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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
35/60

20-2 孤島探索

 出発の準備は完了しているダゴン始め、深きもの三名はすでに海に入っている。


 アルハードはついクティーラ、ニコラと話し込んでしまったため一番最後に海へと入っていった。


 ダゴンや深きものは腰巻き程度しか身に着けていなかったが、素っ裸になることに抵抗があったアルハードは服を着たまま海へと入る。


 当然びしょ濡れになる訳だが、その為の"乾燥"の生活魔法なのでいちいち濡れることは気にしない。


 インスマスはあまり気候の変動がなく、明確な四季は存在しない。それでも今は冬から春へと移り変わる季節であり、服に染みてくる海水は非常に冷たかった。


 しかし、深きものの特性なのか冷たさを感じたは入水したときのみで、その後は冷たさを感じることはない。


 恐る恐るといった感じでアルハードは手足を動かし、泳ぎに移る。


 インスマスに来てからそれなりの時間が経っているアルハードだが、実は海で泳ぐのは初めてである。


 初めて海を見た時は、どこまでも続く水平線に感動したが、実際に海に入って泳ぐことはしていなかった。


 漁も全てインスマス面と深きものに任せきりだったのだ。


 少しでも練習しておけば良かったと後悔しつつも、水の中の浮力と抵抗を感じながら手で水を掻き分けていく。


(おぉ? おぉぉ、おおー!)


 初めて泳ぐという不安な気持ちとは裏腹に、アルハードの身体はどんどんと加速していく。そのことに感動したアルハードはニコニコで興奮気味である。


 ダゴンは特に表情を変えずに泳いでいるが、他の深きもの達は楽しそうに泳いでいるアルハードを微笑ましく見ていた。


 そんな中一人の深きものがアルハードの前に踊り出てくると、複雑な軌道で泳ぎ始めた。すると、他の二人もそれに混ざり、アルハードの周りを螺旋を描くように泳いだり、ぶつかりそうなスレスレを交差するように泳いだりし始めた。


 その光景にアルハードは目を見開き、内心ですげー! とキラキラした視線を三人の深きものに向ける。


 アルハードの視線を受けて、初めにアクロバティックな動きを見せた深きものが寄ってきた。


「どうだアル」


(え!? 水の中でしゃべれるの!?)


(話せますよ。当然でしょう)


(先に教えてくれよ)


 相変わらず何も教えてくれないナルに辟易しつつも、孤島まで一日かかる距離を黙々と泳いでいくよりは、話をしながら行った方が気が楽というものだ。


「すごい、俺にもできるか?」


「おう、やってみるか!」


 深きものに教えてもらいながら、アルハードも複雑な動きで泳いで見ようと試みるが、今日初めて泳いだアルハードには中々難しく不格好な動きになってしまう。


 それでも楽しい様で、アルハードはぎこちないながらも深きもの達の動きを真似ていく。


 そんな感じではしゃぎながら孤島を目指していくが、アルハードは黙々と泳ぎ続けているダゴンが気になっていた。


 ダゴンは皆と一緒になって騒ぐ様な性格ではなかったが、今のダゴンはどこか固い。話しかけづらい雰囲気とでも言えば良いのだろうか、とにかく今のダゴンには余裕が無いようなそんな感じがしたのだ。


 深きもの達もそのことは察しているのだろう。アルハードとはしゃぎながらも、ダゴンのことを気にかけている様子があるが、声をかけるなどということはできないようだ。


『クトゥルフ』が関わっているからだろうが、このままでは息が詰まりそうである。なので、アルハードはダゴンに並走し、おどけた調子で話しかけた。


「おいおいダゴン、固いよ、顔が怖い」


「むっ……私は元々こんな顔だ」


 ぶっきら棒に答えるダゴンに、アルハードは苦笑を零す。


「そうじゃなくて……ははっ、何をそんなに緊張してるんだよ。ちょっと島に行って『クトゥルフ』起こしに行くだけなんだからさ」


「しかしだな……」


「そんな顔してたらクティーラに怖がられるぞー」


「それはいかん! ……これでどうだろうか」


 親ばかであるダゴンにクティーラを引き合いに出せば話を聞いてくれることは、それ程長い付き合いではないアルハードにもわかる。ダゴンは自身の顔を両手で挟みグリグリとした後、これでいいかと聞いてきた。


 表情がわかりづらい魚面は、正直言って何も変化はないが、ダゴンの雰囲気が少し和らいだことにアルハードは安堵した。


「あはは、全然変わってないけど、多分大丈夫だろ」


「すまない。心配をかけたようだ」


 ダゴンの調子も戻ったところで、アルハード達は更に泳ぐスピードを上げた。


 アルハードも泳ぐことに慣れてきたので、スピードを上げつつも、アクロバティックな泳ぎを練習しながら深きもの達と泳いでいった。


 道中競争をしたり、小さな無人島で食事休憩をしたりしながら孤島を目指した。






 孤島に着いたのは、次の日の朝だった。インスマスを昼過ぎに出発したので。丸一日かかると言われていたが、予定よりも少し早く着いたのだろう。


 不思議な事にあれだけ長時間泳いだにも関わらず、だるさや疲労感のようなものはない。


 深きもの達も同様に疲れている様子はなかった。とりあえず食事を済ませ、寝ずに泳いで来たため一応昼まで仮眠を取ることにする。


 この日は探索はせず、食糧の確保と寝床の確保を行う。


 とはいえ寝床にはそれ程困らなかった。深きものとダゴンは海の中で眠ることができるし、深きものの力をその身に宿したアルハードも、海の中で眠ることができる。更に、ナルと魂の契約をしてかなりの時間が経ったアルハードは、一週間程度なら不眠で活動し続ける事ができる。


 食糧は殆ど持って来ていない。荷物になるからと、現地調達する算段であった。


 孤島にいる動物か魔物を狩る。それができなくとも見渡す限り海が広がっているので、普段から日々の糧を漁で得ている深きもの達からすれば、魚を捕ることなど朝飯前である。


 晩御飯を済ませ、翌日の探索について簡単に打ち合わせをした後各々は眠りにつき、何事もなく翌朝を迎えた。


「さてと、皆準備はいいか? っても、松明と火の魔石くらいしか持って行く物ないけどな」


 今回の孤島探索は時間をかけるつもりはなかったので、最小限の荷物しか持ってきていなかった。


『クトゥルフ』から洞窟の奥にある地底湖から『ルルイエ』に行けると聞いていたので、一応光源の確保の為、松明と火種になる火の小魔石は持ってきていた。


 光属性の初級魔法でも光源は確保できるが、残念ながらアルハードには魔法が使えない。"臭気抑制"と"乾燥"の魔法はなんとか使えるようになったが、精霊の力を借りて発動する属性魔法については、一切使えないのである。


 孤島近くの海底で一晩過ごしたアルハードは、陸に上がり"乾燥"の魔法を自身の着ているものと荷物にかけ、他の者に準備はできているか確認を取った。


 各々返事を返してくれたが、心持ち泳いで移動していた時よりも皆緊張している様であった。


 アルハードは無理もないかなと思いつつも、まだ地底湖すら見つけていない状態からこれでは先が思いやられる気持ちだ。


 島はそれ程大きくはなく、洞窟も一箇所しかなかったため、探索は順調に進んでいた。


 途中洞窟の中で頑強な鱗に覆われた巨大なトカゲと対峙したが、ダゴンが取っ組み合い、見事殴り倒していた。


 大型の生物同士がぶつかり合う様は迫力満点で、アルハードは少しびびりながらも、ダゴンの戦闘能力の高さに度肝を抜かれていた。


 そんなこんなで一行はあっさりと洞窟の最奥、そこに広がる地底湖へと到着したのだった。


「まさか……本当にこのような場所に地底湖があるとは……」


 半信半疑でありながらも、黙ってアルハードに付いて来ていたダゴンが、目の前に広がる暗く底の見えない地底湖を見てそう呟いた。


 アルハード達の眼前に広がるのは、そこそこ大きな地底湖だ。


 洞窟内は真っ暗闇であり、光源は松明の火しかない心許ない状態だ。地底湖の向こう側まで光は届かず、水面にゆらゆらと揺らめく松明の火と、薄っすらと浮かび上がる自身の姿が不気味だった。


「いやー俺も半信半疑だったけどな。何はともあれ見つかってよかった」


 なるべく軽い調子でアルハードが言うが、地底湖の不気味さと、先程の様な巨大なトカゲが出てくるのではないかとアルハードはキョロキョロと落ち着きがない。


 そんなアルハードとは違った理由で、ダゴンや深きもの達も落ち着きがなかった。


「というか、『クトゥルフ』はほんとにこんなところにいるのかよ」


 地底湖を恐る恐る覗き込んだアルハードは、そのどこまでも深い深淵を見つめながら、本当にここに『クトゥルフ』がいるのかと呟く。


「間違いないと思う。この場所には僅かであるが『クトゥルフ』様の魔力が漂っている」


 ダゴンがそう返すと、深きもの達も一様に頷く。


 なるほど。ダゴン達に落ち着きがなかったのは、『クトゥルフ』の魔力を感じ取っていたからなのだろう。アルハードはそう結論付ける。


 一方アルハードは、不気味な雰囲気の漂う地底湖を興味ありげに見つめていた。


「ふーん……俺には『クトゥルフ』の魔力ってのがわからないけど、ダゴン達が言うなら間違いないんだろうな。うーん、この後はどうするか」


「一刻も早く『クトゥルフ』様のところへと行きたいが……アルとしてはどうなのだ」


「ちょっとペースが早いかなって思う。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、俺としては『クトゥルフ』の復活よりも、皆が無事にインスマスに帰ることのが大事だし」


 事も無げに、アルハードは『クトゥルフ』よりもダゴン達の方が大事だと言い切った。


 ダゴン達の悲願は『クトゥルフ』の復活だと言うことは重々承知している。アルハードもそんな彼らの願いを叶えてやりたいと思ったから、こうして遠征を行ったのだ。しかし、アルハードとしては十数日に渡って夢に出てきて、寝言を垂れ流し安眠妨害をしてきた『クトゥルフ』よりも、ダゴンや深きもの達に何かある方が嫌だった。


 先程のトカゲの様な強力な魔物が出るかもしれない。


 あの時はダゴンのお陰でなんとかなったし、ダゴンがいれば大抵の魔物は倒せるだろう。しかし、あのトカゲは間違いなくアルハードや深きもの達では手におえそうになかった。


 それに、ダゴンも深きもの達も気持ちが急いている気がしていた。実際ここまで来るのはかなりハイペースであったし、本来陸の上での活動を得意としていない深きもの達にとってはかなりの負担になっているだろう。


 アルハードは地底湖を覗くのを止め、ダゴン達に向き直り、自分の考えを述べた。


 ダゴン達も年単位でアルハードと居るわけではないが、毎日顔を合わせている仲である。当然アルハードの性格も知っているため、アルハードの意見に異を唱える者はいなかった。


 何よりアルハードは、今やインスマスのリーダーとして立派に村長をこなしている。


 今この場にいるダゴンも深きもの達も、インスマスに残っている留守番組も、皆アルハードには一定の信頼を寄せているのだ。


「そうか、では少し休憩を挟み、この後のことを話し合おう」


「それでいこう……にしてもこの湖凄いな。真っ暗だからとかじゃなくて、なんというか本当に底が見えない感じだ」


 再びアルハードは視線を地底湖へと戻し、目を凝らして底を見つめている。


 そんなアルハードにダゴンは、困ったような歯切れの悪い口調でこう述べた。


「アル、あまり底を覗き込まない方がいい。深淵を覗き込む時、深淵の奥底でもまた、何者かがこちらを見つめていると言う」


 その言葉を聞いたアルハードは、お、おう。と言いながら、そそくさと地底湖から離れ、小休止している皆の元へと戻っていった。

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