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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
34/60

20-1 孤島探索

 目を覚ますと、目の前一杯にクティーラの顔があった。


 なぜ? と思うアルハードであったが、身じろぎ一つでクティーラの唇に触れてしまいそうな距離に、思わず固まってしまった。


 一方クティーラは何事も無かったかのように顔を離し、上手くいきましたか? と澄まし顔で聞いてきた。


 なんだったんだ? と思いつつも、夢の中での『クトゥルフ』とのやり取りを掻い摘んで説明した。


 話を聞いたクティーラは、良かったですね。と笑みをこぼし、いい時間なので今日はおやすみなさいですね。と言って自室へと引き上げていってしまった。


 アルハードが夢の中にいた時間は決して短い時間ではなく、それなりの時間が経っていたようだった。


 今あったことは明日ダゴンへと相談し、『ルルイエ』へ向かう準備を行うことにした。


 アルハードも自室へと向かう。


 天井には穴が空いているが、幸いにも雨は降ってこなさそうだったので、そのまま眠りに就く。


 その晩アルハードは、久しぶりに熟睡することができた。






 久しぶりにスッキリした朝を迎えたアルハードは、上機嫌にダゴンの元を訪れる。


 その場にはハイドラも居たため、二人に昨晩夢の中で『クトゥルフ』と接触することに成功し、『ルルイエ』がある場所を説明した。


 ダゴンとハイドラはかなり食い気味にアルハードの話を聞き、インスマスと魔大陸の間にある孤島ならばわかると言い、すぐに『クトゥルフ』の元へと行こうという話になった。


 アルハードとしてもできるだけすぐに動くつもりだったので、その旨を伝えるが、同時にダゴンとハイドラ双方を連れて行くことはできないと言った。


 そのことに二人はなぜ駄目なのかと、興奮気味に問うてきた。


 理由は簡単で、このインスマスの最大戦力である二人を同時に連れ出す訳にはいかないからである。


 アルハードがインスマスに来た夜、大量の魔族による襲撃を受けたのだが、襲撃はあれ一回きりではなかったのだ。


 あれ程大規模な襲撃はないが、ちょこちょこちょっかいを出しに来る魔族は耐えなかった。


 そのどれもが話し合いになど応じず、害意をもって攻撃してきたため、そのたび海の藻屑へと変えていたのだ。


 もちろんあの程度の魔族であれば、防衛にはムーン=ビースト達だけで事足りるが、万が一ということもあるため、どちらかはインスマスに残しておきたいという思いがあった。


 ダゴンとハイドラは性格こそ違えど、体格、膂力、スピード等においては殆ど互角であるため、どちらがアルハードと一緒に『ルルイエ』に行っても、インスマスに残っても構わなかった。


 アルハードとしてはどちらか片方が付いてきてくれればそれでよかったが、どうやらどちらも行きたいらしく、また相手に譲る気はなさそうだ。


 長くなりそうだったので、二人で話し合って決めてくれと言い残し、アルハードはその場を立ち去り、今回の孤島探索で必要な生活魔法を教わりに老人の元へ向かう。


 今回の探索は泳いで行くことになる。インスマスには船などないし、作ろうにも資材が無いため泳いでいく他無い。


 何よりインスマスには泳ぎの達人とも呼べる存在がいる。言わずもがな、深きものである。


 深きものの力を借り、その身に宿せばアルハードも彼らと同程度の水泳スキルを操る事ができる。当然それを使わない手はないし、今回は深きものが大活躍してくれるに違いなかった。


 しかし、そこで問題が一つ浮上する。問題というのは大げさかもしれないし、アルハードが我慢すればいいことではあるが、より快適な孤島探索するためには解決しておきたい。


 その問題とは、泳いでいくことによって荷物が全て水浸しになるということだ。


 当然アルハードが着ている服もびしょ濡れになる。


 濡れるくらいなんだと思うが、海水というのは乾くと非常にベタつき、アルハードはそれが不快で嫌だった。


 そのため、"乾燥"という生活魔法を覚える必要があった。


 前回インスマスの臭い問題を解決するにあたって、老人に"臭気抑制"を教えてもらったので、今回も教えを請おうという考えだった。


 おそらくロージー達も"乾燥"を使うことはできるだろうが、アルハードとしては老人を気にかけていたため、丁度会うための口実として今回も老人の元を訪れたのだった。


 老人は相変わらずアルハードの魔力操作の拙さ、覚えの悪さを馬鹿にし笑っていたが、なんだかんだとアルハードが"乾燥"を覚えるまで根気強く教えてくれたし、元気そうだったので良かったと思うアルハードであった。






 結局"乾燥"の生活魔法を習得する頃にはお昼になっていたが、ダゴンとハイドラはまだどちらが孤島探索に行くかで揉めていた。


 アルハードはそんな二人をよそに、深きもののリーダーを任せているロトへとあるお願いをしていた。


「ロト。ちょっとお願いがあるんだけど今いいか?」


「アルか、どうした? ……っと、その前に一ついいか? あのお二人は一体何をしているのだ。皆怖がって近寄れないと困っているのだが」


 ロトの視線の先には、視線を交錯させているダゴンとハイドラの姿があった。


 二人の視線の間には火花の様なものが見えるほどに、鋭い視線を相手に向けていた。


 ダゴンはともかく、普段から温厚なハイドラまでもがあんな状態になってしまっているので、深きもの達は戸惑いを隠せないようである。


「あぁ……あれな……これから話すことと関係あるし、とりあえず俺の話を聞いてくれ」


「なるほど」


 今の時間はお昼休憩の時間であるため、皆各々軽食を取りつつ休憩をしていた。


 ロトとともにダゴンとハイドラが見える位置に座り、彼らの壮絶なにらみ合いを見つつアルハードは話し始める。


「実は昨晩夢の中で『クトゥルフ』に会ってきたんだけどさ」


「『クトゥルフ』様にお会いしたのか!?」


「お、おう、ちょっと落ち着け」


 ロトは興奮した様に半分立ち上がりかけたが、アルハードはそれを宥め話を続ける。


「で、その『クトゥルフ』が眠ってる『ルルイエ』の場所を聞いたんだが、ここインスマスと魔大陸の間にある孤島、そこにある洞窟の中の湖の底にあるらしいんだ」


「孤島……まさかあの島の奥底に『クトゥルフ』様が居られるのか?」


「本人に聞いたからな、間違いないと思う」


 ロトはふむ……と言って、水掻きのある指を顎に当て考え込んでしまった。


 それもそうだろう。まさか自分達が崇拝している神が、意外と近場にいると言うのだ。それを聞いてもロトは騒いだりしないあたり、比較的冷静に物事を捉えられる様だ。


 しばし考えた後、ロトは何か気付いたのだろう。顔を上げアルハードを見据える。


「なるほど、つまりその孤島にアルは行こうと考えているのか」


「そうそう。自分から出てこれないなら、こっちから起こしに行ってやろうかなって」


「あっはっはっは、変わってるやつだと思っていたが、やはりアルは変わってる」


「笑うなよ! てか俺って変わってるの?」


「くくっ、無自覚か」


 普段はクールな一面を見せるロトが声を上げて笑っている光景は、少しばかりアルハードにとって新鮮であったが、変わっていると言われ少々複雑な気分だった。


「それで、そのことをあのお二人に話したがために今のこの状況か」


 ロトは困ったように苦笑いし、ダゴン達を見やる。


 アルハードもロトと同じ様に苦笑いをしていた。


「まぁ、あいつらは納得するまでさせとけばいいよ……で、ロトにお願いしたいことなんだけど」


 ロトにお願いしたいこと、それはアルハードが深きものの水泳技能を使いたいということだ。


 孤島まではおよそ一日泳ぎ続ける必要がある。当然アルハードにはそんな距離を泳ぎ続けることはできないが、深きものにかかれば一日泳ぎ続ける事は造作もないことだ。


 そのことをロトに説明し、お願いする。


「なるほどな。ムーン=ビーストがやっていたようにすればいいのか?」


「そうそう、ちょっとの間力を貸してくれるだけでいいんだけど」


「もちろん構わない。俺としてもアルの力になれるのならば本望であるし、何より『クトゥルフ』様を復活させる為なのだろ? ならば断る理由がない」


 アルハードのお願いにロトは快諾してくれた。


 これで懸念だった遠泳と、海から上がった後の衣服の乾燥についてはなんとかなりそうであった。後は実際に孤島で『ルルイエ』を見つけ出し、なんとかして『クトゥルフ』を復活させるだけである。


 その後ダゴンとハイドラは睨み合っている状態だったので、ロトと孤島探索に行く深きものの選別と、日時などを話し合った。


 あまり大人数で行ってもどうかと思ったので、一緒に探索に行く深きものは三~四人程度で、なるべく早く『クトゥルフ』の元へと行きたいというロトの願いから、早急に準備を進め、遅くとも三日後には出発しようということで落ち着いた。






 激戦の末、孤島探索の権利を勝ち取ったのはダゴンだった。


 ハイドラは血の涙を流すのではないかと思う程悔しがっており、あの日から二人は言葉を一切交わしていないのだという。


 そのせいでインスマスの、特にインスマス面と深きもの達はどことなく居心地が悪そうで、アルハードとしては村の雰囲気を回復するためにも、一刻も早く『クトゥルフ』を復活させねばと思っていた。


 インスマスと孤島との往復でおよそ二日。孤島での『ルルイエ』探索がどれ程かかるか検討がつかなかったが、島はそれ程大きくもないため、あまり時間をかけるつもりはない。その為荷物も最小限のものだけを用意していた。


 インスマスの海岸には住民全員が見送りに来ており、今回探索へと向かうアルハード、ダゴン、ロト、他深きもの三名にそれぞれ声をかけていた。


 ちなみにロージー達元侵入者は昨日インスマスを発ち、クレイアデスのコレット伯爵領を目指していた。


 アルハードとしては急ぎ過ぎではないかと思っていたが、彼らはなるべく早く任務を終わらせ、何かに縛られ、怯える暮らしを終わらせ、インスマスでの平穏な暮らしがしたいと意気込んでいたので、彼らの気持ちを尊重し旅立たせた。


「――よしっ、それじゃあそろそろ行くか! ロト、頼む」


「あぁ、よろしく頼む」


 アルハードが差し出した手にロトが触れると、ロトは光の粒子となってアルハードへと取り込まれる。すると、アルハードの手に水掻きができ、首のあたりにエラの様なものが浮き出てきた。


 それ以外は元の人間の姿のままだったが、自身の変化にアルハードは驚きの声を上げた。


「おぉー! 水掻きじゃん、すごいなこれ」


 手を閉じたり開いたりしながら水掻きを見て、実際触ってみると感触があったため、自身の身体の一部なのだと確信する。


(あれ? でもムーン=ビーストを憑かせた時はなんにも変化は起こらなかったけど)


(そのままの姿では泳ぎにくいですからね。その時その時で最適な変化をするのですよ)


(便利すぎか!)


 アルハードが弱っちいからと、ナルが授けてくれた能力が便利過ぎて、少しばかり怖いとも思ったあるハードだったが、便利なら良いかとあまり深くは考えなかった。


 そんなアルハードにクティーラが声をかけてくる。


「アル君」


「んん? あ、クティーラか! 見てくれよこれ! 水掻き!」


 そう言って自身の水掻きをクティーラに見せるアルハードは、どこか新しいおもちゃを自慢する子どもの様にも見える。


 そんなアルハードを見て、クティーラはうずっとしてしまうが、なんとか興奮を抑え自らの手を開きアルハードに見せる。


「私にもありますよ。ほら」


「本当だ、お揃いだな」


「お揃いです……ぐふ」


 クティーラは普段人間と同じ外見をしているので、当然その手には水掻きはないのだが、不定形であるクティーラは自身の姿を好きなように変えることができる。


 お揃いという今のやり取りがしたいがために、わざわざ水掻きを作ったのだ。


 そんなクティーラを見かねたように、一人のインスマス面が呆れた様に声をかけてくる。


「何やってるのクティーラちゃん」


「あ、ニコルちゃん。ほら、アル君とお揃いです」


「水掻きなら私にもあるから……」


 クティーラに話しかけてきたのはニコルというインスマス面だ。


 ニコルは人間であった頃は女性だったらしく、物腰の柔らかな、しかし自分の意思はしっかりと表に出す性格の子だ。


 以外と物怖じしないので、クティーラは『クトゥルフ』の娘だということで最初は周りがどう接して良いのか距離感を測って、中々馴染めなかった時に真っ先に声をかけていた。


 その為、今では二人はかなり仲がいい。


「ほら、アル様もそろそろ出発するんだし、早く要件を言っちゃいなよ」


「あ、そうでした」


 アルハードとお揃いに夢中ですっかり忘れてたと言わんばかりである。


 ちなみにニコルはアルハードが何度言っても様付けを改めてはくれなかった。


 どうしてもそこは譲れないのか、何度か言っては見たものの結局は様付けで呼ばれていた。


「アル君、『クトゥルフ』様をどうかお願いします。インスマスの皆も待ち望んでいることですし、何よりダゴンとハイドラはずっと『クトゥルフ』様の復活を待ち続けています」


 ダゴンとハイドラは、『クトゥルフ』の娘であるクティーラを、育ての親として大事に育ててきた。クティーラも彼らと長い間生活していたので、大事にされているということはわかっていたので、尚更あの二人がいかに『クトゥルフ』を崇拝していたかもわかっている。


 その為、ダゴンとハイドラにとって『クトゥルフ』が戻ってくるということは、大変喜ばしいことなのだと考えているようだ。


「もちろん、そこは任せてくれ。あと、クティーラも『クトゥルフ』に言いたいこととかあるだろ? 何年間娘を放ったらかしにして寝ているんだとかさ」


「い、いえ、そんなことは……」


「あとはそうだな。ダゴンとハイドラはずっとクティーラの世話を『クトゥルフ』に代わってしてくれてたんだもんな……よしっ、『クトゥルフ』にはまずダゴンとハイドラにお礼を言わせて、インスマスの皆にも長い間寝ぼけててごめんなさいと謝罪させよう!」


 アルハードの言葉にクティーラとニコルはあたふたとしていた。


 グレードオールドワンの一柱である『クトゥルフ』に御礼の言葉と謝罪を求めるなど、この世界を見回してもアルハードくらいなものだろう。


『クトゥルフ』はインスマス面、深きものにとってそれ程までに絶対的存在であり、ダゴンやハイドラ、クティーラにとってもそれは変わらない。


 しかし、アルハードはそんなことはお構いなしだ。


 何かをしてもらったらありがとう。何かを失敗してしまったらごめんなさい。王都にいた頃のアルハードは斜に構えていたため、そんな基本的なこともできなかったが、ここインスマスのに来てからはそれが当たり前の様になっていた。そしてそれが、人とコミュニケーションを取る上で大切なことだと学んだのだ。


 だからこそ、『クトゥルフ』だろうがなんだろうが、そんなことは知ったことではないのである。


「あ、あの、そこまでは……」


「アル様……流石にそれはちょっと……」


「いやいやいや、『クトゥルフ』が復活した後どうするかはしらないけどさ、迷惑かけてきたのは事実なんだし、そこはちゃんとしてもらうよ。それに、インスマスでは皆対等に意見を言ってもらわなきゃだから、言いたいことは誰であっても言ってくれよ」


 それはアルハードがインスマスの長になったときに、住民の皆に言ったことである。


 王都にいた頃のアルハードは、自分の立場を考えて言いたいことも言えない日々で、相手はアルハードの地位を考えて言いたいことは陰で言っていた。そんなものはもう御免であった。


「だからクティーラもニコルも、あんまり『クトゥルフ』だからとか考えなくていいよ。言いたいことはちゃんと伝えよう」


 アルハードの言葉にクティーラはやや俯き、そして何かを決心したかのように胸の前で拳を作る。


「わかりました! 私も言いたいことはいっぱいあるので、絶対『クトゥルフ』様を連れてきてくださいね!」


 クティーラの目は真っ直ぐとアルハードを見ていた。


 力強いその視線に、それならば大丈夫そうだと思い、またクティーラの期待にも応えたいと思ったアルハードは、一際力の篭った声で、任せろ! と宣言したのだった。

読んでくださってありがとうございます。

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