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最近、人間達が鬱陶しい。
私が徘徊している地域の村々が四つの国へと纏まったものの、それぞれの勢力が人も妖怪変化も拮抗しているため、勝負が着かないのだ。そうなると、野良の妖怪変化が注目される。
特に、明らかにこの周囲で一番強い妖怪変化である私が付けば、一瞬で勢力バランスが崩壊すること間違い無しだ。だが、私は傍観者であると決めている。いい加減嫌になってきたので、棒倒しで決めた東へと足を伸ばすことにする。
どこか見覚えのある島と渦にここがどこなのか何となく察しつつ、海岸沿いを東へ。というのも、最近小舟での交易が盛んになってきているので、海沿いの村というのは最先端の物が集まる場所になっているのだ。
行く先々で敵国のカミだと勘違いされつつ、道中で狩った獲物を売ったり、売って交換したものを転売したりしながら四日目。海に山が迫っている所に来た時、不穏な情報を耳にした。
「何でも、もの凄く強いらしいです」
その情報というのは、東方から攻めてきている国の話だ。まあ、兵士の連携が取れている、だとか、付いているカミの数が多く、またそれも強大だとか、そんな話だ。その国の中身など、何も分かっていなかった。
「ふーん」
隣村で交換してきたビーズの首飾りに喜ぶ娘にほんわかしつつ、尋ねる。
「備えは? この村にカミはいないみたいだけど」
「東に歩いて二日の村に、このクニのカミガミと戦士が集まっています。落とされることは無いかと思います」
「そっか」
ならあと一日だけ東に行って、その後は引き返すか。道中見た島に行くのも良いかもしれない。
そう思考しつつ、村長宅で就寝。
目が覚めたのは、明け方だった。
「これは……」
鬨の声。近くで戦いが始まっている。家の中を見るも、娘が震えているだけだった。
「何があった」
「あ、あのね、せめてきた、って」
娘は泣きじゃくりながら言った。
「攻めてきたのは東の強いクニで合ってる?」
こくりと頷く娘に、ため息をはいて尋ねる。
「どうして私に助けを求めなかったの?」
「おねーちゃん、たたかいからにげてきた、って言ってたから。でも、ムラはかこまれてる、って……」
お人好しだなあ。嬉しいやら、呆れるやら。
「そっか」
家を出ようとする私に、娘は言う。
「あ、あぶないよ?」
「大丈夫」
本当お人好しだなあ。呆れて苦笑した相手は、この村の人々か、それとも私か。多分、どちらもだろう。
「終わらせてくるから」
家を出、私は空へ飛び出した。
~~~~~
「つまらん」
烏は、目の前の戦を覚めた目で見ていた。カミもおらず、戦士もいなくなった村など、落とすに易い。なかなか奮戦しているも、これまでだろう。
おお! と声が上がる。北の壁が倒れ、兵士が雪崩込もうとしていた。
「総攻撃だ!」
号令をかける王の息子を、興奮し過ぎるな、とたしなめようとして、空気が変わったのを感じた。
「な、何だ……」
本陣にいた、誰もが困惑した。戦場から、音が消えていた。
「ちと行ってくる」
このような現象を起こせるのは、カミしかいない。敵にカミはいなかった筈。焦りを感じつつ、困惑のあまり挙動不審になる王の息子を置いて空へ飛ぶと、こちらへ向かって黒い何かが歩いてきていた。
「な……」
従順な兵士達は、そいつを止めようと突撃しようと槍や剣を構えた瞬間、武器を落として地に伏せる。まるで、王の御前であるかのように。間違い無い。カミだ。
「オオオオ!」
己の身に火をともし、猛火となりて突撃。これに耐えられたカミはいない。筈だった。
「グフッ!?」
何が起きたか理解出来なかった。何故、空を舞っていま己が地に墜ちているのか。何故、炎が消えたのか。何故、動けないのか。何も、烏には分からなかった。
シャ、シャ、と軽い足音がして、目の前を黒が埋める。
「三本足の烏……。貴方、八咫烏?」
「な!?」
その名は、王と主しか知らぬ! 驚愕して視線を上げると、頭から猫の耳を生やした小娘が、しゃがんで己を見下ろしていた。
「てことは、貴方の主は天照大神?」
沈黙したものの、心臓が飛び出るかと思った。主は、未だ他のクニに出たことが無い。知られている筈が無いのだ。
「そっか」
まるで、尋ねたことが些事であるかのように、小娘は続ける。
「貴方、この軍の指揮官に伝えて? 『攻撃を一日待て』って。待ってる間にこのムラが降るようなら、略奪とかせずに貴方達の国に迎えてくれるなら、なお良し」
……おかしい。これ程の力を持つカミが、己のムラを明け渡すようなことを? あり得ない。
「……何故、」
疑問のままに尋ねる。
「ん?」
「何故、ムラを明け渡すようなことを? 其方はこのムラのカミであろう?」
「あー」
小娘は頭をかきつつ答える。
「私はどのムラのカミでも無い。クニのカミでもない。ただの妖怪変化よ」
「ならば何故、このムラに味方する?」
「んー」
小娘は腕を組んで悩み、言った。
「寝床とお人好しのせい、かな?」
意味は分からなかった。だが、この小娘は、主のような性格だということは分かった。
「……合い分かった」
「お願いね」
途端、身体か言うことを聞くようになる。周囲の兵も同じようで、恐る恐る立ち上がり、そして本陣の方へ、歩いて来た方へと駆けだした。
「撤退! 撤退だ!」
王の息子の声がする。飛び上がり、地上を見下ろすと、もうどこにも黒は無かった。
縄文以前の資料の少なさに涙。地元の大きな資料館や遺跡に実際に行ったりしたけれど、どうも当時の状況が良く分からなかった。
もしかして:設定好き?