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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
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26-4 豊穣の女神

『シュブ=ニグラス』がうめき声のようなものを上げて何処かへ行ってしまった。


 アルハードはどうしようかとオロオロしていたが、クトゥルフは何か知っているようで、さっさとインスマスへと戻ってしまった。


 ナルに聞いてみても、面白くなりそうで何よりです。と訳知りなセリフを言うだけであった。


 二人とも何か納得している様子であったが、何もわからないアルハードは何の成果もないまま、渋々インスマスへと戻るのであった。



★☆★☆★




 インスマスではクティーラとジーンが出迎えてくれた。


『シュブ=ニグラス』を召喚することは、クトゥルフを除けばクティーラとジーン、ダゴンとハイドラにしか言っていない。


 インスマス面や深きもの達は『シュブ=ニグラス』に縁もゆかりもないからな。ムーン=ビーストは知らないが、忙しく働いていたので話していない。


 ダゴンとハイドラは漁に出ているらしく、二人を出迎えてくれたのはクティーラとジーンだけである。


『シュブ=ニグラス』の召喚自体は成功したが、協力してくれることを確約する前に何処かに行ってしまった。


 綺麗だとか言ったのがいけなかったのだろうか……。


 これでインスマスの発展に繋がると思っていただけに、成果が出なかった今、足が中々前に進まない。


 うじうじしている場合ではないことはわかる。次の手を考えなくてはいけないこともわかる。


 内心であーだこーだ唸ってる俺に、クティーラが声をかけてきてくれた。


「アル君、どうでした? お怪我はありませんか?」


『シュブ=ニグラス』が一緒に居ないことに、察しているだろう。それでも気遣ってくれているクティーラはやっぱり優しい子だなぁ。


「怪我はないよ、大丈夫」


 そんなやり取りをしている傍ら、ジーンもクトゥルフに声をかけている。


「お疲れ様ですクトゥルフ様。ご無事なようで何よりです」


「あぁ、特に荒事にはならなかった」


「そうですか……見たところ『シュブ=ニグラス』様の協力を取り付けることはできなかったのでしょうか?」


 ジーンは結構ズバズバと言ってくる。その一言がグサッと刺さる。


 もうちょっとクティーラを見習って、気遣って欲しいと思うのは俺のエゴだろうか。エゴだろうな。


 ジーンの言葉に落ち込んでいると、クトゥルフはそんなことはないと言っていた。


「恐らく問題ないだろう」


「いやいや、『シュブ=ニグラス』帰っちゃったじゃないか」


「アレは照れていただけであろう」


 は? と間抜けな声が出た。クティーラとジーンも訳がわからないと表情に出ている。


 訳がわからないのは俺の方だ。当事者なのに、クトゥルフの言っていることの意味がわからない。


「中々愉快であったぞ、アルがいきなりあやつのことを綺麗だとか、見惚れていたなどと口説き始めたのだからな」


「待て待て待て待て、俺は口説いてなんかいないぞ!?」


 確かに綺麗だとか、見惚れていたとは言った。けれどそれがイコールで口説いていたとはならないだろう? ならないよな?


 一人だけ先程のやり取りを思い出し、愉快そうにしているクトゥルフ。


 対するクティーラとジーンは余計訳がわからなくなったようで、ちゃんと説明をしろと視線が言っていた。


 俺だってわからない。俺が口説いていたとか、『シュブ=ニグラス』が照れていたとか言われても。


「私は恋愛事には疎いが、初対面でいきなり綺麗だの見惚れていただの言うのは、口説いていると言わないのか?」


「アル君……」


「アル、お前のようなやつのことをスケコマシと言うそうだ」


 クティーラとジーンから非難するような視線が突き刺さる。お前は一体、邪神を召喚しに行ったのに何をしているんだと。


 ちょっと待って欲しい。いや、待って下さい。俺にも言い分があるんです。聞いて下さい。


 というかジーンのスケコマシ発言は結構酷いと思う。俺はそこまで軟派な野郎ではない。


「口説いてない! ないったらない!」


 結局冤罪だという証明をするものがないので、強く否定するだけしかできなかった。


「そういえば、私アル君と初めてあった時、臭いって言われました」


「アル……お前……」


「貴様、そんなことを言ったのか?」


 クティーラがポンと爆弾を投下してきました。


 ジーンからはゴミを見るような目で、クトゥルフは怒気を孕ませた目で見られる。


「く、クティーラさん? 確かに言いましたけど、あれは間違いだって誠心誠意謝ったはずです」


「そうですけど、私の時は臭いって言ってたのに、『シュブ=ニグラス』様には綺麗って言ったんですよね?」


 ね? とニコニコしているクティーラだったが、目が笑っていない。


 そんなクティーラの剣幕に、寒くもないのに身体が震えてくる。


 目の前には恐怖の笑顔のクティーラ。


 左はゴミを見る目のジーン。


 右には怒っているクトゥルフ。


 くっ、これが四面楚歌というやつか。いや、背後が空いてるから四面楚歌ではないな。


 一歩後ずさった瞬間、後ろから衝撃が襲った。


「アルー!」


 衝撃の後、そいつは俺に抱きついてきた。頭を抱きかかえ、もう離さないとばかりに。


 後頭部に柔らかなたわわがギュウギュウと押し付けられる。


 突然のことにパニックになる。一体何が起こってる!?


「あぁ! アル! アルの匂い! やっと触れることができる!」


 俺の頭の上で、鼻息荒く俺の匂いをクンカクンカしているこいつは一体誰だ!?


 クティーラとジーンも呆気に取られており、先程のことなどすっかり頭から飛んでいるようだった。


 クトゥルフだけはこの状況が理解できているのだろう、笑っている。というか笑ってないで説明をしてくれ!


「あ、あの……あなたが『シュブ=ニグラス』様ですか?」


 おずおずと言った感じでクティーラが俺に抱きついてるやつに話しかける。


 後ろから抱きつかれ、たわわを押し付けられてる俺からは、抱きついているやつの姿が見えない。


『シュブ=ニグラス』といえば、あの黒い雲の塊みたいなやつだったはずだ。しかし、今俺に抱きついているのは間違いなく人間の形をしているだろう。


「そうよ? 私は『シュブ=ニグラス』――『豊穣の女神』だとか『千匹の仔を孕みし山羊』とか色々言われてるけど、今は『アルハードの妻シュブ=ニグラス』よ!」


 俺を抱きかかえたまま、自信満々に胸を張りそう宣言された。


 というか本当にこいつがあの『シュブ=ニグラス』なのか!? あの自分を醜いって卑下していたやつと同一人物なのか? キャラ代わりすぎだろ!?


 てかアルハードの妻ってなんだよ!?


 もう処理速度が追いつきません。


 クトゥルフは更に笑い声を上げ、クティーラとジーンはやはり呆気に取られている。


 ひとしきりクトゥルフは笑った後、俺たち三人が困りきっていることに気付き、助け舟を出してくれた。


「遅かったではないか」


「ん? あぁ、人の姿になるのなんて久しぶりだったから、ちょっと時間がかかっちゃったのよ……あんた、もしかしなくてもクトゥルフよね?」


『シュブ=ニグラス』はあの場に一緒にいたのがクトゥルフだと気付いていたようだ。


「如何にも。久しいな」


「そりゃあんたはずっと寝てたからね」


「はははっ、そこのアルに助けられたのだ」


「さっすがアル! 私の夫!」


 この会話の間、『シュブ=ニグラス』はずっと俺を抱きかかえたままである。離すつもりは毛頭ないようだ。


 身長差があるため、本当に包み込まれている。くそっ、低身長が忌々しい。


「俺はお前の夫になった覚えはないんだけど」


「あら、これからなるのよ」


「なんでそうなる!?」


「アルが私の事を口説き落としたからよ!」


「いや口説いてないから!」


 ダメだ。このままでは平行線だ。クティーラとジーンの呆れた視線が痛すぎる。


 クトゥルフは何故か『シュブ=ニグラス』召喚を渋っていたのに、今はフレンドリーに話しをしている。


「あれ? そういえばクトゥルフ、『シュブ=ニグラス』の召喚には反対じゃなかったっけ?」


「反対はしておらん。それに気に入られたのがアルだったからな、そうなればインスマスにとって『シュブ=ニグラス』は利益にしかならん」


「つまりどういうことだ?」


「私がこやつに気に入られなければなんでもよいということだ」


 つまり自分が『シュブ=ニグラス』に気に入られなければいいということだった。


 たしかにこの状況からして、『シュブ=ニグラス』に気に入られているのは俺だろう。自惚れとかではなく、こうして抱きしめられているのだから。


 でも、それの何がいけないのだろうか? 気に入られるのならそれはそれでいいと思う。


「誰があんたみたいなクソジジイ好きになるのよ」


「はっはっはっぬかしおる」


 売り言葉に買い言葉。二人の間に剣呑な空気が生まれる。


 待て、やめろ! 今争えば二人の間にいる俺に確実に被害が出るだろ!


「――って違う違う! 私はクトゥルフの相手をしに来たんじゃなかったわ」


「であろうな」


「そうそう! さぁアル、私と子作りしましょう! その為に人の姿になったんだから!」


 高らかに宣言する『シュブ=ニグラス』に、俺は彼女が何を言っているのかすぐに理解できなかった。


 子作り? ……子作り!?


 いきなり何を言っているのだろうか? クティーラとジーンもびっくりしているじゃないか。


 って、そうじゃない!


「いやいやいや! 意味わかんないから!」


「夫婦は子作りをするものよ? 私たくさん産めるわ!」


「そうじゃない! そもそも俺達は夫婦でもなんでもない!」


「子作りが先か、結婚が先かの違いじゃない。そんなものは些細な事よ」


「だからちがーう! そうじゃない!」


 まったく会話が噛み合っていない。


 クトゥルフが愉快そうに笑っているのが忌々しい。こいつこうなることがわかっていたな?


『シュブ=ニグラス』を振り払おうとするも、その細腕の何処にそんな力があるのだろう、まるで意に介していないようだった。


 いきなり抱きついて来ての子作り宣言をするようなやつだが、こんなんでも邪神ということだろう。俺では到底太刀打ちできそうにない。


 ここは抱きつかれていることは諦めて、召喚した理由を真摯に話そう。そうすれば『シュブ=ニグラス』もわかってくれるだろう。


「あのな、『シュブ=ニグラス』……お前を呼び出したのはインスマスを豊かにしてもらいたいからなんだよ」


「言ってたわね。確かにここら一体は酷い有様だけど、私ならなんとでもできるわ」


「おう、頼めるか?」


「アルのお願いならなんでも叶えてあげるわ! だから子作りをしましょう!」


 あっさりと了承を得てしまった。そして子作りからは一旦離れて欲しい。


 とはいえ、『シュブ=ニグラス』が協力的でよかった。


「ありがとうな、でも子作りはしないぞ?」


「あぁん、アルのいけず……でも放置プレイってことね! 私そういうのもゾクゾクしちゃう!」


 だめだこいつに勝てる気がしない。


 クティーラとジーンも呆れており、最早口を挟む気はないようだ。


「……とりあえず村に戻ろうぜ……『シュブ=ニグラス』のこと皆にも紹介しないといけないし」


 どっと疲れた……。とりあえず、あのあんまり美味しくない海藻茶でも飲んで一息つきたい。


 俺の意見には皆同意だったらしく、インスマスへと戻る。『シュブ=ニグラス』もやっと俺のことを開放してくれた。


 振り返り、『シュブ=ニグラス』の姿を初めて目にする。


 どこまでも黒々として、いっそ輝いて見える黒髪は腰の下まで伸びてる。瞳も黒。吸い込まれそうな黒。整った顔立ち、文句の付け所がないプロポーション。正に女神という名に相応しい姿だ。


 あぁ、やっぱりな。


「やっぱり『シュブ=ニグラス』の黒は綺麗だよ」


 俺がそう口にすると、『シュブ=ニグラス』はんふーと笑顔になった。


『シュブ=ニグラス』が俺の手を取り、よろしくね! と嬉しそうな声を上げた。


「あぁ、よろしくな」


 インスマスに新しい仲間が増えました。

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