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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
31/60

18-1 侵入者達の誓い

 最後のもうひと押し。それはこのインスマスでの待遇といったところだろう。


 このインスマスは、彼らの居場所になり得るであろうことをアルハードは話すことにした。それで駄目ならば諦める。


「インスマスに住むっていうのなら、食と住は提供してやるぞ。服はまぁ……布がないから無理だけど」


 衣食住の保証。その中でも食べるものと住む場所は提供することができる。


 インスマスでは貨幣は中央国クレイアデスのものがいくらかあるが、基本的に貨幣での取引はしていない。


 狩りによって得た食糧はある程度平等に住民な行き渡るようにしているためであるし、娯楽はないし、物資だって基本的に不足している。その為、貨幣経済は発展しようがないのである。


 皆それぞれが自分のやるべきことを行い、助け合い支え合っている状態である。


 働かざるもの食うべからずであるが、インスマスでは皆一様にそれぞれ仕事はしているのである。


 服だけは十分な量の布がないので、皆インスマスに来た時に身に着けていたものか、深きものとなった者のお古を使っているかである。どうせ二~三年でインスマス面は深きものへと進化し、海で生活するようになるためだ。


「まぁこの辺境の地なら何かに怯えて過ごす必要もないだろうし、仕事は自分のできることをしてくれればいい」


 アルハードの言葉に顔を上げる侵入者達。


 彼らからすれば、何かに怯えて生活することがなく、自らの手を汚さないでもその日食べるものに困らないというのは魅力的なものなのだろう。


 しかし、住む場所はボロ屋であるし、数もそれ程ないので共同になってしまう。食べ物も九割が魚か魔物の肉であるため、非情に偏った食生活になってしまう。


 とはいえ、嘘は言っていない。そう、嘘は言っていないのだ。


「あ、村の連中とは仲良くしてくれよ? 俺達とは見た目が違うけど、皆良い奴らだからさ……誰も、お前達が裏の人間だからって蔑ろにしたいなんてしないから」


 アルハードとしては、彼らがインスマスで暮らすことになった時に、自分と見た目が違いすぎる彼らをどう思うかが一番の気がかりだった。けれど、彼らと生活を共にしてきたアルハードは、たぶん大丈夫だろうと楽観的に考えてもいた。


「でも、私達がいることで彼らに迷惑をかけるんじゃないかしら……」


「それって別の暗殺者が送られてくるってことか。うーん……」


 そのことはアルハードも気にはなっていた。


 ここで彼らを受け入れることは簡単だが、そのせいで村の住民に被害が及ぶのはアルハードも良しとしていない。


 なんとかいい方法はないだろうか。例えば、コレット伯爵がアルハードを諦めてくれるような、それでいて侵入者達の命が即座に狙われることのないような。


(そもそもアルがこのインスマスにはいないということにすればいいのでは?)


 アルハードがうんうん悩んでいると、ナルがアドバイスをくれた。


(俺がインスマスにいない?)


(そうです。誰がアルがインスマスにいると伝えたのかは予想がついています。おそらくそのコレットという貴族はその者から聞いたのでしょう)


(え? 誰か分かってるの?)


(察しが悪いですね)


(はいはい察しが悪いアルハードに教えてくれよ相棒)


 一言多いんだよなぁ、素直に教えてくれればいいのにと思うも、ナルならばいい案があるだろうと、ここは下手に出ることにした。


 仕方ないですねぇ。と前置きをした後、ナルが身体の主導権を貰ってもいいかと言ってきた。


 ナルに身体の主導権を預けるのはこれが初めてではないので、そのことに関しては快諾しておいた。


 身体の主導権をナルが持つと言っても、それは簡単な動きと、話をする程度しかできない。


 このままナルがいい方向へと話を持っていってくれるのだろうと、アルハードは気楽な気分でナルに身体の主導権を預ける。


(ふふふっこれでアルの身体は私のもの……)


(不穏なこと言ってないでさっさとやってくれ)


(ノリが悪いですね。良いでしょう! 完璧なアルを演じてみせますよ)


 何故かテンションが高めのナルにアルハードは訝しんだが、珍しく手を貸してくれるというのだ。野暮なことは言うまい。


 ナルはアルハードにとって演技の先生でもあり、お手本だ。アルハードは自身の中にナルが居て、今はナルがアルハードの代わりをしていると周囲にバレるとは思っていない。


 その点に置いては謎の安心感があった。なにせナルは自身の存在を公にしたくないみたいであった。


「よし、良いこと思いついた! けどその前に一つだけ確認させてくれ。俺がインスマスにいるって言ったやつは誰だ?」


 それはアルハードも気になっていたことだ。ナルはすでに当たりを付けているらしいが、ここで侵入者達から確証を得たいようだった。いや、ナル自身はもうわかっていて、不自然にならないよう敢えて問うたのかもしれない。


「この地に唯一訪れてたという商人よ」


 侵入者の女が端的に答える。


 アルハードは商人、商人……と記憶を辿る。そして、すぐにあの日インスマスで見かけたあの人間だと気付いた。


(あー! あいつか!)


(やっと気付いたのですか)


(あぁ! あの野郎! もうインスマスには来ないだろうけど、今度見かけたら吊し上げて魚と一緒に干物にしてやる!)


 あの日、確かに商人を見かけたことをアルハードはハッキリ思い出した。こんな辺境の地に人間の商人だなんて珍しいなと思ったが、その時は臭気抑制のことで舞い上がっていたため、後回しにしていたのだ。


(そうです。あの商人以外にはアルハードがこのインスマスにいることを伝える人物はいないのですよ。王都を出てからインスマスに来るまでの間、追っ手の気配はありませんでしたし、インスマスに来てからも怪しい人物の気配はありませんでしたからね)


 ナルのその言葉を聞いたアルハードは感心していた。


 まさかあの性格の悪いナルが、追っ手の存在や、怪しい者がいないかを見てくれていた等と思いもしなかったからだ。


 アルハードは感心するとともに、少しだけナルを見直した。


 そんなアルハードを置いてけぼりにし、ナルは更に口を開いた。


「やっぱりか……じゃあもう一つ。あの商人以外に俺がインスマスに居るって言ってたやつはいるか?」


「いいえ、いないわ。コレット伯爵も半信半疑のようだったけれど、それでもとってことで私達を雇ったみたい」


「よしっ、それならなんとかなりそうだ」


 そう言ってからアルハードに扮したナルは作戦を告げる。


 ナルはあの商人以外はいないと確信していたようだが、今のもまた話の流れをスムーズにするため敢えて言ったのだろう。


 ナルが立案した作戦はこんな感じだった。


 まず、侵入者達は一度依頼主であるコレット伯爵の元へと帰る。そこでコレット伯爵には、インスマスにはアルハード・ボールドウィンはいなかった。村人が匿っている様子もなく、あれはあの商人が金欲しさに付いた嘘だと報告する。


 そもそもアルハードがインスマスにいるということにコレット伯爵は確信を持てていない。本当にいるのならば捕え利用するといったところだろう。アルハードの情報もたった一人の商人からのみで、信憑性も高いわけではない。


 侵入者達は実際にインスマスにアルハードがいることを確認したが、それをいなかったと報告する。そうすれば任務に失敗した訳ではないし、罰を受けることもないだろう。


 そうなれば、虚偽の情報を流し、金だけを持っていった商人に対しコレット伯爵は激怒するだろう。


 商人は気の毒だが、アルハードとて人生がかかっているので、そんなことは気にしていなかった。


 商人に対して激怒しているコレット伯爵の意識はアルハードから商人へと向くだろう。


 その後侵入者達は自宅ないし、隠れ家から貴重な物だけを持って姿を眩ませればいいというものだった。その後本当に消息を絶つか、再びインスマスに戻ってくるかは自ら選べばいいとのこと。


 裏の人間が突然姿を眩ませようと、任務中でなければ、あいつは死んだのかと思ってくれるだろうとのことだった。


 これによって、アルハードはインスマスにはおらず、更に侵入者達は任務にも失敗していないので、殺されたりすることはなくなる。インスマスで新たな人生を歩み始めたとしても、インスマスの住民に迷惑がかかることはないだろう。


 この作戦を聞いた侵入者達は、それなら……と僅かに安堵の表情を浮かべた。一緒に難しい顔をしていたクティーラにも笑顔が溢れる。


「確かにこれならあなたにも、私達にも、ここの住民にも迷惑はかからないわね……」


 侵入者の女は、アルハードに扮したナルの言葉を聞いて、思案げな表情をしつつも感心している様子だ。


 本来ならば顎に指を当て、その端麗な顔で何かを考える姿はさぞ様になっただろう。しかし、今は触手簀巻になっているため、どうにも滑稽に見えてしまう。


(さ、後はアルがおやりなさい)


(えっ)


 っと惚ける時間も無いまま身体の主導権が戻ってくる。


 慌てそうになるアルハードだったが、折角ナルがここまでお膳立てをしてくれたのだ。ここで水を差すようではいけないと自身を奮い立たせる。


 まずは触手を引っ込め、彼らを簀巻から開放する。迂闊な行為だとは思うが、これも演出の為である。


 しかしアルハードには、ここで拘束を解除しても彼らがいきなり襲い掛かってきたり、自殺を図ろうとするとは思えなかったからだ。


 彼らには選択肢を与えた。どれを選ぶかは彼ら次第である。


 突然拘束が解除されたことに、侵入者達は一様に驚いているようだった。


 アルハードは小さく息を吸い、なるべく穏やかな表情、声音を意識彼らに問うた。


「さぁ、お前達はどうしたい? このまま裏の人間を続けるか、このインスマスで暮らすか……それとも自ら命を絶つか。選ぶのはお前達自身だ。俺にそれを決める権利はない」


 アルハードは真っ直ぐ彼らを見る。


 しばらくして、一人の男が口を開いた。


「俺は、俺はこの村で暮らしたい! いいだろうか……?」


 その声にアルハードは力強く答える。


「もちろん! よろしくな!」


 それを皮切りに侵入者達は次々と自分の意思を口にする。


 皆その目には生きていたいと、力強い光が宿っていた。


「お、俺もだ!」


「私も、あなたの元で人生を送りたいわ」


「あんたに忠誠を誓うよ! こんな俺の忠誠なんていらないかもしれないけど」


「あんたに仕えさせてくれ!」


 一人愛の告白のようなことを言っている者がいたが、この流れでそれはないだろうと、アルハードは気にもとめなかった。


 それよりも、アルハードは忠誠という言葉に慌てふためく。


「お、おい、忠誠とか仕えるとかそういうのは勘弁してくれよ! 確かに俺はインスマスの村長を任されているけどさ、そんな器じゃないし、この村では皆対等だから!」


 さっきまでのアルハードは何処へやらといった感じで、一度化けの皮が剥がれたアルハードはそこから取り繕え無かった。


 折角かっこいい感じで進んでいたのだが、こういったところがアルハードの残念なところなのだろう。


「対等でもなんでもいい! 俺は、いや、俺達は今あんたに救われた! だから俺達の忠義を受け取ってくれ!」


「いや、ちょっ、えー……」


 押しに弱く、ノーと言えないアルハードは視線を泳がせ歯切れが悪い。


(いいではないですか)


(そうは言ってもだな……)


(ここで良いと言わなければ、私の頑張りは一体何だったのでしょうね? アルは私の頑張りを無碍にするおつもりなのですね)


(そういうこと言っちゃう!?)


(いいから男らしくなさい。見た目も女々しければ心まで女々しいのですか?)


(なんだと!? あぁ、くそ! いいぜ! やってやらぁ!)


 ナルの挑発にあっさりと乗せられてしまい、思わず啖呵を切ってしまう。


 そしてそのままの勢いでアルハードは口を開く。


「いいぜ! お前達の忠義とやらを受け取ってやるよ!」


 その言葉に侵入者達の顔は明るくなる。


 アルハードはといえば、忠義を受け取ってもらうことがそんなに嬉しいことなのかと疑問を持つが、そういえばムーン=ビースト達も帰ることなく、アルハードに仕えたいと言っていたことを思い出した。


 とはいえ忠義を受け取ると言っても、それは形ないものなので特に困らないと考えていた。


 しかし、そう思っているのはアルハードだけで、侵入者達はどうやら違うようだった。


「これより私達はあなたに……いえ、アルハード様に忠義を誓うわ」


 侵入者の女がそう言うと、侵入者達は皆手を差し出す。


 しかし、アルハードにはそれの意味するところがわからなかったため、小首を傾げるだけであった。


 場を静寂が包み込んだ。


「……えっと、あの……やっぱり私達の忠義は受け取ってもらえないのかしら?」


「は? 忠義なんて形あるものじゃないし、受け取るとか受け取らないとか意味わかんないんだけど」


「は?」


 言葉を発したのは侵入者の女だけであったが、他のものも彼女と同じ様な顔をしていた。


 何が何やら訳の分からないアルハードに、ナルがため息を吐きながらも教えてくれた。


(彼らはアルに魂の忠誠を誓いたいのですよ)


(え? 何それ)


(なぜこの世界のことなのにアルが知らないのでしょう……)


 再びナルが呆れたように、魂の忠誠について説明する。


 魂の忠誠とは、その名の通り魂から忠誠を誓うというものだ。アルハードが前にナルと行った魂の契約はお互い対等な関係であるが、魂の契約には主従関係が発生する。


 魂の忠誠は主に絶対の誓いを立てるものである。つまり、魂の忠誠をアルハードに捧げた彼らは、今後一切アルハードを裏切ることができなくなる。


 王の右腕として活躍するボールドウィン家のアルハードも本来ならば、成人と同時に王へと魂の忠誠を誓うはずだったのだが、アルハードのあまりの落ちこぼれっぷりに、父ダミアン・ボールドウィンはその儀式を先送りにしていた。それ故にアルハードは魂の契約を知らなかったのである。


 何はともあれ、魂の忠誠をするということは、目の前の侵入者達はそれ程までに、アルハードに忠義を受け取って欲しいという気持ちが現れている証拠である。


 ちょっと重いとアルハードは思いつつも、受け取ると言ってしまった手前断ることはできなかった。


 魂の忠誠は、魂の契約と同様相手の身体に触れなければならない。そこまで説明を聞いたところで、アルハードは渋々と言った様子で手を差し出した。


 目の前にいるのは五人。アルハードの指は五本。皆それぞれがアルハードの指に触れる。


 何だこの光景シュール。アルハードは内心そんなことを考え、思わず失笑してしまう。


 何よりも、他の四人はそれぞれアルハードの指に軽く触れる程度だが、一人だけ小指に自身の小指を絡ませてる者がいた。言わずもがな、侵入者の中で唯一女の彼女である。


 そして、その彼女が代表して口上を述べた。


「我々は、今をもってアルハード様に忠誠を誓う。我々はアルハード様の手足となり、この生命果てるその時まで、彼の者に魂を捧げる」


 その言葉に続くように、他の四人も魂を捧げる。と口にした。


 瞬間。アルハードと彼らが触れている箇所が光り輝き、すぐに収束していった。

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