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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
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23-1 クトゥルフの悩み事

 いあいあの大合唱が落ち着いた頃合いを見計らって、ダゴンとハイドラを残し他の者は解散した。


 というのも、今晩はクトゥルフ帰還の宴を開くため、各々食材の調達に向かったのだ。


 深きものとインスマス面は非常に張り切って海に繰り出し、ムーン=ビースト達も荒野に繰り出して行った。


 クトゥルフの娘であるクティーラも残るかと思ったが、ニコルと共に行ってしまった。何処と無くダゴンとクトゥルフは悲しそうな顔をしていたのが印象的だった。


 残ったアルハード達は一先ず今後のことを簡単に話し合う。


 クトゥルフの住む場所だが、一先ずダゴンとハイドラと一緒になった。


 クトゥルフの願いとしては、教会に住みたいとのことだ。とはいえ教会には生活できるスペース等はないので、イアンの手が空き次第教会の増築に着手してもらう予定だ。


 自らを慕ってくれる信者達が訪れる教会で、彼らの声に耳を傾け、力になりたいとのことだったので、アルハードとしても了承した。


 何よりインスマスではこの協会が一番立派な建物である。その教会に自分達の崇める神が住むことに異を唱える者はいないだろう。


 ダゴンとハイドラは身体を小さく保つのに魔力を消費するので、常時人間サイズでいることはできない。ダゴン達よりも巨大なクトゥルフが暮らせるだけの家となれば大事だが、クトゥルフは不定形であり、姿形を変えたとしても魔力を消費する必要がない。その為増築部分も人一人が暮らせるだけの大きさで済むのだ。


 とりあえず住む場所については決まったので、次にクトゥルフの仕事についてだ。


 アルハードの方針は、働かざる者食うべからずで、更にこの村では皆平等が信条だったので、それはクトゥルフとて変わらない。


 その事を二人に話すと、ダゴンはもう諦めていたようだったが、ハイドラの猛反発を食らってしまった。


 曰く、我らが神であらせられるクトゥルフ様にそのような事を言うとは、なんと冒涜的なことだと罵られた。


 普段は温厚なハイドラだが、クトゥルフが関わると豹変した。


 クトゥルフ様のお世話は私が全て行うだとか、クトゥルフ様に働けと言うのなら、その分自らがやる。等々である。


 それではクトゥルフの為にも、皆の為にもならないとアルハードが反論すると、悪鬼羅刹の様な顔で睨まれた。


 あまりの剣幕に三歩程後ずさったアルハードだったが、クトゥルフが、私自らやらせてくれとアルにお願いしたのだ。と宥めてくれたので事なきを得た。


 更に、ハイドラにも教えを請うことがあると思う。その時はよろしく頼む。とまで言っていたので、感極まったハイドラも、はい! 仰せのままに! と跪いていた。


 師事を請う者が立ったままで、請われた側が跪くという奇妙な構図ができあがっていた。


 ダゴンは気疲れが積み重なったような顔で、ヤレヤレと首を横に振っていた。


 クトゥルフの仕事は、ダゴン達と共に漁の手伝いをすることと、皆の相談役という役職を与えておいた。


 初めの内は恐れ多くて相談を持ってくる者などいないだろうが、皆も慣れてくれば気軽に相談しに行くだろうと、アルハードは特に深く考えていなかった。


 皆が相談をし易いように、アルハード自らが頻繁にクトゥルフへと相談しに行けばいいだろう。くらいなものだった。


 暫くはアルハード専用の相談役になりそうだ。


 そんな感じでクトゥルフの今後を話し合った後、クトゥルフ帰還の宴を迎えた。


 相変わらず海の幸と荒野の幸しか無い宴だった。






 クトゥルフがインスマスで暮らし始めて数日が経過した。


 今日のお勤めも終了し、晩御飯も食べ終わった今、アルハードはクティーラと共に家でその日の話をしながら寛ぐ時間だ。


 すっかりお馴染みとなったこの時間だが、今日は違う。


 アルハード家にクトゥルフがお邪魔していたのだ。


「村の者達が私に話しかけてくれないのだ」


 沈痛な面持ちでクトゥルフがそう口にした。


 一方アルハードとクティーラは、そんなクトゥルフを横目に、海藻で作ったお茶を啜っていた。


 王都にいた頃の紅茶が恋しくなる。海藻茶は美味しくも不味くもない。そんな味だ。


「おい! お前達聞いているのか!?」


 まったり海藻茶を飲んでいる二人に痺れを切らしたのだろう、クトゥルフが声を上げる。


 これがインスマス面や深きものであれば、竦み上がってしまうだろうが、アルハードとクティーラはどこ吹く風だ。


 そもそも、グレート・オールド・ワンの一柱であるクトゥルフと海藻茶を飲みながら話をしているというこの光景自体が、ある意味狂気に染まっているだろう。


「まぁなーそりゃクトゥルフは神様だしなー」


「ですねー」


 ズズイっとお茶を一飲し、一息つく。


 クトゥルフは自分と二人の温度差が違いすぎることに眉をしかめた。


「これはインスマスの一大事であろう!? アルから相談役を頼まれたこの私に、誰一人として相談に来ないのだ!」


 そう、何を隠そう、クトゥルフはインスマスの相談役としての地位を与えられているが、今日まで誰一人としてクトゥルフの元へと相談しにやって来ていないのだ。


 それどころか、クトゥルフはどこか避けられているような気すらしていた。


「別に無視されてるわけじゃないだろ?」


「うむ。皆挨拶はしてくれるし、漁を手伝えば感謝も述べてくれる……しかし! それだけなのだ……」


 声を張り上げたかと思ったら、直後には意気消沈したように言葉は尻すぼみした。表情も沈んでおり、海藻茶を見つめる瞳は寂寥感が見て取れる。


 流石にアルハードも可哀想になったのか、多少親身に話を聞いてあげる気になっていた。


「誰一人……誰一人として私に話しかけてくれる者がいないのだ! 相談でなくともいい! 他愛のない話でいいのだ! どうすればいいか教えて欲しい!」


 クトゥルフの心の叫びは、懇願は、果たしてアルハードに聞き届けられたのだろうか。


 答えは否。アルハードは、相談役が相談しに来てる。としか思っていなかった。


 そもそもクトゥルフがインスマスに来てまだ数日しか経過していない。住民達と距離があるのはまだ仕方がない事だとアルハードは思っている。


「えーっと……とりあえず、自分から話かけてみるとかは?」


「それはもうやった、もの凄い恐縮されてしまいこちらが申し訳なくなった」


「あー……ダゴンとハイドラとは話はするんだろ」


「うむ、しかし彼らではなく、インスマス面や深きもの達、はたまたムーン=ビースト達と会話したのだ!」


「なるほどな」


 腕を組み頷いてみせるアルハードだが、すぐには難しいだろうなと思う。


 クティーラもう~ん、と顎に指をあて考えているが、どうにも妙案は浮かばないままだ。


 現状クトゥルフに気軽に話しかけることができるのは、アルハードとクティーラしかいない。


 ダゴンとハイドラも会話はするが、やはりどこか遠慮しているようだった。


(クトゥルフってなんていうか、寂しがりやのお爺ちゃんって感じだよな)


(えぇ……私もまさかクトゥルフの本質がこんなんだとは知りもしませんでした)


(あっ、そうなんだ……うーん、なんかいい案ないか? 流石に可哀想だ)


(クトゥルフとは過去何度か喧嘩したこともありますが、私も今のクトゥルフは見ていられませんね。邪神としての威厳の欠片もない)


 何かいい考えはないかと、三者三様考えを巡らせるが、中々いい案は思い浮かばない。重苦しい沈黙がリビングを支配する。


 ナルも一緒になって考えてくれているが、そもそもナルも邪神であり、崇拝される側である。神格であり、崇められるのが当然という考えなので、クトゥルフの今の気持ちが理解できないようで、いつものような的確なアドバイスを聞くことができなかった。


 しばらくした後、クティーラがおずおずと小さく挙手をした。


「あのー、深きもの達はまだまだクトゥルフ様に畏敬と畏怖の心が強すぎて難しいと思うんですけど、インスマス面の方たちならば、多少は大丈夫なのではないでしょうか?」


「むっ、クティーラよ、インスマス面達も深きものと変わらない反応であったぞ」


「それは深きもの達に遠慮しているのではないでしょうか?」


 クトゥルフとしては、どちらも同じ様な反応だったというが、クティーラは少し見方が違うようだった。


「深きもの達はインスマスに来てかなりの年月を過ごしている者が多いですが、インスマス面の方たちは一年くらいなものですし、まだ漠然としかクトゥルフ様が偉大なのだとしかわかってないと思うんですよ」


「あーそういうことね」


 クティーラの言っていることにクトゥルフはピンと来ないようであったが、アルハードはクティーラの言わんとしていることがなんとなくわかった。


「つまり、まずはインスマス面達から攻めればってことね」


「攻めるって……まぁ、そうですね。それで、適任の二人がいますよね」


「あぁ、デリックとニコラか」


「そうです」


 確かにデリックとニコラはいい意味で物怖じしない性格の二人だった。


 デリックは大雑把で、ニコラは丁寧な感じで対局の二人だが、言いたいことを言えるという点に関してはどちらも一緒だ。


 あの二人ならいいかもしれない。


 アルハードとクティーラの意見は一致しているようだが、肝心のクトゥルフが話について来れていないので、二人についての説明をしていく。


「デリックとニコラってインスマス面がいるんだが、あいつらならたぶんクトゥルフ相手でもすぐに慣れて他愛のない会話をしてくれるようになると思うんだ……まぁきっかけはいるだろうけど」


「きっかけなら、ここでこうして集まってもらって、なんでもいいのでお話すればいいのでは?」


「そうだな、じゃあ近いうちにその場を設けるかな」


「そのような者がいるのか、良いではないか」


 クトゥルフが腕を組み、うんうんと尊大に頷いてみせる。


 その態度に、最早条件反射で反応するのはアルハードだ。


「それ、その偉そうなのやめろよ」


「むっ、なぜだ」


「楽しくお話したいんだろ? なのに相手に偉そうにされてたら楽しくなんてできないぞ」


「うぐぅ……わかった、善処しよう」


「ほんとにわかってんのかぁ? まぁ、いいや、デリックやニコラと普段から話しができるようになれば、その光景を見て他の奴らも話しかけてくれるようになると思うぜ」


 そう、今のクトゥルフにはきっかけが必要なのだ。クトゥルフは神様で、話しかけるなど恐れ多いと思っている住民の心の壁を取っ払ってやる必要がある。


 ニコラならば心配ないが、デリックは少々慣れ慣れしい部分があるので、そこにクトゥルフが怒らないか心配はある。しかし、アルハードはクトゥルフが根は優しい寂しがりやのお爺ちゃんだと言うことはわかっているので、なんとかなるだろうと考えていた。


 とはいえ、予め言っておくのは大事だろう。


「ニコラは大丈夫だろうけど、デリックはちょっとデリカシーないところあるから、それで一々目くじらを立てるなよ」


「そうなのか?」


「ですね。デリックさんはちょっと、いやかなりデリカシーにかけてますからね」


「良いやつなんだけどな」


「わかった。なに、心配はいらない。私はダゴン程短気ではないからな」


 ルルイエでのアルハードとダゴンのやり取りを見ていたクトゥルフは、ダゴンがアルハードの言動に顔を真赤にして怒っていたことを思い出していた。


 アルハードとクティーラも、苦笑していた。


「では、不遜な態度を取られても怒らないよう練習しましょうか」


 クティーラがおもむろにそんな提案をしてきた。


 アルハードは、クティーラがそんなことを言い出すのは珍しいなと思いつつも、少し興味が沸いたのでそのまま次の言葉を待つ。


「うむ、良かろう、言いたいことを言うのだクティーラよ」


「では一つだけ……クトゥルフ様……いえ、お父さん」


 普段からクトゥルフ様と呼んでいるクティーラだったが、わざわざお父さんと言い直した。そして、一つ咳払いをすると、とんでもないことを口にした。


「その身が朽ちた時、私の胎内にお父さんは宿るということになっていますが、娘の胎内に宿り生まれてくるとか正気を疑います」


「なんだと……」


「……」


 アルハードは、あーそのことね。と納得していた。そして、クティーラもそれはどうなのって思っていたのだと知ることができた。


 クティーラは普段のニコニコとした笑みを消し、儚げな雰囲気も一切取っ払って、ただただ無表情で淡々と述べた。


「ハッキリ言って気持ちが悪いです、なんと冒涜的な行為でしょうか……もう一度言います、気持ちが悪いです」


 クティーラが放った言葉は、ムーン=ビーストの槍よりも凶悪に、鋭く、深くクトゥルフの心に突き刺さったようだ。


 クトゥルフは怒るどころか、クティーラの顔を見ることができないのだろう。気持ち悪い……、と下を向きブツブツと呟いていた。


 恰幅のいいその身体がとても小さく見える。肩も丸まって縮こまり、プルプルと震えている。


 怒るというよりも、ショックのようだ。


 実の娘に面と向かって気持ち悪いと言われる父親の気持ちはアルハードにはわからないが、それはそれは辛いものだろうというのが、今のクトゥルフを見てわかる。


 一方クティーラは先程までの無表情はすでになくなり、清々しい顔でニコニコとしていた。


 相談役の相談役はしばらく続きそうだと、アルハードはそっとため息を吐いたのだった。

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