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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
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30-4 元暗殺者の敏腕スカウト

 自称世紀の大商人ラザラスとその息子ケンジーは、商売をするのに必要な売り物を見出だせず、頭を悩ませながら数日が経過してしまっていた。


 アルハードも一緒になって考えたが、結局のところいい案は思い浮かばなかった。


 何かを買ってくるにしても、インスマスにある現金は非常に少ないため、まずは何か売るところから始めなくてはならない。


 しかし、インスマスの特産品と言えば魚しかない。その魚も日持ちするものではないし、インスマス周辺には取引が行えるような村や街などもない。


 輸送についてはシャンタク鳥がいるため何の問題もない。象サイズの怪鳥であるシャンタク鳥ならば、あの枯れた大地の魔物であっても脅威にはならないし、荷馬車で移動するよりもずっと速く移動が可能だ。


 後は売り捌くものを確保するだけ。


 自分達だけで考えていてもいい案が浮かばないので、アルハードにラザラス、ケンジー、それとアルハードのお供としてハスターの四人はインスマスの村を見て回っていた。


「こうして皆の仕事っぷりを見るのは久しぶりだなー」


 ここのところ色々あったアルハードは、あまり村の様子を気にかけることができていなかった。その為こうしてゆっくりと村の様子を見る時間が取れたのは久しぶりであった。


 相変わらず村人達は精力的に働いている。


 大量の木材を一気に運ぶムーン=ビースト達。掃除や洗濯をしているショゴスメイドにショゴス執事達。家の補修をするインスマス面。


 村の中ではこの様な光景が広がっているが、海ではインスマス面や深きもの達が漁をしているし、シュブ=ニグラスが作り上げた森では大量の木を伐採している。


 畑では驚異的な速度で成長している麦や野菜など、そろそろ収穫できるという。


 荒野にはムーン=ビーストの狩猟班が魔物を狩りに行っている。


 皆それぞれが仕事に精を出し、忙しなく動き回っていた。そんな中で、現在無職なのが商人組のラザラスとケンジーなのである。


 数日前は、我輩に任せたまえ! と偉そうにしていたラザラスだったが、周りが仕事に勤しむ中、仕事もせずに村の中を歩いている現状、肩身が狭そうであった。


 それはケンジーも一緒で、商人親子は非常に居心地が悪そうにしていた。


「ケンジー、そんな顔するなって、その内良いアイデアがポーンと浮かぶかもだろ?」


「そういうもんですかね……?」


「うーん……たぶん?」


「アルハード様の言う通りです」


「ところでハスターは仕事しないの?」


「アルハード様に付き従うことこそが私の仕事ですので」


「ふーん」


 暗い顔で歩いていたケンジーに、なるべく明るい声で話しかける。かと言っていい案が浮かぶわけではないので、結局ケンジーの顔には苦笑しか浮かばない。


 ここのところこんなやり取りを繰り返していた。


「こんなはずでは……吾輩の商才が活かせないなど……」


 下を向いてブツブツ言っているラザラスに、張りのある叱責が投げかけられる。


「ラザラス! 何辛気臭い顔しとるんじゃ!」


 声の方をアルハード一行が目を向けると、そこにはポーラ婆さんが椅子に腰掛け、手には針と布を持ち此方に鋭い視線を向けていた。


 どうやらポーラ婆さん率いる裁縫師の仕事場に来ていたようだ。


 そこはポーラ婆さんを筆頭に、その娘のテリーザ、孫のドロシー。その他にも数名の女性インスマス面達が針仕事をしている。インスマス面の中にはニコラの姿もあった。


「なんですかな?」


「なんですかなじゃないわい! そんな辛気臭い顔しとったら周りに感染るじゃろ! シャキッとせんか! いつもの偉そうな態度はどうしたんじゃ!?」


 どうやらポーラ婆さんなりの激励のようだ。


 しかし、現在無職のラザラスは、いつにも増して捻くれていた。


 ヤレヤレといった感じで小さく息を吐いている。


「ふん、ポーラ婆さんは悩み事など無さそうで羨ましい限りですな。吾輩の様な世紀の大商人ともなると、同時に幾つもの難題に頭を使わなくてはなりませんからな」


「何が世紀の大商人のじゃ! 今はタダ飯食らいの無職じゃろ!」


「な、ななななな!」


 今ラザラスが一番言われたくない事を、ポーラ婆さんは歯に衣着せぬ言い様で、ズバッと突き刺している。


 ワナワナと震えながら、ラザラスは下唇を噛み締めていた。


 そんなやり取りを見ていたテリーザを始めとする面々は、なんとも言えない曖昧な笑みを浮かべていた。


 ポーラ婆さんの物言いは非常に正論で、時折インスマスの住人をワナワナさせている場面は、最早裁縫師達の仕事場付近では名物となっているくらいだ。


 アルハードも一回経験があるし、他にはマシューやロジャー、果てはあのダゴンですらもポーラ婆さんの餌食となっていた。


 マシューやロジャーはともかく、あのダゴンにすら物怖じしないポーラ婆さんの胆力はいかほどのものだろうか。


「ドロシーですらこうして仕事に精を出しておるというのに、なんとも情けないのう」


 憐憫と嘲笑が入り交じったような、そんな視線と言葉を前にラザラスは何も言えず黙り込んでしまう。


 ラザラスが何も言い返せないのは、この村でおそらく最年少であるドロシーも、その小さな手で見事な針さばきを見せていたからだ。


 今裁縫師達が主にやっている仕事は、服の修繕だ。


 布に余裕がないため、新たな服を作り出すことができない為である。


 皆の視線がドロシーの方へと向く。彼女は一段落したのか、自分が修繕したものを見て満足気に頷くと、トテトテとハスターの元へと小走りで向かった。


「ハスター様! どうですか!」


 手に持ったシャツを広げ、自身が修繕した箇所をハスターに見せていた。


 ハスターは身をかがめ、ドロシーと同じ視線まで腰を下ろすと、彼女が広げているシャツを見る。


「中々の腕前ですね。その年でこれは凄いでしょう」


「本当ですか!? ハスター様のお嫁さんにしてくれますか!?」


「そうですね、ドロシー嬢がもっと成長して、今よりも素敵なレディになったらいいですよ」


 そう言ってハスターはドロシーの頭を優しく撫でる。イケメンがやると物凄く様になるし、対応も紳士のそれだ。


 実際ドロシーはうっとりして、顔を赤らめている。


「わかりました! ハスター様のお嫁さんにしてもらうため、立派なれでぃになります!」


 ドロシーはまた小走りで自分の椅子に戻り、次の服の修繕に取り掛かっていた。どうやら彼女の中での立派なレディというのは、一人前の裁縫師ということなのだろう。


 ハスターとドロシーのやり取りを微笑ましい……いや、羨ましそうに、若干の嫉妬すら混じっている視線で見ていた面々も、各々の仕事に戻る。


 テリーザの視線は、決して娘に向けていい感情が混ざったものではなかったと思うが、アルハードは何も言うことはなかった。


「ラザラス、ドロシーの働きっぷりを見て何か言うことはないかのう?」


「ぐぬぬぬぬ……」


「まったく、布が足りなくて困っておるのじゃ。世紀の大商人様とやらは一体いつになったら布を買ってきてくれるのかのう」


「ぐぅ……ぬぅ……ぐぐぐ……お、覚えておるのですぞ! 覚えておるのですぞぉおおおおおおおおおおおお!」


 完全に言い負かされたラザラスは、そんな捨て台詞を叫びながら走り出してしまった。


「情けないのう」


 ラザラスの悔しげな背中に投げかけられたポーラ婆さんの声は、彼には聞こえなかっただろう。しかし、一緒にいたケンジーにはザックリと突き刺さったようで、親父……と呟いていた。


 ラザラスが走って行ってしまったため、残されたアルハード達は仕方なく彼を追いかけるために移動する。


 去り際に、ポーラ婆さんら裁縫師達に仕事の邪魔をして悪かった旨だけを伝えておく。


 ラザラスを追っていたアルハード一行は、すぐに彼を見つけることができた。


 裁縫師達の仕事場からそう遠くない場所で、先程捨て台詞を吐いていた人物とは思えないほど、その顔は自身に満ち溢れていた。


 アルハード達に気付いたラザラスは、吾輩良いこと思いついちゃったと顔に書いてある。


「アル殿、どうやら世紀の大商人ラザラスの類まれなる商才を披露するときが来たようですぞ」


 碌でもないことを思いついたのだろうか。そう思ったアルハードはちらりと横にいるケンジーの顔を見るが、どうやら彼も同じことを思っていたのか、渋い顔をしている。


 ラザラスの顔に、早く聞いてと如実に出ていたので、アルハードは渋々聞いてみる。


「何思いついたの?」


「うむ。ここにいるマシューは野蛮人ではあるが、どうやらその腕は本物のようでありますぞ」


「ラザラスよ、おめぇさん失礼なやつだな!」


「ふん、様々な商品を取り扱ってきた、超一流の目を持つ我輩がその腕を認めているのですぞ?」


「あ、マシュー、仕事の邪魔してごめんな。すぐにそこの世紀の大商人様連れてくから許してくれ」


 どうやらラザラスは、仕事中であったマシューの邪魔をしていたようだ。


 マシューは基本的に建築がメインなのだが、こうして空いた時間を見つけては家具などを作っていた。


 その鍛え抜かれた戦士のような分厚い身体の男は、見た目とは裏腹に器用に木を組み上げ椅子を作っていた。


「何を言いますか、アル殿! このマシューが作った椅子は売れると、吾輩の勘は囁いておるのですぞ!」


「まぁ、確かにマシューの作った椅子はいい出来だと思うけど、余所に売るほどの数はないだろ?」


「そうだぜ。俺だって空いた時間に作ってるだけだしな!」


「ふん。であれば休まず椅子を作ればいいのではないですかな?」


 当然とばかりに、腕を組んでウンウンと納得しているラザラスだが、周りはそうではない。


 特にマシュー本人はたまったもんじゃなかったのだろう。


「バカ言え! 俺ぁ普段の仕事もあるんだよ! お前さんみたいに無職じゃないんでね!」


「な!? 無職……吾輩の事を無職と言ったのかね!?」


「その通りだろ! わかったらあっち行けよ」


「ぐぬぬ……無職……無職……」


 マシューにあしらわれたラザラスは、アルハード達を置いてそのままトボトボと歩いて行ってしまった。


 仕方がないので、マシューに仕事の邪魔をして悪かったと言い残し、アルハード達は再びラザラスの後を追う。


 その後、ラザラスは鍛冶師のロジャーの元へと行ったが、誰かさんが仕事しねぇせいで鉄が足りないと言われ、これまた敗走したのだった。


 そんな訳で今アルハード達は、インスマス唯一の食事処である明けの魚亭のカウンターで休憩していた。


 食事処と言っても、現在使われているのは厨房だけである。


 増築した厨房はかなりの広さがあり、料理人のカーシーを中心にショゴスメイドやインスマス面達が忙しなく料理を作っている。


 インスマスでは現在、住民の食事は全てカーシーが作っている。とはいえ、カーシー一人では住民全員の料理を作るなど出来るはずもないので、複数のショゴスメイドとインスマス面が手伝っていた。


 今はまだ発展途上の為だが、やがては各々で食事の準備をするように移行していきたいとアルハードは考えている。


 というのも、畑から麦や野菜が収穫できるようになれば、インスマスの食糧事情は大幅に改善されるため、各々の家庭に様々な食料が行き渡るようになるためだ。


 住民全ての食事を準備する負担は相当なものだ。それをずっとカーシーに任せきりにするのは忍びない。


 この明けの魚亭も、今は厨房しか使われていないが、いずれは食事処兼酒場をして、カーシーに切り盛りしていってもらうつもりである。


 カーシーは寡黙な男で、今も黙々と大量の料理を作っていた。


 そんなカーシーや、忙しなく動くショゴスメイドやインスマス面をアルハード達は、カウンターから眺めていた。


 そんな中ラザラスは、無職……吾輩は無職……と俯き呟いていた。


 自らの傲慢さが原因なので、完全に自業自得なのだが、その淋しげな背中は哀愁を漂わせている。


「結局何にも思いつかなかったな」


「そうですね……魚は良いものがありますけど、保存が難しいし……魔物の肉も受け入れてさえ貰えれば、食料としては良いのですけど……難しいですね」


「魔物の素材なんかはどうなんだ? そこそこあると思うけど」


「確かに希少なものはそれなりにありますけど、インスマスで使う分を差し引いてしまうと、あまり数がないんですよね」


「あーそうだったな」


 魔物の素材はそれなりに高値で売れる。しかし、鉄が満足に確保できない今、爪などは鍬の代わりにして使っているし、鱗などは狩猟班の防具に使っている。その為、余所に売るほどの余裕はなかった。


 結局話は平行線のまま、いいアイデアが浮かぶことはなかった。


 そんな困り果てたアルハード達の前に、透明なスープが入ったお皿が四つ置かれた。


 見ればカーシーが運んできてくれたようだ。


「どうしたんだ?」


「アル達疲れている」


 どうやら気遣って貰ったみたいだ。カーシーは言葉少なにそう言うと、一つ頷いた。


 ありがとうと伝え、アルハードは透明なスープに口をつける。薄味だが、すっきりとした味わいのスープが、疲労した身体と脳に染み渡る。


「――美味いな」


「美味しいですね」


「なるほど……素晴らしい腕ですね」


 三者三様の賛辞を受けたカーシーは、嬉しそうに少しだけ口角を上げていた。


 そんな彼らとは違った反応を示したのは、意気消沈していたラザラスだった。


「無職の吾輩にこの様な素晴らしいスープを振る舞ってくれるなど……うっ、ぐすっ……カーシー殿の優しさが身にしみますぞ……」


 ラザラスは――泣いていた。


 心が折れかかっていたのだろう。しかし、それにしたって泣くほどのものだろうかと、アルハードはラザラスの姿に引いていた。


 ドン引きしているということをなんとか表に出さないようにしていると、カーシーが声をかけてきた。


「悩み」


「あぁ、ちょっとな……何か売れるものがないかって相談してたんだけど、何にも思いつかなくて」


 アルハードとケンジーが一通り相談したことをカーシーに話すと、彼はトコトコと厨房の中へ戻っていき、ある物を持ってきた。


 木の器に入ったそれをアルハード達の前に置くと、中身を見せてくれた。


「これ」


「ん? これって塩か? ……あっ」


「ああっ!」


 アルハードが閃いたのと同時に、ケンジーも思い当たったらしく、大げさなくらい大きな声を上げていた。


 そう、アルハード達の前に置かれたものは、何の変哲もない塩である。海に面しているインスマスでは当たり前にあるそれだ。


「なんてことだ! どうして今まで気づかなかったんだ! あぁ、俺は商人失格だ!」


 ケンジーは半ば取り乱したように叫ぶ。


 それもそのはずだ。何故なら、この世界で塩は貴重な調味料なのだ。


 塩の生産をしている国や村は当然ある。しかし、それでも全体の生産量と消費量からすると、塩は貴重なのである。


 それがインスマスでは無尽蔵と言える程生産できる。いや、インスマスにある調味料はほぼ塩一択しかないのだ。


 あまりにも普通に使える塩。インスマスに来てからそれなりの期間が経っているアルハードは固定観念から、塩が貴重だという事実を完全に忘れ去っていたのだ。


 ケンジーもそうなのだろう。あまりにも普通にあったため、そこに気付くことができなかったのだ。


 塩ならば幾らでも生産できるし、輸送するにも嵩張らないため、まさにもってこいの商品だろう。


「ケンジー落ち着けって! 大丈夫だって、ここから挽回すればいいんだし! な?」


「うぅ……そうですね……よしっ、不甲斐ない僕ですが、インスマスの為に精一杯働きます!」


「そうそう、その意気だ。じゃあこのまま今後のことを話し合うか――ハスターも一緒に頼む」


「お任せを」


 その後明けの魚亭のカウンターで三人は、輸送手段や何処に売りに行くか、他にも護衛はどうするかだとか、逆に買ってくる物を優先度が高い順にリストアップする話し合いをする。


 そんな三人の姿を見たカーシーは、一つ頷くと再び厨房へと戻って行った。


 ついに吾輩の世紀の大商人としての商才を見せるときが来ましたな! と高らかに宣言し、立ち直っていたラザラスだったが、話し合いに混ぜてもらえず、結局いじけていた。

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