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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
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26-2 豊穣の女神

 日も暮れた頃、アルハードはアル・アジフとにらめっこをしていた。


 ナルもクトゥルフも、大地に恵みをもたらしてくれる神話生物のことを知っていそうな感じだったが、二人とも教えてくれなかった。その為仕方なく難解なアル・アジフを脳内で広げている。


 二人の反応はそれぞれ違っており、ナルはいつも通りもったいぶって教えてくれない。クトゥルフはナルトは違い、どこか言いにくそうな雰囲気であったが。


 アル・アジフは非常に分厚い魔導書であり、最早鈍器として武器にすら成る程だ。しかしクレイアデスでの研究所爆破事件から、アル・アジフはアルハードの脳内に存在するようになったため、荷物になるようなことはなかった。


 クティーラが向かいに座って海藻茶を飲んでいるのを尻目に、アルハードはアル・アジフを斜め読みしていく。


 膨大なページ数を誇るアル・アジフだ。いくら斜め読みとはいえ、そうそう目的の項目は目に付かない。


 これは数日がかりになりそうだと、一息つくためにアル・アジフを視線を話した時、何者かがドアをノックした。


 アルハードの代わりにクティーラが出迎えに行った。


「ジーンさん、こんばんは」


「あぁ、ちょっとアルに話があって」


「アル君なら難しい顔してアル・アジフを読んでますよ」


「アル・アジフ?」


「とりあえず上がって下さい。海藻茶でいいですか?」


「お邪魔する」


 どうやら訪ねてきた者はジーンのようだ。


 クティーラに促され席に着く。クティーラはジーンの分の海藻茶を準備しに行った。


「こんな時間にすまない……アル・アジフとやらを読んでるとクティーラが言ってたけど」


「あぁ、まぁちょっと行き詰まってたところだから別にいいよ」


 疲れた顔でジーンへと視線を向けるアルハード。


 アル・アジフを読んでいると言っていたが、そんな書物は机の上の何処にもないことにジーンが不思議そうな顔をしていた。


「アル・アジフは俺の脳内にある魔導書だよ」


 アルハードがそう言うと、不思議そうな顔をしていたジーンは、何言ってるんだこいつという顔に変わった。


 そのことにアルハードは苦笑いしつつ、訪ねてきた要件を聞く。


「アル・アジフのことはとりあえず置いておいて、なんか用があって来たんでしょ?」


「あぁ、昼間話していた大地に恵みをもたらす神話生物についてなんだけど、旅の最中に手に入れた本に何かヒントが書いてあるかもと思って持ってきた」


 そう言ってジーンはローブの中に手を突っ込み、一冊の本を取り出した。


 アルハードは何処に仕舞ってるんだと思わないでもなかったが、そのことについてはとりあえず言及しないでおいた。


 ジーンから手渡された本は、ほんのりと暖かくなっていたが、気にしないようにして観察してみる。


 目立つ装飾などはされておらず、何処か無機質に感じてしまう外観。ページ数は少ないのだろう、厚みはそれ程ない。


「なにこれ」


「私にもわからない。旅の最中クトゥルフ様を探すヒントになるかと思いずっと手放さずにいたものだ」


「なんでこれがクトゥルフを探すヒントに――」


 そこまで言いかけたところで、アルハードはこの本が神話生物に関係しているものだということを直感した。


 理由は特に無い。強いて言えば、この本から発せられる雰囲気がアル・アジフやクタート・アクアディンゲンにそっくりだったからだ。


「『屍食教典儀』……」


 アルハードがその本のタイトルを口にすると、ジーンはえっ? と呆けた顔をしていた。


「アル、そのタイトルが読めるのか?」


「え? あ、うん……なんとなくだけど」


 ジーンは読むことができなかったのだろう。アル・アジフも見たことのない言語でタイトルが書かれていた。この『屍食教典儀』も同じだ。


 ジーンは確かめるように『屍食教典儀』と口にしている。


 なんとなく気まずい感じになってしまったので、アルハードは『屍食教典儀』をパラパラとめくり、目を通していく。


 そのアルハードの様子に、ジーンは驚いた様に目を見開く。


「アル……その本を読んでも何とも無いのか?」


「え? どういうこと?」


「私はその本が読めないんだ。なんというか、読んでいると得体の知れない恐怖感や不安感に襲われる……我慢して読み進めようとしても気が狂いそうになって結局読むのは諦めた」


 そう言ってジーンは眉をしかめ、難しそうな顔をする。


 アルハードとしてはそんな恐怖感や不安感などはない。アル・アジフと初めて対峙した時は、確かに恐怖に支配されたが、今ではなんともない。


(常人が読もうとすればそうなるでしょうね)


(え?)


(神話生物の世界を垣間見るのですよ、正気を保っていられるわけが無いでしょう)


(俺は平気なんだけど……)


(アルはすでに正気ではないってことですよ……ふふふっ)


 俺は狂人か何かか? とも思ったアルハードだったが、自覚がないアルハードは首をひねるばかりだ。


 アルハードが考え事をするため黙り込んだのだが、その様子にジーンは自分が言ったことが気になったのかと思ったのだろう。気にしないでくれと言っていた。


「うーん……やっぱり中身は難しい言葉だとか言い回しが多いなぁ、読んでみるけどすぐには読みきれないと思うぞ」


「まぁ、何かのヒントになればと思っただけだし――」


「うお!」


 適当にパラパラとしていたアルハードだったが、何か目を引く内容があったようで、ジーンの言葉を遮り驚きの声を上げた。


 アルハードの視線はある神話呪文の項目で止まっていた。


「……どうかした?」


 ジーンは突然大声を上げたアルハードに非難の目を向ける。


 対するアルハードはそんなことお構いなしに、『屍食教典儀』にかかれているその神話呪文を読んでいる。


 しばらくジーンは放って置かれたが、やがてその項目を読み終えたアルハードがオズオズと『屍食教典儀』をジーンに差し出した。


「これ、ここなんだけど」


 ジーンは『屍食教典儀』を読むと頭がおかしくなりそうだと言っていたので、アルハードとしてもそれを気にしていたようだ。


 しかしジーンは指さされた箇所に目を向けると、驚いたように目を見開く。


「『豊穣の女神召喚』……」


 ジーンはそう呟いた後、『豊穣の女神召喚』の項目を読み進める。流石に三百年以上生きているだけあって、アルハードよりも早く読み進め、理解も早いようだった。


「あ、あれ、ジーン、平気なのか?」


「え? あ、そういえば何とも無い……」


『屍食教典儀』を読もうとすると恐怖感や不安感に襲われると言っていたジーンだったが、今は何とも無いようだ。


(彼女はハイドラと魂の契約を行いましたからね)


(あぁ、そういうことか)


 ナルが教えてくれたので、それとなくジーンに伝える。


「ハイドラと魂の契約をしたからじゃないか?」


「成る程……彼女も神話生物だから……いや、今はいい、そんなことよりもこの『豊穣の女神召喚』だが」


「うん、豊穣って言うくらいだし、きっと大地に恵みを与えることができるやつだと思う」


「しかし……ざっと読んだ感じ、この儀式を行うのは少々骨が折れそう」


 森の中に清めた石の祭壇を設置し、新月の夜に大量の血を振りかけ行う儀式。儀式の最中にも更に血が必要で、儀式を行う者は正気を削られていく。要約するとこんな感じである。


 まず、インスマスには森がない。その時点でこの儀式を行うことは困難だ。しかし、アルハードがいる時点でその点は何も問題がない。


「儀式の必要はないぞ、たぶん俺の魔力だけで召喚できると思う」


「は? そんなことが可能なのか」


「ま、まあな」


 胡乱げな、疑っているような視線をジーンから受けたアルハードは、若干たじろいでしまう。


 ジーンは一つ息を吐き、首を振った。


「いや、アルがそう言うなら信じよう」


「おう、任せてくれ」


 インスマスの食糧事情に光が差した気がした。この枯れた大地で農業ができるようになるかもと、二人は期待をしていた。


 後はこの豊穣の女神という存在が、どのような存在なのかが気がかりだ。


 いきなり襲ってくるようなやつなのか、それとも友好的なやつなのか。ナルに聞いてもどうせ教えてもらえはしないだろうと、アルハードは端から聞くことを諦めていた。


 召喚する場所は何処でやるかなど考えていると、ずっとニコニコしながら二人の話を聞いていたクティーラが控えめに口を開く。


「あのー」


「ん? どうかした?」


「さっきから話を聞いてる感じ、呼ぼうとしてるのは『シュブ=ニグラス』様のことですよね?」


『シュブ=ニグラス』? と首を捻るのはアルハードとジーンだ。


 この『屍食教典儀』には豊穣の女神としか書かれておらず、この神話生物の名は記されていなかった。


「『シュブ=ニグラス』っていうのか? てかクティーラ知ってるの?」


「はぁ、直接お会いしたことはないですけど、豊穣の女神と呼ばれる御方はあの方くらいなものだと思いまして」


「結構やばいやつなのか?」


「好戦的な方ではないと思います」


 好戦的ではないと言いつつも、クティーラの様子にアルハードは腑に落ちない部分があった。


 何処と無くクティーラからは、あまり歓迎している様子がないのだ。その様子から、何か思うところがあるのではないかと思い、もう少し話を聞くことにする。どうやらジーンも同意見らしい。


「『シュブ=ニグラス』様は確かに大地に恵みをもたらしてくれる存在だと思います。この荒廃した地でも、あの方のお力があればそれは造作もないことかと」


 クティーラが言うには、どうやら『シュブ=ニグラス』ならば枯れた大地を豊かにできるらしい。これを使わない手はないが、やはり乗り気ではないのだろう。普段は快活なクティーラが、少し話しにくそうにしている。


 ナルが教えてくれないのは置いておいても、クトゥルフも言い渋っていたことからも、曲者的な存在なのだろう。とはいえ、神話生物といえば曲者しかいないので、今更多少のことを気にするアルハードではなかった。


 そんなことよりも、一つ気になったことがあった。クティーラは比較的丁寧な口調で話すのだが、『シュブ=ニグラス』のことを「あの御方」と言っていた点だ。


「『シュブ=ニグラス』って偉いやつなのか?」


「えっと、はい……クトゥルフ様と同格の存在ですね」


「まじかよ!」


 アルハードは思わず椅子から立ち上がる。ジーンも驚いた様で目を見開いている。


 ジーンからしたらクトゥルフは至高の存在なので、もしかしたら思うところがあるのかもしれない。


 アルハードからしたら、クトゥルフと同格ということは、ナルとも同格ということだ。つまり邪神クラス。


 そのことを聞いて一気に不安になってきていた。


「う~ん……でもなぁ、インスマスを豊かにするためには欠かせない存在だよなぁ……」


 ウンウン唸っているアルハードをクティーラとジーンは黙って見つめている。どうやら二人としては、最終的にアルハードの決定に従うようだ。


 しばらくしてアルハードは結論を導き出したようで、瞑っていた目を開く。


「『シュブ=ニグラス』は召喚する。ただしインスマスに危害を加えるようであればすぐに退散の呪文で追い返す。召喚場所は荒野のどこかで、インスマスから十分離れた場所にする。もし襲われても大丈夫なようにクトゥルフに護衛をしてもらう」


 こんな感じかなと、アルハードは自分の考えを二人に伝えた。


 クトゥルフと同格の存在であるならば、襲われた際に太刀打ちできる者はクトゥルフしかいないだろう。ジーンもその事を理解しているようで、クトゥルフに護衛をしてもらうということについて反論はなかった。


 とりあえず呪文を覚えることと、クトゥルフに護衛のお願いをすることだなと、アルハードは締めくくった。今日はこれでお開きである。


 クティーラとともにジーンを見送り、今後の予定を考える。


(『シュブ=ニグラス』については何か教えてくれないの?)


(ふふふっ、教えるわけが無いでしょう、その方が面白いですからね)


(知ってたよ! お前はそういうやつだもんな!)


(どうなるか楽しみですねぇ)


 どこまでも不敵にナルは嗤う。

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