4-1 逃亡
3話まとめて上げます。2話目です。
呪文を唱え終えた瞬間、アルハードを中心に巨大な魔法陣が広がった。それは休憩所内では収まらず、壁をすり抜けて展開した。そして研究所のほとんどが吹き飛んだ。
アルハードは何が起こったのか理解するまで、かなりの時間を要した。
何が起こった? 俺がやったのか? いやそもそも俺に魔法は使えない。
けれど、現状この場にいるのは自分だけだ。もしかしら研究員の誰かが、魔法を暴発させてしまった結果なのかもしれないが。
周りを見回してみると、アルハードがいた場所を中心に、放射状に瓦礫が飛んでいた。研究所はそこそこ大きな建物であったが、残っている部分の方が少なかった。
周囲から悲鳴や怒号が鳴り響く。アルハードはどこか他人事のようにそれを聞いていた。
なんとか頭を働かせて、状況を整理する。
自分は休憩室で『アル・アジフ』という本を読んでいた。自分でも驚くくらいに没頭し、時間が立つことも忘れて読み込んでいた。やっとのことで読み解いた『無貌の神召喚』という魔法。おそらく召喚魔法か何かの類だろうか?
そして魔力を練りながら呪文を呟いた。
こんな場所で魔法を発動させるなど軽率であったが、どうせ自分に魔法など使えないだろうと、ましてや召喚魔法などというものが万が一発動するなどとは思っていなかった。しかしどういうことか、それが発動してしまったのだろう。
瞬く間に広がった魔法陣。そして大きな音とともに吹き飛ぶ建物。つまりこの惨状を引き起こしたのは自分自身である。研究所に残っていた研究員の魔法が暴発したとも考えたが、この放射状に吹き飛んでいる建物の中心には自分がいる。
つまり犯人はアルハード自身だということだ。
(これ、俺がやったのか?)
爆心地の中心には、ホコリを被っているが、無傷のアルハード。本を読んだままの体勢で、そのままイスが壊れ、尻もちをついている。実に間抜けな格好である。しかし、その手には先程まで読んでいた本がない。今の爆発どどこかに行ってしまったのだろうか?
状況を整理してみても、理解が追いつかなかった。ふと気が付くと、兵士に囲まれていた。
言い訳など聞いてもらえなかった。問答無用で留置所にある牢屋にぶち込まれていた。
当然荷物は没収され、服も留置者が着せられる物へと着せ替えられた。
腰に剣を刺した強面の看守が見張りをしている。人数は一人しかいない。牢屋に入れられる前に見た感じだと、アルハード以外に牢屋に入れられているのは三人程だった。
この国では捕虜や犯罪者に対しての扱いは決して悪くない。悪く無いと言っても出される飯はまずいと聞くし、自由に動き回れるわけではない。最低限の食事と、命の補償がされるというだけである。
これは、三代前の国王が定めたものであり、例え死刑囚であったとしても、死刑執行までは人であり、その尊厳を守らなければいけないというものである。よって、どのような犯罪者であっても拷問をされたり、慰み者になることはない。そもそもそれ自体が重罪となっている。
アルハードが知っている一般的な囚人の扱いはそんな感じだった。
とりあえずすぐに拷問されたり、殺されたりすることはないだろう。そのうち事情聴取などはされると思うが、その間飢えに苦しむこともないだろう。とはいえ、国の機関を吹き飛ばした張本人である。ワザとじゃないなんて通用しないことは百も承知だ。
なにせ今のアルハードは、国の重要な研究機関を爆破したテロリスト。もしくは公爵家の息子が起こしたクーデターの首謀者という立場なのだから。
一人でクーデターの首謀者も何もないのだが。
どう考えても詰んでいる。アルハードはそう思っていた。アルハードは自分が有罪になるだろうと考えている。
国の機関を爆破したのだ、最悪死刑だろう。死刑でなくとも、人生の大半を囚人として過ごすことになる。運良く釈放されたとしても、公爵家の息子ということで、留学という名の国外追放が待っている。
しかし、ボールドウィン家の家紋に、自分の顔に泥を塗られたと父は激怒するだろう。国外追放されたアルハードは、父の手駒によってあっさり消される。
何が一番恐ろしいかと考えた時、父の逆鱗に触れることが何よりも恐ろしいことだと身震いした。
詰んだ。完全に詰んでいる。どうあがいてもどうにもならないことに頭を抱えるアルハード。
時刻はすで深夜にさしかかろうとしていた。色々なことが起こりすぎた一日だ。アルハードはうつらうつらし始める。そうして船を漕いでいると、足音が聞こえる。
見張りの交代だろうか、眠気に支配されそうな頭でぼんやりと足音のする方へと意識を向ける。
アルハードは怪訝な顔をする。そこにいた者は筋骨隆々の強面看守なのではなく、七~八歳ほどの人間の女の子だった。
ありえない。こんな場所にあんな幼い女の子が来るなんて。看守は何も言わないのか?
そう思って看守を見ると気を失っていた。どうなってる。今日一日でいろんな事が起こったが、まだなにか起こるとでも言うのだろうか。
「さ、行くよ」
歳相応とも呼べる高く幼い声で少女がそう言うと、鉄格子を掴みいとも簡単にぐにゃりと広げる。人が抜けるには十分なスペースだ。
アルハードの手を取る少女。目の前で起こったことが信じられないアルハードは唖然としていて、為すがままだ。
まだ何か起こるのか、いつまで続くのだろうか。もうどうにでもなれと、アルハードが投げやりになってしまうのは無理もないのだろう。
謎の少女に手を引かれるがままに、あっという間に留置所から抜け出してしまう。そのまま夜の闇に紛れて王都の町中を駆けて行く。
アルハードは何かおかしいことに気付く。謎の少女が牢屋から自分の手を掴んで引っ張っていくということが何よりもおかしなことだが、そうではなく、魚の小骨が喉にひっかかっているような感じだ。
周囲を見回してみる。人がいない。
今が何時なのか正確な時間はわからないが、深夜帯なのは間違いないと思う。当然人は少ないと思うが、まったくいないとなると話は別だ。
留置所は王都の西側にある。西側は王都全体で見ても治安はあまり良くない。
西へ西へ進むと娼館や質の悪い酒場が増え、更に西へ進むと貧困街が出てくる。治安の良い他の地区と比べると、この西地区は夜が更けてきても人がいなくなることはないはずだった。
それなのに人がまったくいなかった。その異様な空間を、少女とアルハードが更に西へ行く。
「この辺まで来ればもう走らなくても平気かな」
そう言って少女は足を緩める。汗一つかいてない涼しい顔で、息も乱れている様子はない。
それに対しアルハードは普段走ることなどなく、留置所からここまでそう短くない距離を全力に近い速度で走ったせいで汗は噴き出しているし、息もたえたえである。今にも足が攣りそうだ。
しばらく膝に手をついて酸素を求める。いくらか落ち着いてきた頃合いを見て少女が再び口を開く。
「もう少しで出れるから行くよ」
出れる? どこから出るというのだろう? 疑問に思いながらも、再びアルハードは少女に手を引かれて歩き出す。というかそもそもこの少女はどこの誰で、一体何の目的があって自分を連れ出しているのだろうか?
走っていた時とは比べ、歩いていることで状況を整理する余裕が出来てきた。
(堂々と留置所に入ってきて、何故か看守は気絶していて、少女は素手で鉄格子をひん曲げてしまい、俺の手を掴んでここまで走ってきた。なるほど、狐に化かされている気しかしない)
そこでアルハードは重大なことに気が付く。
牢屋から出て、留置所からここまで来ている。つまり脱獄である。
そう脱獄だ。
(これって脱獄じゃねーか!)
慌てて足を止める。
急にアルハードが止まったために、手を掴んでいた少女がおおっ? と驚きの声を上げ、アルハードの方へ引っ張られる。
青ざめる。血の気が引くとはこのことか。
脱獄などただでさえ悪い自分の立場を更に悪くしてしまうではないか。疲労や眠気のせいで、目の前で起こった光景に深く考えることをしなかったために起こってしまったことだ。
「やばい。これは不味い。父様に殺される……いや、殺された方がまだマシか? とにかくやばいどうしよう」
ブツブツと呟くアルハードのことなどどこ吹く風という感じで、少女はアルハードに声をかける。
「どうかしたの? もうすぐそこだから早く行こ」
少女が指差した先は、王都の最西端にある西門だった。
王都には全部で四つの門が存在する。外との出入りが出来るのはその四箇所で、後は都市結界によって覆われている。
今からでも戻ろう。だとか、どうしてくれるんだよ。などと言っているアルハードに痺れを切らしたのか、少女はアルハードを担ぎ上げる。
そのことに驚きつつも、抜けだそうと暴れるが、がっちり掴まれたアルハードは少女の肩の上でバタバタするだけだった。
当然門には兵士がいるだろうし、夜の間は門は閉まっている。兵士に見つかれば脱獄犯として捕まることは目に見えているだろう。しかし、アルハードの考えは尽く否定された。
確かに兵士はいたが、少女の姿を見るなり気絶してしまった。少女は悠然と検問用の通路から外に出て行く。
こうしてアルハードは、何事も無かったかのように王都から抜けだしたのだった。
正確には担ぎ出されたと言ったところだが。




