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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
32/60

19-1 クトゥルフとの接触

 気がつけば朝日が薄っすらと世界を照らし始めていた。


「もう朝か」


 インスマスの朝は意外と早い。日の出と共に目を覚まし、軽く朝食を摂った後は各々仕事を始めていた。


 とはいえ、インスマスでの仕事の大半は漁か狩りである。つまりその日食べる物を手に入れることだ。


 一部大工としてイアンとムーン=ビースト達は働いているが、その他の住人は差し当たって自分だけの仕事を持っている者はいない。


 とりあえずアルハードは、ダゴンにこの侵入者達のことを話に行くべきだと思い、彼らにもその旨を伝える。


 裏稼業を生業としてきた彼らも、一晩寝ない程度訳もないということなので、このままダゴンの元へと行こうという話になった。


 一晩中付き合わせてしまったクティーラには、昼ごろまで寝てても構わないと言うと、何故かアルハードの部屋で寝ると言ってさっさと行ってしまった。


 侵入者達を一晩転がしていたのはクティーラの部屋だったので、そのことが引っかかったのだろうと、アルハードは特に気にもせず了承した。天井には穴が空いていたのだが、クティーラは気にしないと行ってしまった。


「じゃあちょっと付いてきてくれ……あぁ、ダゴンはめっちゃデカイけど気にするなよ。別にとって食おうなんて考えを持ってるやつじゃないからな」


 道中ダゴンやインスマスの住人についても話をしておく。


 これから一緒に暮らす者達なのだ、なるべくいい印象を持ってもらって、ギスギスした感じにならないようアルハードは気を回しておく。


 とはいえ、最初から打ち解けられるとも思っていない。


 まず見た目からして人間ではないのだ。魔族に近い見た目だが、その魔族とも違う神話生物。そのことについても軽く話をしておく。


 侵入者達は神話生物というものに半信半疑の様子だったが、詳しいことはまた時間ができた時に話すと言って、今は敵視ないしは、不躾な視線を送らないようにということだけわかってもらえれば良かった。


 インスマスを侵入者達を引き連れ歩いていると、インスマス面達はアルハード以外の人間が居ることに訝しげな、または不安気な視線を向けているが、アルハードと一緒ということで敵視はしていないようで一安心した。


 中にはいつも通りアルハードに挨拶をしてくる者もいた。そのことにアルハードは少しばかり嬉しい気持ちになる。


 アルハードがインスマスに来た当初の、アルハードに向けられた視線は中々に酷いものだったので、こうして人間に対してもその視線がないというだけでも、インスマスの住人の意識が変わったと感じられたのだ。


 やがて海辺に着くと、そこにはすでに漁の準備をしているダゴンと深きもの達がいた。


 なぜか、波打ち際にデリックが倒れぴくぴくしていたが、アルハードは見ないふりをして、ダゴンの元へと向かった。


「おはようダゴン。皆もおはよう」


 片手を上げダゴンや深きもの達に挨拶をする。


 見慣れない人間がいた事に驚いた者が殆どだったが、アルハードの挨拶には皆返事を返してくれた。


「おはよう。昨夜は少々躾をしていたためか、少しばかり寝不足だ」


 ダゴンがちらりと波打ち際で伸びてるデリックへと視線を向ける。


 ちなみに、侵入者達はダゴンを見上げ固まってしまっていた。


 それもそのはず、ダゴンの身長はアルハードの二階建ての家よりもデカイのだ。七~八メートルあるその巨体は、その質量だけで圧倒されてしまう。


「それで、この者達は一体何だ?」


 ダゴンの興味が侵入者達に移され、そのギョロッと飛び出た瞳に見られた彼らは思わず背筋を伸ばし、冷や汗が止まらなくなっていた。


「おいおいダゴン。あんまり威圧してやるなよ……悪いな皆。ダゴンはちょっと話し方が威圧的だけど、そんなに悪いやつじゃないんだ」


 アルハード自身、初めてダゴンを目にした時は彼らと同じ様に硬直してしまった。けれど、今はダゴンともある程度打ち解けており、彼の高圧的な話し方にも慣れた。何より親ばかだというところが普段とのギャップがありすぎて、どこか憎めないでいたのだ。


「こいつらは今日からインスマスの一員となるやつらだよ。あぁ、インスマス面じゃないぞ、普通の人間だ」


「ほう……人間がこの地に訪れるとは、何か後ろめたいことでもしていたのか?」


 アルハードは鋭いなーと思う反面、やはりそういう考えにもなるのかと納得していた。


 事実彼らは裏の人間であり、後ろめたいと言えばその通りである。とはいえ、訪れる者全てにそんな印象を持たれるのは良くないことなので、この件についてはダゴンに言い聞かせる必要があると考えてもいた。


 しかし、昨夜こいつらに襲われた。などとバカ正直に言ってしまえば、そのことにクティーラが関わってしまったことがバレてしまう。そうなればクティーラ大好きダゴンはまず間違いなく彼らを惨殺してしまうだろう。


「まぁ、こいつらは俺と似たような境遇でな、王都だとかで堂々と暮らせないんだよ。だからまぁ、いっそインスマスで暮せばいいと思ったんだ」


「しかしインスマスに住んでいる者達は――」


「そういう排他的なところがここの住民達の良くないところだな! インスマスは一体どれ程文明が遅れてるか知ってるか? 新しい知識と技術を村に取り入れて行くのも村長の役目だと俺は思うよ! もちろん今住んでる者達にとって害悪になる様なら俺が追っ払うけどさ」


 ダゴンの言葉を遮り、新しい風をインスマスに入れることが大事だと力説する。


 実際インスマスの文明は王都に比べると遥かに遅れている。


 インスマス面達には、どうせ深きものへと進化し、永遠とも呼べる時を海の中で過ごすのだから。そう諦めている様な節が見受けられた。


 そして、彼らはここインスマスに来るきっかけとなった辛い過去により、人間を避けている。


 けれど、それでは駄目だとアルハードは考えていた。


 アルハードは今に生きている。過去を思い出しても、そこには惨めな自分しかいない為だ。だからこそ、今と向き合い、先を見据える。


 これは自分のエゴかもしれないと思うが、それでも統治者として自分の考えをしっかり持とうと必死だったのだ。


「ふむ……確かにアルハードが来てから村には活気が溢れている……新しい知識と技術か、悪くないことなのかもしれないな」


「うんうん。こいつらがその第一号だな!」


「なるほどな。して貴殿らは一体どんな知識と技術をこのインスマスに齎してくれる?」


 それまで饒舌に話していたアルハードの顔が曇る。


 実はダゴンを言いくるめるべく、ここまでは考えていた言い訳通りに口を動かしたに過ぎなかった。


 もちろんアルハードの本音ではあるが、ここで侵入者達に何ができるか問うてくるというのは想像していなかった。


 ダゴンは少々堅苦しいところがあるが、多分納得してくれるだろうという打算があったが、ここで上手く行かないところが実にアルハードらしかった。


 事実侵入者達ができることといったら暗殺か、人攫い等であろう。


 しかし、そんな知識や技術などインスマスで暮らしていくのに必要ないものであったし、害悪になり得るものだろう。


(やばい、ナルどうにかして)


(はぁ……まったくアルはどうしてこうも詰めが甘いのでしょうね)


(それすごく自覚してるから! だからお願い!)


(大丈夫ですよ)


(何がだよ!)


 アルハードがナルに懇願していると、侵入者の女が意を決したようにゴクリと喉を鳴らし、一歩前へと出た。


「私の名はロージー、今日からこのインスマスで暮らさせて貰うわ。あなたの質問だけれど、私達にできることは知識と技術ある者をこの村に引き入れることよ」


 胸に手を当て、堂々とした振る舞いで侵入者の女改め、ロージーはダゴンに告げる。しかしその手は震えており、目の前のダゴンという存在に恐怖を感じていることは確かだ。


 今は忠誠を誓ったアルハードの知り合いだということで、なんとか正気を保ち、自身を奮い立たせているのだろうが、もし何も知らずダゴンと対峙してしまったら、常人であれば逃げ惑うか、泣き喚くかのどちらかだろう。


 怖い思いをしているだろうに、なんとかアルハードの為にとロージーは健気にも震えを押さえ込もうとしていた。


「知識と技術ある者を引き入れる?」


「えぇ、そうよ。私達はこの村の為になる存在を連れてくることができる。あとはそうね……諜報活動も得意よ。他国のことを知ることはこの村の発展にも繋がるわ。どう? 私達がこの村に住むことを許可してくれないかしら?」


 ロージーの言葉を聞いてダゴンは考える素振りをする。


 ダゴンが黙り込んだことで、ロージー達にも緊張感が漂っている。


 一方アルハードは、ロージーの上手い物言いに感心していた。


(こいつすごいな。よくあれだけ口が回るよ。知識と技術ある者を引き入れるって要は人攫いが得意で、諜報活動もできるって、スパイも得意ですよって事だろ)


(伊達に裏社会で生きてきた訳ではないと言う事ですね。アルも見習うべき点は多そうですよ)


(わかってるよ)


 ロージー達が緊張感に押しつぶされそうになっている中、アルハードはのほほんとナルと会話していた。


 やがてダゴンが口を開いた。


「ふむ。インスマスに住む為の許可を私から出す必要はない。アルハードが良いと言ったのだ、私からは何もない」


 その言葉にロージー達の表情が緩んだ。


 ついでにアルハードの顔にも笑顔が生まれ、よかったな! とロージー達に声をかける。


「いやーダゴンに駄目って言われたらどうしようかと思ったぜ」


「この者達はインスマスがより豊かになるようにしてくれるのだろう? であるならば当然だ」


「なんだ、ダゴンもわかってるじゃん! あとはもうちょっと優しく話せる様になれば完璧だな!」


「むっ……善処しよう」


 和気あいあいと会話しているアルハードとダゴンに、ロージー達はなんとも言えない顔をしている。


 アルハードの物怖じしていない様か、あるいはダゴンの変なところで生真面目な様子か、なんにせよ自分達の主はやはり只者ではないと再認識していた。


「あ、そう言えばこいつらが住めそうな家ってあるか?」


「ふむ。イアン達が頑張ってくれてはいるが、今はまだ誰かの住んでいる家の修繕で手一杯の様子だ」


「うーん、住む場所が足りていないってのは問題だな」


「あの、アルハード様。私達はどのような場所でも構わないのだけれど……」


「いや、最初に住む場所と食べ物は保証するって約束したし……あとアルでいいよ」


「えっと、アル……様?」


「様もいらない」


「じゃ、じゃあ、アル……君」


 住む場所の話から、アルハードの呼び方というどうでもいい話題へと脱線し、アルハードは様付けで呼ばれるむず痒さもあり、なんとか様は取っ払う様言い聞かせていた。


 アルハードとしても、早く彼らと打ち解けたかったこともあり、忠誠を誓ってもらったとはいえ、様などと畏まられていては、いつまで経っても打ち解けられないと思っていた。なんとか呼び捨てもしくは君付けにしてもらった。


 ちなみに、アルちゃんだけは断固拒否だ。


「……っと、いけないわ、話が脱線してしまったわね。それで、私達の住む場所はすぐに用意してくれなくても大丈夫。数日インスマスで滞在した後に私達は再び王都へ向かいます」


 ロージーが話を戻し、今後の予定をアルハードとダゴンに伝える。


「コレット伯に会いに行き、アル君の作戦通り報告をしたら、私達は再びこのインスマスへと戻ってくるわ。その際に、私達がインスマスの為に役立つということをアル君とダゴンさんにお見せします」


 そう言いながらロージーは他の侵入者達に目配せをする。彼らもロージーの考えていることが理解できているようで、互いに頷き合っている。


 アルハードはよくわかっていなかったようで、何のことだ? と聞き返していた。


「王都から戻ってくる時に、知識と技術はあるのに王都で困っている人達を連れて来ます」


 つまりロージー達が考えていることは、先程ダゴンに言った知識と技術ある者をインスマスにつれてくるというものだった。


 一流の腕を持ちながらも、王都での生活が立ち行かない者を説得し、インスマスに来てもらうとのことだった。


 王都からインスマスへの道のりは長く、かなりの時間を要するため、住む場所は自分達が戻ってくるときまでに用意してもらえればいいとのことだった。


 たしかにそれならばイアンもなんとかなるであろうし、何よりもアルハードが今欲している人材を確保できる。


 ロージー達もやる気みたいだったので、ここは任せてしまおうと思っていた。


 そして、アルハードはその話の中で一つあることを思いついたのだ。


「ロージー達の考えはわかった。やる気もあるみたいだしお願いするよ。あと、良いことに気付かせてくれた」


 それは、ロージー達がコレット伯爵に会いに行くという点である。


 ここ数日アルハードのストレスを加速させていた『クトゥルフ』の夢。ナルに言わせれば寝言らしいが、最近はアルハードもいつまでも寝言を垂れ流して来やがってと思っていた。


 いつまで経っても止まないのなら、自分からやめろと言いに行けばいいのだと。


 そのことをダゴンに伝えると、呆れたような、困ったような表情をされたのだった。

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