表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
56/60

30-2 元暗殺者の敏腕スカウト

 アルハードがハスターの頭を引っ叩いた事に、女性陣四人は驚いていているようだったが、そんなことはお構いなしにアルハードは捲し立てる。


「お前ぇ、子どもがいる前であんなグロテスクなもの見せるなよ」


 アルハードが口にしたのは、骨が砕ける勢いで投擲された事への不満でも、既の所で助けられた事へのお礼でもなかった。


 おそらくアルハードよりも年下と思える少女に、魔物がゴリゴリと音を立て潰れるなどという光景を見せたことへのお小言だ。


 今ではアルハードも魔物を狩ることに抵抗はないし、血潮を撒き散らし倒れていく魔物を見てもなんとも思わない。しかし、王都で生活していた頃は魔物なんて実際見たこともなかったし、初めて魔物を殺した時は暫くその光景が、感触が頭から離れなかった。


 ドロシーと呼ばれた少女も、いやその母親でさえも、目の前で魔物が潰れるなどという光景を見たことはないだろう。


 そんな者達にあのような光景を見せてしまった事を、こんこんと説教しだした。


 暫くアルハードの説教は続いたが、ハスターは申し訳なさそうにしつつも、どこか嬉しそうであった。


「……はぁ、わかったか?」


「はい。配慮が足りませんでした」


 ハスターはペコリと頭を下げた。


 ギリギリのところで助けられたのはハスターのお陰だ。それなのに文句を言われる筋合いはないのだが、それでもハスターは反論せずにアルハードの言葉を聞き、謝罪までした。


 邪神であるハスターのこんな姿を見たら、他の邪神や神話生物はなんと思うだろうか。


 現にナルは驚いたような、感心したような感じだ。


(この世界は広いですね……)


(は? どういう意味だよ)


(いえ、此方の話です)


 ナルの意味不明な言葉をアルハードは聞き流しつつ、改めてハスターを見上げる。


 理不尽なお説教を受けても、ハスターは怒ったりしていない。いつも通りの穏やかな笑みを浮かべている。


 その笑みに毒気を抜かれたアルハードも、ふっと肩の力を抜き、自然と笑みが浮かぶ。


「何にせよ助かったよ。ありがとう」


「礼には及びません……いえ、その一言だけでも私は幸せです」


「なんじゃそりゃ」


 そう言ってアルハードとハスターはお互いに笑い合う。


 身長差はかなりあるが、ハスターの見た目は若いため、親子というよりは歳の離れた兄弟のように映る。


 アルハードは自分の顔は幼く、平均的なものだと思っている。しかし、それは自覚していないだけで、アルハードの顔はそれなりに整っている。


 そんなアルハードを見つめるハスターは、それ以上の美形だ。


 完全に置いてけぼりにされている女性陣四人は、二人が笑いあっている光景を見つめる。


「おかーさん……」


「えぇ、とても尊いわね……」


 うっとりとした表情で、親子がアルハード達を見つめていた。その視線は、何処か熱っぽいものである。


 その視線に気付いたアルハードは、彼女達へと視線を向ける。


 ロージーの連れてきた三人は固まっており、少し離れた位置にロージーが座り込んでいる。


 そういえば、ロージーは麻痺を受けているのかもしれないと言うことを思い出し、すぐにロージーへと駆け寄る。


「ハスターはそっちの三人に怪我がないか見ておいて」


「かしこまりました」


 ロージーはまだ立ち上がることができず、地面に座り込んだままだ。アルハードは無理に彼女を立たせようとはせず、自らが屈み目線を合わせる。


「ロージー、ごめんな」


 アルハードがまず口にしたのは謝罪だ。


 自らの配慮の無さ。それによってロージー達元侵入者には迷惑をかけてしまった。


 しかし、こうして助けることができた。そのことに安堵もしていた。


「どうしてアル君が謝るのかしら?」


「いや……俺が護衛を付けるなりしていればロージー達はこんな危険な目に合わなかった訳だし……」


 突然アルハードから謝罪の言葉を受けて、どうしてなのか聞き返してくるロージーに、アルハードはバツが悪そうに答えた。


 悪いのは全部自分だ。だから、どんな文句を言われようとも、アルハードは全て受け入れるつもりでいた。


「なるほど……」


 そう呟き、僅かに顔を伏せたロージーだったが、すぐに顔を上げた。


 その顔は怒っている訳ではない。なぜなら、笑みが浮かんでいたから。


「でもこうして助けに来てくれたわ……忠誠を誓ったのがアル君でよかった。他の貴族とかだったら、私達は簡単に見捨てられていたわ」


「怒ってないのか?」


「怒る必要がないもの」


「……ありがとう」


 小さく口から出た言葉だったが、それは確かにロージーに聞こえたのだろう。彼女は笑みをさらに深め、アルハードを見つめていた。


 落ち込んでいた気持ちが、気を張っていた心が、解れた気分だった。


 いつまでも浸っている訳には行かないので、アルハードはブンブンを首を振り、気持ちを切り替える。


「ロージー、立てる?」


「ちょっとだけ麻痺毒貰っちゃったから……暫くは歩けないわ……」


「そうか……ハスター!」


 アルハードがハスターを呼ぶと、離れたところでハスターと会話していた三人の女性と共に、すぐさま此方へと来た。


「お呼びでしょうか」


「うん。あ、こいつはハスターだ。で、こっちがロージー」


 アルハードが簡単に二人のことを紹介する。


 アルハードの言葉を受け、ハスターが恭しくロージーに一礼し、改めて自己紹介をした。


「ハスターです。アルハード様の従者をしております。以後お見知りおきを」


「ロージーよ。よろしく」


 麻痺毒を受けて立てないロージーだったが、座り込んだままの自己紹介でも、ハスターは特にどうこう言うことはない。


「そっちの三人は怪我とかなかった?」


「はい。ロージーが彼女達を守ってくれていたため、怪我などはありませんね。ただ、少しばかり疲労が溜まっているようです」


 ハスターの言うように、三人には目立った怪我などはない。ただ、長旅の為に服は汚れており、顔にも疲労の色があった。


 特に少女はかなりの疲労が溜まっているようだ。無理もない。あの小さな体で、この過酷な枯れた大地の旅は大変だっただろう。


 対象的に老婆の方は、まだまだ元気があるようにも見える。結構な歳にも見えるが、背筋はしっかり伸びており、此方へ向かってくる時の足取りも力強さがあった。


 とはいえ、彼女達もこれ以上旅を続けることは難しいだろう。


 ここからインスマスまではまだ距離がある。それに、今回の魔物の襲撃はかなり危なかった。実際アルハード達が来ていなければ全滅していただろう。


 また襲われでもしたら、という恐怖心もあるだろう。


 アルハードとハスターがインスマスまで護衛していくという事もできるが、毎回元侵入者達を見つけてはインスマスまで戻っていたら時間が勿体無い。


 その間にも、彼らが危険に合わないとも限らない。


 ロージーが動けないことからも、何か手はないかと思い、アルハードはハスターに問いかける。


「怪我が無くてよかったけど、これ以上の旅は難しそうだな……ロージーも動けないみたいだし、ハスター、なんかいい案とかない?」


「ふむ……そうですね。では、シャンタク鳥を使うとしましょう」


 指を顎に当て思案する姿が非常に様になっているハスターに、女性陣はうっとりとした表情を浮かべる。


 解せない。とアルハードは内心毒づくが、わざわざ口にすることはなかった。


 そして、やや思案したあと、シャンタク鳥を使うと言った。


 シャンタク鳥というものをアルハードは知らない。その事を察したハスターは、懐からある物を取り出した。


 それは卵の様な物だ。いや、卵と言っても差し支えないだろう。


 人の頭ほどもある大きさで、中が透けて見える。卵の中にいるのは鳥だろうか、翼で自らの身体を包み込むようにしていた。


「これは昔、ニャルラトホテプと言う頭の狂った邪神からぶん取った……まぁ、経緯はどうあれ、シャンタク鳥は大型の鳥なので、彼女達を運ぶのには打ってつけでしょう。ただ、乗り心地が少々悪いのが難点ではありますが」


 ハスターの説明には幾つか突っ込みたいところがあった。


 ニャルラトホテプからぶん取ったという点。


 そんなものがあるならなぜ最初から出さなかったのかという点。


 わざわざアルハードを抱き抱えなくとも、そのシャンタク鳥がいれば問題なかったはずだ。


(おい、頭の狂ったとか言われてるぞ)


(自分が常人だと思っている狂人は、正常な者が異常に見えるものなのですね)


 もっともなことを述べるナルだったが、果たして狂人は誰なのかと疑問に思わないでもないが、内心に留めておく。


 それよりも、なぜ最初から出さなかったということだ。


「なぁ……最初からそれを出しておけば、俺はお前に抱き抱えられなくても良かったよな?」


「私がアルハード様を運びたいという欲望が勝りました」


「……」


 常に主を立ててくれるできた従者だと思っていたが、どうやらアルハードは考え直さなければいけないようだった。


 ハスターがアルハードを抱きかかえるという点に、女性陣、特に少女と母親それとロージーが反応を示していたが、アルハードは面倒なことになりそうだと無視しておいた。


「では、シャンタク鳥を孵化させます」


 そう言ってハスターは卵に自分の魔力を流し込む。すると卵は大きくなり、やがてハスターが持てないほどの大きさになると、ヒビが入り孵化した。


 卵から孵化した神話生物、シャンタク鳥は一言で言えば巨大な鳥だった。


 先程交戦していた魔物よりも大きい。


 そのサイズは象ほどの大きさがあり、大きな鱗が身体を覆っている。鱗の下には非常に発達した筋肉が盛り上がっており、頭部は馬のようにも見えるが、むき出しの牙と鋭い瞳がより凶悪な様相を示していた。


 どう考えても、先程の鳥の魔物より強いだろう。


「グゥルアアアアア――っ」


「うるさいですね」


 卵から孵化したシャンタク鳥は咆哮を上げるが、ハスターがその顔に手を添えた途端、驚いたように咆哮を止めた。


 神話生物の本能が、ハスターという超上の存在にひれ伏した瞬間だ。


 アルハードは少しばかりシャンタク鳥に対して同情してしまう。


 卵から孵化したと思ったら、目の前にはグレート・オールド・ワンがいるのだ。


「さて、お前にはこれから大事なことを命じます。ちゃんと聞いてくれますよね?」


 顔に手を添えられているシャンタク鳥は、声も出せないまま、馬を凶悪にしたような頭部を必死に上下に振る。


 ハスターは笑みを貼り付けた顔で、優しく言ったのだが、シャンタク鳥からしたら恐怖以外の何もないのだろう。


 ちなみにアルハード以外の者は、いきなり現れた象ほどもある怪鳥に怖気づいていた。


 顔が引き攣っていたが、それでもハスターとシャンタク鳥のやり取りを見て、どう見てもハスターが格上の存在で、シャンタク鳥が使役される側だとわかり、少しは安心したようだ。


「では皆様、あとはこのシャンタク鳥がインスマスまで運んでくれますので、ご安心下さい。少々乗り心地が悪いかと思いますが、ご容赦下さい」


 その後ささっと持ってきた荷物をシャンタク鳥に括り付け、いつでも飛び立てるよう準備を完了した。


 アルハードとハスターも、この後すぐに探索を再会するつもりだ。


 アルハードとハスター、ロージーと他の三人はそれぞれ別れ、最後に一言二言交わすようだった。


「皆ごめんな。本当はインスマスまで送りたいけど、まだ迎えに行かなきゃいけない奴らがいるからさ」


「大丈夫よ……アル君、どうか皆を連れてきて」


「わかってる。先にインスマスに着いたホリスも言ってたよ。皆揃って、インスマスで新たな人生を送りたいって」


「ホリスが……うん。よろしくね」


 ロージーの願いは当然叶えるつもりだ。それは、アルハードの願いでもあるのだから。


 改めて決意を固めるアルハードに、しゃがれているが、芯の通った声がかけられた。


「小僧、ロージーがお前さんの元に行けばクソみたいな人生がいいものになると言っていたが、信じていいんじゃな?」


「そっか……そりゃ責任重大だ。任せてくれよ、期待してインスマスで待っててくれ」


 アルハードの言葉に対して、老婆はジッとアルハードの瞳を覗き込む。


 言葉の真意を探っているのだろう。老婆の眼光は鋭く、気圧されてしまいそうになるが、アルハードだってインスマスに住む皆のことを思っている。


 やがて満足したのか、納得してくれたのか、老婆は皺だらけの顔に笑みを浮かべた。


「大したものじゃの」


 それだけ言い残し、老婆はせっせとシャンタク鳥へと向かって行った。


 自力ではシャンタク鳥の背に跨がれないため、先に乗っていた少女に引っ張られているが、おばーちゃん重いー! と少女が悲鳴を上げていた。


 すかさずハスターが手を貸している。ハスターに抱えられた老婆は、年甲斐もなく頬を赤くしていた。それを見た少女は、おばーちゃんずるいー! と文句を言っている。


「あの、アルハード……様?」


「アルでいいよ」


 未だ満足に動くことのできないロージーに肩を貸していた母親が話しかけてきた。


 老婆が若い頃はこんな感じで、少女が大人になればこんな風になるんだと思わせる彼女は、少し考えたあと、じゃあアル君で。と言い、言葉を続ける。


「おばあちゃんが認めたみたいだし、私も貴方を信じるわ。よろしくね」


「よろしく。インスマスに着いたらしっかり休んでくれ」


「そうするわ」


「ハスター! この人もシャンタク鳥に乗せてあげて」


 老婆がハスターに抱えられているのを羨ましそうに見ていたことに気付いたアルハードは、母親にもそうするように命じた。


 ハスターは流麗な動きで、母親をお姫様抱っこすると、ゆるりとシャンタク鳥へと向かった。


 当然母親の顔は真っ赤になっており、少女からは、おかーさんもずるいー! と抗議の声が上がっていた。


 ロージーはアルハードが触手を使い、シャンタク鳥へと乗せた。


 四人がシャンタク鳥の背へ乗ると、ハスターはアルハードへと寄る。


「じゃあ俺達は先に行くから、インスマスで待っててくれ」


「シャンタク鳥よ、恙無く彼女達をインスマスに届けるのですよ? 間違っても『アザトース』の元へと送りつけた場合は……わかりますね?」


「グルぅ……」


「インスマスに着いたら待機していなさい。クトゥルフ辺りが面倒を見てくれるでしょう」


「グル!?」


 クトゥルフが居ると言うことを暗に伝えるハスター。シャンタク鳥は驚きの声を上げるが、それ以上ハスターが何かを言うことはなかった。


 そんな光景にアルハードは苦笑いを浮かべ、同情の視線をシャンタク鳥に送る。


「じゃ、俺達は行くか」


「かしこまりました。では失礼して……」


 ハスターがアルハードを背後から抱き抱え、宙へと浮かび上がる。


「あのさ、こっちにもシャンタク鳥を……」


「さぁ行きましょう!」


 アルハードの願いは聞き届けられることなく、ハスターに抱き抱えられたまま枯れた大地の空を舞う。


 ハスターがシャンタク鳥に待機を命じていたので、他にもシャンタク鳥がいるはずだと思っていたアルハードだったが、どうやらアルハードを運ぶことは譲れないようだ。


 すぐに姿が見えなくなる二人を、四人が見送る。


「私もアル君を抱っこしたいな」


 ロージーの呟きは、シャンタク鳥が飛び立った音でかき消された。

読んでくださってありがとうございます。


投稿が空いてしまいごめんなさい。

暫くは書く時間が取れないため、投稿間隔が空いてしまいます。

土日はいくらか時間が取れるので、一ヶ月投稿無しとかにはならないと思います。たぶん週一とかで……。

あとは年末年始でどれだけストックができるかにかかってます! 頑張ります!

週一投稿とかになってしまいますが、気長にお待ちいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ