17-1 侵入者
デリックが連行されて行ってしまった。
さっきの会話は誰も悪くない。それぞれのすれ違いが起こしてしまった悲劇である。どうして悲しい思いをしなければならない者がいるのだろうか。アルハードはそう悲観にくれる。
「デリックさん可哀想に」
「あぁ、今回は誰も悪くないのにな」
「アル君が悪いと思いますよ」
クティーラのジトッとした視線にたじろいでしまうが、そこであることに気付いた。
「そういえばクティーラさっきすごい怒ってるように見えたけど、今なんともないの?」
年増と言われてプルプルしていたクティーラだったが、今はケロリとしており、さっきまで怒っていたとは思えなかった。
実際クティーラも、怒ってませんよ? と事も無げ言ってきた。
「長き年月を生きてると歳とか気になりませんし」
「じゃあなんであんなに怒ったフリ? してたんだよ」
「女性は年増と言われると激怒するって、偉大なる教本に書いてありましたので参考にしてみました」
「偉大なる教本?」
「それは内緒です」
ふふっ。っと可愛らしく笑みを零すクティーラを見ていると、どうやら本当に怒ってはおらず、気にもとめていないようである。
しかしアルハードとしては、内緒だと言って教えてくれない偉大なる教本というのが気になった。
もしかしたら禁書の類かもしれないが、クティーラが教えてくれないと言うのなら、無理に聞き出すことはしないことにした。
しかしそうなると、デリックは無駄死にという事になってしまう。
「デリック……」
「アル君が売ったんですよ」
「は、話し込んでたらこんな時間だし、今日はもう寝よう」
ダゴンへの生贄に捧げたという自覚のあるアルハードは、これ以上はよろしくないと思い、強引に話を打ち切った。
クティーラとしてもこれ以上アルハードに言及する気はないのか、そうですね。と言って小さくあくびをした。
おやすみと挨拶を交わし、二人はそれぞれ自室へと消えて行った。
「デリックには悪い事したなー」
ベッドに寝転がり、天井に向けて独り言のように吐き出した。
ダゴンは親ばかである。娘大好きのダゴンがデリックをそう簡単に許すようには思えなかった。
アルハードとしても、ちょっと悪い事したなと思っていたため、明日はごめんなさいをしようと思っていた。
(本音は?)
(俺のことをチビだの童顔だの言ったんだ、ざまあみろって感じ)
(アルは性格悪いですね)
その言葉を聞いてアルハードの顔が歪む。
何を隠そう、今のセリフはナルにだけは言われたくないセリフ堂々の第一位である。
心外だ。アルハードはこの世界で一番性格が悪いと思っているナルに、性格が悪いなどと言われてしまったのだ。
確かに自分でも先程の事はどうかなと思っていたが、ナルにだけは言われたくなかった。
(ナルにだけは言われたくない! ふん!)
乱暴に布団をひっつかみ包まう。不貞寝というやつだ。
デリックの話を聞けたことは良かったし、なんだかんだクティーラもデリックと仲が良さそうだったので、今夜はいい気分で寝付けると思ったが、最後の最後で気分が悪くなってしまった。
今夜もまた、『クトゥルフ』が夢の中で語りかけてくるだろう。そう思うと更に気分が悪くなったが、これ以上ナルと会話したくないので、強く目を瞑って眠りに落ちようとした。
深夜、アルハードは複数の気配に目を覚ます。
王都で燻っていた頃のアルハードであれば、今のように気配を感じ取り目を覚ます事などなかったが、ナルと魂の契約を行ってからというもの、日に日に感覚が鋭くなっていた。
家の中にも入られている。ドアの向こうに二人程の気配を感じる。それと、アルハードがいる部屋の真上。屋根の上に二人。
計四人の侵入者達は、気配を殺し、虎視眈々とタイミングを見計らっている印象がある。
今のアルハードだから彼らの気配を察知することができたが、おそらくそれなりの訓練を積んでいない者であれば、目を覚ます前に彼らの餌食となっていただろう。
要するにこの侵入者達はプロの殺し屋、もしくはそれに準ずる者達であると予想することができる。
アルハードとしても、今のように襲撃されるということに見に覚えがあるので、見苦しく焦ったりはしなかった。
アルハードは目を覚ましてはいるが、瞼は閉じたままである。
相手はプロだと思っているので、自分の不自然な動きはすぐに察知するだろうし、まだ寝ていると思ってくれていればいいなと考えていた。
(侵入者の数は四か?)
(五ですね。クティーラ嬢のところに一つあります)
思わず奥歯を噛み締めかけたが、なんとか踏み留まる。
自分の事で頭がいっぱいになっていたが、この家にはクティーラもいる。
人数はこちらと違って一人のようだが、当然同居人も監視するということなのだろう。
感覚が鋭くなったとはいえ、まだ自分の近くしか察知することができないため、クティーラの周りにある気配までは感じ取ることができなかった。その為家の中にまで侵入を許している。
(クティーラ嬢の方はまだ動きはありませんね)
(わかった。動きがあったらすぐに教えてくれ)
珍しくナルが協力的であったため、理由を聞きたかったが今は自重しておく。
アルハードはいつでも動けるように、掛け布団を動かさないよう慎重に腰の辺りから幾つかの触手を出す。
相手が動き出したタイミングで、こちらから仕掛けようと様子を伺う。
屋根の上の二人が厄介だが、緊急事態だということで折角作ってもらった家だが、触手で天井を貫通させ、その二人を無力化しようと考えていた。
時間にしてはそれ程長くはない。しかし緊張感からか一秒が長く感じられるアルハードだったが、気を張っているとドアが音を立てずに開いた。
(今だ!)
ドアの隙間から何本かの触手を滑り込ませる。それと同時に硬質化させた触手で天井を突き破り、屋根の上に控えていた侵入者の無力化を図った。
硬質化させた触手で貫くこともできるが、命まで奪うつもりはなかった。
自分の命が狙われているかもしれないこの状況で、まだまだ甘さの残るアルハードだったが、殺さず無力化できるという余裕があるからこその甘さである。
ドアの隙間から滑り込ませた触手は、侵入者の足を絡め取り、部屋の中へと引きずり込む。引きずり込んだ瞬間、更に触手を追加し、手足を縛り上げる。
一方天井を突き破った触手は、そのまま屋根の上にいる侵入者の顎を打ち抜き、昏倒させる。
続けて何本かの触手が屋根から落ちそうになっている侵入者を、屋根の上に縛り付けた。
あっという間に侵入者を無力化させたアルハードは、すぐさまクティーラの部屋へと走る。
今の攻防でクティーラの元にいた侵入者も、クティーラを人質に取るか、もしくは殺害するかに動くだろう。
人質に取られるだけであればなんとかなりそうではあるが、問答無用で殺しに来られるのは困る。
触手は一度切り離してしまうと制御ができなくなるため、アルハードの腰からは何本も触手が出しっぱなしになっている。
ドアを乱暴に開き、クティーラの部屋へと突撃する。
「クティーラ!」
「動くな!」
アルハードが声を上げるのと同時に、侵入者が静止の声を上げる。
顔は見えないが、声からして女なのだろう。侵入者の女はクティーラを盾にするようにクティーラの後ろから首筋にナイフを突きつけている。
「ちっ、他の奴らは何やってんの! 四人がかりでこんな子ども一人にやられるなんて」
侵入者の女は悪態をつくが、アルハードとしては子ども扱いされたことに若干イラッとした。けれどここで感情的になって動いてはクティーラが危ないと思いとどまる。
「くそっ、お前らの目的は何だ!?」
「こんなんでも一応プロだからね、そう簡単にペラペラ喋ると思う? まっ、目的くらいは教えてあげる。わかってると思うけど、私達の目的はあなたよ」
「ならクティーラは関係ないだろ!」
「確かに関係ないけどね、でも今はこうして役に立ってる」
なんとか隙を付けないかと会話を試みるが、相手も馬鹿ではなく、かなり警戒している。
アルハード一人であれば問題なかったが、クティーラがいることでどうしても後手に回らざるを得ない状況になってしまう。ましてやクティーラが傷つけられたりしたら、ダゴンの折檻が待っているだろう。
ぶっちゃけアルハードからしたら、侵入者よりもダゴンの方が余程恐ろしかった。
「まぁ、あなたが大人しく私に捕まってくれればこの子は開放するわよ?」
嘘だ。アルハードは瞬時にそう思った。
アルハードとて公爵家の人間だったのだ、少なくとも裏の人間というものについても教育されているし、そういった者達が用済みになった人質をそのまま開放する訳がなかった。
「嘘だろ? 俺だってそのくらいのことはわかる」
「信用ないのね」
「いきなり襲ってきた奴らを信用できる訳ないだろ」
「それもそうね。ところで、あなたの腰辺りからデロデロしてるそれは何? 気持ちが悪いのだけど」
侵入者の女がそう言って触手に目を向ける。
アルハードの腰からは何本もの触手が伸びている。確かに見慣れない者であれば、それが気持ち悪いだとか悍ましいと思う代物である。
「ボールドウィン家の次男はいつから化け物になったのかしら?」
「俺はもうボールドウィンじゃないぞ。あと化け物とは心外だ、俺は人間だよ」
なんとかしてクティーラを助ける方法はないかと、会話を続けながら思案する。しかし、相手もクティーラが鍵だということがわかっているようで、なかなかに隙を見せたりはしない。
侵入者達の目的は間違いなくアルハードであり、捕まってくれればと言っている辺り、投降したところですぐに殺される心配はないだろう。
ならばここは一旦相手の要求通りに動き、クティーラを開放した瞬間に反撃に移るのがベストだろうか。いや、捉えられた瞬間、クティーラはもう用済みとされ目の前で殺されるかもしれない。
アルハードはいくつか考えを巡らせるが、どうあってもクティーラが人質になっているということがネックになり動けずにいた。
そんな中クティーラが、あのー……と申し訳なさそうに声を上げた。
「アル君、あのね……こんなナイフくらいじゃ私は殺せないから大丈夫ですよ?」
その言葉に反応したのは侵入者の女だ。
「小娘が何を言って、あなたは黙って大人しくしてなさい」
「いいえ、私自身が困るだけならいいですけど、アル君を困らせるのはダメですよ」
「ふん。アルハード・ボールドウィン様は随分とこの子に気に入られてるみたいね」
「私だけじゃなくて、アル君は村の皆から気に入られてますよ」
「こんな状況で減らず口を叩くなんて、よっぽど肝が据わってるみたいね」
お互いに言葉遣いや、話してる内容的にはそれ程怖いことは言っていないが、アルハードにはこの会話が物凄くお互い喧嘩腰に聞こえてしまう。
どこか言いようのない怖さがあるこの二人の前に、アルハードは黙っていた。
「肝が据わってる? 違います。私はあなたを脅威に感じていないだけです。そもそも、あなた達ではこの村にいる人達誰一人にすら叶いませんよ」
「言うじゃないの。これでもプロの暗殺者としてそれなりの経験があるのよ? あなたを殺すことなんて造作もなくできるわ」
そう言って侵入者のナイフを持つ手に力が入る。
彼女は本当にプロの暗殺者なのだろう。こうして家に入るまではアルハードに悟られることがなかったし、アルハードの部屋の真上に位置取っていた辺り用意周到である。
そんな彼女にクティーラは、あなたなんて取るに足らないと言ったのだ。彼女の琴線に触れたのだろう。
アルハードはマズイと思い、咄嗟に動こうとしたが、クティーラの行動がそれを遮った。
「本当のことですよ? 試してみましょう」
そう言ってクティーラはナイフを突きつけられている侵入者の手を掴む。
突然のことに侵入者は手を振り払おうとしたが、びくともしないことに驚き、目を見開く。
クティーラはそんな彼女を意にも介さず、首筋に突きつけられたナイフをそのまま自らの首に差し込んでいった。
ひぃ! っと悲鳴が上がったのは侵入者の女からだ。
ナイフはクティーラの首を傷つけること無く、どぷんっとクティーラの首に飲まれていく。そしてナイフが全て入った後は、侵入者ナイフを持つ手もクティーラの首へと入っていった。
侵入者の女は目の前で何が起こっているのか理解できていない様子だった。
本来であればこのナイフ一本でこんな小娘は簡単に殺せるはずだ。なのに、そのナイフは目の前の小娘に取り込まれてしまっていた。それだけではなく、自身の手も一緒にだ。
状況が理解できていなくても、目の前で起こった光景に言い様のない恐怖を感じ、悲鳴が上がったようだった。
「ね? 無駄でしょう? アル君今ですよ? 私がやってもいいですけど」
一方余裕たっぷりのクティーラは、どうします? とアルハードに問いかけてくる。
一連の流れを唖然と見ていたアルハードは、クティーラの言葉にハッとする。そして、ここでクティーラに任せてしまうのは良くない気がしたので、自らが動くことにした。
「あ、いや、俺がやるよ」
幸い侵入者は混乱しており、拘束するのは簡単だったので、さっくりと触手で動きを封じた。
クティーラが人質に取られるという後手に回った状態であったが、クティーラのおかげで難なく乗り越えられてしまった。
アルハードは微妙な顔で侵入者を拘束しながら、可憐で守ってあげたくなるような容姿から忘れていたが、そういえばクティーラも神話生物だったなと思うのであった。




