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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第一章
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6-1 赤い女

 空が薄暗くなってきた。間もなく日が出てくるだろうか。


 魂の契約を果たしたアルハードだが、特にこれと言って身体に変化はない。変化といえば、ニャルラトホテプがアルハードの中に入ったことくらいだ。


 ニャルラトホテプがしゃべると頭の中に声が響き、なんだかむず痒い様な感覚がする。


「なんで俺の中にいるんだよ!?」


(あの姿でウロウロする訳にもいきませんからね)


「そりゃそうだけど……それと、喋り方変わってるぞ」


(ふっふっふっ、今の私は主の後ろを行く従者の気持ちですからね。執事、そう執事です。万能執事ニャルラトホテプです)


 実はこいつアホなんじゃないか? そう思わずには居られないアルハードであった。


 何処かに行くと言ったが、その漠然とした目標に突き進むために必要なものがある。


 まず路銀。旅をするのであれば当然必要なものである。今のアルハードは無一文である。それどころか服装も酷いものである。ひと目で犯罪者とわかる。


 次に情報が必要だった。今の自分が置かれている状況と、何処であれば自分のことが知られていないかである。そして何より知りたいことは、ソフィア先生がどうなっているかであった。


 以上のことから、一度王都へ戻る必要があった。


 王都に戻るためにこの姿で戻るわけにもいかず、変装しなくてはいけない。しかし、変装するための道具などなく、いきなり詰んでしまった。


 ここで王都に戻らず、このまま旅に出るという選択肢はない。このままウンウン悩んでいても仕方ない。今の自分には友がいるからな。


 ということで早速ニャルラトホテプに聞いてみる。


「一度王都に戻って旅の準備したいんだけど、見ての通り無一文でこの格好だ。何かいい案はないか?」


(わからないことがあったらすぐ誰かに聞くのは良くないと思いますが)


 この野郎何が執事だよ。そう思いながらも、自分では解決策が思い浮かばないのでニャルラトホテプの知恵を借りる。


 ニャルラトホテプが言うには、自分はありとあらゆる生物へと変身することが出来るという。あの少女の姿もそのひとつであると。


 あれは魔法ではなく、特異体質みたいなものらしい。特殊能力とでも言うべきか。当然魂の契約を結んだアルハードにも使えるらしい。後触手も出せると言われた。


 見た目を変える魔法というのは、特異魔法と呼ばれるものであることにはあるが、生きている内にお目にかかれるかどうかは運次第。それ程までに希少なのだが、それが標準装備だというのだから、アルハードは今頭の中で怪しく嗤っているニャルラトホテプという存在が、実はとんでもないものなのではと思った。


 また今度詳しく聞いてみよう。


 触手に関しては、自分で出すのはちょっとだけ抵抗があったので、今は後回しにしておく。


 どんな姿になるのがいいだろうかと考える。情報収集がしやすく、路銀を稼ぎやすい姿がいいだろう。


 しかし結局思いつかなかったが、ニャルラトホテプがその二つの条件を満たす方法があると教えてくれて、そのために最適な姿を昔したことがあるということで、それにした。


 なるほど。なんだかんだ言いつつも、困った時のニャルラトホテプさんだな。などと便利屋さん認定していると、ニャルラトホテプから頭の中にイメージが送られてくる。


 それは長い金髪で、上品なウェーブがかかっており、気の強そうな瞳。目が覚めるような美人だった。そして、何より目を惹くのはその身に纏う真っ赤なドレス。なるほど、これなら大抵の男なら落とせそうである。


 この美人が今回の作戦の要なのだろう。


 そのイメージを元に、アルハードは変身した。


 普段よりも目線が高くなる。首筋にかかる髪がややくすぐったい。そして何より股がスースーするのが気になった。


 女の姿になったのに、普段よりも目線が高くなったことを屈辱に感じながらも、王都に向けて歩を進める。まだ時間としては早いため、他に王都に向かっている人には会わない。


「なぁ、この格好股がスースーするんだけど。それと、この派手なドレスは目立ちすぎるんじゃないか?」


(そのドレスは私の趣味なので、他のものにするというのであれば、私がガッカリするでしょう)


「お前の好みかよ!?」


(先程言った情報収集と路銀の集め方についてですが)


 華麗にスルーされ、情報収集と路銀の集め方について、ニャルラトホテプから詳しい説明があった。


 手順としては至って簡単である。まず、適当な兵士を誘惑し、酔わせて口が軽くなったところで色々と聞き出す。その後身体で誘惑してお金を貰うというものだった。なぜ兵士かというと、兵士であれば王都の情報をそれなりに知っているであろうし、毎日野郎ばかりで訓練に警備ばかりしている彼らなら、ちょっと誘惑するだけでコロッといってしまうだろうと言うことだった。


 理屈はわかった。しかし、アルハードには納得できないことがあった。


「身体で誘惑してお金貰うとか絶対嫌だ!」


 アルハードとてお年頃である。そういったことに興味がないと言えば嘘であるが、今の自分は女である。何が悲しくて汗臭い兵士なんかに抱かれないといけないのだろうか。


(ちょこっと抱かせてやるだけでいいんですよ)


「嫌だ! 絶対嫌だ!」


 甲高い声が薄明かりの中響く。元の姿のままでもいくらか高めの声だったが、今は完全に女なので、自分の発した声が自分のものではないような感覚がする。


(まったくアルは我儘ですね)


「これ我儘なの!?」


 そもそも抱かせる以前に、アルハードには男が魅力的に感じる女の仕草などわからなかった。そのことも含めてこの作戦は取り止めよう。そう思った時、ニャルラトホテプが待ったをかけた。


(仕方ありませんね。では魂の契約記念ということで、いくつか呪文を教えてあげましょう)


 アルハードは呪文という聞き慣れない言葉に首を傾げる。今はとびっきりの美人なので、その姿が様になっているが、そんなことには気付きもしない。


 呪文というからには魔法の類だろうか。


「教えてもらえるのはありがたいけど、俺魔法は使えないぞ」


 なぜかニャルラトホテプを召喚する魔法は成功したが、アルハードに魔法は使えない。基本的に魔法は精霊の力を使って行使するものなのだが、アルハードは精霊に嫌われているのか、精霊達が反応してくれない。


(アルが言っている魔法というのは、精霊とかいう者達の力を借りて行うものでしょう。ですが、私のいう呪文というのはそんな面倒なことは必要ありませんよ)


「はぁ? 精霊の力なしにどうやって魔法なんて使うんだよ」


(そもそも概念の違いです。魔法と呪文は違う。まぁそれは置いておきましょう。それで、本来呪文を使うのであれば色々な準備が必要ですが、膨大な魔力のみでゴリ押しが効くので、魔力量馬鹿のアルにぴったりですね)


「誰が魔力量馬鹿だ」


 魔力量だけで使用できる魔法があるなんて、アルハードからすれば目から鱗である。魔法が使えないアルハードは、実はとてつもなくワクワクしているのだが、恥ずかしいのかなるべくはしゃがないように抑えている。


(そうですね、じゃあ『魅了』、『忘却』、『魅惑の瞳』。この三つの呪文を教えましょう)


「おぉ!」


 ニャルラトホテプが提案した呪文は、何やら精神操作系のような響きがある。


 人の精神に干渉する魔法はあることにはあるが、これも姿を変える魔法と同じ様に特異魔法である。まだどんな効果なのか聞いていないが、自分にも魔法が使える! と、はしゃがないように抑えていたのだが、素直に感嘆の声を上げている。


(ふっふっふっ、いい顔してますねアル。時間が勿体無いので王都に向かいがてら説明しましょう)


「そうだな!」


 王都に向けて歩を進める。


 ニャルラトホテプは先程教えてくれると言った呪文を、効果を説明しながら教えてくれる。


『魅了』……対象を催眠状態に陥らせる呪文。発動するためには、対象者がある程度術者に良い印象をもっていないといけない。術者に対して不信感がある者にはかかることはない。戦闘では使い勝手が悪そうだが、今回の様な情報収集では大いに役立ってくれそうだ。


『忘却』……対象は術者が指示したことを覚えていることが出来なくなる。発動には目が合っていることと、対象が術者の指示を聞くことが出来る状態でなければいけない。これは何を聞いたかを忘れさせることで、追っ手が付きにくくなりそうである。


『魅惑の瞳』……対象は術者が口頭で命令したことを何でも聞くようになる。ただし、一度に出来る命令の数は一つであり、かつ単純なものでなければならない。異性にしか効果は発揮できない。限定的ではあるが、情報収集においてこれ程有用なものがあるだろうか。自殺も強要出来るらしい。恐ろしい呪文だ。


「……凄すぎだろ」


 ニャルラトホテプから呪文を教わり、その効果の説明を聞いたアルハードは、呆気にとられるように呟いた。


 精神に干渉する魔法、厳密には呪文。それが三つ。


 この三つを貴族なりに持ち込むだけで、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る程である。しかもこの呪文というのは、精霊の力も必要としないし、特異魔法でもない。大げさに言ってしまえば、誰にでも使うことが出来るのである。


 しかしそんなことは出来ない。


 誰もが相手の精神に干渉出来るようになってしまうなんて、そんな世界恐ろし過ぎる。


 今自分は正常なのか、それとも誰かに操られているのか。今自分の隣りにいる奴は、自分を操ろうとしているのではないか。そう言った自分自身と、隣人に対する疑心暗鬼が起こってしまう。それ故に今教えてもらった呪文を世間に公表することなんで出来るはずもない。


 それくらいは、アルハードにだってわかっていることだろう。


 そしてアルハードは、こんな世の中を揺るがす様な呪文を、気軽に教えてくれたニャルラトホテプという存在が益々よくわからなくなってしまった。


「こんなすごい呪文? を簡単に教えちゃったりしていいのかよ」


(面白いことが見れるのであればいいんですよ)


「お前すごい変わってるとか言われない?」


(私に軽々しく話しかけてくる者などそうそういませんからね。変わっていると言えば、さっきからずっと空に向かって話しているアル、あなたですよ)


「いやそれは確かにそう思ってたんだけど、というか実際恥ずかしいし、人がいるところじゃ会話出来ないぞ」


 ニャルラトホテプの言葉は直接頭の中に響いており、周囲には聞こえないらしい。つまり、先程からアルハードは独り言を言っている様に映る。幸い今は周囲に人はいないが、王都へ入ってしまえば確実に変人扱いだろう。


 そこで、ニャルラトホテプから思い掛けないことを言われた。


(別に声に出さずとも、頭の中で話せばいいのでは?)


「は? そんなこと出来るのかよ」


(まずはやってみるのがいいかと)


 言われたように頭の中で話しかける。


(こんな感じか?)


(そんな感じです)


 最初から言えよと抗議の声を上げるが、ニャルラトホテプはどこ吹く風といった感じで相手にしない。


 そうこうしているうちに西門へと着く。


 まだ開門前であったため、検問は始まっていない。ついでに順番待ちをしている人もいなかった。検問が始まる時間までの間、アルハードは今後の予定をニャルラトホテプと話し合う。


 どうでもいいが、ニャルラトホテプというのは長いので、今後はナルと呼ぶことになった。


 やがて検問の時間になると、アルハードは一番乗りで検問所に通される。


 彼……今は彼女であるアルハードを見て、兵士はややドギマギしていたように見えるし、検問官は何やら鼻の下を伸ばしてて見るに耐えないだらしない顔をしている。


 早速『忘却』の呪文を使ってみる。


 アルハードはどういった呪文かは聞いていたが、どんなことが起こるのか、実際使ってみることをかなり楽しみにしていた。


 検問官と兵士の目を交互に見つめる。


 普段から人の目を真っ直ぐに見て話すという経験が無いため、気を抜くと目を逸らしてしまいそうになるが、気合で踏み留まる。


 次に笑顔だ。


 柔らかな微笑み。とは行かず、どこかぎこちないものになってしまっているが、兵士や検問官の様子を見るに、特に気になってはいないようである。


 精神へと干渉する呪文を用いる際、相手に疑われていたり、警戒されていたりすると成功しづらいと聞いた。なので、できるだけ相手に警戒心を抱かせない様、友好的に接する。


「おはようございます」


 二人ともアルハードに見とれていたため、こちらから声をかける。


「お、おはようございます!」


 兵士が予想以上に大きな声であいさつをするものだから、驚いて少し笑顔が崩れそうになったが、なんとか持ち堪える。


「おはようございますお嬢さん。本日はどのようなご用件で王都を訪れたのですか?」


 対する検問官は比較的冷静に声をかけてくるが、その目はニヤついている。女の人はこんな視線に晒されているのかと、内心身震いした。しかしこの呪文は、相手の目を見ながらでないと発動することができない。あの厭らしい目を見るのは嫌だが、ここは仕方がないだろう。


「そうね……ちょっと観光にってところかしら」


「ほぅほぅ、この王都は実に素晴らしいところです。お嬢さんもきっと満足されるでしょう」


「えぇ、期待しているわ」


「では身分が証明できるもの、もしくは通行証などあればご提示頂きたい」


 スケベそうな顔であるが、一応真面目に仕事はするらしく、事務手続きに入る。


「ねぇあなた……」


 呼びかけ、こちらに意識を向けさせる。視線を合わせると、検問官はアルハードから視線を逸らせなくなってしまう。これは魔術的なものは一切関係なく、見目麗しいアルハードに見つめられ、その美貌に見入ってしまっているだけだった。


 魔力を練り上げる。


「あなたは今日、私とは出会っていないわ」


「え?」


 検問官が疑問の声を上げるが、アルハードは構わず続ける。


「私がここを通ったことは覚えていないし、会話したことも覚えていない」


 ニャルラトホテプに言われたアドバイス通り、なるべく具体的な言葉を選ぶ。


「私という存在のことなんて何にも覚えていないの……いいわね?」


忘却(LostMemory)』と呟いた途端、検問官の目はどこか虚ろになり、アルハードのことは見えていないような、そんな素振りになった。


 検問官の突然の変わり様に兵士が怪訝そうにこちらを見てきたが、これ幸いにと兵士と視線を合わせる。


「あなたも私のことは何も覚えていない。今ここで起こったことは全て覚えていない」


 兵士にも呪文をかける。どうやら無事に成功したらしく、彼もまた虚空を見つめている。


 こうしてアルハードは、あっさり王都へと入ることが出来た。

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