27-2 村の大改造
「なんじゃこりぁああああああああああああああああ!」
アルハードの絶叫が、目の前に広がる森に木霊した。
そう、森だ。アルハードの眼前にはこの枯れた大地に似つかわしくない、存在するはずの無い森が広がっている。
生い茂る草木は、枯れた大地の南側に広がる大森林。ユピの森を彷彿とさせる。
何故こんなことになっているのか? そう思ったアルハードだったが、その原因とも呼べる豊穣の女神が目の前にいるのだ。
「お、おい……これシュブ=ニグラスがやったんだよな……?」
こんな芸当ができる者は一人しかいない。わかってはいるが、一応確認をとる。
アルハードの絶叫で妄想から我に返っていたシュブ=ニグラスは、目の上に片手を当て森を眺めていた。
「あら、ちょっとやり過ぎちゃったみたいね」
シュブ=ニグラスはというと、森を一つ作り上げたとは思えないほど、あっけらかんとしていた。シュブ=ニグラスにとって、森一つ作り出すことなど造作もないことなのだろう。
そして大地に突き刺していた細い触手を戻すと、これどうしようっか? とアルハードに聞いてきた。
「どうするって?」
「だって、アルが欲しかったのは畑なんでしょ? これどう見ても森よ」
「森だな」
「でしょ? 私は大地に恵みを与えることもできるし、枯らすこともできるから、一旦この草木を枯らしてから畑を作りましょうか?」
なるほどとアルハードは思った。
これだけのことができるのだ。その逆も当然のようにシュブ=ニグラスはできる。
とは言え、意図せずこれだけの森ができあがったのだ。これを枯らすなどということは勿体無い。
なんとか有効活用することはできないものか。腕を組みアルハードが悩んでいると、インスマス面が声をかけてきた。
「アル、確かイアンのやつが建材が足りないとか言ってたけどよ、これだけ大量の木があるんだ、枯らすくらいならあいつにあげられねぇか?」
そう言えばイアンが建材が足りなくて、建築が進まないと言っていた。
インスマスでは木材が取れないため、粘土が主な建材だ。常に不足がちで、イアンもやりくりに困っていた。
この木を建材に使う。これは妙案だろう。
イアンに木造建築の知識があるかは知らないが、これだけ大量にあるのだ。失敗してもそこから学んで、次に活かすことはできる。
インスマス面が、一度アルハードに問いかけてきたのは、これを生み出したのがシュブ=ニグラスだからであった。
インスマス面にとって崇拝すべき神はクトゥルフだ。しかし、この枯れた大地に森を作り出すという神の御業を目の当たりにし、シュブ=ニグラスの凄さを知った。
それ故に勝手に木を使うなどあってはならない。そう思ったのだろう。
今この場にいるインスマス面達は、シュブ=ニグラスに対する認識を改めただろう。
それでもやはり、アルハードの事が大好きな神様。という印象はそのままのようだったが。
「シュブ=ニグラス、この森はこのままにしてもらって、木を建材に使うために切ってもいいか?」
「いいわよ。というか、ここら一帯は大地の力がかなり強力になってるから、手入れしてないとジャングルみたいになっちゃうわ」
シュブ=ニグラスは意外なほどあっさりとしていた。
木を使ってもいいという言葉に、アルハードはインスマス面共々喜びの声を上げる。
しかし、その後のジャングルみたいになるという言葉に不安を露わにした。
不安になるのも無理ないだろう。あの短い時間だけでこれ程の森ができあがったのだ。
「そんなにやばいのか?」
「? まぁ木の成長スピードは自然に成長するよりもずっと早いからね。放っておくとインスマスが漁村じゃなくなるわよ」
「そんなにかよ!?」
このまま放っておくと、インスマスが森に覆われるらしいことをシュブ=ニグラスは言っている。
その言葉にインスマス面達もざわざわし出した。
「ちゃんと手入れすれば大丈夫よ。育った端から木を切ればいいんじゃない? 運ぶのはムーン=ビーストがいるでしょ?」
確かにムーン=ビーストがいれば運ぶのは苦労しない。それ程までにムーン=ビーストの膂力は頼りになる。
という訳で、アルハードはすぐさま指示を出した。
「誰かイアンにこの事を伝えに言ってくれ。ここにある木はいくらでも使っていいって。というかどんどん切ってくれって」
これは農業部隊の他にも、林業部隊も必要になるなとアルハードは思う。
これで建材不足は一気に解消されるだろう。それに、木材の用途は多肢に渡る。この森がインスマスの発展を大きく推し進めるだろう。
アルハードの言葉を受けて、一人のインスマス面が村へと走る。
アルハード達はそのインスマス面を見送ってから、場所を移して新たに畑を作ることにした。
「ここら辺でいいかな」
「どこでもいいわよ」
「じゃあここで」
「りょーかい。どのくらいの広さにするの?」
「広さか……うーん」
アルハードには、インスマスの住民全員に作物が行き渡る為の農業の知識はない。
畑はどれくらいの広さにするだとか。何をどれだけ作るとかだ。
一緒にいるインスマス面に聞いても、彼らもそんな知識はないらしく、答えられる者はいなかった。
「シュブ=ニグラスもわからないよな?」
「わからないわ!」
「なんで自信満々なんだよ……まぁいっか、シュブ=ニグラスのさじ加減に任せるよ」
「わかったわ」
そう言ってシュブ=ニグラスは、先程と同じ様に細い触手を大地に突き刺す。
先程の二の舞いにならないよう、アルハードも余計なことを口走ることは控えた。
心なしかシュブ=ニグラスも真剣そうな雰囲気を漂わせていた。
「このくらい……もうちょっとかしら……」
すでに大地には雑草が伸び伸びしている。
シュブ=ニグラスは畑を作る為に必要な恵みがわかっていないようで、意外と手探り状態だった。
今まで畑を作りたいから力を貸してくれなどと言ってくる者はいなかったのだろう。
「ええい! サービスよ!」
意外と細かい作業が苦手なのだろうか、それとも元の性格が大雑把なのか、痺れを切らしたシュブ=ニグラスは大きく叫んだ。
最後に大きく触手達が波打ち、恵みを注ぐ作業は終わった。
一面に生えた雑草が、最後に大量に注がれた恵みに歓喜を現すかのように、大きく揺れた。
「こんなものね!」
「お、おう」
腰に手を当て、やりきったという自信満々の顔のシュブ=ニグラスとは対象的に、アルハードやインスマス面の顔は若干引きつっていた。
彼らの思いは一つだろう。
――まずはこの草むしりからか……!
眼前に広がるのは、どこまでも見渡せそうな雑草の海である。
このままでは、種を蒔くスペースすらなさそうだ。
「どう? たぶんこれでいいと思うわ」
「おう、凄いな」
「本当!? じゃあ早速子作りしましょ!」
「待て待て待て、子作りより先にこの草むしりしないとだぞ」
「えー」
「えーじゃない」
駄々っ子のように口を尖らせるシュブ=ニグラスだったが、アルハードに制されて渋々大人しくしていた。
アルハードとしては、先程ナルから教えてもらった、シュブ=ニグラスは男も孕ませられるという言葉にビクついている。
なるべくシュブ=ニグラスの機嫌を損ねないようにしようとする反面、それでも今優先すべきことは子作りではなく、インスマスを発展させることだと思っていた。
「さてと、皆、今日からは暫く草むしりだな!」
とてもじゃないが、一日二日で終わる広さではない。
しかし、これまでの先が全く見えない状態ではないため、インスマス面達もモチベーションは高かった。
皆も口々に、これで野菜が食べられる。だとか、パンを腹いっぱい食べたい。などと、今後の食糧事情の改善に心躍らせていた。
「草むしりをして、肥料を蒔いて――」
「あら、肥料なんていらないわよ?」
「え? そうなの?」
「草は勝手に生えてきちゃうから処理しないといけないけど、肥料なんて無くったって育つわよ」
肥料など必要ない。それ程までにシュブ=ニグラスが大地に与えた恵みは強力なようだ。
豊穣の女神と呼ばれるだけはある。邪神の力は伊達ではなかった。
「凄いな……」
「でしょ?」
そう言ってニッコリ笑ったシュブ=ニグラスは、女神という名の通り、とても眩しかった。
ジーンの力で水脈を見つけ出し、水源を確保。
村中に建設されている井戸から、インスマスでの水不足は解消された。
今までは数少ない水の魔石でなんとかしてきたが、これからは水の心配はいらない。
深きものは海の中で生活するため、あまり必要なかったが、インスマス面はそうもいかない。他にもムーン=ビースト達もいるのだ。
ジーンがインスマスに及ぼしてくれた影響は大きいだろう。
次いで、シュブ=ニグラスの力で広大な森と耕作地を確保。
シュブ=ニグラスのうっかりでできてしまった森だが、これはそのまま残し、活かすことにした。
この森は普通の森とは成長スピードが圧倒的に違う。長い年月を得て成長する木だが、この森でその理は通じない。
異常なまでの成長スピードを誇るこの森の木々は、切っても切っても次から次へと生えてきては成長する。
とはいえ木の用途は様々だ。
特に建材が不足していたため滞っていた建築が一気に進む。
更には家具などの新調もできる。
これまでは使い古してガタが来ているものや、壊れてしまった物を無理やり使っていた。
そんな不便な生活ともおさらばできるのだ。
燃料としても期待できる。
ふんだんな木材は、インスマスでの生活をより快適にしてくれるだろう。
広大な耕作地もそうだ。
シュブ=ニグラスの恵みを注がれた大地は、肥料などなくとも作物が育つ。
草むしりはしなくてはならないのが若干ネックではあるが、この枯れた大地で農業が可能になったのだ、文句を口にする者はいない。
水、木、作物。
これまでインスマスに不足していたものが、一気に解消された。
確実にインスマスは発展している。その事を住民も肌で感じ、実感を持てていることだろう。
しかしアルハードはまだ満足はしていない。
クレイアデスの王都に比べれば、インスマスはまだまだ発展の余地が山ほどある。
その為に今後必要なもの。それは知識と技術を有した者達だろう。
ロージーを始めとする、元暗殺者達のスカウトが連れ帰ってくれるであろう者達。
彼らの帰還が待ち遠しい。
そう思いながら、数多の触手を駆使し、アルハードは草むしりをしている。




