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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第二章
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15-1 村長アルハード

 ダゴンに夢の話を聞いたが、結局解決方法は思い浮かばなかった。


 あの夢は『クトゥルフ』が復活を成そうと、信者を集めるために呼びかけているものらしい。あの夢を見たことのある者は、この世界には幾人もいるという。アルハードもその内の一人なのだろう。


『クトゥルフ』の呼び声とも呼ばれるあの夢は、精神が混乱した人が見ることが多いと言われた。ダゴンもアルハードが精神的に辛い思いをしたのかと心配していたが、アルハードにはその心当たりがなかった。


 と、考えたところで、寝る前にナルから話された『クトゥルフ』の変態性を思い出し、原因これだわと思い当たったのだった。


 とはいえ、目の前にいるのは『クトゥルフ』を崇拝し、義理とはいえ娘を愛してやまないダゴンだったので、なんでだろうなーと誤魔化しておいた。


 夢については一先ず置いておくことにした。


 これ一回きりかもしれないし、今後また夢を見るかもしれなかったので、暫くは様子見をするという方向で落ち着いた。


 今の話題は、アルハードがインスマスの長をやるということをいつ皆に伝えるかといったものだ。


 二人の意見は一致しており、なるべく早めに周知させるとのことだった。


 アルハードのこともあるが、クティーラのことも同時に皆に知ってもらいたい。クティーラが早くインスマスの住人に受け入れて欲しいという思いが強かった。


「そういえば、インスマスの皆はクティーラのこと知らないんだったか?」


「古参の深きもの達は知っているかもしれないが、どちらかと言えば知らない者の方が多いであろう」


「じゃあ尚更早めに広めた方がいいな。ほら、クティーラって何故か人間の姿してるだろ? だからクティーラの姿を見て警戒する奴らもいるんじゃないか?」


 クティーラが人間の姿をしている。そのことはアルハードにとって懸念材料である。


 アルハードはインスマスの皆に受け入れてもらえたが、彼らが人間に対しての警戒心はその身をもって十分に経験していたからだ。


 幸いクティーラはまだ荷物の整理などでアルハードの自宅にいるが、今後のことも考えると気が急いてしまうのも無理はなかった。


「そうだな。あの子は何故か人間に憧れを持っていて、人間と同じ姿形をしているからな」


「クティーラって人間じゃないよな?」


『クトゥルフ』の娘であり、ダゴンやハイドラに育ててもらっているクティーラが神話生物だということはアルハードにも察しが付いているが、なぜ人間の姿をしているのかがわからなかった。


 それは微妙に気になっていたことで、本人に聞いていいものかと思っていたので、この際ダゴンに聞いておくことにする。


「『クトゥルフ』様は本来決まった形を保たぬ不定形の存在であるから、その特徴をあの子も持っている。本来の姿はもっと神話生物らしい格好をしているが、その姿を自在に変えることが出来る」


 なるほど。とアルハードは思った。


 どうして人間に興味や憧れがあるかはわからなかったが、まずはその姿から模倣したのだろう。


 幼き日のアルハードにも、勇者に憧れ真似をしていた時期があったので、そんな感じなんだろうなと納得した。


「まぁ俺を襲ってきたデリックはもうクティーラの事知ってるし、いきなりクティーラを襲おうとする輩はいないと思うけどな」


「ふむ。もしそんな不届き者がいたら、この地で生きていることを後悔させてやる」


 物騒なことを言うダゴンの目は本気であった。


 これは何かある前に、そう、例えば今すぐにでも皆に知らせた方がいいだろう。


 恐らく今のインスマスで一番強いのはダゴンとハイドラだろう。この二人の実力は判らないが、あの巨体である。多分デコピン一発でアルハードの身体は爆散するだろう。


 ムーン=ビースト達もかなり強いが、流石にこの二人には勝てまい。


「善は急げと言うし、今日の午後一番に皆に知らせるってのはどうだ?」


 剣呑な目付きでブツブツ呟くダゴンが怖かったので、こっちの世界に引き戻すべく提案をする。


「そうだな。特に後に回す理由もない。では今日の午後一番にインスマスの者を教会へと集めよう」


「じゃあ俺はこの事をクティーラに伝えてくるよ。皆を集めるならデリックに言えばすぐに集めてくれると思う」


「承知した。では私はデリックを探しに行くとしよう」


 ダゴンと別れたアルハードは、どう言えばインスマスの皆に自分の言いたいことが伝わるだろうか、また、彼らに受け入れてもらえるだろうかと考えながら、クティーラを呼びに自宅に戻るのだった。






 クティーラを伴って教会へと向かうと、すでに住民達は集まっており、その中にはダゴンとハイドラもいたため、皆なぜ集まったのだろうかと疑問を持っているが、それ程騒げないと言った感じで独特の雰囲気が漂っていた。


 まだまだインスマスの皆は、ダゴンとハイドラに対して恐れ多いといった感じだろうか。特に気にもしていないのはムーン=ビースト達くらいなものである。


 アルハードと共に見慣れない少女が皆の前に姿を現す。


 興味を示している者。人間の姿をしているクティーラに警戒している者。アルハードがまた何かするのかという期待をしている者。誰一人として何の興味も示さない者はいなかった。


「皆集まってもらってありがとう。今日はちょっと皆に色々と報告とか紹介とかあるんだ。魔法を覚えたりはしないからな」


 前回生活魔法を覚えてもらった時に、魔法に興味を持った者が何人もおり、また違う魔法も教えてほしいと言われていたのだが、アルハードは魔法が使えないので、予め断っておくことにした。


 新しい魔法を覚えられることを期待していた者もいたらしく、ガッカリした雰囲気の者が何人かいた。


「さて、まずは何から話そうか」


 とは言ったものの、実は話す順番はすでに決めてある。


 ダゴンとハイドラ、クティーラについてはいきなり話をしても、なぜ? となってしまうだろうと考え、アルハードはまず初めに自分のことから話すことにした。


 自分は受け入れてもらえるだろうか。その緊張感から、少し間を置きたかったのだ。


「よしっ。まず初めにダゴンとハイドラから頼まれたことなんだが――」


 色々考えたが、直球で言おうと思った。


 言いたいことはハッキリと言う。言いたいことはハッキリと言ってもらう。その関係を築きたいと考えていたアルハードは、まず初めに自分がそうであろうと考えたのだ。


 貴族達の様な腹の探り合いはしない。言葉を選んで、遠回しに伝えようとするのではなく、今自分が思っていることを真っ直ぐ相手に伝える。王都で生活していた頃はできなかったことを、ここインスマスではやりたいという思いがあった。


「俺にこのインスマスを治めて欲しいとのことだ! 俺は新参者だし、皆が崇拝しているダゴンやハイドラを差し置いて何をと思う者もいるかもしれない……けれど、俺はこの話を受けたいと思ってる! 皆は俺にすごく良くしてくれてるし、その恩返しをしたいと思う! 言いたいことがある奴はどんどん言ってくれ! 俺も言いたいことはハッキリ言うからさ!」


 そう言い切ったアルハードは皆の反応を伺う。


 いきなりのことで驚いている者がほとんどだった。近くの者と言葉を交わしている者。ダゴンやハイドラとアルハードを交互に見ている者。


 皆に受け入れてもらえるか。インスマスに住んでもいいか聞いた時と同じ様な状況に、アルハードは不安な気持ちになるが、顔に出そうになるのをグッと堪え、目の前にいる住人達を見渡す。


「俺はいいと思うぜ!」


 初めに声を上げたのはデリックだった。


 デリックからは昨日了承を貰っていたので、アルハードは安心していたが、そのデリックからの一言にアルハードは安心した様に笑みを浮かべる。


「私もいいと思います。アルハード様がインスマスに来てから活気に溢れてますし、アルハード様は信頼できる方だと思います」


 次に声を上げたのは、アルハードがインスマスに住んでいいかと聞いた時最初に声を上げてくれたインスマス面だった。


 名前はニコルと言っていた彼女は、普段から大人しい感じの子だが、こういった場でハッキリと自分の意思を声に出すことができる。話してみた感じ、教養も高そうな子だというのがアルハードの印象だった。


「アルハードが我らの長になることは構わないが、ダゴン様やハイドラ様はどうなるのだ?」


 深きものの一人からそんな疑問の声が上がる。彼はロトといって、現在は深きもののリーダーをしてくれている。


 今まで自分達を率いていたダゴンとハイドラの処遇がどうなるか、それは深きもの達からしたら最も気になるものだろう。


 こうして疑問をぶつけてもらえるのはありがたいし、今後の関係を築いていく上で重要なことである。


「ダゴンとハイドラには俺のサポートをしてもらうつもりだ。俺はまだまだインスマスのことも、皆のこともあまり知らないからな。それと、ダゴンとハイドラもこれからは皆と同じ様にインスマスで過ごすことを望んでいるみたいだぞ」


 そう言ってダゴンへと視線を向けると、ダゴンは小さく頷き口を開いた。


「今アルハードが言っていたように、我らもインスマスで過ごす。当然漁も手伝う」


「今までは住処に引きこもって、あなた達には何もしてあげれませんでしたしね。それに、今の活気あるインスマスで過ごす皆さんが羨ましいと思っていました。私達も混ぜてはくれませんか?」


 ダゴンに続いてハイドラも自身の考えを述べる。インスマス面や深きものが崇拝しているこの二人にここまで言わせ、ノーを言う者はいないだろう。


「俺に、インスマスを任せて貰えないか?」


 最後にアルハードがそう問いかけると、デリックの頼むぞー! という声をきっかけに、どんどんと肯定の声が広がっていく。


 頼んだぞ! とか、頑張れ! などといった言葉が次々アルハードにかけられる。


 認めてもらえた嬉しさや、これから頑張らなければという責任感。様々な感情がアルハードの中に渦巻くが、その中でもやはり皆に信頼されているということが何よりも嬉しかった。


「さっきも言ったけど、俺は言いたいを事は言う。だから、皆も言いたいことがあったらどんどんと言ってくれ。インスマスを治めるとは言ったが、皆と俺は対等な関係でいたいと思う」


 最初は難しいかもしれないが、少しずつでいいから対等な関係を築いていきたいとアルハードは思っていた。


 そのためには今まで以上に皆との距離を縮ませる必要があると感じている。


「ダゴンとハイドラも一緒だ。皆も仲良くしてやってくれよ」


 ダゴンとハイドラはインスマスの住人が崇拝していた存在なので、中々溶け込むのは難しいと思うが、そこはダゴンとハイドラ次第である。アルハードもできる限り間に入ろうとは思うが、二人には積極的にインスマス面や深きもの達に話しかけて行ってもらいたい。


「インスマスは国って程大きくないし、街もまた違うしな。いずれは大きくなればいいと考えてるけど、今はまだまだだし、俺は村長ってところかな」


 アルハードがそう口にすると、村長頑張れー! という声がチラホラと聞こえた。


「いずれは国に成る程大きくなればいいな……よしっ、じゃあ村長アルハードの初仕事だ。皆も気になってると思うしな」


 そう言ってアルハードはクティーラを手招きし、皆の前に立たせた。


「彼女の名前はクティーラ。見た目は人間だけど、正真正銘皆と同じ神話生物だ」


「は、初めまして。クティーラです……」


 クティーラはこんな大勢の前立つということが今まで無かったようで、かなり緊張している様子が伺える。なので、ここはアルハードがフォローを入れる。


「クティーラはずっとこのインスマスにダゴンとハイドラと共に暮らしてたんだが、訳あって今まで皆の前に姿を現すことができなかったんだ。だけど、これはから村の一員として過ごす。だから皆も仲良くしてやってくれ」


「よ、よろしくお願いします!」


 緊張していながらも、精一杯声を張って頭を下げるクティーラの健気な姿に、訝しげな目で見ていた者達の表情も和らいでいく。


 その後、クティーラはあの『クトゥルフ』の娘だということを話し、それでも気にせず仲良くしてほしい事。判らないこともあるだろうから、皆で教え合ってフォローして欲しいむねを伝える。


『クトゥルフ』の娘ということを聞いた住人達は、特に深きもの達は膝をつきそうな勢いであったが、アルハードが慌てて止める。


 確かに『クトゥルフ』は彼らが崇拝する神であり、その娘でもあるクティーラも崇拝対象になり得るだろうが、アルハードとしてはそうはしたくなかった。


 あくまで対等な関係を築いてほしい。特別扱いはしないという方針であったためだ。


 クティーラ自身もその意見には賛同しており、ダゴンやハイドラもそのようにしてほしいとのことだった。


 だからこそ、ここで身分の違いによる上下関係の様な壁を作りたくはなかったのだ。


「クティーラは今俺の家で一緒に住んでるからな。気兼ねなく遊びに来て、仲良くなってくれ。俺も遊びに来てくれることは大歓迎だし」


 アルハードは村の皆との友好を深めようと、自宅に遊びに来てもらうことでそれを成そうと思い言った言葉だったが、クティーラと一緒に住んでいるという言葉に、ザワリとする者達が何人もいた。


 しかしアルハードは、村長の家に気兼ねなく遊びには行けない。皆はそう思ったと間違った解釈をし、これはまだまだ打ち解け具合が足りないなと思った。


 実際はインスマスで一部の者達に大人気なアルハードと、同じ屋根の下で暮らしているという事実に対するものであった。


 主に女性の住人達によるものだ。


 もしかしたら、嫉妬心からクティーラがいじめにあう可能性もあるが、そのことにアルハードは気付かない。


 村長アルハードは、まだまだインスマスの住人の心情を読み取るには、経験不足であった。

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