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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
33/60

19-2 クトゥルフとの接触

 ダゴンの話では、『クトゥルフ』は海底にある石造都市『ルルイエ』の中央に眠っているという。そこから人々に夢を見せ、崇拝者を増やすらしかった。


『クトゥルフ』は現在を力を失っており、自力で外に出てくることができない。星が正しい位置に来た時に復活すると言われているらしい。


 ダゴン達も『クトゥルフ』を崇拝しており、『クトゥルフ』の復活こそが悲願だという。しかし正しい星の位置がわからず、長い年月待ち望んでいるのだという。


『クトゥルフ』は自分を崇拝者にしたいのだろうかとアルハード考える。しかし、毎晩のように寝言を聞かされているアルハードは、到底崇拝したいという気持ちにはなれなかった。


「ダゴンだって『クトゥルフ』とやらに復活してもらいたいんだろ? だったらこっちから起こしに行けばいいじゃん」


 その言葉で完全に呆れられた。


 しかしアルハードには『クトゥルフ』に会うための宛てがあった。それは、毎晩寝る前に読んでいた『クタート・アクアディンゲン』に書かれていたある呪文のことだ。


 寝れば『クトゥルフ』の寝言を聞かなければならない。あれは結構なストレスになるので、寝る時間を減らすために、アルハードは毎晩コツコツと『クタート・アクアディンゲン』を読み進めていた。


 人の皮で包まれたあの本を読むのは少々気が引けたし、あの本が汗をかくという事実を体験した時には流石に叫びもしたが、インスマス面や深きもの達のことを知る為だと、我慢して読み進めていたのだ。


 そして、その中にある呪文に、『クトゥルフとの接触』というものがあった。


 もちろんその呪文はしっかりと読んだし、おそらく発動させることもできるだろうと思っていた。


『クトゥルフとの接触』の呪文で『クトゥルフ』に会い、『ルルイエ』の場所を聞く。そして直接会いに行き起こす。アルハードの考えている完璧な計画だった。


「まぁ期待しててくれよ」


「しかし、本当にそんなことが可能なのか?」


「可能かどうかじゃなくて、絶対成功させるよ。こっちも毎晩寝言聞かされててうんざりしているし」


「貴様! 『クトゥルフ』様の偉大なるお言葉を寝言などと!」


 アルハードの寝言発言にダゴンは激昂するが、アルハードとて毎晩の聞かされてる寝言にはストレスが溜まっている。


「いや、あれを毎晩聞かされるこっちの身にもなってくれよ! 一言文句言ってやらなきゃ気が済まない!」


 ダゴンが怒った様子にロージー達は怯えを見せるが、それに怯まずに言い返しているアルハードをどこか尊敬の眼差しを向けていた。


 その後少しばかりアルハードとダゴンは言い合っていたが、アルハードはここで寝言だお言葉だ言い合っていても仕方がないと思い、ダゴンも本当に『クトゥルフ』が復活するのならば、それは喜ばしいことだと思っていたので、自然と言い合いは収まった。


「よしっ、まずはロージー達の歓迎が先だな! おーいデリックー! いつまで寝てるんだー!」


 波打ち際でボロ雑巾の様に打ち捨てられていたデリックは、アルハードに呼び起こされもそもそと起き上がり、アルハードの顔を見ると、よくも俺を売りやがったなー! と怒っていた。


「まぁまぁ、悪かったって! それよりも新しい仲間だ」


 デリックを宥めつつ、ロージー達を紹介し、これまでの話とこれからの話を掻い摘んで説明した。


「というわけで、今夜はロージー達の歓迎の宴だ!」


「なるほどな! よっし任せろ! 酒もねぇ、パンもねぇけど、海の幸と荒野の幸で精一杯持て成すぜ!」


「頼むな! 俺はこれからロージー達を案内しつつ、皆に挨拶でもしてくるよ」


「ガッテン任せな!」


 そう言ってデリックは走って行ってしまった。


 アルハードもダゴンと別れ、ロージー達を引き連れてインスマスを案内する。


 インスマスはそれ程広くないので、日が落ちる前には村全体を見て歩けるだろう。





 ロージー達を連れ歩き、インスマスの住人達に挨拶をしながら、彼女らの紹介をしていった。


 人間だということで少しばかり不安に思っていたアルハードだったが、住民達はアルハードの知り合いということで特に警戒することなく、ロージー達を受け入れてくれそうであった。


 日が落ちる頃には皆教会前の広場に集まり、料理を囲みながらロージー達の歓迎会を行った。


 始めは会話もぎこちなかったが、やがて慣れてきたのか各々が楽しそうに会話をしていた。


 ロージー達が打ち解けるのに一役買ったのは、デリックだった。


 デリックの歯に衣着せぬ物言いが功を奏したのか、侵入者達もつられたかのように口を軽くしていった。


 中でもアルハードが驚いたのが、ロージーとクティーラが非常に親しそうに会話していたことだった。昨日の敵は今日の友というやつなのだろうか。会話内容はわからなかったが、確執もなく打ち解けられたことには安堵した。


 並べられている料理の中に、魔物の肉があったことには皆一様に顔を引き攣らせていたが、住民達が気にせず食べているのを見て、郷に入りては郷に従えの精神なのか、恐る恐る口にしていた。


 酒も無く、料理も一流どころか二流ですらも無いが、一先ず歓迎の宴は成功したと言ってもいいだろう。


 ロージー達は寝床が無いため、王都に帰るまでの間はインスマス唯一の宿屋に滞在することとなった。


 自宅に戻り一息付く。寝室は天井に穴が開いているので、今日はリビングで過ごすことにする。


 昨夜は一晩中起きていて、朝方寝たことによってまだ眠たくないというクティーラとともに、ロージー達のことを話しながらのんびりとした時間を過ごす。


 しばらくまったりとした後、アルハードは今夜やろうと思っている『クトゥルフとの接触』について口にした。


「話は変わるけどさ、これから『クトゥルフとの接触』って呪文を使おうと思う」


「『クトゥルフ』様と接触するのですか? いくらアル君でもそんなことが可能なのですか?」


「たぶんだけどな」


 クティーラに『クタート・アクアディンゲン』に書かれていた『クトゥルフとの接触』について説明する。


 神話呪文『クトゥルフとの接触』はその名の通り、『クトゥルフ』と接触するための呪文である。


 発動するためには夜であることが前提であり、直接『クトゥルフ』と対峙するわけではなく、あくまで夢の中で『クトゥルフ』に話しかけられると言ったものである。


 アルハードはこの呪文を使うにあたって、一つの懸念があった。


 それは以前王都で『ニャルラトホテプとの接触』を発動した際に起こったあの爆発の様な衝撃波が、この呪文でも起こるのではないかということだった。


 折角イアンやムーン=ビースト達が建ててくれたこの家を壊したくはなかったので、始め荒野でこの呪文を使おうと思ったのだが、どうやらこの呪文は発動すると眠りに落ちるため、荒野なんかで使ってしまったら二度と起きることはできなさそうであった。


 どうしようかとウンウン唸っていいると、ナルから、私が出てきた時のあれは演出なので、『クトゥルフとの接触』を発動しても家は壊れませんよ。と言われた。


 演出の為に自分は犯罪者になってしまったのかと、ナルに文句を言いまくったのは記憶に新しいアルハードであった。


「そんなわけで、この呪文を使うと俺は眠ってしまうらしいから、その間もしクティーラがいいのなら俺のこと見ていてくれない?」


 クティーラに『クトゥルフとの接触』の概要を伝え、自身が寝てしまった後のことをお願いした。


 夜だったので、別にアルハードを訪れてくる者はいないと思ったが、もし何かあった場合にすぐに対応できる様しておきたかったのだった。


「わかりました! 任せて下さい!」


 何故か興奮気味に、鼻からンフーと息を吐きながら了承してくれるクティーラに首を傾げながらも、快く受けてくれるようなのでいいかと思うアルハードであった。


『クタート・アクアディンゲン』をもう一度さらっと確認し、呪文の準備にかかる。


 アルハードの拙い魔力操作により魔力が練り上げられ、その膨大な量の魔力が部屋全体に漂い始める。


 一際大きな魔力がアルハードから開放され、それに合わせてアルハードが呪文を呟く。


 アルハードを中心に魔法陣が展開され、それが一気に収束されたところでアルハードの意識は眠りに落ちるように途絶えた。






 呪文を発動した瞬間に意識が途絶え、視界が一瞬暗転した瞬間にはここ数日間見続けた夢、いくつもの建物に様々な幾何学模様が施され、青白く不気味に発光している空間にアルハードはいた。


 いつもと違ったところは身体の自由が利くというところだった。


 これまでであれば、この空間では手足は動かせず、声を発することもできない。ただただ『クトゥルフ』が話している言葉を聞き続けるしかないのだ。


 手が動くことを確認したアルハードは、呪文が成功したことを確信する。


「おい、今日はこっちから来てやったぞ」


 誰もいない空間へとアルハードが言葉を投げかける。『クトゥルフ』の姿は見えないが、どうせ聞いているのだろうと思ってのことだ。


「――っ、驚いた。まさかこの私に直接会いに来る存在がいるとは……しかも、見たところ人間ではないか……まこと奇妙なこともあるものだ」


 アルハードが声をかけたことに、『クトゥルフ』が驚いた様に声を上げた。


 してやったぜとアルハードはニヤリと笑う。


 しかしアルハードはそれだけでは終わらない。今日アルハードは文句を言いに来たのだ。もちろん『クトゥルフ』が眠る『ルルイエ』の場所を聞くという目的もあるが、それよりも先に文句を言わなければ気がすまなかった。


「まったく、毎晩毎晩俺に寝言聞かせやがって!」


「むっ、貴様! 人間の分際で――」


「人間だとか神話生物だとか邪神とか知るか! こちとら睡眠妨害されて苛々してるんだよ! お前だって勝手に夢に出てこられて、毎晩毎晩ブツブツブツブツ言われたら嫌だろ!? 自分が嫌なことは人にするなって教わらなかったのか!?」


『クトゥルフ』の声を遮ってアルハードは声を荒げる。それ程までにアルハードのストレスは溜まっており、もちろんこの程度では終わることはなかった。


「大体さぁ、お前なんなの? 邪神とか言われてるのにこんなところにずーっと引き篭もってさ! 俺以外にも寝言聞かせまくってるらしいけどさ、そんなんでお前のこと崇拝してくれるやつなんているのか? ダゴンやハイドラ、クティーラや深きもの達はずっとお前が復活してくれるの待ってるんだろ? それに比べてお前は寝言垂れ流すばっかりでさぁ! 早くあいつらに会いに行ってやれよ!」


「い、いや、あの……」


「なんだよ? 言いたいことはハッキリ言えよな! それにさぁ、さっき人間の分際でとか言ってたけど、ダゴン達は人間である俺にも良くしてくれるぞ? お前の方こそ邪神のくせして人間がどうとかって器に小さいこと言うのか?」


「うぐぅ……」


 アルハードの剣幕に唸るしかできない『クトゥルフ』は黙り込んでしまった。


 対象的にアルハードはスッキリとした表情である。


「私は、私は彼らに崇拝されるに値しない存在なのか?」


 すっかり意気消沈してしまった『クトゥルフ』は、弱々しくアルハードの様子を伺うように零す。


 それに対してアルハードはあっけらかんと答えた。


「別にそんなことないだろ。ダゴン達は『クトゥルフ』の復活を心待ちにしているよ。それこそ何百年って年月待ってるんだ。あんまりあいつらのことを見くびるなよ」


 とても邪神と呼ばれる存在と対峙しているとは思えない。アルハードの不遜な態度をダゴンが見たら激昂するだろうが、今この空間にはアルハードと『クトゥルフ』の二人しかいない。


「そうであるな。私が浅慮であった」


「まぁ、迷惑かけた分はきっちり返せばいいと思うぞ」


「しかし私は力を失っておりここから出ることが叶わない。彼らに何をしてやることもできない」


『クトゥルフ』は今力を失っており、『ルルイエ』から出ることができない。『クトゥルフ』が復活するためには、星々が正しき位置に揃った際『ルルイエ』が地上に姿を表し、『クトゥルフ』は力を得ることができるのだという。


 概ねダゴンの言っていたことと同じことを『クトゥルフ』が説明してくれる。しかし、アルハードは理解はしたが納得はしていなかった。


「その星が正しい位置に来るのっていつだよ。明日か? 明後日か?」


「それは私にもわからない。ただし、長い年月が必要になるだろう」


 アルハードは呆れたようにため息を吐きながらも、内心少々苛立っていた。


『クトゥルフ』のどこか諦めたような態度が、ダゴン達のことを思うと癪に障ったのだ。


「あのなぁ……ダゴン達はもうずっと待ってるんだろ。なのにまだ待てって言うのか?」


「しかしだな……」


「じゃあここからが本題だ」


 改めてアルハードはそう切り出した。


 もちろん文句を言いに来たのだが、本来の目的はそうではない。


「『ルルイエ』はどこにあるんだ?」


「む? そんなことを聞いて何になると言うのだ?」


「俺が直接あんたのところに行って復活させてやるよ」


 腰に手を当てて、どこからそんな自身が生まれてくるのかと不思議に思える程、アルハードは自信満々だった。


 そのアルハードの態度に『クトゥルフ』は困惑している様子だった。


「しかし、そんなことが可能なのか?」


「できるかできないかって言われたらわからない! けど、ダゴン達がそれを望んでいるから俺はなんとかしてあげたい!」


 アルハードが『クトゥルフ』を復活させる理由、それはダゴン達が望んでいるからというその一点だ。


 寝言でイライラしているのはアルハードの個人的な事情であり、その点に関しては先程文句を言ったのでかなりスッキリしていた。


 アルハードの言葉に『クトゥルフ』は小さく笑った。


「くくっ、ダゴン達は貴殿に良くしてもらっているのだな。感謝する」


「それは違うぞ。ダゴン達にはいつも助けられてるからな、だから俺もあいつらの為に何かしてあげたいってだけだよ」


「そうか……ならば、頼めるだろうか?」


「最初からそう言えばいいんだよ! 任せろ!」


 互いに一通り笑い合い、一息ついたところで『ルルイエ』の場所を聞いた。


『ルルイエ』はインスマスと魔大陸との間にある海域の、丁度中間にある孤島にあるらしい。


 その孤島にある洞窟の最奥にある湖の底。そこに『ルルイエ』へと通じる通路があり、その通路を抜けた先に『ルルイエ』は存在しているのだという。


 幸いにもそれ程遠くない場所である。これがインスマスとは真反対の東の帝国の海だと言われればどうしようかと思っていたが、なんとかなりそうである。


「それじゃあ、近いうちに起こしに行ってやるから、夢に出てくるなよ」


「まこと面白い人間も居たものだ。あぁ、期待して待っていよう」


 最後に一言交わしたアルハードは、摩訶不思議な建物が建ち並ぶ都市に漠然と手を振り、その場から姿を消したのだった。

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