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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
30/60

17-2 侵入者

 クティーラを人質に取ったばかりに、あっさりと捕まってしまった侵入者の女は、今アルハードの触手で簀巻のように拘束され床に転がされている。


 顔を隠すように目深に被られたローブだったが、今はその素顔を晒していた。


 闇に紛れるためか、不自然に真っ黒に染められた髪に、意志の強そうな青い瞳が特徴的な美人だ。


 最早詰みの状況であるが、彼女は麗美な顔を歪ませながらも、その目はキッとアルハードを睨みつけていた。


 他にもアルハードを襲った四人も同様に触手で簀巻にされ、クティーラの部屋に転がっている。


 こちらは全員男だった。


「さてと、じゃあとりあえず目的と雇い主を教えてもらおうか」


 腰に手を当て、なるべく威厳が出るように彼らに語りかけるアルハード。手を当てている腰からは、以前多数の触手が出ており、なんともシュールな光景である。


 なおクティーラはベッドに腰掛け、事の成り行きを黙って見るつもりのようだった。


「私達が簡単にそのことを吐くと思う?」


「だよなぁ……でも教えてもらわないことには話しが進まないし。それに、どうして俺がここにいたと知っていたのかも知りたい。ここ、王都からすげー遠いんだぞ?」


 アルハードとしては、目的だとか雇い主は正直言って二の次であった。一番知りたいことは、何故自分がインスマスにいることを知っているかだ。


 インスマスは地図にも載ってない場所であり、更には中央国の王都からかなりの距離がある。テロリストとして名が馳せてしまったしまったアルハードとしては、安息の地になるはずのインスマスにいることが父親にバレることを恐れていた。あるいは、もう知られているのかもしれない。


「もう完全に俺の勝ちだろ、お前たちは話すかイモムシの様に這うくらいしかできないだろ。ほら吐け吐け」


 そうは言いつつも、アルハードはまだ警戒を緩めてはいない。相手はプロの暗殺者もしくはそれに準ずる者達だということはわかっている。その証拠に、簀巻状態にしてはいるがまだ触手を切り離していない。


「こんなんでもね、私達は暗殺者を生業にしてるの……仕事を失敗した暗殺者には決まった未来しかないわ」


 一瞬アルハードはその言葉に首を傾げかけたが、目の前の女が何を言っているのかすぐに理解した。


 裏の人間が仕事をしくじればそこに待っているのは死だ。


 口封じの為に別の暗殺者に殺されるか、酷ければ捕えられ、死んだほうがマシな拷問を受けるかもしれない。それを避ける為に何を行うか。答えは自害だ。


 今侵入者達は簀巻状態でナイフで自殺を図る等できないだろう。けれど、彼らは常にいくつかの自殺の手段を持っているだろう。そう、例えば口の中に毒を仕込んでいる等である。


 即座にそのことに気付いたアルハードは、思わず舌打ちをしながらもすぐに行動に移る。


「くそっ、死なせないぞ!」


 腰から伸びてる触手とは別に、手や肩から幾つもの細い触手を出す。肩から無理やり触手を出したことで服が破れるが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


 幾つもの触手が侵入者の口をこじ開け、蹂躙するかのように彼らの口の中で暴れまわる。


 侵入者の内男四人はどうでもいいが、一人は女だ。しかし、そんなことは関係なしに触手は突っ込まれる。


「もごっ」


「うぐぅ」


 侵入者達がそれぞれくぐもった声を漏らす。


 光景としてはかなり危ない光景が目の前に広がっているが、そのことを気にする余裕があるのはこの場ではクティーラだけだった。


「うわ……えっろ」


 クティーラが何か言っているようだが、それはアルハードの耳には入らない。


 一人辺り数本の触手が口の中で何かを探すようにうねる。


「これか!?」


 触手の先に何か感触があったため、アルハードはそれを触手で絡め取り、引き出す。小さなカプセル状のそれは、恐らく即効性の毒が入ったものだろう。


 最初に女の侵入者から取り出し、立て続けに残りの者も口の中から小さなカプセル状の物が取り出された。


「げほっげほっ、うぇえ気持ち悪い」


 侵入者達はそれぞれえづいたりしているが、その中でも特に女の侵入者は触手が嫌だったらしく、目尻に涙を浮かべながらも、恨みがましそうな目でアルハードを睨みつけている。


 アルハードはその視線に耐えかね、目を逸してしまう。


 今の自分の行いはとてもではないが紳士のそれではない。やや背徳的な気持ちになるが、今のは仕方なかったと自身を正当化する。


(無理やりとは……いやはや恐れ入りました。アルにもこんな獣のような一面があるのですね)


(すっごい勘違いだからな!?)


「そういえばクティーラ、何か言ってなかった?」


「いえ、何も」


 素知らぬ顔で、何もありませんでしたとクティーラが言う。


「まぁいいか……手荒な真似をして悪かったな。とはいえお互い様だな。さて、改めて聞くが、目的、雇い主、どうして俺がインスマスにいることを知っているのか話してもらおうか」


 アルハードの問いかけに口を開く者はいない。


 しばらく無言が空間を支配していたが、やがて侵入者の女が口を開いた。


「仮に私達がそれをあなたに教えたとして、あなたは私達を苦しませずに殺してくれるのかしら?」


 彼女がリーダーなのだろうか、他のメンツを見渡すと、まるでその言葉が自分達の総意だと言わん目をしていた。


「殺す? お前たち自殺しようとしたりしてたしなんでだ?」


「なんで? なんでってそんなの決まっているわ。私達は失敗した、そして今回の依頼主は失敗を絶対に許さない人よ……そうね、たぶん私は性奴隷に落とされるか、もしくは変態な貴族共に見世物として魔物に犯されるとかそんな感じね。男達はどうでしょうね、あなたわかる?」


「さぁどうだろうな……人体実験にでも使われるんじゃないか?」


「そう……わかったでしょ? 失敗した以上私達は死ぬよりも辛い目にあうわ。だから殺して、どうせ死ぬんだし全部教えてあげるから」


 悲痛な面持ちで彼女はそう言った。殺してほしいと。


 アルハードとてわかっていたことだ。これでも元公爵家の人間である。けれど、実際裏の者を目にして、話をしてみて、自分の認識の甘さが嫌になっていた。


 実際に死んだほうがマシと本人達の口から言われたのだ。


「うーん……情報は話してもらう、だけどお前たちを殺すのはちょっとなぁ……その依頼主から逃げるってできるのか?」


「できると思う? 最早私達に居場所なんてないわ。別にあなたが直接手を下す必要はないわ。自分でケリをつけるから……まぁ、あなたを襲撃しておいて虫の良いことを言っている自覚はあるわ。それとも、私から依頼主を聞き出して私達を差し出すつもり?」


 どうあっても彼女らには死以外の道はないようだ。まるでそれが、唯一の救いでもあるような言い草である。


 そんな中、アルハードは彼女の言ったある言葉に引っかりを覚えた。


 居場所がない。その言葉に、アルハードはどこか王都にいた頃の自分と、目の前の侵入者達を重ねた。


 公爵家の次男であったアルハードと、裏稼業の彼らを同一で考えるなどできることではないが、それでも居場所がないという点ではどうしても自分と同じだと思ってしまった。


 けれど、アルハードは王都を飛び出し、今こうしてインスマスに自分の居場所を見つけることができた。


 そこでアルハードはあることを思いついた。


「話は変わるけどさ、お前たちには家族や恋人なんかの大切な人はいるのか? もしかしてその依頼主に人質に取られているとかないか?」


 アルハードのいきなりの問に彼らは戸惑いを見せる。そして、少し悩んだ後各々口を開いた。


 誰一人として家族や親しい友人、恋人等の大切な人はいないという。


 そもそも彼ら五人もそれ程知った仲という訳ではなく、何度か依頼で鉢合わせたという程度の関係だった。今回もたまたま同じ依頼を受けた者同士というだけの認識でしかないようだ。


 その話を聞いたアルハードは、都合がいい。そう思ったのだ。


「じゃあさ、皆この村で暮せばいいよ」


 アルハードのその言葉に、五人は一様に目を見開いた。


「あなたは何を言って……」


「何をって、そのままの意味だけど?」


「私達はあなたを襲ったのよ?」


「わかってるよ。お人好し過ぎるとか、甘いとか言いたいんだろ?」


「ならどうして……」


 確かにアルハードが言っていることは、襲撃された者が言うようなセリフではない。甘すぎると言われて然るべきだろう。


 けれど、どうしても彼らの境遇がアルハードには放って置けなかったのだ。


 居場所がない。裏稼業をしていることから大手を振って外を歩くことができない。報復でもされるのではないかと怯えて過ごす日々。


 居場所が無いと言うと、アルハードにはまだソフィアの研究所があったし、周りの蔑む視線さえ我慢すれば外は歩ける。父の機嫌を損ねなければ良いという考え。


 彼らに比べればアルハードはむしろ恵まれていただろう。だからこそ、そんなアルハードよりも辛い人生を送って来た彼らが気になったのだ。


 インスマスでは助け、助けられの日々である。お互いに恩を感じ、それに報いようとしている。


 だからこそ、アルハードは彼らに手を差し伸べようと考えている。


 アルハードの手が届きそうな位置に彼らはいるのだから。


「別に、襲撃されたことは気にしてない。被害も天井に穴が空いたくらいだしな……そりゃクティーラが人質になったときは困ったけど、結果的になんともなかったし」


「そうですね。むしろ彼女には怖い思いをさせてしまったかもしれませんね」


 ごめんなさいとクティーラは侵入者の女に向けて微笑みながら謝罪する。


 確かに自分の手が相手の身体の中に入るなんて怖い思いをしただろう。


「クティーラもこう言ってるしな。それに、俺なんてインスマスに来た時なんか住民に襲われてるけど、今は気兼ねなく話せる間柄だし」


 そう言ってアルハードはニカッと笑う。


 それでも侵入者達は納得ができないといった表情だ。


「でも、だからって……」


「うーん……じゃあさ、お前達の雇い主って誰だよ。どうせクレイアデスの貴族辺りだろうけど」


 アルハードとてなぜ襲撃されたのか心当たりはある。が、その依頼主の候補が多すぎて絞りきれないのであった。


「…………エイブラム・コレット」


 やや長い間があって、侵入者の一人が答えた。


 エイブラム・コレット。クレイアデスの伯爵である。


 アルハードの記憶では直接見たことがあったのは一回か二回程度である。公爵家の人間なので、一応貴族の名前と顔は頭に叩き込まれているため、名前と顔を一致させるのは容易だった。


 確か、前王の時代に美味しい汁を啜り、現王に政権が移った際にはあまりいい顔をしていなかったという印象があった。


 アルハードの中では、いやらしい目をした成金デブ。これに尽きた。


「あぁ、あいつね」


 そこでアルハードはしばし考える。


 エイブラム・コレットはクレイアデスの国内でもかなり東の方に領地をもつ貴族である。領地の規模はそれなりにあるが、税が厳しかったはずだ。公爵自身が保有する軍の規模は覚えていないが、現王、ボールドウィン家によくない感情を秘めているとかで、ボールドウィン家内でも警戒していたはずだった。


「で、俺を襲った目的は?」


 アルハードの中では、エイブラム・コレットであれば大丈夫だろうと思っていたが、ある程度確信が持ちたかったため、更に情報を引き出す。


 侵入者達は最早諦めたのか、端的に依頼内容を喋る。


「アルハード・ボールドウィンを旗印にし、王家への謀反。もしくはボールドウィン家の取り潰し」


「はっはーなるほどな」


 アルハードはそれを聞いて納得した。


 たぶん本命はボールドウィン家だろうと。


 アルハードが国の研究機関をふっ飛ばしたことを、国に対する不満の現れとして旗印にでもするつもりなのだろう。


 実際アルハードは現王に不満などなかったのだが、アルハードの気持ちなどこの際関係ない。


 そして、王家への謀反は恐らく失敗に終わる。その際にボールドウィン家の次男が起こしたとして、ダミアン・ボールドウィンに責任を取らせ、公爵の位を剥奪させるつもりだったのだろう。


 現王とダミアン・ボールドウィンは戦友とも呼べる仲であり、また彼は現王の右腕的な存在だ。ボールドウィン家を取り潰すだけでも現王の戦力は大幅に奪い取れるし、そこで弱ったところを。という寸法だろうか。


「よしよし、よく話してくれたな」


「……それで、何あなた一人で納得しているのかしら?」


 侵入者の女は訝しげな目でアルハードを見ている。


「あぁ、たぶんだけどコレット伯爵なら大丈夫だろうってな」


「は? どういう意味よ」


「コレット伯爵の領地はクレイアデスの中でも東寄りだ。もし仮に、今回お前達が失敗したことで自軍を使うとしても、大量の兵士を派遣することはないだろう」


「なんでそう言い切れるのかしら? こう言っては何だけど、コレット伯爵ならやりかねないでしょう?」


「確かにあのデブは自分の欲に忠実だが、そこまで馬鹿ではないと思う。もし、大量の兵士を投入するならば、国を抜けるまでに他の貴族にバレるだろうな。当然なぜ? となる訳だ。そこでコレット伯爵は理由を説明できないだろ? だからこそ、今回こうやってお前達を雇ったわけだしな」


 軍を動かすのにはそれなりの理由が必要だ。そして今回はアルハードを捕え、謀反の旗印にすることが目的である。しかし、これは謀反の準備をしていますとは言えないだろう。


「それに、ここインスマスまで一体どれだけの距離があると思ってるんだよ。お前達だってここに来るまでには相当苦労したはずだろ? 特に食い物と、荒野での魔物には手を焼いたはずだ」


 その言葉を聞いて侵入者達は、確かにと頷いた。


 クレイアデスからインスマスまでの距離は相当ある。それこそ軍を率いて来るのであれば、魔物の心配は無いにしても、兵糧はかなりの量準備しなければならない。


「軍を動かすのには大量の人と金が必要だ。あの欲望塗れのデブがわざわざそんな金を使うとも思わないし、自領の守りを手薄にさせるとも思わない。だから大丈夫だ」


「理由はわかったわ。けれど、また私達みたいな者を雇うかもしれないじゃない」


 そのことについてもアルハードは考えていた。そして、それも大丈夫だと楽観的に考えている。


「まぁ、そんときはまた撃退すればいいしな。なんせインスマスには優秀な戦力がいるからな」


 言わずもがな、ムーン=ビーストのことだ。


 アルハードが見た感じでは、一般の兵士達ではムーン=ビーストに勝てないだろうということ。王都の第一騎士団や、王の近衛騎士団が相手ならば負けるかもと思うが、たかが伯爵の持つ兵士には負けることはない。


 暗殺者にしてもそうだろう。実際アルハードに瞬殺された五人がまとめてムーン=ビースト一体と対峙したところで、あの槍に貫かれて即死だろう。


「あの気味の悪い化け物のことかしら?」


「おう、流石に知ってるか。でもまぁ、あいつらのこと化け物とか言うのはやめてくれよ? あとインスマス面とか深きものもな」


 アルハードとしても、これからこのインスマスで暮らすのであれば、一緒に生活していく住民を化け物だとか気味が悪いなどと言ってほしくないので、その点に関しては後々よく言い含めておく考えだ。


「で、だ、暗殺者なんてものはやめて、新たにこの地で人生を歩む気はないか?」


「それは……」


 侵入者達はお互い目を合わせること無く俯き、答えを渋っている。


 アルハードには彼らがなぜ渋っているのか判らない。襲撃したことが後ろめたいのか、インスマスで暮らすことが嫌なのか。


 けれど、その心が揺れているということだけは判った。


 アルハードは彼らに手を差し伸べてあげたかった。けれど、断られるのなら仕方がないとも思っていた。そこまでやってやる義理もないし、ここまででも十分過ぎる程甘いことを言っているのだ。


 だからこそ、もうひと押しだけしてみて、それでも駄目なら諦めようと思ったのだった。

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