31-1 収穫
いつもよりちょっと長いです。
7000字を少し超える程度ですが。
ケンジー達と話し合った結果インスマス産の塩を売る場所は、ダラムニルという国と、ヤムクーンという国に決まった。
もちろん国と直接取り引きする訳ではない。国家とのパイプなど当然ある訳ではないので、主にはその国にあるそれ程大きな街ではない場所で取引をすることになった。
輸送手段がシャンタク鳥になるので、外見が魔物よりも恐ろしいシャンタク鳥がそれなりに栄えている街の近くに現れたら騒ぎになるのでは、という懸念があったからだ。
インスマス産の塩はかなり高品質な物となっている。なので、まずは村や小さな町で売り、評判が高くなったところで大きな街にも売りに行く予定だ。
そこにはシャンタク鳥という魔物――実際は神話生物だが――を使役している商人がいる。という事実を徐々に広め、シャンタク鳥が魔物として討伐対象にならないようにする狙いもある。
何事も急いては事を仕損じるのだ。
それに、ダラムニルは枯れた大地の南側に広がる大森林、ユピの森の恵みとヴィッシュ山脈から採れる鉱石によって成り立っている国家だ。
海に面していない国なので、塩が非常に貴重であり、多少値が張ったとしても買い取ってくれるだろうとのことだ。
インスマス側の目的として、鉱石が手に入るということからも、ダラムニルは真っ先に候補に上がったのだ。
次にヤムクーンだが、ここは貿易の拠点となる国である。
インスマスの南東に位置している国で、中央国クレイアデス、西の大国アーラン、宗教国家エルトリア、それにダラムニルとの四カ国の貿易の中心となる国だ。
様々な商人が行き交う地であり、商売が非常に盛んに行われている。
ここならば欲しい物は大抵なんでも買い付けることができる。
もちろんいきなり貿易の主要都市には行くことはできないが、近隣の村や町であっても商人の数は多い。
目敏い商人たちに、高品質の貴重な塩を大量に売り捌いている商人がいる。そう思わせる目的がある。そうすれば、ケンジー達とコネを持ちたいと思う商人が出てくるはずだ。
そうして信頼の置ける数人の商人と懇意になることで、ケンジー自らが主要都市に向かわずとも、彼らに欲しいものを集めて貰えばいいのだ。
塩はいくらでも生産することができる。多少多めの中間マージンくらいはくれてやっても問題はなかった。
ヤムクーンで主に手に入れたい物は、布類だ。
衣・食・住の中で、インスマスでは住む場所に関しては問題が無い。
食べる物に関しても、収穫の次期が間近である今問題にはならない。そもそも食卓に彩りがなかっただけで、食べる量に関して言えば十分だったのだから。
その中でも着る物に関してだけは、インスマスの住人は使い古したボロを着ていた。
ポーラ婆さん達が来てくれたおかげで多少なりとも改善されたが、あくまで修繕を行っただけで新しい服というものは一切無い。
だからこそ、今のインスマスでは布の優先順位が高いのだ。
次いで香辛料や酒類、火の魔石などを余裕があったら買い付けてくる手筈となっていた。
ラザラスとケンジーの他に、彼らをインスマスに連れてきてくれた元暗殺者の一人、アントンが護衛として付いて行った。
アントン本人は、ケンジー一人にラザラスのお守りは大変だろうからとの事だ。
それと世話役兼護衛としてショゴスメイドも一人付いて行った。
ちなみにこのショゴスメイドだが、本当に護衛としての働きをしたらしく。大量の塩を持つケンジー達を襲ってきた不届き者何名かは、彼女の食料になったとかならなかったとか。
そんな感じで大きな問題も無く、ケンジー達は数日後には大量の荷物をシャンタク鳥に括り付け帰ってきた。
予想以上に大量の商品を買い付けることができたため、ケンジーは興奮気味にアルハードへと報告したのだった。
曰く、あれ程までに自分の思い通りに商売ができたことはない。大量の塩を見た周りの商人たちの羨望の眼差しが痛快だったと語ってくれた。
優先順位としてはそれ程高くなかった酒類や香辛料、火の魔石も大量に買い付けてきたので、塩の売上は相当にあったようだ。
そんなこんなでケンジー達商人組が帰ってきた翌日。今日は村の一大イベントだ。
「皆、準備はいいかー」
一段高くなった場所から、アルハードが村人達に声をかける。
そんなアルハードの声に返ってきたのは、おぉおおおおおおおおおお! という気合の入った村人達の叫び声だ。
これ、やる必要ある? と思わないでもないアルハードだったが、皆の士気が上がるのならまぁいいかと割り切っていた。
今アルハード達のいる場所は、枯れた大地に広がる広大な畑だった。
アルハードの背後にはこれでもかと言う程、実りの付いた野菜や果実があった。
本来植物が成長をすることが難しい枯れた大地ではあるが、シュブ=ニグラスの力であればそんなことは造作も無い。
流石は豊穣の女神である。
そう。何を隠そう今日は、シュブ=ニグラスの恵みを収穫する日なのだ。
普段畑を維持管理するインスマス面の数は、今この場にいる者達程大人数ではない。しかし、今日は魔物の狩猟班と海での漁をする者達は最小限に留め、村人の殆どがこの場に集っていた。
その中でも特に、長らく野菜や果実をロクに食べる機会がなかったインスマス面達の士気は高い。
別に戦いに赴くわけではないので、そんなに士気を上げる必要はないのだが、水を差す事もない。
むしろアルハードは、そう言った悪ノリに近い事は好きな部類である。なので、更に彼らのやる気を上げようと声を張る。
「いいか皆! 今日ここで取れた野菜や果物は即時我らが料理人カーシーの元へと届けられる! そしてすぐに美味い飯に変わるだろうな! 今日は大宴会だ!」
カーシーの料理人のしての腕は、すでにインスマスの住人全ての胃袋を掴んでいる。
これまでは魔物の肉と魚を、ほぼ塩だけで仕上げていたカーシーだったが、そこに野菜や果実が加わる。更にはケンジーが買い付けてきた香辛料や塩以外の調味料もだ。
今日の晩御飯を想像したのだろう。そこかしこから喉をゴクリと鳴らす音が聞こえる。かくいうアルハードも涎が出そうになっていた。
もうひと押し。とばかりに、アルハードはニヤリと笑みを作る。
「酒も……あるぞ」
うぉおおおおおおおおおおお! と言う割れんばかりの歓声。中には涙する者まで居るほどだった。
その様子にアルハードは満足げに頷く。
「よし! 今日も頑張るぞ!」
アルハードの声を合図に、各々が収穫作業に移っていく。
そんな様子をずっと見ていたショゴス・ロードは、アルハード……様は、実は邪神か何かなのかと思っていた。
そう思うのも無理ないだろう。なにせショゴス・ロードの近くにいたクトゥルフや、アルハードの近くにいたシュブ=ニグラス、ハスターまでもが、アルハードの言葉に呼応していたのだから。
邪神すら従える何か。それが人間であるなどとは到底信じられない。
最早逆らう気などなかったが、改めてアルハードに逆らう事はやめようと固く決意した事を、アルハードが知る由もない。
「シュブ=ニグラス、これはどうやって取ればいいの? 普通に毟っちゃっていい?」
アルハードがいる一画は、とうもろこしの栽培がされている場所だ。
アルハードの背丈よりも高く成長しているため、アルハードはとうもろこし畑に埋もれていた。
貴族であったアルハードが野菜の収穫方法など知るはずもないので、一緒に作業をしていたシュブ=ニグラスに聞いてみる。
「根本を抑えて手前に引っ張るといいわ」
「わかった」
シュブ=ニグラスの教え通りにやってみると、パキパキパキと小気味良い音とともに簡単に取ることができた。
おー! と感嘆の声を上げるアルハード。
今この場には、シュブ=ニグラスという邪神が畑仕事をしているという、違和感たっぷりの光景をおかしいと思う者はいない。
何を隠そう、農業に関することの総監督はシュブ=ニグラスなのだ。……シュブ=ニグラスを崇拝する教徒が見たら失神するに違いないが。
アルハードは自らの手にある、身のたっぷり詰まったとうもろこしを見て嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんなアルハードを見たシュブ=ニグラスは、食べて見るよう促す。
「生で食えるの?」
「食べられるわ。騙されたと思って食べてみて!」
生でとうもろこしなど食べたことのないアルハードは、慣れない手つきで皮を剥いていく。規則正しく並んでいる黄色い粒は、日の光を浴びてキラキラと輝いているようだった。
魔物の肉を初めて食べた時と違って、これは食べ物だとわかっているので、アルハードはガブリと一口。
「――っ! ――っ!」
ジューシーな歯ごたえ。予想していなかった濃厚な甘みに目を見開く。
腐っても元貴族。口の中に何か入っている状態で喋ったりはしないが、その表情が何か言いたそうにしていることは明白だ。
そんなアルハードの様子を見て、シュブ=ニグラスは満足げだった。
十分に食感と甘さを堪能したアルハードは、飲み込み、満面の笑みで、
「美味い! 甘い!」
と、思ったことをそのまま口にしたのだった。
思ったことをそのまま声に出し、喜びそのままの純粋な笑みを浮かべる様は、まるで子どものようだ。
あまりに美味しかったのだろう。横で、ゴフッ……その笑顔は反則……。と呟いているシュブ=ニグラスの事など目に入ってないようだ。
「これ凄く美味しい! シュブ=ニグラスは凄いな!」
「当然よ! アルのためにたっぷり愛情を注いだんだから!」
自分の事のように喜んでくれるアルハードを見て、シュブ=ニグラスの心は歓喜に震え上がっていた。
しかし、それを面白く思わない者もいる。
「ふん。ちょっと褒められたくらいでいい気にならないで貰いたいものですね」
ハスターだ。
「あ? やるかこの野郎?」
「すぐに暴力に走るなど……貴方はやはり野蛮ですね」
二人の間には剣呑な雰囲気が生まれる。
今のはどう考えてもハスターの言いがかりである。普段のアルハードであれば、ハスターにお説教の一つでも垂れるが、今はご機嫌だったためそんなことはしなかった。
「そう言うなってハスター。ほら、お前も食べてみればわかるよ」
そう言いながらアルハードは、食べかけのとうもろこしをハスターの口に突っ込む。
シュブ=ニグラスを始め、周囲にいた女性陣から、おぉ! という歓声が沸き上がる。
自らの主からとうもろこしを突っ込まれたハスターは、それがシュブ=ニグラスが作ったものだと知っているため、渋々といった具合で食べる。
咀嚼。溜飲。そして、
「ぐっ……悔しいですが……確かにこれは中々……」
「だろ!」
褒めているのに苦い表情を浮かべるハスターに、アルハードは満足そうに笑っていた。
「こうしてはいられません! 遅れを取った分、アルハード様に褒めてもらえるように働かなくては!」
少しだけズレた決意を露わにし、ハスターは吸盤の付いた触手を駆使して、次々とうもろこしを収穫していく。
そんな姿を見て、アルハードとシュブ=ニグラスは笑い合いながら、自分達も収穫に戻って行った。
アルハード達のいるとうもろこしの区画より少し離れた場所では、クトゥルフとショゴス・ロードがキャベツの収穫をしていた。
「ゴローちゃん、ちょっとここを抑えてくれ」
「ここですか?」
ゴローちゃんというのは、クトゥルフが付けたショゴス・ロードのあだ名だ。
愛らしいツインテールを揺らす、幼い少女の見た目をしたショゴス・ロードに付けるあだ名ではないが、性別などないショゴス・ロードは気にしていなかった。
むしろ、クトゥルフに付けてもらえたそのあだ名を気に入ってすらいた。
ショゴス・ロードは言われたようにキャベツの下葉部分を抑えていた。
引き締まったキャベツの玉をクトゥルフは掴み、茎の部分を自らの鉤爪で切り、キャベツを持ち上げる。
「ほう。これは中々美味しそうだな」
「シュブ=ニグラス様の恵みのお陰ですね! 美味しいそうです」
「まぁ私は野菜など食べたことがないので、どんな味がするのかわからんが……楽しみだ」
「そうなのですか? あっ、でも私も、クーシー様の料理を食べてから、人間を食い散らかしていた事が馬鹿みたいに思いました」
「クーシー殿の料理は美味いからな。当然である。……さぁ、彼の料理をたくさん食べられるよう、私達も頑張って収穫しようか」
「はい!」
二人のその姿は、畑仕事をするお爺ちゃんと、お爺ちゃん大好きな娘が手伝っているというなんとも微笑ましい光景であった。
そんな思わず頬が緩んでしまうような光景とは別に、暑苦しい男達三人が争っているのは、ジャガイモが栽培されている区画だ。
「おうマシューとデリックよ、誰が一番でかい芋が掘れるか勝負しようぜ!」
収穫を開始してから間もなく、鍛冶師のロジャーはそんなことを言い出した。
声をかけられた二人も、当然とばかりにそれに乗る。
「ワハハ! いいだろう! 勝者には晩飯のおかずを一品渡すというのでどうだ!?」
「乗った! ガハハ!」
「ふんっ、いいぜ! 農家の出であり、芋掘りデリックと呼ばれた俺の実力を前に、お前達二人がおかずを差し出す姿が思い浮かぶぜ!」
「言ってろ若造! ガハハ!」
「農家の出だってぇ? お前、今は魚しか採ってないじゃねぇか! ワハハ!」
真っ黒に日焼けした筋骨隆々のマシュー。立派な髭がトレンドマークの厳つい顔のロジャー。魚面のデリックの三人は、我こそは! と芋掘りに精を出す。
しかし、荒っぽい見た目の三人は、見た目同様掘り方も荒く、魔女ジーンの怒りをかうことになる。
三百年以上生きているジーンからすれば、三人共若造だ。見た目など関係なく、ジーンは彼らを土の上に正座させ、コンコンと説教を垂れた。
土の上に正座して頭を下げる男三人の背中は、その日誰よりも小さく見えたという。
そんな阿呆な男三人が魔女に説教をされているところとは別、ブロッコリーとカリフラワーの区画では、ダゴンとハイドラがいる。
「ダゴン、これはなんという食べ物なのでしょうね」
「うーむ……野菜はわからないな。食べる機会が殆どなかったからな」
「この二つは色が違うだけで、同じ野菜なのでしょうか」
「確かに形は似ているな」
ブロッコリーとカリフラワーを手に、二人はウンウンと唸っていた。
そんな二人の元へ、一人の人間の女性が歩み寄る。
明るめの茶髪に青い瞳。
ダゴンとハイドラは、邪神三人がいるとはいえインスマスではまだまだ上位の存在だ。
今ではだいぶと打ち解けてきたが、まだまだ二人に対して及び腰の者は多い。
そんな中、その女性はそんなことを気にする素振りもなく、気さくに話しかける。
「こっちの緑のがブロッコリーで、白いのがカリフラワーよ」
元侵入者の女、ロージーだ。
ロージーは初めて会ったダゴンにも、自身の考えをしっかり述べ、そして実際にインスマスの為になる技術と知識ある者達を連れてきた。
そのことからも、ダゴンやハイドラから一目置かれていた。
「ほう。色が違うだけで名前も違うのか」
「味とか食感も違うわよ。あと名前は同じでも、トマトとかパプリカなんかは色が違うものもあるわ」
「不思議ですね」
「永き時を生きているが、野菜一つとっても我らは知らないことばかりだな」
「本当に……鍛冶に大工、裁縫に料理と、最近は新しいことばかりで」
「いいじゃない。新しいことを覚えることは、生活を豊かにするのよ? それに、楽しいでしょ?」
違いない。と言って普段の気難しい顔を崩し笑うダゴン。
裁縫が最近の楽しみ。と柔らかな微笑みを浮かべるのはハイドラだ。
「クトゥルフ様だって、きっと野菜の事はわからないと思うわ」
「であろうな」
「そうですね。クトゥルフ様の知らないこと――はっ!」
そこまで言ったところで、ハイドラは何か思いついたらしい。我、天啓を得たとばかりに目を見開く。
ダゴンは何事かとハイドラに注目していた。
一方察しのいいロージーは、彼女が執着していた事柄を思い出し、その閃きが何かを察した。
そして一歩身を引く。
「クトゥルフ様が知らない事を私が知る事で、私はクトゥルフ様にその事をお教えすることができる!」
「ふむ。まぁその通りであるな」
「つまり――クトゥルフ様にハイドラ先輩と呼んでもらえるようになります!」
え? そんな事……。と口を滑らしたのは、ダゴンの不覚だろう。
「そんな事!? そんな事と言いました!? あぁ、ダゴンはすでにクトゥルフ様よりダゴン先輩と呼んでもらっているから、そのような事が言えるのですね!? 憎い! 私が喉から手が出るほど欲している物をすでに持っている様を見せつけられているようで、ダゴン貴方が憎くてたまらない! そもそも――」
これは長くなりそうだと察したロージーは、足早にその場を離れる。
元侵入者として、裏の人間として得た気配を希薄にし、足音を立てずにその場を離れるという技術は遺憾なく発揮された。
ダゴンがロージーがすでにいなくなっていることに気付いたのは、ハイドラの話を五分ほど聞いている時だった。
ロージーは強かな女性である。
広大な畑のあちこちで、楽しそうな……楽しそうな声だけではないが、各々今夜の大宴会を楽しみにしながら収穫をしている光景が広がっている。
収穫された野菜や果物は、ムーン・ビースト達の手によって次々とカーシーの元へと運ばれて行った。
カーシーを筆頭に、厨房ではショゴスメイドやショゴス執事達が大量の食料を調理していく。
今夜はインスマスで最も大きな宴会が開かれるだろう。
皆そのことを楽しみに、それぞれ仕事に精を出すのだった。




