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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
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28-5 従者

「――という訳で、今日からはここにいるショゴス達が皆に代わって家事をしてくれるからな」


 インスマスにある教会前の広場には、インスマスの住人全てが集められ、アルハードによって説明がなされた。仕事は一時中断だ。


 広場はそれなりの広さがあったが、流石にショゴス達も一緒となると、少々手狭に感じる。


 このインスマスで百名というのは、それなりの数になるのだ。


「すげぇな……メイドがあんなにいるぜ」


「あぁ、ここは王城かよ」


「あの執事カッコよくない?」


「私はあっちの方が好みかも~」


 と言った具合に、インスマス面や深きものは執事とメイドになっているショゴスに興味を持っているようだ。


 これがもし、あの玉虫色の巨大な化け物の見た目であったならば、こうはいかなかっただろう。


 ショゴスを人間の見た目に変身させるという、ハスターの考えは機転は流石だと言ってもいい。


 住民達の掴みは上々。あの排他的で閉鎖的なインスマスの住民だったが、これならばショゴス達を快く受け入れてくれるだろうと、アルハードの機嫌は良い。


「あと、このショゴス達のまとめ役は、このショゴス・ロードに任せるから、何かあったらこいつに言ってくれ」


 アルハードの後ろに控えていたショゴス・ロードは一歩前へ出て、ペコリと頭を下げる。何処と無く不満気な空気を出しているが、その事を気にする者はいなかった。


「おーあのちっこいメイド、アルの旦那より小せえな」


「おいデリック、そういうデリカシーのないことを言うからお前は用もないところで怒られるんだぞ」


 此方に指を指しながら、小馬鹿にしたようなデリックの言葉に、深きもの達のリーダーであるロトが苦言を呈していた。


 もちろんアルハードにはバッチリ聞こえている。


 幼い。小さい。この二つはアルハードのコンプレックスを刺激するものだ。あとでやり返そうとアルハードは心に誓った。


「で、こっちがハスターだ」


「アルハード様の従者になりました。ハスターです」


 それだけ言うと、ハスターは優雅に頭を下げ、住民達へと微笑みを向ける。


 それだけでインスマスの女性陣の心を鷲掴みにしてしまう。インスマス面、深きもの問わず、うっとりとした表情で、熱い視線を向けていた。


 一方、野郎どもはどこか居心地の悪そうな雰囲気だ。ひと目で力の差――主に顔――を思い知ったのだろう。特にデリックなんかは、チクショウ……と俯いていた。


 シュブ=ニグラスといい、ハスターといい、やはり顔なのか……と、アルハードの心境も複雑なものであった。


「よし、じゃあ今日はもう仕事はお終いにしよう。それぞれ家のことを任せたいショゴスを選んでくれ。取り合いはするなよ? 一応皆同じ様なスペックらしいから、一通りのことはこなせるらしい」


 あくまで、らしいと曖昧なアルハードだったが、ショゴス達がどの程度のレベルで家事ができるかは定かでないためだ。


 ハスターの言葉を信じるのなら、それなりのレベルでできるとのことだったので、一先ずその言葉を信じることにしていた。


「後は親睦を深めるなり、村の中を案内してやるなり、各自で考えてくれ……ショゴス達は従者という立場だけど、くれぐれも対等な関係だからな!」


 アルハードはショゴス達を村に迎え入れるにあたって、彼らは対等なのだと特に言い聞かせておいた。


 従者といえば主人に付き従う者だが、アルハードの掲げる方針は皆対等であったので、当然といえば当然だ。


「はい、じゃあ解散、かいさーん」


 アルハードがそう宣言すると、インスマス面や深きものは各々が気に入った執事やメイドに声をかけていった。


 ショゴスが変身している執事やメイドは、同じ顔の者はいない。しかし、誰も彼もが見目麗しいため、住民達は自分の好みで選んでいるようだった。


 その辺にアルハードは介入することはない。好きなようにすれば? というスタンスだ。


 アルハードにはすでにハスターとショゴス・ロードが付いているため、ショゴスの従者を付ける必要もない。


 住民達がショゴス達にそれぞれ声をかけてごった返している広場から、ハスター、ショゴス・ロードを伴って少しばかり離れ一息つく。


 ハスターはアルハードの右、ショゴス・ロードは左で、少し下がった場所に控えている。別に隣でもいいのに、と思うアルハードだったが、ハスターの従者としての矜持か何かなのだろう。


 そんな三人の元に二つの影が近づいてきた。


「驚いたぞアル、まさかハスターを従者にしているとはな……何処で出会ったのだ?」


「え? いや、ショゴスを召喚した時に付いてきた?」


「ハッハッハ、なんだそれは! ふむ、ハスターよ、久しいな」


「ほう、貴方はクトゥルフですか、復活されたのですね」


「アルのお陰でな」


 一見神父のようにも見える装いをした、恰幅の良い初老の姿をしたクトゥルフは愉快そうに笑った。それに釣られるように、ハスターも微笑む。


 二人のやり取りを見るに、どうやら知り合いのようである。


 そんな穏やかな二人の雰囲気を割くように、シュブ=ニグラスも会話に混ざってくる。


「あんた、なんでこんなところにいるのよ」


「おや、そう言う貴様はシュブ=ニグラスですか」


 何故か喧嘩腰のシュブ=ニグラスに、ハスターも冷たい視線を向けている。


 クトゥルフと話していたときとは真逆で、二人の間には剣呑な雰囲気が漂い始めた。


 アルハードは何故? と思う反面、いきなり殴り合いとかだけは勘弁してくれよと、不安になった。


「は? 見ればわかるでしょ」


「ふん、貴様こそ何故このような場所にいるのでしょうね」


「そんなの、私がアルの妻だからに決まってるでしょ!」


 シュブ=ニグラスがその豊かな胸を張り、自信満々にそう宣言した。


 アルハードとしては、いや、アルハードとクトゥルフとしては、まだそんなことを言っているのかという気持ちだった。しかし、それを知らないハスターは、シュブ=ニグラスのアルハードの妻宣言を良しとはしなかった。


 ちなみに、シュブ=ニグラスがアルハードの妻だと言い放った瞬間、ショゴス・ロードの顔に大きな動揺が浮かび上がった。


「貴様のようなアバズレがアルハード様の妻などと……寝言はクトゥルフの専売特許のはずでは?」


「なん……」


 クトゥルフが何か言いたそうにしていたが、間髪入れずにシュブ=ニグラスが言い返すので、渋々と言った様子で口を噤む。


 クトゥルフとしても、二人の言い合いには混ざりたくないのであろう。


「あ? 誰がアバズレですって!? あんたこそ自称アルの従者なら、妻である私にも尽くしなさいよ!」


「自称は貴様のことでしょう? 私が付き従うのはアルハード様ただ一人です。むしろアルハード様に付き纏うストーカービッチを排除することが私の約目でしょうね」


「はぁ!? 誰が誰を排除するですって!? いいわ、力の差を思い知らせてあげるわ、村の外に行くわよ!」


「ふん、貴様一人で行けばいいでしょう。そのまま帰ってこなければ尚良い」


「こんの……!」


 そのまま取っ組み合いを始めてしまいそうな二人に、アルハードはどうにかしてくれとクトゥルフへと視線を向ける。


 しかし、クトゥルフはどうにもならないと言わんばかりに、眉をひそめ首を横に振った。


 同じ神格であったとしても、神格同士の喧嘩には巻き込まれたくないようだ。


 頼むから口だけにしてくれよ。と、呆れたように二人のやり取りを見ているアルハードの袖が引かれた。


「アルハード……様、シュブ=ニグラス様はアルハード様の妻と言っていたが、本当のことなのか? です」


 拙い敬語。というより、無理矢理最後に、です。を付けただけの言葉遣いで、ショゴス・ロードが問いかけてくる。


 その目には不安と疑念が半々くらいで浮かび上がっている。


「いや、まぁ、妻ではないけど、毎日のように迫られてる……」


 シュブ=ニグラスに迫られる日々を思い出し、少々辟易しているようにアルハードは零す。


 対してショゴス・ロードの顔は強張り、アルハードの袖を掴んでいる指は震えていた。


「そんな……じゃ、じゃあクトゥルフ様とはどういった関係なのだ? です」


「クトゥルフ? 目の前にいるんだから自分で聞けよ」


「そんな! そんな恐れ多いことができるか! です!」


 どうやらショゴス・ロードは、神格の存在に対してかなり萎縮しているようだった。


 ハスターだけかと思ったが、そうではないらしい。


「はぁ――クトゥルフ、ショゴス・ロードが聞きたいことがあるみたいだぞ」


 なんだかめんどくさくなってしまったアルハードは、そのままクトゥルフに投げることにした。


「ふむ、私とアルの関係か……そうだな、アルは私にとって恩人であり、今は友人だと思ってるが、それでいいか?」


「良いんじゃない?」


「恩人……友人……」


 ショゴス・ロードの幼い顔が絶望に染まる。


 なぜなんなことで絶望するのかと思ったアルハードだったが、そういえばこいつ、俺の首を狙っているんだったと思い出した。


 確かにハスターのみならず、クトゥルフにシュブ=ニグラスも加わると、いよいよショゴス・ロードはアルハードに手出しができなくなる。


 それどころか、もしショゴス・ロードが良からぬことを考えていることがバレるだけで、ショゴス・ロードは消されてしまうかもしれないのだ。


「ずるい……こんなのってずるい……」


「お、おい……」


 ショゴス・ロードは涙を流していた。


 今のショゴス・ロードは幼い女の子の見た目をしている。はたから見れば、アルハードは小さな女の子を泣かしている極悪人だ。


 流石に泣き出すとは思っていなかったため、アルハードもオロオロしてしまう。


 ちなみに、そんなアルハード達の直ぐ側では、シュブ=ニグラスとハスターがまだ睨み合っていた。


「ハスター様だけではなく、クトゥルフ様とシュブ=ニグラス様にも慕われてるとか、私はどうやってアルハード様の命を狙えばいいのだ。です」


 頭の中が混乱してしまっているのだろう。命を狙うとか言ってしまっている。


 が、ショゴス・ロードには最早感情を抑えることができなくなっているのだろう。涙を流しながら、イヤイヤと首を横に振っている。両サイドで縛ってある髪も合わせてイヤイヤしている。


(これ……ナルもいるんだぜ! とか言ったらこのまま失神しそうだな)


(でしょうね)


(今のこいつの見た目的には良心が痛むけど、ちょっと見てみたい気もする)


(ふふふっ……私は誰かを利用して楽しむ事は好きですが、私自身が利用されて誰かが楽しむのは絶対に許しませんよ? アルはこの宇宙の真理を垣間見たいのですか?)


(待て待て、そんなことしねーよ! こえーから!)


 ナルがとんでもなく物騒なことを言い出すので、必死に言わないと弁明する。


 ナルはどこか、自身の存在を隠したがっている節があった。それはクトゥルフ達相手でも一緒である。


 一度だけ聞いてみたが、その方が面白そうだから。とのことだ。


 さて、完全に取り乱して、ずるいずるいと連呼しながら首を振っているショゴス・ロード。どうしようかとアルハードが悩んでいると、クトゥルフが歩み寄ってきた。


 クトゥルフはショゴス・ロードの前に行くと、膝を付き、丁度目線がショゴス・ロードと合うように身を屈める。そして、大きな手をショゴス・ロードの小さな頭にそっと置いた。


「ショゴス・ロードよ、私が怖いか?」


「い、いえ! そんなこと!」


 そうは言いつつも、ショゴス・ロードの顔には恐怖が浮かび上がっているし、身体は震えている。


 そんなショゴス・ロードに、クトゥルフは人の良さそうな笑みを浮かべた。


「そんなに気負わないでもいい。私もシュブ=ニグラスもこのインスマスの一員だ。ハスターもそうなるのであろうな。で、あれば、私達は対等な存在だ。隣人とは仲良くしたいであろう?」


 神格であるクトゥルフに対等だと言われても、それをそのまま鵜呑みにすることはできないだろう。しかし、クトゥルフの優しげな表情に、ショゴス・ロードの震えは止まっていた。


 こうしてみれば、迷える子どもに手を差し伸べる神父そのものだ。


「私はこう見えても、インスマスでは相談役としての役割を貰っている。もし困ったことがあれば私のところに来ると良い。いや、困って無くても良い、来たい時に来てくれれば相手しよう」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 本来であれば、ショゴス・ロードが神格であるクトゥルフに対して相談に行くことなどしないだろう。ショゴス・ロードはそれ程までに邪神達を畏怖している。


 しかし、ハスターに追い詰められ、更にはクトゥルフ、シュブ=ニグラスという追い打ちを受け、心がボロボロになっていたため、クトゥルフの差し出した手は、救いだったのだろう。


 元気よくした返事には、まるで懇願するかのような感情が混ざっていた。


 精神的に追い詰めて、その後に優しい言葉をかける。まるで詐欺師のような手口だが、ショゴス・ロードもなんとかインスマスの一員になれそうだった。


 形はどうあれ、アルハードとしては丸く収まってくれそうだったので、何も言わないことにした。


 未だ言葉の応酬を繰り返しているシュブ=ニグラスとハスターは、もう好きなだけやらせることにして、アルハードは諦めていた。


 汚い言葉でお互いを罵り合ってる邪神二人に、少女と神父という微笑ましい二人の混沌とした光景ができあがっていた。


 そんな中、デリックが遠くからアルハードの名を叫びながら、此方に走ってきていた。


「おーい! アルの旦那ー! 村の入口に――」


 インスマスを訪れる人がいる際、毎回のようにデリックが自身のところへと走ってくる。そのことに、何故だろうと不思議に思うアルハードであった。

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