28-4 従者
ハスターにショゴス達を任せてから、約束の十日が経った。
アルハードは本当に十日でショゴス達を一流の従者にできるとは思っていないので、あれから十日経過したことに気付いていなかった。
インスマスの住民は、相変わらず疲れた顔をしつつも、自分達の仕事をこなしてくれる。
無理にでも休ませようか。アルハードはそんなことを考えつつ、今はクティーラとニコルと共に昼の軽食を摂っていた。
隙きあらばアルハードにくっついているシュブ=ニグラスは、今は畑にいるため、この場にはいなかった。
そんな感じで昼食を楽しんでいると、デリックが血相を変えて走ってきた。
「アルの旦那ぁ! なんかやべーやつらが村の入り口にいるぞー!」
やべー奴というのが抽象的すぎて、一体何のことだかわからなかったアルハード。しかし、すぐに攻め込んできたりしないのなら、やべー奴も常識くらいはあるのだろうか。
デリックはここまでずっと走ってきたのか、アルハードの前で止まると膝に手を付き、肩で息をしていた。
「やべー奴ってなんだよ」
「いや、とにかくやべーんだって!」
「ちょっと落ち着けって……どんな奴らなんだ?」
「あ、あぁ……ふぅー……いや、黄色いローブ着た奴が、大量の執事とメイドを引き連れて来たんだ」
黄色いローブと言われ、アルハードはピンときた。
おそらくハスターのことだろう。しかし、大量の執事とメイドとはどういうことだろうか? ショゴス達に見切りを付けて、人間でも攫ってきてしまったのだろうか。
何にせよ、行ってみないことには話にならない。
「黄色いローブの奴は知り合いだと思うけど……執事とメイドはわからないし、とりあえず行ってみるよ」
「おう、頼むぜ! 俺も行ったほうがいいか?」
「んー……多分大丈夫だと思うから、ご飯でも食べてて」
「おっしゃ、任せろ!」
そう言ってデリックは、軽食をもらうため教会前の広場へと向かっていった。
クティーラとニコルは興味があったのか、一緒について行きたいと申し出た。
ハスターがいるなら危険はないと思ったアルハードは、二人の申し出を了承し、三人で村の入口へと向かった。
村の入口に着いたアルハードがまず思ったことは、これは確かにやべー奴らだわ。であった。
そこには居たのは、総勢百名に渡る執事とメイドの集まりだった。
まるで軍隊の様に、ピシリと微動だにせず整列している様は壮観だ。
「お……おい、ハスター」
「アルハード様! あぁ、この十日間、貴方様に会えることを待ちわびておりました」
執事とメイド達から一歩前にいたハスターは、アルハードに声をかけられると、満面の笑みを浮かべた。
対するアルハードは、目の前の光景に顔を引き攣らせていた。
クティーラは執事とメイド達に興味津々なのか、何故か目を輝かせており、ニコルはどうしていいのかわからずオロオロしていた。
「説明してくれ」
「はい。十日間に及ぶ教育のかいあって、ショゴス達は一流と呼べる従者に仕立て上げることができました」
なんでもないことのようにハスターは述べる。
アルハードは、まさか十日程度で本当にそんなことが可能なのかと驚いていた。
確かにここに並ぶ者達は、皆優秀そうな従者の雰囲気を醸し出している。とはいえ、誰も彼もが無表情なのだが。
「これで、私がいかにアルハード様に仕える者として有用なのか示せるかと」
「ま、待て待て……ハリボテじゃないよな? ていうかこいつら本当にあのショゴスなのか?」
アルハードの言うハリボテとは、この場ではこうして優秀そうに見えるが、実際家事をやらせたら何もできないのではないかという懸念だ。
更にアルハードの知識では、人の姿になれるのはショゴス・ロードのみだ。ショゴスも姿は変えることができるが、サイズは変わらないというのがアルハードが知っていることだ。
だが目の前のいる執事やメイド達は、人間の成人した男女と相違ない姿形をしている。あの玉虫色の巨大な怪物だとは、とても思えなかった。
「なるほど……ハリボテという件については、彼らが優秀さを示し、私が有能だと証明してくれるでしょう」
「お、おう……見た目の件は? あと臭いもしないぞ」
「彼らは元々、主人と意思疎通をするために体の器官を形成することができます。ですので、それができるなら人の姿になることも可能かと思い、教育した結果です」
ハスターが教育という言葉を口にした瞬間、無表情だった執事やメイド達の内何人かの頬がピクリと引き攣っていた。
そんなことは気にせず、ハスターはアルハードにわかりやすいよう、丁寧な説明を続ける。
「人の姿にしたのは、我が主が人間なのでそれに合わせた形ですね。あの見た目ではインスマスの者達を怯えさせてしまう可能性もありましたので」
ハスターが言うには、アルハードが人間だから、ショゴス達も人間の姿にしたとのことだ。
簡単に言っているが、本来変形はできても、サイズは変えられないショゴス達だ。かなり無茶をしていることは用意に察することができる。
更に、なんとか人間の姿になれたとしても、その姿を保つことには魔力と集中力が必要である。
ショゴスの上位種であるショゴス・ロードですら、アルハードの掌握を食らった後は、原型を留めることができず水溜りとなったくらいである。
「臭いに関しては、インスマスの住民達も使っている、この世界の生活魔法である臭気抑制を覚えさせました」
「そ、そうか……ご、ご苦労だったな」
「そんな! 勿体なきお言葉です……いえ、まだ彼らの優秀さを披露できていませんね」
一瞬破顔しかけたハスターだったが、すぐに真面目な顔になり、振り返る。
「私がアルハード様に仕えるに値する存在か示すのは貴方達次第ですの……よろしくお願いしますよ」
ハスターがそう言った瞬間、執事とメイドに姿を変えているショゴス達は、畏まりました! と一糸乱れぬお辞儀をした。
それは命令を与えられたことに対するものではなく、恐怖心からのものだが。
百人が完璧なお辞儀を見せる様は、ある意味圧倒されてしまう。現にアルハードのみならず、クティーラやニコルも驚いていた。
「あぁ、アルハード様……一つ提案なのですが」
ショゴス達の一糸乱れぬお辞儀は当然のことのように、平然とした調子でハスターはアルハードにある提案をした。
それは元々アルハードが考えていたことだったので、提案という程のものではなかった。
「私はアルハード様にお仕えする身でありますので、ショゴス達のまとめ役はショゴス・ロードにさせようかと思いまして」
「あー……それで大丈夫なのか?」
ショゴス・ロードは自分に対してあまりいい感情を持っていないと思っている。打ち負かしたときのように、ショゴス達を唆して襲われないかという危惧がアルハードにはあった。
「問題ないでしょう。あの者は特に力を入れて教育したので……ショゴス・ロード、此方へ来なさい」
ハスターがショゴス・ロードを呼ぶと、ショゴス達の中から小柄なメイドが歩み寄ってきた。
ショゴス・ロードは確かに小柄だ。召喚した際にも、アルハードよりも背の低い、醜く太った人の姿をしていた。
人を見た目で判断するアルハードではないが、まさかあの見た目でメイド服を着ているのかと、戦々恐々としていた。
しかし、アルハードの前に現れたのは、どこをどう見ても女児にしか見えないメイドであった。
子どもがフリフリのメイド服に憧れて、着てみた感じである。可愛らしいという言葉がぴったりだ。
「え……お前がショゴス・ロードなのか?」
「はい、アルハード……様……これからよろしくお願いします」
そう言って目の前の女児。もといショゴス・ロードは、心底嫌そうに頭を下げたのだ。
お辞儀に合わせて、両サイドで縛ってある髪が揺れるが、何処と無く非常に不本意というのが体現されているかのようだった。
「ショゴス・ロードは元々人間に姿を変えられたのですが、あの様な醜い姿ではアルハード様に仕える者として相応しくないと思い、このような姿になるよう命じました。……ですが、元々身体の小さいショゴス・ロードでは、どうやってもこのようにちんちくりんになってしまいました……私の不徳の致すところです」
ハスターが何やら弁明しているが、そんなことはアルハードにとっては些事である。
アルハードとしては、中身はあのショゴス・ロードだとしても、このような小さな女の子の見た目をしている者を、果たしてメイドの様な扱いをしてもいいのだろうかと思っていたのだ。
思っていたのだが、あのショゴス・ロードだし、まぁいいかとすぐに切り替えた。
アルハードの考えを悟ったのか、ショゴス・ロードは恨みがましい視線をアルハードに向けてくる。
「ハスター様を従えるなんてずるい。……です」
「俺が従えって言った訳じゃないんだけどな」
「そうですよ。私がアルハード様に仕えることを望んだのです。しかし、貴様には早速再教育が必要なようですね」
そう言ってハスターは、ショゴス・ロードの小さな頭を鷲掴みにし、そのまま自身の目線の高さまで持ち上げ睨みつけた。
ハスターに持ち上げられたまま、必死に手足を動かしショゴス・ロードは弁明をする。
「い、いいいいいいえ! 私はハスター様にアルハード……様に誠心誠意おお仕えすると誓いました!」
「ほう……」
「ひぃっ」
「本人もそう言っているし、降ろしてやってくれよ」
「アルハード様はお優しいのですね……アルハード様に感謝なさい」
「はぃいいいいいいいいいいいい!」
ハスターはアルハードのことを優しいと言っていたが、ただ単にショゴス・ロードのことがいたたまれなくなっただけだ。
初めてハスターにあったときもガタガタと震えていたショゴス・ロードだったが、今はそれ以上にハスターを恐れているようだ。一体この十日で何があったのか、アルハードは想像することを止めた。
ショゴス・ロードが可哀想だったので、話を変えようとハスターにクティーラとニコルのことを紹介することにした。
二人とも先程から一言も言葉を発していないようだったので、丁度良い。
「ハスター、俺もこの二人のことを紹介しようと思うんだけどいいか?」
「これは失礼しました。このゴミの紹介よりも、まずはアルハード様のお連れの方について聞くべきでした」
小さな頭を鷲掴みにされていたゴミことショゴス・ロードは、そのままショゴス達の方へと投げ捨てられていた。が、誰にも受け止められること無く、地面と再会し、ふぎぁ! と潰れた声を上げていた。
「……えっとだな、こっちの青い子がクティーラ……知ってるかわからないけど、クトゥルフの娘だ」
「クトゥルフに娘がいることは承知していましたが、こうしてお会いするのは初めてです。クティーラ様、よろしくお願いします」
「く、クティーラです! よろしくお願いします」
ハスターのイケメンスマイルに対して、クティーラは何処か緊張した声音で返事をする。
出会った当初こそクティーラは人見知りする子だったが、インスマスでの生活でその人見知りは鳴りを潜めていた。しかし、ハスターを前にクティーラが緊張している様子に、アルハードは首を傾げた。
ロージーやジーン、シュブ=ニグラスともすぐに仲良くなっていたのに、どうしてかと思っていたが、その答えはすぐにわかった。
「あ、あの……失礼ですが、あのハスター様でしょうか……?」
「あの、と言うのが私の推測通りであれば、グレート・オールド・ワンに名を連ねているハスターです。しかし、今はアルハード様に仕える者です。ですので、クティーラ様も気兼ねなくしていただいて構いませんよ」
どうやら、神格であるハスターのこと知っていたため、緊張していたようだ。
とは言えハスターも、こうして気兼ねなくと言ってくれている。しかし、クティーラは恐縮している様子だ。この辺は慣れるしかないなと、アルハードは口を挟むことはしなかった。
意外と強かなクティーラだ。すぐに慣れるだろうと楽観視していた。
「で、こっちのインスマス面がニコルだ」
「ニコルです。よろしくお願いします」
ニコルはそれなりの教養があるため、すぐに頭を下げる。そして、ハスターのことも知らないため、特に物怖じすることもなかった。
「よろしくお願いします。いやはや、先に頭を下げられてしまうとは、私もまだまだですね」
そう言ってハスターは、ニコルにもイケメンスマイルを向けた。
ハスターの顔立ちはかなり整っている。街中を歩けば、すれ違う女性全てが振り返る程にはイケメンだ。
そんなイケメンスマイルを受けたニコルは、顔を赤くして照れているようだ。
表情や顔色が分かりづらいインスマス面にここまでさせるとは、なんて恐ろしい。やっぱり世の中、顔が良い方が良いのかと、アルハードは少しばかり不機嫌になる。
アルハードの顔もかなり整っている方なのだが、如何せん童顔である自分の顔がコンプレックスのアルハードだ。ハスターの様な大人の魅力がある訳ではないので、妬んでしまうのも仕方のないことだ。
「ふんっ、ほら、インスマスの皆にも紹介しなきゃだから、そろそろ行くぞ」
「か、畏まりました」
やや不機嫌そうな雰囲気を醸すアルハードに、ハスターは何か気に触ることをしてしまったのかと、オロオロしつつも、ショゴスを率いてアルハードについて行く。
完全にアルハードの妬みであり、八つ当たりだ。
自らの後を付いてくるハスターから、焦っている雰囲気を感じたアルハードは、大人気なかったと反省するのだった。
「ところで、こんなに大量の執事服とかメイド服なんて、何処から調達してきたんだ?」
「あれは本物の服ではありません」
「どういうこと?」
「あれはショゴスの体の一部を、ああして服に見立てて変形させているだけです」
「あぁ……そういうことね」
という事は、一見服を着ているように見えるが、ショゴス達は皆裸なのか。
アルハードはなんとも言えない気分を抱えたまま、インスマスの教会へ歩みを進めた。
読んでくださってありがとうございます。
書いている最中、ニコルかニコラかどっちだったっけ? となって見返してみたところ、混ざっていたので修正しました。
正しくはニコルです。