32-1 大宴会
「酒だー! 酒はもうないのかー!」
「この肉うめぇ! いや、ソースか!? ソースが絶品なのか!?」
「もうお腹いっぱい……だけど、もうちょっとだけなら……」
「ガハハ! マシューよ、飲み比べといこうじゃねぇか!」
「ワハハ! 受けて立つ!」
「バカやめろ! 酒は貴重なんだぞ!」
インスマス始まって以来初の大宴会。アルハードによる乾杯の音頭以降、喧騒が鳴りを潜めることはなく、皆思い思いに騒ぎ立てる。
ケンジーが買い付けてきた酒の力もあるのだろう。教会前の広場では、いつもより数段に陽気になっているインスマスの住人が数多く居る。
アルハードを筆頭に酒が飲めない者達も、シュブ=ニグラスが作り出した森から収穫された、果実を使ったジュースが振る舞われている。
当然アルコールなどは含まれていないが、雰囲気に充てられた彼らも非常に陽気である。
これまでにもインスマスでは度々宴会が行われてきたが、これ程までに大規模な宴会は初めてだ。
アルハードがインスマスを救い、インスマス面や深きもの達に認められた時は魚だけだった。
クトゥルフが復活した際は、アルハードとムーン=ビーストのお陰で肉があったが、それでも魚と肉だけだった。
以降はシュブ=ニグラスの時もハスターの時も同様に、肉と魚のみ。味付けも塩だけという、宴会と言っていいのか微妙なラインであった。
しかし、今目の前に広がる光景は違う。
大量に運び込まれた料理の数々。貴族のパーティーのように綺麗な盛りつけなどされておらず、大皿にこれでもかと盛られた物だ。
到底一人で食べ切れる量ではないが、皆我先にと料理に飛びつき、瞬く間に山積みにされた料理は無くなる。そして無くなり次第ショゴスメイド達が新たな大皿を持ってくる。
料理人カーリーが監修しているのだ。絶品だという以外の言葉はみつからない。
当然カーリー一人では、インスマスの住人全ての料理を作るなど不可能だ。しかし、ハスターに料理を仕込まれた――ショゴス・ロード命名、地獄の調教――ショゴスメイドやショゴス執事達が手伝っているので問題なかった。
料理担当のショゴス達は、カーリー程の腕はなかったが、それでも各々が料理店を営むことができる程度には料理技能が高い。
そんな者達が作った料理だ。誰も彼もが満腹のお腹を擦りながらも、新たに運ばれてくる料理に手を伸ばしている。
一方で、久しぶりの酒にありつけた酒好きの者達は、数少ない酒を巡って喧嘩まで始めている始末だ。
とはいえ、皆節度は保っていると思う。少し羽目をはずしすぎてしまっている者達は、ムーン=ビースト達によって鎮圧されているが。
インスマスはアルハードが初めて訪れた時よりもだいぶと発展していた。とはいえ、まだまだ発展途中もいいところである。
現に教会前の広場にある光源は、焚き火しかない。
各々が仲の良い者達と各所に点在する焚き火を囲って談笑している姿は、それはそれで趣があっていいと思う。しかし、生粋の都会っ子であるアルハードからしたら、やはり原始的だなと感じてしまう部分もあった。
まだまだインスマスは発展していく余地が山ほど残っている。
そう思う反面、アルハードは初めてインスマスを訪れた時の様子を思い出し、よくここまで来れたなと一先ず現状に満足感を感じることができた。
談笑の声。笑い声あるいは怒号等の鳴り止まない喧騒の中、アルハードは今一人だった。
いつも側にいるハスターは、こんな日くらい他の皆と仲良くしてこいというアルハードの命を受け、今はクトゥルフと楽しそうに話をしている。
ずっとクトゥルフの後を付いていたショゴス・ロードは、ハスターが近づいてきた事を察知すると、脱兎の如く逃げ出していたが。
というか、ショゴス・ロードは一応アルハードの専属メイドなのだが、最近はずっとクトゥルフと一緒に居た。その事でとやかく言うアルハードではないが。
もう一人、隙あれば子どもを作ろうと迫ってくるシュブ=ニグラスも、クティーラと秘密の話があるとかで、何処かへと行ってしまった。
そんな訳で、今のアルハードは一人、楽しそうにしている住人達をぼんやりと眺めていた。
いや、一人ではなかった。アルハードがこの地図にすら乗っていない地インスマスを訪れるきっかけともなった人物。アル・アジフに出会った時から、ずっと一緒に居た相棒と二人だ。
(何を黄昏れているのですか)
(ん? あぁ、ちょっとな……)
アルハードの目に映るのは、インスマス面、深きもの、ムーン=ビースト、人間が肩を組んで楽しそうに笑い声を上げている姿。
人間の小さな女の子が、魚面のインスマス面に満面の笑みで話しかけている姿。
人間を食料としか見ていなかったショゴスが、その人間の作った料理を絶賛している姿。
(皆、楽しそうだなって)
(アルは楽しくないのですか?)
(いや、楽しいよ。凄く楽しい……。王都で腐っていた頃に比べたら、ここは天国みたいな場所だ)
それはアルハードの本心だ。
中央国クレイアデスという、この世界でも大国と称される国。その国の公爵家の次男。
生まれた瞬間から、将来を約束されていたと言ってもいい身分のアルハードだったが、彼には才能がなかった。
なまじ周りの人間が才能に溢れた者達ばかりだったので、余計に自分自身の無力さを感じた。
何もできない。何もできないから、何もやらない。
このまま腐っていく。そう思って諦めていたアルハードをナルは王都から連れ出してくれた。いや、連れ出してくれたではなく、王都から抜け出さなくてはならない状況にされたと言うべきか。
それからインスマスという地を訪れ、そこで神話生物という存在と出会った。
何もできないと思っていた自分が、インスマスの住人を魔族から守ることができた。それから、何もやらなかった自分が、彼らのために何かしてあげたいと思うようになった。
自分一人じゃできないことも、仲間と協力することで、あの荒れ果てたインスマスにこれほどの活気をもたらすことができたのだ。
インスマスでは、誰もあの目でアルハードの事を見ない。
誰もが親しみや尊敬の目を自分に向けてくれるのだ。
改めて、アルハードの目に楽しそうにしている住民達の姿が映る。
皆が皆、いい顔をしている。そんな彼らの楽しそうな雰囲気を見て、アルハードはふとあることを思い出した。
(そういえば、ナルは楽しめてるか?)
ナルと契約を交わす時、ナルがアルハードに求めたのは、楽しさだ。
アルハードの問いかけに、ナルは一瞬間を置く。
(――そうですね……まぁまぁでしょうか)
(まぁまぁ?)
(えぇ、楽しめてはいますよ。クトゥルフに説教をしていた時は痛快でしたし、一瞬にしてシュブ=ニグラスを口説き落とした時は笑いました。ハスターがあれ程陶酔してアルを慕っている姿を見た時は、感動すらしました)
ですが――、と前置きし、
(私は我儘なんですよ。まだまだ足りない。アルはもっと私に面白いものを見せてくれるのでしょう?)
(はぁ……お前はブレないよな。相も変わらず捻くれたやつだ)
ナルの言い様に、最早呆れを通り越して感心すら感じていた。
手にしていた果実のジュースを、煽るように口にする。
(ナルはさ、この中に入りたいと思わないのか?)
(そうですね――悪くはないと思います。が、私は思っていた以上に価値観が凝り固まっていたようでして、アルと共に過ごしたことでより痛感しましたよ)
(というと?)
(私にとって人間や下位の神話生物は、暇つぶしのためのおもちゃとしか思ってませんでしたし、神格であっても、私と対等に喧嘩できるだけの存在くらいにしか思ってませんでしたからね)
(つまり、他者は皆見下していたと?)
(そういうことです。なので、もう少しの間だけ、アルの中からこの世界を見ていたいと思います)
(そういうことならしょうがないな! もう暫くは俺の中にいさせてやるよ)
(私に対してその傲岸不遜な態度。アルも筋金入りですよ)
あはは! と声を上げて笑うアルハード。
いきなり笑いだしたりしたら不審に思う者もいるかもしれないが、アルハードの笑い声は喧騒に飲み込まれ、聞いている者はいなかった。
(インスマスはまだまだ大きくなるぞ。いや、この世界で一番の場所にする!)
(えぇ、楽しみにしていますよ)
(その内ナルが驚くような奴とかも出てくると思うからな! ナルがこの和の中に入りたいと思えるような、そんな場所にしてやるよ)
(大きく出ましたね? 期待しても良いでしょうか)
(おう! よぉく見とけよ! 相棒!)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
切りがいいので、一旦ここで完結とさせて頂きます。
打ち切りのような形……というよりも打ち切りですね。
拙作ですが、それでも読んでくださっている方が少しでもいるのならば、打ち切りという形とはいえ完結としたかった作者のエゴから、このような形で終わりとさせて頂きます。
本当は、誰も読む人がいなくなった時か、私が考えている物語をすべて書き終えてからの完結としたかったのですが……。
自身の力不足を痛感し、大変申し訳なく思っています。
ここからは言い訳じみたものになるので、飛ばしていただいて結構です。
物語としてはまだまだ続くつもりでした。
最初の頃出てきたソフィアはあれっきり放置になってしまいました。本当はソフィアをインスマスに連れ出す話なども考えてはいました。
他にも、シュブ=ニグラスがインスマスの主神として崇められることになる話だったり、イスの偉大なる種族との精神交換でアルハードが異世界知識を仕入れてくるなどもあります。
宗教国家から、シュブ=ニグラスなどという邪神を崇める国として、インスマスを弾圧するために侵攻されたりする話や、ニャルラトホテプがアルハードに嫉妬して、殴り合いの喧嘩になるなども妄想の中ではしました。
イゴーロナク、ツァトゥグァ、ヨグ=ソトース、アザトースなどの邪神も登場させたかったです。
しかし、どれも作者の力不足からのモチベーションの低下により、書くことなく終わりとなってしまいました。
ここからは反省点です。書き出すことで、次回の作品はその点に注意していきたいと思います。
まず、小説を一本も書き終えたことのない私が、いきなり長編を書こうと思ったことですね。
しかし、中身はどうあれ今回30万字を書いたという事実は、ある種自信になりました。
次に知識量の不足ですね。
言葉選びだったり、言い回しだったり。他にも農業や政治なんかの知識も殆どありません。
都度調べてはいたのですが、それでも足りませんでした。
他にもキャラの多さなどがあります。
私の力量では、正直扱い切れない量のキャラを登場させてしまいました。
そして、書いてく上で一番苦労したのは視点です。
最初はクトゥルフ神話らしい宇宙的恐怖を表現したかったがために、三人称一元視点を採用したのですが、これが合ってませんでした。
そもそも三人称一元視点で書けていたのかもわかりませんし、宇宙的恐怖なんてどこにもなかった……。
試験的に入れてみた一人称の視点ではスラスラ書けたので、次回は一人称の視点で書いていこうと思います。
反省点なんて上げだしたらキリがないですが、次作はこの四つは特に注意していきたいと思います。
最後になりますが、読んでくださった方、ブクマしてくださった方、評価をくださった方、感想をくださった方。本当にありがとうございました。
ネクロノミコンはこれで終わりにしますが、私の中でまたクトゥルフ熱が再燃した際は、続きを書くか、一から書き直すか、全く別の作品でクトゥルフ神話を題材にした作品を書くかしたいです。
とりあえず次作はクトゥルフ神話は題材にしませんが……。
ありがとうございました。




