30-3 元暗殺者の敏腕スカウト
アルハードは無事に元侵入者達と、彼らが連れてきた者達を全員インスマスへと連れてくることができた。
誰一人として大きな怪我をしている者がいなかったことは奇跡的だろう。
元侵入者達が連れてきた人材はそれぞれ、鍛冶師、料理人、裁縫師、大工、商人だ。
示し合わせたかの様にバラバラだったが、元侵入者達に聞いたところ事前に話し合ったりなどはしなかったそうだ。
何にせよ、全員今のインスマスには大歓迎の人材なので、アルハードを始めインスマスの住人は快く彼らを受け入れた。
クトゥルフが復活する前、ダゴンは人間をインスマスに迎え入れることを渋っていたが、早速料理人が振る舞ってくれた魚の鍋料理にあっという間に虜にされていた。
料理人が来てくれたことにより、今までの焼く、煮る、干したものを焼くという非常に乏しいバリエーションの料理が、とても華やかなものになった。
調味料は相変わらず塩くらいしかないが、食材の味を引き出す術を持っている彼の料理はたちまちインスマスの住人を魅了した。
肉と魚料理でそれ程までの腕を発揮してくれた料理人だったが、シュブ=ニグラスが恵みを与えた畑ではもうすぐ野菜や小麦の収穫ができる。今後更に様々な料理を振る舞ってくれることをアルハードは期待していた。
料理に興味を持った住人もいたので、彼らには料理人の元で料理を学んでもらうことにした。
流石に料理人の彼も、インスマスの住民全員の料理を一人で作ることは無理なので、快く了承してくれた。
寡黙で料理というものに真っ直ぐに向き合っている彼は、少しばかり融通がきかない部分がある。それでも、自分の作った料理を美味しいと言って残さず食べる住人達を見て、この村に来て良かったと言ってくれた。
そんな訳で、全員がインスマスに揃ってから三日は毎晩宴会で、アルハード達はやっと一息ついていた。
アルハード、クティーラ、クトゥルフ、元侵入者五人、新たな村人七人はアルハードの家に集まっていた。
十五人ともなると少々手狭ではあったが、文句を言う者はおらず、皆それぞれショゴス・ロードが入れてくれた海藻茶を飲んで一息ついている。
料理人の彼は後片付けがあるためこの場には来ておらず、ショゴス・ロードも海藻茶を入れると、そそくさと出ていってしまった。
「さて、もうお互いの名前は知っていると思うけど、一応自己紹介しておくか」
アルハードがそう言うと、皆がアルハードへと注目する。
ここに居るのは、インスマスで新たな生活を始める者達が殆どだ。しかも、誰も彼もが人間である。
彼らにとって神話生物というものは、魔物でも、亜人種でもないよくわからない存在だろう。そのことを踏まえ、インスマスの村長をしているアルハードは説明するつもりだった。
「まず俺はアルハードだ……まぁ、知ってる人もいると思うけど、元はクレイアデスの貴族……ボールドウィン家の次男だった」
初めにアルハードは、自らの身分を明かした。
アルハードはクレイアデスの王都で指名手配されており、人相書きなどもあちこちに貼られていたので、この中にも知っている者はいるだろう。
どうせバレることだったので、最初に言ってしまおうという考えだ。その上で、新たな住人達に判断してもらおうと思っていた。
「知ってる人もいると思うけど、王都ではお尋ね者だな」
「やっぱりおめぇはあのボールドウィン家の次男か! 国の研究機関をぶっ飛ばしたっていう!」
無駄に大きい声で愉快そうに言った男は、大工のマシューだ。
日に焼けて真っ黒な肌、筋骨隆々な体つき。歴戦の戦士と見間違うかのような外見だが、魔物と戦ったことなどなく、大工一筋四十年の男だ。
「本当にお前がやったのかよ」
「まあな……一つだけ言っておくけど、不可抗力だぞ?」
「不可抗力っつったって……ありえねぇだろ! 貴族の坊っちゃんが何してんだ」
立派に蓄えられた顎髭をいじりながら、目を細めているのは鍛冶師のロジャーだ。
ロジャーの言いたいことはわかる。貴族、しかもボールドウィン家という公爵家の次男であるアルハードならば、何不自由なく生きていくことはできる。それなのにという思いはあるのだろう。
しかしやってしまったものはやってしまったのだ。例え不可抗力だったとしてもだ。
「いや、まぁ、俺もそう思うけどさ、起こっちまったものはしょうがないだろ。たまたま爆発して、建物が吹っ飛んじゃったんだよ!」
「たまたまで建物ぶっ飛ばされちゃあたまったもんじゃねぇな! ガハハ!」
「おうロジャーよ、こいつは面白いやつだな! ワハハ!」
「全くだマシュー! この村の村長はたまたま建物をぶっ飛ばしちまうって話だ! お前さんの腕の見せどころだな!」
「全く家の建て甲斐がありそうだぜ!」
ガハハ! ワハハ! と豪快に笑いあって肩を組んでいる中年親父二人。
インスマスには酒はないはずだが、この二人は酔ってるのか? と思わずには居られないアルハードだったが、深刻な顔をされるよりも、二人のように笑い飛ばしてくれる方がアルハードとしては気が楽だった。
「ジジイ共、うるさいぞ」
「あん? なんだよ? 耳の遠くなってる婆さんにもよく聞こえる様に気を遣ってやったんだぞ?」
「たわけ! 儂はまだまだ年老いてなんぞおらんわ!」
「おう? 威勢のいい婆さんだな! ガハハ!」
厳つい顔をしたおっさん二人に怯むこと無く、裁縫師の婆さん……ポーラは声を張り上げる。
たくさんの皺が刻まれた顔はしわくちゃで、小柄な身体からは到底出るとは思えないような声量は、おっさん二人にも引けをとらないくらい大きい。
初めて対面した時、アルハードの瞳をジッと見つめた鋭い眼光は健在で、おっさん二人を威圧しているかのようだった。
「儂はポーラじゃ! ポーラ婆さんと呼びな!」
「おーこえぇ……まぁよろしく頼むぜ、ポーラ婆さん」
「だな、よろしく! ポーラ婆さん! ガハハ!」
仲いいなこいつら。とアルハードが思っていると、ポーラ婆さんが自己紹介したことに便乗し、彼女の横に座っていた三十代なかば程の女性も自己紹介をし始める。
「おばあちゃんったらもう……二人ともごめんなさいね、私はテリーザ。おばあちゃんの娘に当たるわ。で、この子がドロシー。私の娘よ」
年相応の物腰の柔らかな笑みを浮かべ、テリーザが頭を下げる。
ドロシーと呼ばれた女の子は、そんな母親に寄りかかって寝てしまっていた。これだけ騒がしい空間でぐっすり眠れるとは、なんとも大物になりそうな子である。
とは言え、インスマスまでの長旅に連夜の宴会。小さな身体には疲れも溜まっているのだろう。
アルハードはおっさん二人に目配せし、あまり騒がないようにと釘を刺した。
「おう、チビちゃんは寝てるのか……んじゃ、ポーラ婆さんには聞こえづらいかもだけど、もちっと小さな声で話すとするか」
「だな、子どもはよく寝なきゃならねぇ」
マシューとロジャーは声を潜め、気の良いおっちゃんといった感じで、ドロシーの寝顔を見ていた。
やはり子どもというのは強いものだ。こんな厳ついおっさん二人を黙らせてしまうのだから。
アルハードはそう思いながら、おっさん二人と同じ様にドロシーの寝顔を見ていた。
不意に静かになった部屋の中で、ドロシーの寝息だけが響く中、んっんん! というわざとらしい咳払いをする者がいた。
当然部屋にいる者達の視線は、咳払いをした者へと向けられる。
「まったく信じられませんぞ。国の機関をぶっ飛ばすような輩の庇護下に貴方達は入るつもりなのですかな?」
空気をぶち壊すような発言をしたのは、でっぷりと出た下っ腹を揺らしている中年の男である。
見るからに偉そうな態度、言動に何人かは眉を顰める。
しかし、そんな視線などに気にする素振りを見せること無く、男は言葉を重ねる。
「いや、所詮野蛮な者達という訳ですな! お尋ね者に――」
「親父! やめろって!」
慌てて男の声を遮ったのは、隣に座っていた青年である。
親父と言っていることからも、彼らは親子なのだろう。
何にせよ青年の行動はナイスであった。マシューとロジャーは青筋を額に浮かべ、今にも掴みかかりそうであったし、ポーラ婆さんも眉間の皺を深くしていた。
あと何故かクティーラが怒っていた。クティーラは怒ると無表情になる。そして今のクティーラの顔からは、完全に表情が抜け落ちていた。
誰かが怒っているところを見ると、かえって冷静になるというがまさにその通りで、自分のことを悪く言われたアルハードは落ち着いていた。
「お尋ね者ってことなら俺達も一緒だろ! ……すみません皆さん、不快な気持ちにさせてしまって……」
心底申し訳なさそうな顔をして、青年は頭を下げる。
どうしてあの父親の子が、あんな好青年なのか。部屋にいる者達は皆思っただろう。
「吾輩を一緒にするでないぞ!」
「一緒だろ! 真っ当な商人としてやっていかれなくて、ヤバイ物を売り捌いてたんだ」
「むぐぐ……」
「大体、あの時助けてもらえなかったら、俺達は豚箱行きだったんだ……ホント、親父の悪運の強さに助けられたけどさ、助けてくれた人を悪く言うのはやめろよ!」
青年は十代後半から二十代前半くらいの年頃だろうが、疲れた表情からは、とてもそんな若くは見えなかった。
その原因はあの父親なのだろうと、皆から同情の視線を受け、更に恐縮してしまっているようだった。
「悪いなアル。息子の方は優秀な商人なんだけど、父親は見ての通りだ」
口を挟んできたのは、彼らを連れてきた元侵入者の一人だった。
その口ぶりから、インスマスに来る道中でも苦労したのだろうことが理解できてしまった。
「君! 世紀の大商人であるこのラザラスにその言い方はなんですかな!?」
「うるせぇっての! なーにが世紀の大商人だよ! 魔物にビビってチビってたやつがよぉ」
「なっ! なななななっ! き、君、それは言わないと約束したであろう!?」
「知るかボケ!」
余程鬱憤が溜まっていたのだろう。商人組を連れてきた元侵入者は、ここぞとばかりにラザラスの恥ずかしい話を暴露してきた。
一方ラザラスはここまで真っ赤になるのかと言うほど顔を赤くしている。
その様子が面白かったのか、ロジャーとマシューは大声を上げて笑っていたし、テリーザも口元を隠していたが、肩が小さく震えていた。
アルハードとしては、これから一緒に暮らしていく仲間なんだから、喧嘩するなよという思いであったが、ラザラスの態度には少しばかり釘を刺しておいた方がいいだろうとも思っていた。
プライドばかりが独り歩きしている様なラザラスだ。インスマスの住民達にうっかり良からぬことを口走らないようにしなくてはいけない。
「――つまり」
それ程大きな声ではなかったが、アルハードの声は不思議と響き、やんややんや言い合っているラザラスと元侵入者の応酬をピタリと止めた。
「つまり、ラザラスさんはインスマスで過ごしたくないってことでいいんですね?」
ニッコリとした笑みは貼り付けただけのもの。口調も丁寧なものにしているが、それも全て演技である。
「むむっ」
「クレイアデスまでは遠いですけど、頑張ってください」
「むぐぐぐぐっ」
「息子さんは……えーっと」
「ケンジーです」
「ケンジーはインスマスに住むってことでいいかな?」
「はい。向こうには住む場所もないですし、ここに置いてもらえたらと思ってます」
悔しそうな顔で唸っているラザラスを無視して、アルハードはケンジーにインスマスで住みたいか聞く。
もちろんこれは、ケンジーの意思を聞いている訳ではない。
クレイアデスからここインスマスまで来たということは、インスマスに住むということは決めているだろう。これは、ラザラスを煽るため以外の何物でもなかった。
「じゃあケンジーはこれからインスマスの一員ってことで……ラザラスさん。枯れた大地は強力な魔物だらけですけど――どうします?」
「むぐぐぐぐぐぅぅぅううううううう……それは……嫌ですぞ……」
「親父……諦めろって。向こうには住む場所も、明日食べる物だってないんだぞ」
「しかし!」
息子であるケンジーの説得にも、頷くことができないでいるラザラス。
彼も決して王都に戻りたいわけではないだろうことは、アルハードも理解している。
ラザラスが渋っている原因は、ここまで言ってしまった事を今更なしにすることはできない。そう言った類のものだろう。
とんだ捻くれ者である。
そして、アルハードはそんな捻くれ者の相手には慣れていた。
「あ、そうだ。今のインスマスには商人が一人もいないんだよなぁ……ラザラスさんは世紀の大商人らしいし、インスマスには欠かせない人だと思うんだけど……是非インスマスでその手腕を奮って欲しいなぁ」
わざとらしいくらいのアルハードのよいしょに、悔しそうに俯いていたラザラスはバッと顔を上げた。
「世紀の大商人なら、このインスマスに富を運んでくれるんだろうな……」
ボソリと呟いた声は、確かにラザラスの耳に入ったらしい。彼の耳がピクピクと動いている。
もう一押だな。
そう確信したアルハードは、トドメとばかりに畳み掛ける。
「ラザラスさん……その類まれな商才を、インスマスの為に使ってはくれませんか?」
「…………………………ふんっ、どこぞの青二才かと思っていたが、随分と解っておりますな! いいですぞ! この世紀の大商人ラザラスが力を貸して上げましょうぞ!」
たっぷりの間を開けた後、腰に手を当て、満更でもない表情で上機嫌にラザラスはそう宣言した。
フンスフンスと鼻息を荒くして、偉そうに仰け反っている姿からは、とても世紀の大商人には見えない。強いて言うのであれば、でっぷりと太った、欲にまみれた悪徳貴族そのものである。
皆がそう思っていたが、誰一人としてその事を口に出すことはしなかった。
唯一息子のケンジーだけは、恐縮のあまり肩を寄せ何度も頭を下げていた。
アルハードにとって、ラザラス程度の捻くれ者を諭すのはどうということはなかった。
なぜなら、アルハードはもっと捻くれている神話生物。しかも邪神の相手をしているのだ。ラザラスの捻くれた態度など、取るに足らない。
「たくよぉ! ひねたおっさんだぜ! ワハハ!」
「だな! 俺ぁ嫌いじゃないけどな! ガハハ!」
「青二才はお主の方じゃ、たわけが」
ロジャーとマシューの笑い声が、張り詰めていた空気を吹き飛ばす。
おっさん二人は、左右からラザラスに肩を組み、オッサン同士仲良くやろうや! と迷惑そうに二人を振り解こうとしているラザラスに話しかけている。
「離せ野蛮人ども! それと、ポーラ婆さんは吾輩のことを青二才と言いましたのかね!?」
「野蛮人だから離しませーん! ワハハ!」
「ラザラスも野蛮人になっちまえー! ガハハ!」
再び騒がしくなったが、ドロシーは相変わらず起きる気配も無く、テリーザに寄りかかり、天使のような寝顔で幸せそうに寝ていた。
テリーザも、賑やかでいいわねおばあちゃん。とポーラ婆さんに話しかけ、ポーラ婆さんも、うるさいだけじゃわい。と言いつつも、楽しそうな顔をしていた。
打ち解けられたみたいで良かったと、アルハードは一安心していた。
インスマスでは数少ない人間だ。彼らの仲が悪ければ、それだけで村の雰囲気を壊してしまう。しかし、どうやらそうなることはなさそうだった。
その後は、神話生物という存在についてざっくりと説明し、インスマスでの役割分担を確認し合ってから解散した。
役割分担と言っても、それぞれ本職があるので、細かな打ち合わせではない。
鍛冶師のロジャーは、主に農具や漁で使う銛のメンテナンスだ。今は材料がないので、新たなものを作り出すことができない為だ。
裁縫師のポーラ、テリーザ、ドロシーの三人は、村人のボロボロになった服の修繕が主な仕事だ。幾らか持ってきたとはいえ、新たな服を何着も作れるほど布に余裕もないからである。
大工のマシューは、一先ずイアンの元で一緒に建築作業に当たってもらうことにした。知識や技術ではイアンよりも頭一つ以上抜けているし、今の住人の数からして住む場所が不足気味だったので、バリバリ働いてもらう予定だ。
商人のラザラスとケンジーだったが、とりあえずやることがない。
それはなぜか、答えは至極単純で、今のインスマスで売れるものが思いつかなかったからである。売るものが無ければ商人はどうにもならない。何か買うためのお金もない今、彼らにできることはないのである。
吾輩の商才を発揮する場が無いのですぞ……。と背中を丸め落ち込んでいたラザラスの背を、ロジャーとマシューはバシバシ叩きながら笑っていた。
一週間くらいで……と言っておきながらこの体たらく。




