様子ですから。
「リジーに会いたいよぉ」
「リジーのお菓子食べたいよぉ」
お二人はわんわんと泣き始めました。
森の上空で、小さいとはいえ竜の姿です。結構な音量があるため周りに響き渡ります。
私はおろおろするばかり。妙案が浮かぶわけでもありません。
「リジー」
「うわぁぁぁん」
リジー様が人間に掴まったと聞いたお二人は色々と想像力を働かせているのか、鳴き声は大きくなるばかり。
私はどうしたものかとフェイル様とファーナ様の周りをぐるぐると飛び回ることしかできません。
ちなみに同僚のティティはずっと洞窟の隅でうずくまり、床に指文字を書いています。どうやらリジー様を守り切れなかったようで「わたしなんて……精霊失格ですぅぅ」とずっと、ぐずぐずずびずびめそめそしています。
「こうなったら双子をけしかけてシュタインハルツへ乗り込むのも手かしら?」
「うちの子供たちが暴走してごめんねって」
「混乱に乗じてリジーを連れ出すっていうのはどうかしら」
「お、お二人とも物騒なことを相談するのは止めてくださいっ」
私は慌てて止めに入りました。
な、なんてことを企んでいるんでしょう。お二人とはそれなりに長い付き合いになりますが、昔から結構……やんちゃで遊び心がたっぷりとあるお方たちなんですよね。こんなとことでそんなものを発揮してもらいたくはないのですが。
「や、やあね。ドルムントったら」
「そうだよ。子供たちの暴走を止めるのが親っていうものだからね」
お二人ともしらじらしいです。
「とにかくですね。シュタインハルツの王宮は強い結界が張られていますよ。白亜の塔と呼ばれる場所から強い魔法力が供給されているんです」
「あら、わたくしたち泣く子も黙る黄金竜よ?」
「それでも、です」
私は風の精霊です。シュタインハルツを通る風たちから色々と情報を仕入れているのですよ。
「じゃあ子供たちだけじゃあ最初の結界を破るのはまだ無理よね」
レイア様、自分の息子と娘をけしかける気満々だったわけですね。
私の視線に気が付いたレイア様。つつつ、と視線を逸らしてすまし顔を作りました。
「僕たちリジーを助けに行く!」
「わたしも!」
私たちが会話をしている隙に子供たちが動き出しました。
ああもう、まだあきらめていなかったのですか。
空を飛んで行くフェイル様とファーナ様を即座に追いかけて、追い抜き目の前で急停止するミゼル様。
「まあ待ちたまえ」
「お父様、邪魔しないで」
「そうよ! わたしたち悪い人間をやっつけにいくのよ!」
「まあまあ。リジーを取り戻すにはまず作戦を立てることが肝心だ。完璧に勝ちに行くには完璧な作戦が必要なんだよ」
「作戦?」
「完璧な作戦ってなあに?」
おっと。お二人がミゼル様に食い付きました。
「まずはレイルに相談しないと」
ミゼル様の隣に飛んできたレイア様も言い添えます。
「いいかい、二人とも。人間も竜の社会も根回しっていうものが必要なことがあるんだ」
「ねまわし?」
「ねっこをまわすの?」
お二人とも頭の上にクエッションマークを浮かばせています。
「まあ、まずは下に降りて作戦を立てようか」
「リジー奪還大作戦ね」
ミゼル様の言葉のあとをレイア様が引き取ります。
フェイル様は「作戦!」と叫び、ファーナ様も「それって面白そう」と瞳を輝かせました。
レイル様も加わったリジー様救出大作戦ですが、一部問題が発生しました。
それというのもレイル様が今回のリジー様救出大作戦が成功した暁には、彼女を妻としてゼートランドに迎え入れると宣言したからです。
ミゼル様レイア様は手を叩いて喜び合いましたが、フェイル様とファーナ様は不満そうです。
「大人たちだけで作戦会議つまらなぁぁぁい」
「レイルの意地悪。僕たちからリジーを取り上げるなんて」
リジー様救出大作戦の最終調整に入った大人三人に放っておかれたファーナ様とフェイル様はぐちぐち管を巻いています。
どうしたものでしょう。
やはりリジー様がゼートランドに行ってしまうというところがお気に召さないようです。
「まあまあ、お二人とも。リジー様の幸せのためを思えば、ここは大人になりましょう」
とりあえず宥めることにします。もう何回も繰り返している台詞ですが。
「だぁぁって。リジーと遊べなくなっちゃうもん」
「お菓子一緒に作りたいのぉ」
お二人はぷぅぅっと頬を膨らませます。
この短期間でここまでお二人の心をつかんでしまったリジー様は、まったく罪作りなお人ですね。リジー様はフェイル様とファーナ様に裏表なく元気に接していましたから、お二人がここまで懐くのも当然なのですが。
「そうです。リジー様が帰ってきたときのために花火の魔法の練習をするのはどうでしょうか」
私はなんとかお二人を元気づけたくてそんな提案をしてみました。
レイル様がリジー様に花火魔法を見せたとき、彼女はとても喜んでいましたから。
「それいい!」
「わたしも頑張る」
「僕だって頑張るよ」
「わたしも負けないもん」
お二人は嬉々として洞窟の外へ飛び出します。
とりあえずお二人とも元気になってくれてよかったです。話し合いも大詰めでしょう。実は私にもちょっとした役割が割り振られまして。たまにはよいところを見せられるよう頑張りますよ。
などと私が今回の作戦について考えていると外から大きな爆発音。
それも続けて数回。
「こぉぉら! ドルムント~」
風の精霊が外の怒り声を届けてくれました。森の精霊が怒っています。
私は顔面蒼白になりました。
そうですよ。
花火の魔法を練習するということは要するに炎系の魔法じゃないですか!
うわぁぁぁ、しまった。
「お二人とも、いきなり大技を出したら駄目ですよぉぉぉ」
私は大慌てで外へ飛び出しました。
ちなみにこのあとゼートランドの王宮でも張り切って花火魔法をお二人は披露しまして。
まあ、怒られましたよね。私も。
花火魔法はもっと練習して完成度を高めてから改めて披露するということになりました。




