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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
47/60

27-1 村の大改造

 ★☆★☆★


 シュブ=ニグラスの紹介は、クトゥルフが戻ってきたときのような熱狂はなく、以外にもあっさりと終わった。


 ただし、シュブ=ニグラスがインスマスの皆の前に現れた時、野郎どもが歓喜の声を上げていた。


 確かに人の姿のシュブ=ニグラスは、誰もが目を見張る程綺麗である。


 シュブ=ニグラスは邪神ではあるが、彼女を知らないインスマス面と深きものは、知らない故に恐れ慄くことも、跪くこともなかった。


 ムーン=ビースト達は知っているのか、驚きを隠せていない様子だ。しかし、悪い意味の驚きを隠せていないではなく、何故か此方も歓喜していた。


 クトゥルフの復活の時といい、ムーン=ビースト達は邪神を歓迎している。その理由がアルハードにはわからなかったが、変にギクシャクするよりはいいだろう。


 ただし、シュブ=ニグラスが、アルの妻シュブ=ニグラスよ! と高らかに宣言しながら、アルハードに抱きついた時は野郎どもが皆色めきだっていた。


 特にデリックは本気で悔しがっており、涙を流しながら、チクショウ……なんでアルばっかり……! と拳を握りしめていた。


 それとは別に、一部女性陣から剣呑な雰囲気が漂っていたが、その理由をアルハードが思い至ることはなかった。


 その後シュブ=ニグラスがインスマスに来てくれたことで、これからは農業も可能になった旨を伝えた。その際、農業に従事したい者を集った。


 立候補した者の殆どがインスマス面だ。


 インスマス面は深きもの程泳ぎが達者ではなく、ムーン=ビースト程の戦闘力も膂力もない。その為、農業という新たな仕事に飛びついた。


 これにはアルハードもある程度予想していたため、農業は基本的にシュブ=ニグラスを中心とし、インスマス面達に任せることにした。


 その後は宴会だ。いつもの如く魚と肉のみの。


 宴会と銘打ってはいるが、実際は酒も何もない。流石にシュブ=ニグラスが、魚と肉しかないじゃない! と文句を言っていた。


 アルハードは苦笑いしつつも、でもシュブ=ニグラスが来てくれたお陰で、これからは野菜もパンも食べられるようになるから、よろしくな。と言ったところ、ケロッと機嫌が良くなっていた。


 たった一日だけで、シュブ=ニグラスはアルハードにぞっこんなのだと村人全員が認識することは容易だった。何故なら宴会の最中、終始シュブ=ニグラスはアルハードにべったりだったからだ。


 そんなこんなで宴会明けの翌日、アルハードはシュブ=ニグラス、インスマス面達と村の一角に来ていた。


「一応ここが畑なんだけど……まぁ見ての通りほぼ全滅状態だ」


 アルハード達がいるのは、インスマスの外れにある畑と呼べなくもない場所だ。


 枯れた大地で作物は育たないとはいえ、それでもと試行錯誤しながら耕し、種を埋めた場所である。


 しかし、その殆どが芽を出すこともなく、出たとしてもすぐに枯れてしまっていた。


 酷い有様の畑に、アルハードやインスマス面達は苦い表情を浮かべている。


「あーこれは酷いわねぇ」


「これでも頑張ったんだけどな、専門的な知識もないし、もうお手上げって感じだよ」


「アル、勘違いしてるみたいだけど、私が酷いって言ったのは大地そのものよ」


 大地そのもの。その言葉の意味が掴めないアルハードは首を傾げる。


「この大地は死ぬ寸前よ、まぁ私が来たからには息を吹き返すわ」


 だから褒めて褒めて、子作りしましょう! と擦り寄ってくるシュブ=ニグラスを、アルハードは一先ず制する。


 インスマス面達は、すでにこのやり取りを昨晩の宴会で散々見せつけられていた。その為皆シラーッとした目でアルハード達を見ていた。


 一部嫉妬の炎をその瞳に宿している者達もいたが。


「本当にいけずねぇ……とりあえずここら一体に恵みを与えればいいのね?」


「そうだけど、そんな簡単にできることなのか?」


 邪神であるシュブ=ニグラスの力を疑っている訳ではないが、あの手この手を尽くしてもどうにもならなかったのだ。アルハードを始め、インスマス面達も不安そうであった。


 しかし、シュブ=ニグラスは何の心配もいらないとばかりに胸を張る。


「伊達に豊穣の女神だなんて言われていないわよ。それに、ほら」


 そう言って自らの足元を指差すシュブ=ニグラス。それにつられてアルハードやインスマス面も、視線をシュブ=ニグラスの足元へと向ける。


「え!?」


 驚きの声を上げたのはアルハードだけではなかった。インスマス面の面々も各々驚きが隠せないようだ。


 無理もないだろう。シュブ=ニグラスの足元からは、この枯れた大地にはなかった草が生えているのだ。


 背丈はそれ程なく、ただの雑草であったが、それはとても力強く見えた。


「ね? 私がいるだけでも大地には恵みを与えることができるの」


 アルハード達の様子にご満悦なのだろう。シュブ=ニグラスは得意気に笑みを浮かべた。


「――凄い! 凄いなシュブ=ニグラス!」


 アルハードはインスマスに来てからというもの、ついぞ草など見ることがなかった。その為、シュブ=ニグラスがそこにいるというだけで、この荒廃した地に芽吹くなどということを目の当たりにし、興奮が抑えられないようだ。


 尊敬の眼差しをシュブ=ニグラスに向け、手放しで喜ぶ姿は、アルハードの容姿も伴いまるで子どものようだ。


 アルハードに凄いと言われたシュブ=ニグラスは身体をくねらせる。


「あ、アル、そんなキラッキラな目で見つめられて褒められると、私疼いちゃうわ」


 どこまでもブレないシュブ=ニグラスに、アルハードはゴホンと咳払いを一つした。


「いや、でも本当に凄いな……シュブ=ニグラスを呼んでよかったよ」


「私も呼んでくれた人がアルでよかった! それじゃあちょっと一肌脱いじゃおうかしら……あ、アルが望むのなら私はいつでも脱ぐ準備はできてるわよ! それとも着たままがいいっていうならこのままでも――」


「いやーシュブ=ニグラスの豊穣の女神姿が見たいなー! なぁ皆!」


 このままでは本当にシュブ=ニグラスが脱ぎかねない勢いだったので、アルハードはわざとらしく声を張り上げた。更にインスマス面達も巻き込むことで、なんとかシュブ=ニグラスを止めようとする。


 シュブ=ニグラスは、あらそう? と言って、一応引き下がってくれたので、アルハードはホッと息を吐く。


「じゃあいくわね……んっ」


 一瞬シュブ=ニグラスが色っぽい声を出したかと思ったら、シュブ=ニグラスの肩から一対の巨大な触手が飛び出した。


 いや、一対かのように見えた触手は、細い触手が幾つも重なり合っていた。


 細い触手はバラけ、次々と大地へ突き刺さる。


「え……」


 シュブ=ニグラスの突然の行動に、アルハードからマヌケな声が出る。インスマス面達も呆気にとられている様子だ。


「これはね、大地に直接、私の豊穣パワーを注いでいるのよ。他にもやりようはあるんだけど、こうして直に注ぎ込んだ方が効率がいいの」


 肩から幾つもの細い触手をうねうねさせながら、シュブ=ニグラスは此方に振り返り説明してくれる。


 直に注ぎ込んでいるという言葉通り、細い触手は時折波打っていた。


「ふふっ、本当は私自身がアルに色々注いで貰いたいんだけどね。いやん」


「ブレないなほんと」


「そういえば、アルは別としても、インスマス面達は怖がったり気味悪がったりしないのね? 自分で言うのも何だけど、今の私結構グロテスクだと思うけど」


 不思議そうな顔をしているシュブ=ニグラスに、インスマス面達は各々言葉を述べる。が、そのどれもが当然だよな? といった内容である。


「まぁ、触手はアルで見慣れてっからな」


「そうね、アル君がよく出してるもの」


「今更驚きはしませんね」


「お前達なぁ……まぁその通りだけど」


 アルハードとインスマス面お互い納得し合っているようだが、インスマスに来てまだ一日しか経っていないシュブ=ニグラスは訳が分からない様だ。


 そんなシュブ=ニグラスに、アルハードは見ればわかるとばかりに、その手から触手を伸ばす。


「俺も触手くらい出せるし、こいつらも見慣れてるから今更って感じだよ」


 アルハードの手の上で、幾つかの触手がうねっていた。


 その触手を見たシュブ=ニグラスは、再び暴走を始めてしまった。


「うそっ、アルってそんなこともできるの!? 凄い、凄いわ! まさかアルが触手プレイも可能だったなんて……! あぁ、その触手であんなことやこんなことをしてくれるなんて、疼く、疼くわ! 私のお腹が歓喜の声を上げてる!」


 流石に触手プレイを希望していると大声で垂れ流すシュブ=ニグラスに、インスマス面の面々は引いていた。


 しかし、そんなインスマス面などお構いなしに、シュブ=ニグラスは妄想を炸裂させていく。


 身体をくねらせ、アルとこんなことをしたいとブツブツ言っている。


 そんなシュブ=ニグラスに呼応するかのように、シュブ=ニグラスから伸びる細い触手もより一層波打っていた。


(な、なぁ……シュブ=ニグラスって昔からこんなんなのか?)


(昔から淫蕩であることには変わりありませんけど、こんなにくねくねしているシュブ=ニグラスを見るのは初めてですね)


(昔から淫蕩って?)


(シュブ=ニグラスは様々な神との間に子をなしていますからね)


(あぁ、そうなんだ)


 ナルからシュブ=ニグラスの事を聞いたアルハードは、小さくため息をついた。


 シュブ=ニグラスの子どもを作りたいというのは昔からのことらしく、今に始まったことでは無いという。


 アルハードとて男だ、そういう事に興味が無いわけではないが、まだ自分には早いかなとも思っていた。


 アルハードの歳ならば成人として扱われるが、まだまだ村長なりたての身、親になる自信はない。


 シュブ=ニグラスはとても綺麗だし、こうグイグイ好意を見せつけてくれることは嬉しいというのも事実だ。


 ところが、シュブ=ニグラスは超が付くほど経験豊富なお姉さんであることを知り、何処と無く複雑な気持ちになったことも事実であった。


(アルは初ですねぇ)


(は? 違いますし!)


(まぁ、あまり拒み過ぎないようにした方が身のためですよ)


(どういうこと?)


(シュブ=ニグラスは女神としての一面が強いですが、彼女には男神としての一面もあります)


(え……?)


(つまり、彼女は男としても子を作ることが可能なのですよ)


 ナルの不穏な発言に、アルハードの思考は一瞬固まるが、すぐに回復する。


(なんだ、そういうことか。俺は男だから子どもなんて産めないし、関係ないだろ)


(神格である彼女が、たかが人間の男を孕ませられないとでも?)


(……嘘……だよな?)


(アルが子どもを産むというのも面白そうではありますけどねぇ、父親になる前に母親になってしまいますね)


(おぃいいいいいいい! 嘘だよな!? 嘘だと言ってくれぇええええええええ!)


(ふふふっ)


 アルハードを不安にさせるだけさせておいて、ナルはそれ以上何も言う気は無いようだった。


 男である自分が孕ませられる? そんな馬鹿な……。


 いくらなんでも男と女という理を無視して、そんなことできる訳がない。そう思い込もうとしたが、相手は何でもありの邪神だ。


 得も言われぬ恐怖感が湧き上がって来たアルハードは、目の前が真っ白になりそうだった。


 そんなアルハードの意識を現実に引き戻したのは、インスマス面達のどよめきだった。


「おいおい……嘘だろ!?」


「そんな、こんなことって……」


「これが神の力……」


 超常の現象を目の当たりにしたインスマス面達。誰もが驚愕からか声が震えている。


 我に返ったアルハードは、眼前に広がる光景に絶叫した。


「なんじゃこりぁああああああああああああああああ!」

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